宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-カムパネルラの恋(2)-

Keywords: アイヌ神謡集,文学と植物のかかわり,インディアン,絹で包んだリンゴ,高原,涙ぐむ眼,先住民,種山ヶ原

 

童話『銀河鉄道の夜』の初期形第一次稿は,四次稿の4分の1程度の長さの物語であり,大きく分けると「橄欖の森」,「高原のインディアン」,「バルドラの野原の一匹の蠍」そして最後の「ブルカニロ博士」の4つの話から構成されている。「ブルカニロ博士」の登場する場面は第四次稿で削除されるが,残りの3つの話は,一次稿から四次稿までほとんど加筆修正されることなく残されるので『銀河鉄道の夜』の最も重要な部分(核の部分)である。

 

本稿(1)では,最初の「橄欖の森」について言及し,『銀河鉄道の夜』が北海道の日高山系や「東北」の北上山系の「蝦夷」など「先住民」の住む「橄欖岩」を産出する大地をイメージして創作されたことを明らかにした。本稿(3)では残りの2つの話を検討して『銀河鉄道の夜』がいかにして生まれたかについて考察してみる。

 

1.童話『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿)と『アイヌ神謡集』との関わり

賢治の寓話『土神ときつね』は,秋枝(2017)によれば「アイヌ民族」の「神謡(カムイユカラ)」を纏めた(『アイヌ神謡集』1923.8)の神謡「谷地の魔神が自ら歌った謡“ハリツ クンナ”」をヒントに作られたという。「神謡」とは,「アイヌ」の神々が主人公になって自らの体験を語る叙事詩である。「アイヌ」にとって,熊,狼,梟(シマフクロウ;第1図)などの動物も「神(カムイ)」として崇められた。

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第1図.シマフクロウ苫小牧市美術博物館内で撮影).

 

銀河鉄道の夜』もこの『アイヌ神謡集』の出版直後なので,この神謡集を参考にした可能性は高い。『アイヌ神謡集』は,「アイヌ」の知里幸恵(1978)によって翻訳されたもので,「アイヌの自由な天地,楽しく天真爛漫に野山を駆け巡った北海道の大地が,近年急速に開発され,今やアイヌも滅びゆく民となった」という大正11年3月1日(1922)の日付のある序文と13個の「神謡」から構成されている。

 

神謡「谷地の魔神が自ら歌った謡“ハリツ クンナ”」は5番目に記載されているが,1番目に記載されている神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」を読むと,『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿)の「高原のインディアン」と「バルドラの野原の一匹の蠍」の逸話と類似していることがわかる。「梟」は,『銀河鉄道の夜』の第四次稿の「四,ケンタウル祭の夜」で時計屋の「赤い眼」の置物としても登場する。また,“銀の滴降る降るまわりに”という歌は,「ケンタウル露を降らせ」にも通じる。

 

神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」は以下の謡句から始まる。

「銀の滴降る降るまわりに,金の滴降る降るまわりに.」という歌を私は歌いながら流に沿って下り,人間の村の上を通りながら下を眺めると昔の貧乏人が今お金持ちになっていて,昔のお金持ちが今の貧乏人になっている様です.

 

この神謡の「昔の貧乏人が今お金持ち」と「昔のお金持ちが今の貧乏人」はアイヌコタンの村民の貧富の差を指している。しかし,賢治が,『アイヌ神謡集』の知里幸恵の「アイヌの土地に開拓者が入ってきた」という序文をもとに,この詩句で始まる「神謡」の「お金持ち」を「移住者(開拓者)」とし,「貧乏人」を「先住民」(アイヌ)と読み替えたとして,この「神謡」をまとめてみると次のようになる。

・「移住者」の子らの中に「先住民」の子が混じっておもちゃの弓や矢で遊んでいる。

・「移住者」の子らが神の鳥(梟)を矢で射止めようとするが当たらない。しかし「先住民」の子が放った矢は,神の鳥が「先住民」の子を不憫に思い,その矢を受けて地上に落下する。「移住者」の子らは,これに立腹して「先住民」を「にくらしい子,貧乏人の子」と言っていじめる。

・「先住民」の子は「移住者」の子らから必死になって神の鳥を守り,粗末な自分の家へ運び神の鳥に祈りを捧げる。

・神の鳥は,お礼に「先住民」の小さな貧しい家を宝物で一杯の大きな立派な家にする。

・「先住民」の家族は,村中の「移住者」の家族を招待して御馳走する。

・宴会の席上で「先住民」の子のいる家の主人が「村中,私共は一族の者なのですから仲良くしてお互いに往来をしたい」と挨拶すると,「移住者」たちは家の主人に詫びて仲良くすることを話す。

このように,謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」は,「先住民」が矢で神の鳥を射る話と,その「神」の鳥に祈りを捧げることで「先住民」だけでなく「移住者」も共に「幸せ」になるという話になる。そこで,この2つの話を『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿)の「高原のインディアン」と「バルドラの野原の一匹の蠍」の逸話の2つ話と比較して,それらの類似性を検討してみる。

 

2.「高原のインディアン」

1)コロラド高原で「絹で包んだ苹果」のような顔色の女の子の見つめる先

 童話『銀河鉄道の夜』の列車は銀河宇宙を「北十字」から「南十字」に南下するが,車窓には地球を西進している風景が現れる。カムパネルラが「女の子」と「イルカ」や「クジラ」について楽しそうに話していていると,列車の進行方向先に「トウモロコシ」の木の林と「コロラド高原」が車窓から見えてくる。さらに,地平線のはてからは「新世界交響楽」と音の響きと一緒に「インディアン」も登場する。

 

コロラド高原」は「ロッキー山脈」やユインタ山脈に囲まれた高原で,ナバホ族のインディアン居留地(reservation)がある。このとき,「先住民」である「インディアン」は,「アイヌ」の神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」に登場する「アイヌ」の子と同じように矢を放つが,射止めたのは「鶴(つる)」である。「鶴」の読みである「つる」を英語の “true”(真実)とすれば,「インディアン」は「梟」(カムイ)と同じく「真実(=神)」を射止めたことになる。

 

「女の子」は,「インディアン」が登場してくると「絹で包んだ苹果」のような顔色をして,カンパネルラではなくジョバンニが見ているのと同じ方角を見つめるようになる。このとき,カムパネルラが寂しく口笛を吹いている。「女の子」は,第四次稿では「かほる」という名で日本人である。「かほる」がジョバンニと一緒に見つめている先は,前報(石井,2015)で報告したようにアメリカ大陸の西にあるアジアの日本である。この日本人の「かほる」という女性を賢治の相思相愛の恋人に重ねることもできる。恋人は破局後米国へ旅立ったからである。

 

「絹で包んだ苹果」のような顔色とは,黄色である。中国最古の医学書の『黄帝内経素問』(前漢時代に編集)の「五蔵生成篇第十第二節」には「生於脾如以縞裹括樓實」の記載がある。これは,健康な人の顔色が,消化器系の臓器に「精気」となって表れるときは,薄い「白絹」で黄色の「シナカラスウリ」(ウリ科のTrichosanthes kirilowii var. kirilowii)の果実を包んだときの艶(つや)のある色合いになることを指す。

 

多分,賢治は中国医学での顔色の表現方法を知っていて,「シナカラスウリ」の代わりに黄色い「リンゴ」を当てたのであろう。黄色は中国医学では「五志」である「喜」「怒」「思」「憂」「恐」のうちの「思」である。すなわち,「女の子」はホームシックになり郷愁の思いで日本を見つめていたのである。日本といってもその北方である「東北」,「北海道」,「樺太」辺りを見つめている。「女の子」が見つめている先が日本の北方をイメージしているという根拠にジョバンニの家系の「ルーツ」がある。

 

第一次稿の物語には「イルカ」,「クジラ」,「サケ」,「マス」が唐突に登場してくるが,第四次稿でもジョバンニの父は北方で漁をしていてジョバンニに「ラッコ」や「トナカイ」の毛皮やはく製をお土産に持ってくる。ジョバンニは,父親が密漁しているという噂もあって,学校の同級生から「らっこの上着が来るよ」と言ってからかわれるが,いじめる側は同級生だけではない。アルバイト先の活版所の大人たちからも冷たい視線を向けられている。「ラッコ(Rakko)」はアイヌ語である。『銀河鉄道の夜』に登場するこれら動物はみな北方の先住民(「アイヌ」など)が海や川で狩猟するときの獲物である。

 

賢治が「リンゴ」を使ったのには別の意味も込められている。それは,「リンゴ」がキリスト教では「原罪」という意味を持つことと関係がある。ここで言う「原罪」とは,アメリカ大陸へ移住してきたキリスト教徒ら(ピューリタンら)の「原罪」である。「コロラド高原」で「新世界交響楽」が流れて来るが, ドヴォルザークがこの曲を作曲するにあたって影響を受けた黒人霊歌(Negro spiritual)は,聖書を題材にしたものが多いが,その根底に流れるものは「奴隷」としてアメリカに連れて来られた黒人(アフリカ系アメリカ人)の故郷への「郷愁」と「逃亡」あるいは「自由(幸せ)」への憧憬であった。

 

コロラド高原」には「先住民」の「インディアン」が住んでいたが,「移住者ら」は,彼らを居留地強制移住させた。この「先住民」と「移住者」の関係は,我が国の北上山系にある準高原である「種山ヶ原」でも同様である。「絹」には,その機能特異性から「朽ちらせない」という意味もある。「絹」で果物を包むと鮮度が長持ちするという意味である。「絹で包んだ苹果」とは,「原罪」を永遠に朽ちさせないという重要な意味が込められている。

 

賢治の有名な詩集『春と修羅』の「原体剣舞連(mental sketch modified)」(1922.8.31)にも,『銀河鉄道の夜』のインディアンが登場する場面を彷彿させる詩句が記載されている。この詩に登場する達谷の悪路王とは,平安時代に平泉近くの達谷窟を拠点に構えた「先住民」である「蝦夷(エミシ)」の首長であったアテルイがモデルになっているとされる。賢治はこの詩に登場する「青い仮面」の人物を悪路王に見立てて,剣舞から悪路王が中央政権から任じられた征夷大将軍坂上田村麻呂(758 - 811)に率いられる強力な軍隊に屈服させられる様子を想像したものと言われている。

 

すなわち,物語の中の「橄欖の森」が「東北」の北上山系の「蝦夷(エミシ)」など「先住民」の住む「橄欖岩」を産出する大地をイメージできるように,物語の中の「コロラド高原」もやはり「東北」北上山系の高原である「種山ヶ原」をイメージできる。『銀河鉄道の夜』で虐げられた「先住民」の「インディアン」が矢を放って「鶴(true)」を射止めるという話は,『アイヌ神謡集』の神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」の「アイヌ」の子が矢で神の「梟」を射止めるのと同じである。

 

2)詩集『春と修羅』との関係

 ジョバンニと「女の子」を「先住民」,カムパネルラを「移住者」あるいはその末裔とすると,ジョバンニと「女の子」が並んで同じ方角の大地を見ているとき,「移住者」であるカムパネルラは寂しく口笛を吹いているだけだった。このカムパネルラの「寂しさ」は,賢治の「寂しさ」でもある。

 

物語に登場する「女の子」を賢治の相思相愛の恋人をモデルにしたとすれば,恋人が破局後渡米して1年後に書かれた詩集『春と修羅 第二集』の詩〔はつれて軋る手袋と〕(1925.4.2)に賢治のそのときの心境を垣間見ることができるように思える。なぜなら,この詩の改稿形を『移行する雲』というタイトルで日本詩壇へ亡くなる5ヶ月前に投稿(1933.4.1)しているからである。晩年の賢治の心境が綴られている。

何か玻璃器を軋(きし)らすやうに

鳥がたくさん啼いてゐる

    ……眼に象(かたど)って

      泪(なみだ)をたゝえた眼に象って……

丘いちめんに風がごうごう吹いてゐる

ところがこゝは黄いろな芝がぼんやり敷いて

笹がすこうしさやぐきり

たとへばねむたい空気の沼だ

かういふひそかな空気の沼を

板やわづかの漆喰から

正方体にこしらえあげて

ふたりだまって座ったり

うすい緑茶をのんだりする

どうしてさういふやさしいことを

卑しむこともなかったのだ

    ……眼に象って

      かなしいあの眼に象って……

あらゆる好意や戒(いまし)めを

それが安易であるばかりに

ことさら嘲(あざ)けり払ったあと

ここには乱れる憤(いきどお)りと

病ひに移化する困憊(こんぱい)ばかり

     (中略)

     (わたくしのつくった蝗(いなご)を見てください)

     (なるほどそれは

      ロッキー蝗といふふうですね

      チョークでへりを隈どった

      黒の模様がおもしろい

      それは一疋だけ見本ですね)

おゝ月の座の雲の銀

巨きな喪服のやうにも見える  (宮沢,1985)

 

詩の後半に登場する括弧で括られた独り言の中に雲が作ったと思われる「ロッキー蝗」という難解の用語がでてくるが,下書稿に“Rocky Mountain locust”とあるので「ロッキートビバッタ(Melanoplus spretus)のことである。1902年頃に絶滅したとされ,かつて北米で大規模な蝗害を起こしたことで知られている(原,1999)。賢治が日本では殆ど知られていないと思われる「ロッキー蝗」を詩に登場させているということは,渡米した恋人への思いが強いということかもしれない。

 

詩前半の「…」と「…」で囲まれた言葉にならない内語と呼ばれている「眼に象って /泪をたゝえた眼に象って 」という呟きは,賢治の心の底からの叫びであり「寂し」である。この「泪をたゝえた眼」とはあの有名な「涙ぐむ眼」という花壇と繋がる。賢治の弟の清六氏は,賢治が亡くなったあとに作られた「涙ぐむ眼」の花壇を見るといつもこの詩と〔エレキや鳥がばしゃばしゃ翔べば〕の「 ……けふもまだ熱はさがらず/Nymph, Nymbus, Nymphaea, ……」の詩を連想するという(宮沢,1991)。

 

賢治の恋の破局の理由の1つと思われるものとして,詩〔はつれて軋る手袋と〕の中の「板やわづかの漆喰から/ 正方体にこしらえあげて/ ふたりだまって座ったり/ うすい緑茶をのんだりする 」という「小さな家の中で2人でお茶を飲む」というふうな慎ましい恋人との生活を「嘲けるような」ことをしたということが記載されている。同様に,詩ノートの〔わたくしどもは〕(1927.6.1)には,1年で死んでしまった若い妻をイメージして「村の娘が持って来た花があまり美しかったので/二十銭だけ買ってうちに帰りましたら」,妻はそれを店に並べ10倍の2円で売ったという話が記載されている。この仮想された妻を1年で破局した恋人に重ねてみれば,賢治は,詩〔はつれて軋る手袋と〕にあるような慎ましい生活だけでなく,「花よりは実」を取る庶民感覚を持つ「生活者」としての恋人の振舞いにも「嘲けるような」ことをしてしまったような気がする。

賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」という理念からすれば,2人だけの慎ましい生活は否定せざるを得なかったのかもしれないが,打算的にならざるを得ない「生活者」そのものを避ける気持ちが賢治の中にあったように思える。

 

3)涙ぐむ眼

賢治の羅須地人協会時代(1926年8月に設立)に使用した「MEMO FLORA」ノート32頁に「tearful eye」(涙ぐむ眼)という眼を象った花壇設計スケッチ図が記載されている(第2図;文字は英語)。設計図では眼の「瞳(瞳孔)」に相当するところは暗色系のパンジー(Pansy Dark),眼の「虹彩;Iris」の部分は青花のブラキコメ(Brachycome Indigo),強膜(いわゆる白目)の部分は白花のブラキコメ(Brachycome White)を植えるとしていて,眼の両側にある涙を作って貯める涙腺と涙嚢から涙が出るところにはスイレン属(Nymphaea)の植物を浮かせた水ガメ(Water Vase with Nymphaea)を置くとしている(宮沢,1985;伊藤,2001)。ブラキコメとは70種ほど存在するブラキコメの仲間のうちイベリディフォーリア種(B.Iberidifolia)で,ヒメコスモスとも呼ばれる(草丈20 - 40cn)。花の色は青系が多いが,他に白やピンク,紫紅色もある(鈴木康夫,2005)。

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第2図.Tearful eye.

 ここで注目すべきことは,眼の「虹彩;Iris」の色としての青である。「東北」では,眼の青い人が多いという。宮城県のある地域では424人中15.2%の人が一部にせよ眼が青かった(安藤,1992)。

 

賢治は東北人の特徴を青い眼で表現したのかもしれないが,「青」にはもう1つ別の重要な意味が隠されている。それは詩「春と修羅」の「いかりのにがさまた青さ」とあるように「怒り」である。賢治は,特殊な超越的感覚を持ち合わせていて「怒り」を言葉ではなく色で表現することができる。賢治は大正9年(1920.6 - 7)に友人の保阪嘉内に宛てた手紙に「いかりは赤く見えます。あまり強いときはいかりの光が滋(しげ)くなって却て水の様に感ぜられます。遂には真青に見えます」とある。だから,「MEMO FLORA」の「涙ぐむ眼」は,恋人の涙であるが,また恋人や「東北」の先住民たちの「怒り」でもある。「種山ヶ原」の美しい青い花蓋(かがい)をもつ「アイリス(Iris)」(カキツバタ)は無残にも土地開発によって地中に鋤き込まれた。(続く)

 

引用文献

秋枝美保.2017. 宮沢賢治を読む-童話と詩と書簡とメモと-.朝文社.東京.

安藤 真.1992. 東北で考えた日本文化(31)日本縄文考(11)-青い目の血脈-.自由 34(12):182-196.

原 子朗.1999.新宮沢賢治語彙辞典.東京書籍.東京.

石井竹夫.2015. 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する絹で包んだリンゴ.人植関係学誌.16(1):51-58.

伊藤光弥.2001. イーハトーブの植物学.洋々社.東京.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集.全十巻.筑摩書房.東京.

宮沢清六.1991. 兄のトランク.筑摩書房.東京.

鈴木康夫.2005. ヤマケイポケットガイド庭の花.山と渓谷社.東京.

知里幸恵.1978. アイヌ神謡集岩波書店.東京.

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌17巻第2号23~26頁2018年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-カンパネルラの恋(1)-

Keywords : アイヌ神謡集,アイリス,文学と植物のかかわり,蛇紋岩,橄欖(かんらん)の森,ミズバショウ,先住民,スギ,種山ヶ原,ヤマザクラ

 

賢治は,童話『銀河鉄道の夜』の中で「ほんたうにみんなの幸せのためなら僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまはない」ということを繰り返し主人公たちに言わせているが,この「みんなの幸せ」の「みんな」とは誰であろうかと疑問に持つことがある。例えば,ジョバンニの家族のことなのか,ジョバンニの住んでいる町の人々のことなのか,あるいはもっと広く地球に住んでいる全ての人々のことなのかということである。しかし,賢治がこの童話を創作する時点では,この「みんな」はもっと具体的な人たちをイメージして作られていたと思われる。

 

文芸評論家の奥野健男(1972)は,かつて文芸作家達の作品の底を流れる幼い頃に「自己形成とからみあい血肉化した,深層意識ともいうべき風景」を「原風景」と呼んだ。例えば,「太宰治の場合は津軽平野一帯を,宮沢賢治の場合は『銀河鉄道の夜』と表現し,また「イーハトーブ」と名付けた北上山系一帯」を「原風景」と考えた。「イーハトーブ」とは賢治の心象世界にある「理想郷」を指す言葉である。

 

賢治が『銀河鉄道の夜』(第一次稿)の創作時期と同時期に刊行した童話集である『注文の多い料理店』(1924.12.1)の広告文に「イーハトーブとは1つの地名である。(中略)実にこれは,著者の心象中に,この様な状景をもって実在した「ドリームランド」としての日本岩手県である」と記載されている。賢治は『銀河鉄道の夜』の創作時に,北上山系一帯を「ドリームランド」にする夢を描いていた。すなわち,賢治の言う「幸せ」の対象(=みんな)は,まずは岩手県を含む北上山系一帯(東北)の人々であろう。

この「東北」にはどのような人々が住んでいたのであろうか。古代において,この「東北」には「蝦夷」と表記して「エミシ」と呼ばれていた人々が先祖代々長く在住していた。大和朝廷から続く歴代の中央政権の直接的な支配が及んでいない(あるいは対決していた)在地の住民が一括してそう呼ばれていた。中央政権側と「東北」の間では長い闘争が繰り返された。すなわち,「蝦夷(エミシ)」とは支配者側が「東北」の地を命名した蔑視あるいは恐れの気持ちが入っている言葉である。

 

また,「東北」の地には「蝦夷(エミシ)」以外にも「先住民」としての「アイヌ」の人々もいたようである。「蝦夷」を「エゾ」と呼ぶ場合は北海道の「アイヌ」または「アイヌ」の祖先を指す場合が多い。「アイヌ」と「蝦夷(エミシ)」の関係はよく分かっていないが(川久保ら,2009),賢治の生きた時代には日本人の北方起源説が盛んに主張されていて,「蝦夷(エミシ)」と「アイヌ」が同一視されたりもした(秋枝,1996)。

 

このように,賢治の生きた時代の「東北」には,「先住民」としての「蝦夷(エミシ)」あるいは「アイヌ」の末裔と,これら以外に混血して同化した人々を含む多数の「移住者(和人)」及びその末裔が住んでいた。賢治が心象世界で思い描く「ドリームランド」としての「イーハトーブ」とは,「東北」の「先住民」と「移住者」及びその末裔が共に対立もなく「幸せ」に暮らせる世界であろう。

 

大正13(1924)年に創作された童話『銀河鉄道の夜』(第一次稿)は「橄欖(かんらん)の森」の場面から始まる。多分,この「橄欖」の森の中に,物語の創作に繋がるヒントが隠されている。本稿(1)では「橄欖の森」が何を意味しているのかを明らかにして,物語がどのようにして生まれてきたかについて考察してみる。

1.童話の中の「橄欖」

現在までに残されている童話『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿;宮沢,1985)は,第四次稿の4分の1ほどの短い物語で以下の文章で始まる。

〔ここまで原稿なし〕

そして青い橄欖の森が見えない天の川の向ふにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまひ,そこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひゞきや風の音にすり耗(へ)らされて聞えないやうになりました。

「あの森琴(ライラ)の宿でせう。あたしきっとあの森の中に立派なお姫さまが立って竪琴を鳴らしていらしゃると思ふわ,お附きの腰元や何かが青い孔雀の羽でうしろからあふいであげてゐるわ。」

 カムパネルラのとなりに居た女の子が云ひました。

 それが不思議に誰にもそんな気持ちがするのでした。第一その小さく小さくなっていまはもう一つの緑いろ貝ぼたんのやうに見える森の上にさっさっと青じろく時々光ってゐるのはきっとその孔雀のはねの反射だらうと思ひました。けれどもカムパネルラがやはりそっちをうっとり見てゐるのに気がつきましたらジョバンニは何とも云へずにかなしい気がして思はず「カムパネルラ,こゝからはねおりて遊んで行かうよ。」と云はうとしたくらゐでした。    (下線は引用者)

 

ここで注目したいのは,「橄欖の森」が「竪琴」の音が奏でられている「琴(ライラ)の宿」と同じ意味で使われていることである。これは,ギリシャ神話の竪琴の名手オルフェウスが,死んで天上世界へ旅だった妻のエウリディケを追いかけて連れ戻そうとする悲恋物語を連想させるものである(入沢・天沢,1979)。エウリディケという名は木の「妖精」(Nymph)という意味である。星座で言えば「琴座」(ラテン語でLyra)に纏わる神話である。童話『銀河鉄道の夜』でも「橄欖の森」の場面で主人公の1人であるカムパネルラは「うっとり見てゐる」とあるように「女の子」に恋をする。カムパネルラは,ステッドラーの色鉛筆も買えるほどの裕福な「男の子」という設定である。

 

また,ギリシャ神話と異なるところの1つとして,『銀河鉄道の夜』ではこのカンパネルラの恋に対してジョバンニが嫉妬することである(三角関係)。このように,童話『銀河鉄道の夜』の発想には,恋物語が関係している。

 

賢治は文語詩「機会」によれば,生涯に4回の恋をしたことになっていて,その中には「瞳が茶色」で「背のすらり」とした女性との相思相愛の熱烈な恋もあったという(澤口,2010,2013;重松ら,2011;澤村,2010;吉増,2018),

 

賢治作品に登場する恋人が,実際に賢治が恋した女性を指しているかどうかはわからない。詩集の中の「春と修羅」の副題に“mental sketch modified”(修正された心象スケッチ)とあるように,事実に基づくものでも修正あるいは修飾されている可能性は高い。また,賢治は「農民芸術概論」(1926)で「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」と述べているように,残された文字の上では恋人だけとの幸せは望んでいない。しかし,相思相愛の恋の経験があったなら,修正した形にせよ作品に登場してきてもおかしくはない。

童話『銀河鉄道の夜』には,研究資料としての生原稿や創作メモなどが多数残されていて,その一つとしてこの物語の初期形(第一次稿)の原稿78葉余白には自筆鉛筆書きの創作メモとして,「カムパネルラをぼんやり出すこと,」「カムパネルラの死に遭ふこと,」「カムパネルラ,ザネリを救はんとして溺る。」の文字が記載されているが,裏側には2行にわたって「カムパネルラ/〇〇〇の恋(左わき3文字は縦線が入っていて判読不明)」の文字がある。カムパネルラの文字の左わきの〇で記した3文字は無理に読もうとすれば第1字はおそらく「外」で,第2字は「道」または「色」,第3字は書きかけの文字だと言われている(入沢,1997)。

 

賢治研究家の入沢康夫天沢退二郎(1979)は,この消された2文字は「外色」と読んでは意味が通じないので「外道」ではないのかと推測した。一方,澤口(2013)は,この3文字の2字は「水色」であり,裏面には「カムパネルラ/水色の恋」と記載されているのだと推測している。

 

賢治の作品で『銀河鉄道の夜』と同じく「三角関係」の恋を扱ったものに『土神ときつね』(1934年に発表)という寓話がある。この寓話は,綺麗な女性に擬人化されている「樺の木」をめぐって谷地に住む「土神」と南から来る「狐」が恋の鞘当てをする物語であり,「土神」と「狐」の恋愛の苦悩(嫉妬や怒り)が描かれている。原稿の表紙には,「土神,……退職教授/きつね,……貧なる詩人 樺の木,……村娘」」と創作メモが残されているが,この「樺の木」を「先住民」の女性,「土神」を「先住民」の神,そして「狐」を南から来た「移住者」に喩えると理解しやすい。

 

この寓話で,「土神」は,ハイネの詩とかドイツ製の天体望遠鏡を自慢する「狐」が「樺の木」に恋したことに嫉妬し「狐」を殺してしまうという話になっている。また,物語では「樺の木」はどちらかというと「狐」の方が好きということになっている。「樺の木」は日本在来種の「ヤマザクラ」(山桜; Cerasus jamasakura (Siebold ex Koidz.) H.Ohba ),「オオヤマザクラ」(Cerasus sargentii (Rehder) H.Ohba)あるいは「カスミザクラ」(Cerasus leveilleana ( Koehne ) H.Ohba,2001)などのバラ科植物の可能性がある。

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第1図.ヤマザクラ

「東北」にとって「ヤマザクラ」は観賞というよりは商品価値の高いものとして重宝がられていた。赤みを帯びた美しい縞模様のある樹皮を使って茶筒などの工芸品(樺細工)が作られている。「ヤマザクラ」の樹皮はアイヌ語カリンバニ(karimpa-ni)と呼ぶ。「カリンバ(karimpa)」はアイヌ語で「纒く」(枕にする)の意味で,「ニ(ni)」は樹皮という意味である。すなわち,「カリンバニ」は,「枕にする皮」という意味になる。何かエロチックな名であり,また『銀河鉄道の夜』の主人公の1人であるカムパネルラの名前とも重なる。童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)でもこの「ヤマザクラ」と思える「桜」がカムパネルラと一緒に登場する。

 

最近,秋枝美保(2017)は,賢治の寓話『土神ときつね』と詩集『春と修羅』の「いかりのにがさまた青さ」という詩句がある詩「春と修羅(mental sketch modified)」(1922.4.8)の内容が知里幸恵(1978)の訳した『アイヌ神謡集』(1版は1923年8月に出版)の神謡「谷地の魔神が自ら歌った謡“ハリツ クンナ”」と似ているということを報告している。共通点は「怒り」あるいは「焦燥感」だという。『土神ときつね』は,童話『銀河鉄道の夜』(第一次稿)の直前の大正11年(1922)年後半から12年(1923)中に書かれたとされている。この「怒り」あるいは「焦燥感」は,そのまま『銀河鉄道の夜』へも流れていくように思われる。

「橄欖の森」の「橄欖」については賢治研究者たちの間で意見が分かれる。「橄欖」を鉱物の橄欖岩とするものや,植物の「カンラン」(カンラン科;Canarium album (Lour.) Raeusch)あるいは聖書に登場する「オリーブ」(モクセイ科;Olea europaea L.)とするものもいる(石井,2014)。この「橄欖」の「ほんとう」の意味は,物語の初期形第一次稿ができた年の直前に書かれた作品で,同じ「橄欖」の文字が登場する作品を詳細に調べると理解できるかもしれない。

 

2.詩「マサニエロ」に登場する「橄欖」と「杉」

「橄欖」という文字は,大正十二年に賢治の相思相愛の恋人を詠んだとされる詩集『春と修羅』の「マサニエロ」(1922.10.10)に登場する。詩「マサニエロ」は,賢治の勤めていた農学校の裏手にある花巻城址(歴代の南部藩花巻郡代の居城)の高台から花城小学校辺りの景観を読んだ詩とされている(澤口,2010)。この詩には「すゞめ すゞめ/ゆっくり杉に飛んで稲にはいる/そこはどての影で気流もないので/そんなにゆっくり飛べるのだ/(なんだか風と悲しさのために胸がつまる)/ひとの名前をなんべんも/風のなかで繰り返してさしつかえないか」という恋人の名前を呼びたくても呼べない切ない恋心の表現のような言葉が並ぶ。

 

賢治の恋人はこの小学校の代用教員として勤めていた。この詩には「杉」(2回登場),「ぐみの木」,「すすき」,「桐」,「蓼(たで)」,「稲」,「桑」,「蘆(あし)」といった沢山の植物が登場するが,「杉」だけが異様に目立つのである。「杉」はヒノキ科の常緑針葉樹の「スギ」(Cryptomeria japonica (L.f.) D.Don)のことで,真っ直ぐに伸びる(直木)という名が由来の我が国の在来種である。この詩の「杉」には1回読んだだけでは意味が通じない形容語句がつく。

 

詩の中で2回登場する「杉」の1番目は,「(と橄欖天蚕絨,杉)」である。この語句を括っている丸括弧の記号は独り言である。つまり,賢治は恋人が務める小学校を見て「(濠と橄欖天蚕絨,杉)」とつぶやいているのである。このつぶやきの後に,「マサニエロ」の上記引用文が続く。「濠」はお城の堀,「橄欖」は橄欖岩の緑色,「天蚕絨」は「天鵞絨」のことで,柔らかく光沢感のあるビロード(ベルベット)のような織物のことである。「天鵞」は白鳥で,白鳥の翼のように光沢があるという意味である。一方,「天蚕」はヤママユガ科の蛾の「ヤママユ」(Antheraea yamamai )で,その繭から薄い緑色の線維「天蚕糸(てぐす)」がとれる。蛾はアイヌ語で火(アぺ ape)に寄って来ることから「アペトゥムペ apetumpe」という。

 

なぜ賢治は,「天鵞(=白鳥)」を「天蚕」に変えたのかは分からないが,「橄欖天蚕絨,杉」を単純に解釈すれば,「葉が緑色で光沢感のある杉」という意味である。しかし,スギの葉の色を光沢のある緑と形容するのに,賢治は,なぜ「橄欖天鵞絨」という意味の取りにくい形容語句をつけたのだろうか。特に,「橄欖」は重要な言葉である。なぜなら,前述したように,童話『銀河鉄道の夜』の初期形第一次稿は,第四次稿の九章に当たる「ジョバンニの切符」の「橄欖の森」の場面から始まるからである。

 

3.詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕に登場する「杉」

詩集『春と修羅 第二集』の詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕(1924.5.18)にも詩「マサニエロ」と同様の「杉」が登場する。

  詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕(1924.5.18)

    日はトパーズのかけらをそゝぎ

    雲は酸敗してつめたくこごえ

    ひばりの群はそらいちめんに浮沈する

       (おまへはなぜ立ってゐるか

        立ってゐてはいけない

        沼の面にはひとりのアイヌものぞいてゐる)

   一本の緑天蚕絨の杉の古木

   南の風にこごった枝をゆすぶれば

   ほのかに白い昼の蛾は

   そのたよリない気岸の線を

   さびしくぐらぐら漂流する

       (水は水銀で

        風はかんばしいかほりを持ってくると

        さういふ型の考へ方も

        やっぱり鬼神の範疇である)

   アイヌはいつか向ふへうつり

   蛾はいま岸の水ばせうの芽をわたってゐる

         (宮沢,1985)下線は引用者

この詩では,1本の緑天蚕絨の「杉」の古木が,その近くの鏡の面を持つ沼に現れる先住民「アイヌ」の幻影と一緒に登場する。また,この下書稿では,「そこの住む古い鬼神」,「薬叉はいつか向ふへうつり」あるいは「樹神」という言葉もあり,また一旦書かれて削除された詩句には「沼はむかしのアイヌのもので/岸では鍬や石斧もとれる」とあるように,詩に登場する「杉」には「アイヌ」の「鬼神」あるいは仏教の「薬叉」(夜叉のこと)が取り憑いているように思える。

 

賢治の恋を読んだ最初の詩「マサニエロ」には,「杉」と一緒に「ひとの名前をなんべんも/風のなかで繰り返してさしつかえないか」といった切ない詩情が語られるが,2年以上経過して詠んだ詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕には,「怒り」の「鬼神」が宿った「杉」が登場することになる。2つの詩の「杉」が共通の女性を比喩しているのなら,多分,この間に賢治と恋人との破局が訪れたのであろう。

 

詩の引用箇所の最後の「水ばせう」は,植物の「ミズバショウ」(サトイモ科;Lysichiton camtschatcense S.)のことで葉が変形して花のように見える「仏炎苞」と呼ばれる苞が特徴である。「仏炎苞」という名は,苞が仏像の背後にある炎をかたどる飾り(後背)に似ていることによる。それゆえ,詩の最後の2行は,恋人が「怒り」とともに去ったのち,火に集まる習性のある蛾に化身した賢治が仏教の暗喩ともとれる仏炎苞を持つ「水ばせう」のまだ芽の上を「たよりなく,さびしくぐらぐらと」漂流しているとも読める。さらに,一般化すれば,「先住民」と共に並んで「東北」の大地に立つことのできない「移住者」の末裔の苦悩を語っているのかもしれない。

 

さらに,「杉」と一緒に,恋人の決して呼んではいけない名前を呟くもう1つの詩がある。詩集『春と修羅』(第三集)の〔エレキや鳥がばしゃばしゃ翔べば〕(1927.5.14)には,「枯れた巨きな一本杉が /もう専門の避雷針とも見られるかたち/……けふもまだ熱はさがらず/Nymph, Nymbus, Nymphaea, …… 」とある。Nymph(ニンフ)は,山,川,海,森などにすむ半神半人の少女の妖精で,Nimbus(ニンバス)は後光(光の雲)で,Nymphaea(ニンフェア)は,ヒツジグサNymphaea tetragona Georgi)のようなスイレン属の植物のことである。

 

賢治は,年譜によれば父方および母方ともに京都の藤井将監という人が始祖だとされる。この藤井将監は,17世紀後半(江戸中期の天和・元禄年間)に花巻にやって来た公家侍のようである。この子孫が花巻付近で商工の業を営んで宮沢まき(一族)とよばれる地位と富を築いていった(堀尾,1991;畑山・石,1996)。すなわち,賢治は,生粋の東北人ではない。

 

詩集『春と修羅』の詩「過去情炎」(1923.10.15)で「わたくしは移住の清教徒ピューリタン)です/(中略)/もう水いろの過去になっている」(下線は著者)と言っている。詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕に登場する「先住民」を暗喩する沼の傍あるいは「先住民」の恋人を暗喩する「杉」と並んで「(おまへはなぜ立ってゐるか/立ってゐてはいけない)」と賢治が呟くのは,宮沢家(あるいは宮沢一族)が「先住民」に対して対立する側の眷属すなわち「移住者」の末裔であり,それが原因の一つで賢治の恋が破局したことに対する後悔あるいは焦燥なのかもしれない。

 

一方,恋人の側の情報は少ないが,恋人の母は仙台藩武家の出で,恋人と同じく凛として気丈な女性だったという(澤口,2010)。賢治の恋の破局の顛末は童話化した形で『シグナルとシグナレス』という形で岩手毎日新聞に連載公表されたと推測する研究者もいる(澤口,2010)。「シグナル」は東北本線側の信号機で「シグナレス」は岩手軽便鉄道側の信号機を擬人化したもので,それらを取り巻く両家の親族および近親者と思われる擬人化された電信柱たちが登場し,「シグナル」と「シグナレス」の結婚を反対する様子がユーモアとペーソス(哀愁)を交えて描かれている。

 

2本の信号機は結婚を誓い合い「シグナル」は「シグナレス」へ「琴座」のM57環状星雲を婚約指輪に見立てて贈ったりもする。賢治の恋の破局の本当の理由は知る由もないが,もしも,相思相愛の恋人が先祖代々「東北」の地に住んでいる家系の女性で,それが破局の原因の一つであったのなら,賢治にとって「先住民」と「移住者」及びその末裔の間の軋轢は,解決されなければならない重要な問題になったのは確かであろう。 

 

4.「先住民」と「橄欖岩」の大地

次に,詩「マサニエロ」の「杉」を形容する「「橄欖天蚕絨」の「橄欖」について考察してみたい。

 

この「橄欖」は,地中のマントル上部を構成する火成岩の一種でオリーブ色(濃緑色)の「橄欖岩(olivin)」のことである。その殆どは地下に存在する。「橄欖岩」は変性作用を受けやすく地表で見られる場合には殆どが「蛇紋岩」に変化してしまう。賢治の愛した「種山ヶ原」は「蛇紋岩」の大地である。童話『種山ヶ原』(1921)に「種山ヶ原というのは北上山地のまん中の高原で,青黒いつるつるの蛇紋岩や,硬い橄欖岩からできています」とある。

 

ただ,日本には世界的に有名な「橄欖岩」の産地が別にある。その産地とは,北海道様似町で日高山支稜線西南端に位置する標高810mの「アポイ岳」である(幌満かんらん岩;Horoman-peridotiteとして有名)。アポイ岳を含む日高山脈は,かつて東側の地下の岩盤である北米プレートと西側のユーラシアプレートが激しく衝突しめくり上がるようにして乗り上げてできたとされる。その際,プレートの下にあったマントルの一部が地表に押し上げられ「橄欖岩」の山・「アポイ岳」ができたという(加藤,2013)。地質学者でもある賢治が知らないわけがない。賢治が興味を示したのはこれだけではない。「アポイ岳」はアイヌ語で「火のある処;ape-o-i」を意味し,「アイヌ」の人々にとって容易に立ち入ることができない聖域である「神の山;kamuy nupuri」であったということである。

 

アポイ岳」は,また「三角測量」の一等三角点でもある。日高山脈に属する山として同じく「アイヌ」の人々が神の山とする「カムイエクウチカウシ山」も一等三角点になっている(1900年)。明治新政府は,明治2(1869)年に,それまで「蝦夷(エゾ)」と呼ばれていた「先住民」の住む土地を北海道と改めた。「三角測量」は北海道では明治六(1873)年に苫小牧の勇払原野の勇払基線から始まる。「三角測量」は,先住民の「アイヌ」の人々にとっては先祖代々の土地が奪われるということを意味する。

 

賢治が生まれた3年後の明治32(1899)年に,「アイヌ」の土地所有権の制限(不動産の相続権の停止など),アイヌ語の廃止,日本の同化政策を目的とした北海道旧土人法が制定された。興味あることに,「日高」と「北上」は語源を同じくしているらしい。「北上」は「日高見(ひだかみ)」の転訛だという。『日本書紀』に「東北」の「蝦夷」の住んでいた地方を「日高見国」と言ったとある(Wikipedia執筆者,2018)。

 

「スギ」は北海道には自生していない。しかし,「スギ林」は北海道の中央部に位置する月形町(北限)や道南地方にたくさん見受けられる。この月形町の「スギ林」は明治政府によって明治23(1990)年に植栽されたものである(北海道森林管理局,2018)。すなわち,北海道の「先住民」にとって植林された「スギ」は奪われた土地を象徴する。詩「マサニエロ」に登場する「橄欖天蚕絨」と形容した「スギ」に「アイヌ」あるいは「蝦夷(エミシ)」の「鬼神」が取り憑いても不思議ではない。

 

北上山系が「蛇紋岩」の大地であるということは,さらに,もう1つ重要な意味が隠されている。それは,「蛇紋岩」の地層が多く見られる所には,「砂金」も多く含まれるということである。すなわち,北海道の日高山系と同様に北上川流域を始め,「東北」ではかなりの「砂金」が採れた。それが寛治元年(1087)から約100年間の「蝦夷(エミシ)」の系統を継ぐとされる奥州藤原氏の栄華の源泉だった。この栄華を象徴するのが平泉にある「中尊寺」の「金色堂」である。この「金色堂」の装飾品として,夜光貝を用いた螺鈿細工や孔雀であしらわれた須弥壇が見られる。

 

これらは,「童話『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿)の最初にでてくる「橄欖」の森が「貝ぼたん」に見えたり,孔雀が連想されたりするのと関係がありそうである。「東北」は,酸性土壌で不毛な大地ではあるが,金を産出するということで栄華を極めたときもあった。また,「中尊寺」の参道には,江戸時代に仙台藩が植林した樹齢300年を超える「杉並木」がある。仙台藩は,平泉の随所に「スギ」を植林し,中尊寺を手厚く保護した。この植林は土地開発ではなく森林保護が目的とされている(岩手県立図書館,2018)。賢治は「橄欖の森」を日高山系や平泉の「中尊寺」辺りの森をイメージして物語に導入したとも思われる。

 

5.「橄欖岩」の大地に咲く「アイリス」

賢治の恋人らしい女性がでてくる重要な詩に,詩集『春と修羅 第二集』補遺にある「若き耕地課技手のIrisに対するレシタティヴ」(1925.7.19)というのがある。この詩は,詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕の2か月後に詠まれたもので,詩「種山ヶ原」の下書稿の一部を独立・発展させたものである。耕地課とは,昔の稗貫郡か江刺郡の役所の1つの部門と思われ,その若き技手とは耕地課の職員の助手ということで賢治のことだと言われている(宮城・高村,1992)。賢治が農学校の教員だったころ,耕地課の職員と一緒に「種山ヶ原」の土地開発のための測量を手伝ったときの様子を詠んだ詩のようである。

 

「Iris」は,植物の「アイリス」あるいは「イリス」のことでアヤメ科アヤメ属の学名である。賢治の詩に登場する「カキツバタ」(Iris laevigata Fisch)や「シャガ」(Iris japonica Thunb.)を指す(いずれも在来種)。「カキツバタ」は茎先に青紫色の花をつける。「Iris」には,植物以外に眼の「虹彩(Iris)」の意味もある。これもとても重要なことで後述する。

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第2図.シャガの花

詩の最初は,賢治とは別行動している測量班の人々が「種山ヶ原」を測量して地図を仕上げていく様子が描かれているが,後半は測量後に予想される「種山ヶ原」の様子や昔の恋人を回想する場面が登場する。

 (前略)これは張りわたす青天の下に /まがふ方ない原罪である /あしたはふるふモートルと/ にぶくかゞやく巨きな犁(すき)が /これらのまこと丈高く /靱(つよ)ふ花軸の幾百や /青い蝋とも絹とも見える /この一一の花蓋(かがい)と蕋(しべ)を/ 反転される黒土の /無数の条に埋めてしまふ(後略)               (宮沢,1985)下線は著者

「種山ヶ原」の土地開発のために,明日は,この一帯に電動機(moter)の音が鳴り響き,巨大な犂によって土壌が掘り起こされ,「種山ヶ原」の無数の在来種の「アイリス」の花軸,花蓋(萼と花弁),蕊(雌しべと雄しべ)が土の中に埋められる様子が想像されている。ここで注目しなければいけないのは,このような開発行為を「原罪」としていることである。これは,前述した詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕に登場する「アイヌ」の「鬼神」が取り憑いた日本在来種の「杉」と関係がありそうである。

 

「種山ヶ原」一帯の北上山地は,古くから「先住民」である「蝦夷(エミシ)」が住んでいた土地である。賢治はこの場面でも「先住民」が住んでいた土地に開発の手が入ることに憂慮している。さらにこの詩には続きがある。この詩の下書稿には,「むしろわたくしはそのまだ来ぬ人の名を/このきらゝかな南の風に/いくたびイリスと呼びながら/むらがる青い花紅のなかに/ふたゝび地図を調へて/測量班の赤い旗が/原の向ふにあらはれるのを/ひとりたのしく待ってゐやう」と,詩「マサニエロ」と同様に恋人を日本在来種の「アイリス」,あるいは「先住民」である「蝦夷(エミシ)」と重ねて,その名前を繰り返し呼んでいるのである。

 

詩「種山ヶ原」や「若き耕地課技手のIrisに対するレシタティヴ」に記載せずに下書稿に残した一節に賢治の本心があるとすれば,破局がなければやがて訪れるであろう「種山ヶ原」の「ドリームランド」を夢みて集まる開拓民の家族の中に恋人との生活もあったのだと想像しているのだと思う。

 

さらに,結婚というテーマで作った詩も残されている。詩集『春と修羅 第二集』のアイルランド風というメモ書きのある「島祠」(1924.5.23)には,「鷗の声もなかばは暗む/そこが島でもなかったとき/そこが陸でもなかったとき/鱗をつけたやさしい妻と/かってあすこにわたしは居た」とある。「前世」では海の底で「人魚」(妖精;Nymph)の妻と結婚していたかもしれないという切ない恋歌である(米地,2015;浜垣,2018)。恋人を「妖精」の「人魚」に喩えたのは,恋人が飲食業を営む実家の手伝いをしていて手が魚の鱗のように荒れていたからだという。

 

以上,童話『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿)の最初に登場する「橄欖の森」について考察した。この物語は「コロラド高原」の「インディアン」が登場してくるように夢の中では北米大陸を舞台にしているが,賢治がこの物語を創出する時点では「インディアン」と重ねるように北海道の日高山系あるいは「東北」の北上山系の「蝦夷」など「先住民」が住み,過去には砂金も採れた「橄欖岩」を産出する大地がイメージされていた。そこには,賢治の相思相愛で「背のすらり」とした恋人をイメージできる在来種である「杉」の森が存在し,「アイリス」の青い花が咲き乱れていた。(続く)   

 

引用文献 

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本稿は人間・植物関係学会雑誌17巻第2号15~21頁2018年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅴ)-なぜカムパネルラは自分を犠牲にしてザネリを救ったのか-

Keywords: 赤い腕木の電信柱,文学と植物のかかわり,蝦夷,ヒバ,薤露青(かいろせい),鬼神,くじら,まっくらな巨きなもの,澪標(みおつくし),石炭袋

 

本稿では,総集編Ⅲと総集編Ⅳに引き続き植物によって解き明かされた難解な用語について総説する。

 

1.くじら,まっくらな島,巨きな黒い野原,石炭袋(空の穴)

1)先住民の共同体意識

「先住民」を暗に示す言葉として『銀河鉄道の夜』では「橄欖の森(エミシの森)」を通過するときに<女の子>とカムパネルラの会話の中に出てくる「くじら」(第一次稿と第二次稿)がある。また「先住民」が「移住者」に示す「疑い」や「反感」・「憎悪」の共同体意識は,渡り鳥の信号手のいる「まっくらな島」(第一次~第四次稿),インディアンが登場してくる「巨きな黒い野原」そして最終章の「そらの穴(石炭袋)」(第一次~第四次稿;石炭袋は天文学的には暗黒星雲のことである)として表現されている。

 

詩集『春と修羅 詩稿補遺』の「境内」にある賢治がどうしても動かすことができなかった「まっくらな巨きなもの」(石井,2018b),童話『双子の星』で双子が箒星(空のくじら)によって落とされた「天の川の落ち口」(石井,2019b),あるいは童話『ガドルフの百合』の「巨きなまっ黒な家」も同様な意味で使われていると思われる。

 

この「先住民」の示す共同体意識(共同幻想)に対して「先住民」と「移住者」は異なった対応をする。『銀河鉄道の夜』の「そらの穴」が出てくる場面で,「先住民」側のジョバンニは,「そっちを見てまるでぎくっと」としてしまうが,「移住者」側と思われるカムパネルラは,「少しそっちを避けるやうにしながら」指さす。すなわち,「移住者」の末裔である賢治は,この「まっくらな巨きなもの」と対決せずに避けているように思われる。

 

賢治のこの「まっくらな巨きなもの」を避ける理由は,「先住民」に対する「嫌悪(あるいは蔑視)」と「恐怖」である。山形県の農村で暮らしたことのあるノンフィクション作家の吉田(2002)も,賢治には「明日なき絶望のために酒を飲んではクダを巻く荒廃農民や小作人の堕落と腐敗への嫌悪と恐怖」があり「足が一歩も花巻の村々の奥に進まない」と言っている。吉田はこの「まっくらな巨きなもの」に相当する言葉として,賢治の「嫌悪」と「恐怖」が地主と小作の階級対立から生まれたものとみなして「封建的暗黒」という言葉を使っている。

 

しかし,賢治の「先住民」に対する「嫌悪」と「恐怖」は,階級対立だけから生じたのではない。宮沢一族は,賢治の父親を含め地域財閥の大地主であるが,京都出身(公家侍)の「移住者」の末裔である。著者は,「東北」に在住していた「先住民(アイヌあるいはエミシ)」の末裔達と彼らを恐れる京都に都を置いた大和朝廷から続く歴代の中央政権との歴史的対立も大きな要因の1つと考えている。

 

この「先住民」に対する「嫌悪」は,第一次稿と第二次稿ではカムパネルラに言わせた「くじらはけだもの」,あるいは第四次稿では後述する活版所で技術者達の「冷たい笑い」で表現されている(石井,2019b)。古代の大和朝廷側の人達が「東北」の「蝦夷(エミシ)」を「毛人」と記して「エミシ」と呼んだこともある。

 

「恐怖」の感情と思われるものは,賢治が制作した詩の中で表現されている。賢治は,1924年の夏に開催された農学校の『種山が原の夜』という劇で,「楢(なら)の樹霊」,「樺(かば)の樹霊」,「柏の樹霊」,「雷神」という「先住民」が信仰する土着の神々を「卑賤(ひせん)の神」のつもりで「滑稽(こっけい)」に,あるいは「笑い」の対象として舞台に移し登場させたことがあった。この後,賢治が青年会に招かれて農事講和(山を切り崩しその石灰岩末で酸性土壌を改良する話)をしたときに,聴衆の老いた権威者(組合のリーダー格)から「あざけるやうなうつろな声で」,「祀られざるも神には神の身土がある」と批判されてしまう。

 

これは,祭祀されていない山や土や樹木にも,神としての身と座(いま)す場所があるという意味である。この時の感情表現として,未定稿詩〔夜の湿気と風がさびしくいりまじり〕(1924.10.5)では,「わたくしは神々の名を録したことから/はげしく寒くふるえてゐる」(下線部は引用者による)と「農民(先住民)」に対する「恐怖」で震えている様子が描かれている(石井,2019b)。

 

2)鬼神

当時賢治と交流のあった森(1979)は,詩集『春と修羅』刊行の頃(1924)にこの「まっくらな巨きなもの」と関係すると思われる「鬼神」(卑賤の神)の話を賢治から直接聞いている。賢治が近隣の町から山道を通って帰途中に雨に降られ,あわててトラックの荷台に乗せてもらったが,高熱を出してしまう。このとき,うなされて夢うつつになった賢治は「小さな真赤な肌のいろをした鬼の子のような小人のような奴らが,わいわい口々に何か云いながら,さかんにトラックを谷間に落とそうとしている」幻覚を見たというのである。また,学校劇で「雷神」を演じた生徒が翌日に他の生徒のスパイクで負傷したという話も聞いている。

 

前者は,童話『双子の星』の箒星(空のくじら)によって双子星であるチュンセ童子とポウセ童子が「天の川の落ち口」に落とされる話と似ている(石井,2019b)。このとき二人はどこまでも一緒に落ちようとした。チュンセ童子には賢治が,ポウセ童子には恋人が投影されていると思われる(石井,2019a)。

 

森(1979)は,大正14年(1925)の秋に農学校で賢治から「鬼神の中にも,非常にたちのよくない<土神>がありましてねえ。よく村の人などに仇(悪戯とか復讐とかをひっくるめていうことば)をして困りますよ」という話も聞いている。この話は,ドイツ製の望遠鏡を自慢する南からきた<きつね>(移住者)が「先住民」の女性を比喩する<樺の木>に恋をするという寓話『土神ときつね』(1922年後半~1923年中の作品)を彷彿させる。沼地の祠に住む悪戯好きの「先住民」の神である<土神>が,<きつね>と<樺の木>の恋に嫉妬して,<きつね>を「地べたに投げつけてぐちゃぐちゃ四五へん踏みつけて」殺してしまうという物語である。<きつね>には賢治が,<樺の木>には恋人が投影されていると思われる(石井,2018a,2019a)。

 

詩集『春と修羅 第二集』の詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕(1924.5.18)には,破局後に賢治が花巻近郊の「アイヌ塚」(現在は「蝦夷塚」)と呼ばれた塚の1本の「スギ」の傍に立ったとき,「おまへはなぜ立ってゐるのか/(杉と並んで)立ってゐてはいけない(括弧内は引用者による)」と声が聞こえたとか,沼の面から「アイヌ」の「鬼神」が覗くといった幻覚を体験したことが描かれている(石井,2018a)。

 

また,詩集『春と修羅』の中の「原体剣舞連(mental sketch modified)」(1922.8.31)には,平安時代に平泉近くの達谷窟を拠点に構えた「蝦夷(エミシ)」の首長・悪路王が京都に都を置く中央政権の軍隊に屈服される様子が描かれている。「蝦夷(エミシ)」は大和朝廷により征伐されるべき「鬼」とされた。踊り子達によって一夜中繰り広げられる剣舞は,「四方の夜の鬼神」(屈服された者達の亡霊)をまねくことになる(石井,2016d)。一夜中剣舞を舞い続けるのは,「鬼神」や亡霊の怒りを鎮めるためともいう。

 

しかし,賢治の幻覚の中に「鬼神」が出現するのは,賢治自身が「恋人」あるいは「先住民」の怒りを身体で感じているからであろう。賢治は,先住民達の深層意識の中にある「まっくらな巨きなもの」を恐れている。

 

宮沢家にとって,「鬼神」の話をすることは「タブー」であったという(森,1979;桑原,2001)。

 

2.ヒバのある家に住むザネリ

(カムパネルラはなぜ自分を犠牲にしてザネリを救ったのか)

物語の第四次稿で登場する「えりの尖ったシャツ」を着ているザネリは,「ヒバ」が植えられている家に住んでいて,「らっこの上着が来るよ」と言ってジョバンニを「いじめ」の対象にする。「ヒバ」はヒノキ科の常緑高木で,ネズコ属,アスナロ属の全ての変種を含めた総称であるが,「走るときはまるで鼠のやうなくせに」とジョバンニに言わせているので,材が鼠色に近い陰樹の「ネズコ」(ヒノキ科;Thuja standishii Car.),あるいは葉が「尖っている」ので葉を鼠の通り道に置いて鼠を通れなくするのに使う別名がネズミサシの「ネズ」(ヒノキ科;Juniperus rigida Sieb.et Zucc.)であろう。「ネズコ」も,「スギ」と同様に在来種である(石井,2013c,2019b)。

 

「東北」にかつて住んでいた「先住民」は,最後まで農耕文化を拒否し大和朝廷に抵抗した「まつろわぬ民」としての「蝦夷(エミシ)」以外に「俘囚(フシュウ)」と呼ばれた人達がいた。「俘囚」は7世紀から9世紀まで断続的に続いた朝廷と「蝦夷(エミシ)」の戦争の過程で,朝廷へ帰属した「蝦夷(エミシ)」につけられた名称である。

 

ジョバンニは純粋に「先住民(狩猟民)」の子孫を親に持つ子供として設定されているが,ザネリはジョバンニよりは経済的に恵まれた,多分農耕を受け入れた「俘囚」と呼ばれた「先住民(農民)」の子孫を親に持つ子供というイメージが付与されていると思われる。すでに,賢治研究家の廣瀬(2019)は,ザネリの名が「イネ(稲)」とイネの学名(属名)である「オリザ」を連想させるとして,ザネリを稲作農家の子供と推測していた。すなわち,ザネリとジョバンニが登場する場面は先住民同士の対立が描かれているように思われる(石井,2019b)。

 

賢治の創作メモに「カムパネルラ,ザネリを救はんとして溺る」というのがあるが,実際には第四次稿(1931年以降)で反映させている。なぜカムパネルラは自己を犠牲にしてまでザネリを救ったのか。この答えとなるのが同時期に制作された童話『グスコーブドリの伝記』(1932年執筆とあるが先駆形は1931年)と賢治の仕事にある。

 

前者の童話は,自分を犠牲にして火山島を爆発させて気温を上げて農民を冷害から救うという話である。後者の仕事は,賢治の健康が回復しつつあった昭和4〜5年(1929 ~1930)に,偶然にも北上山系の南にある一関市東山町にある東北砕石工場の鈴木東蔵に出会い,1931年の2月に東北砕石工場の嘱託技師になったことである。

 

鈴木は「石灰岩」とカリ肥料を加えた安価な合成肥料の販売を計画していて,「東北」の酸性土壌の大地を「石灰岩末」で中和することを夢みていた賢治はそれに賛同する。賢治は「石灰岩末」を農民にもわかりやすくするため肥料用の「炭酸石灰」と命名している。賢治は,製品の改良,広告文の作成,重い製品見本をトランクに詰めての製品の注文取りと販売など東奔西走するが,この仕事は賢治の病弱な体には荷が重すぎていたようで,また高熱で倒れ病臥生活に戻ってしまう。昭和6年9月27日に賢治は父に「もう私は終わります」と電話したという(原,1999)。賢治はこの後,健康が回復することはなく2年後に世を去る。 

 

カムパネルラに賢治自身が,またザネリに「先住民」の子孫の農民が投影されているとすれば,賢治は「先住民」に「嫌悪」と「恐怖」を感じながらも第四次稿執筆の時点では,自分を犠牲にしてでも「先住民」の農民を救うという決意を示したことになる。「石灰岩末」に「ウミサソリ」の化石が含まれることがあるということと,賢治が高熱で倒れたことを考えると,賢治自身が法華経の「薬王菩薩本事品第二十三」の「焼身供養」を象徴する「蝎の火」(一切衆生憙見菩薩)になったのである。 

 

この決意には伏線がある。詩集『春と修羅』の「雲とはんのき」(1923.8.31)に「(ひのきのひらめく六月に/おまへが刻んだその線は/やがてどんな重荷になつて/おまへに男らしい償ひを強ひるかわからない)/手宮文字です 手宮文字です」(下線部は引用者による)という詩句がある。

 

手宮文字」とは,北海道小樽市の洞窟遺跡に「先住民」が刻んだ線刻で,これが文字なのか彫刻なのか謎とされているものである。多分,このとき賢治は,破局した恋人に対して何らかの決心をせまられていたと思われる(澤口,2010;石井,2018a)。すなわち,創作メモに「カムパネルラ,ザネリを救はんとして溺る」と記したのは,1つには破局して米国へ行ってしまった恋人への「男らしい償ひ」を実践しようとしたからかもしれない。詩「雲とはんのき」の最後は「わたくしはたったひとり/つぎからつぎと冷たいあやしい幻想を抱きながら/一挺のかなづちを持って/南の方へ石灰岩のいい層を/さがしに行かなければなりません」(下線部は引用者による)という詩句で終わる。

 

そして,恋人の死(1927年),羅須地人協会の活動(1926~1927)の挫折を経験したのち,健康の回復と1931年に東北砕石工場の嘱託技師になったのを機会に,イーハトーブに暮らす沢山の農民を救うための捨て身の菩薩行を開始したと思われる。童話ではカムパネルラ(賢治)はジョバンニ(恋人)の「どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう」という願いには応えることはできなかったが,川に落ちたザネリ(痩せた土地で冷害に苦しむ「先住民」の農民)を自らの命と引き換えに救出しようとした。 

 

賢治は,「先住民」が示す「まっくらな巨きなもの」の中に突入する勇気はなかったが,先住民側に立とうとしたのである。活動最盛期に当たるときに詠んだ文語詩未定稿〔せなうち痛み息熱く〕(1931年頃)の下書稿には,当時の賢治の心境が克明に描かれている。痛みや熱を押しての訪問販売を終えて帰宅しようとした午後の一関駅辺りの待合室の風景描写である。下書稿の一部には「営利卑賤の徒にまじり/十貫二十五銭にて/いかんぞ工場立たんなど/よごれしカフスぐたぐたの/外套を着て物思ふ/わが姿こそあはれなれ」とある。ここでは,「よごれしカフスぐたぐたの外套」を着て,製品である「炭酸石灰」を十貫二十五銭で売っては商売が成り立たないなどと思案している賢治の姿がある。そして,そのような自分を「わが姿こそあわれなれ」と表現している。

 

「営利卑賤の徒」とは,詩ノートの〔わたくしどもは〕(1927.6.1)の仮想の妻が,夫が美しいという理由から二十銭で買った花を二円で売った話にも通じるが,かつては賢治自身が忌み嫌っていた生活者(営利卑賤の徒)の金銭感覚がいつのまにか自分自身にも身についてしまったというのである。しかし,自分自身が「哀れ」なのだということを訴えているのではない。賢治はこのとき,恋人の側にやっと並んで立つことができたのだということを実感したのだと思う。 

 

3.寄り添うように見える2本の赤い腕木の電信柱

第一次~第四次稿でジョバンニが夢から覚める時に「丁度両方から腕を組んだ」ように見える「赤い腕木」の2本の「電信柱」が出現するが,この「電信柱」はアルファベットの「A」の字形の高圧送電線用の「電力柱」(「A柱」あるいは支柱をもつ単柱)である可能性が高い(第1図A;石井,2017c)。「電力柱」には「木柱」,「鉄筋コンクリート柱」,「鉄柱」があるが,『銀河鉄道の夜』の「電信柱」は「赤い腕木」とあるように木材の「腕木」が取り付けられるので「木柱」であろう。「木柱」の場合には,真っ直ぐに伸びるもので長さも10〜20mは必要で,また資材の入手が比較的容易であるものが求められる。

 

最も多く使われる木材の樹種はヒノキ科常緑針葉樹の「スギ」である。また,この「電力柱」には「碍子」を介して電線を支えるための「腕木」が取り付けられるが,この「腕木」に用いるのは,材が硬く「曲げ」と「割裂」に対する抵抗が大きい「ケヤキ」が用いられてきた。「腕木」(あるいは「碍子(がいし)」)が「赤い」のは高圧送電線用の「電力柱」であることを示す。この木で作られた高圧送電線用の「電力柱」は,物語(第四次稿)の最終章で「蠍の火」と一緒に登場する高圧送電線用の巨大な「鉄塔」をイメージできる「三角標」の原型である(第1図B)。賢治は,この「赤い腕木」の「高圧送電線用A柱」の列を実際に北上川にも隣接する石鳥谷駅近く,あるいは後で述べる賢治らがイギリス海岸と命名した北上川の川岸で見たと思われる(石井,2017c)。

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第1図.赤い腕木の電信柱(A)とスケールアップされた鉄塔のイメージ図 (B).

 

賢治は,「みんなのほんたうのさいはひ」をどこまでも一緒に求めていくはずであった死んだ妹のトシ,生き別れた親友の保阪嘉内あるいは破局したが相思相愛の恋人への思いを馳せながら,その果たせなかった願いを二人が寄り添うようにも見える「高圧送電線用A柱」(スケールアップしたのが「三角点」にもなる「送電鉄塔」)に乗せ,「みんなのほんたうのさいはひ」を求めるための「道標」の「三角標」(宗教や「近代科学」の象徴物としての「三角形」をした教会の尖塔や送電鉄塔)として表現したものと思われる。

 

1)三角形をした電信柱にこだわる理由

なぜ,賢治はアルファベットの「A」の字形や「三角形」の形状にこだわるのかというと,それは,特に相思相愛の恋人との思い出を想起させるからと思われる。賢治の詩集『春と修羅』の「アイルランド風」というメモ書きのある「島祠」の下書き稿(二)(1924.5.23)は,「うす日の底の三稜島は」から始まり,「そこが島でもなかったとき/そこが陸でもなかったとき/鱗をつけたやさしい妻と/かつてあすこにわたくしは居た」で終わる。これは,賢治が遠い昔,海の底で「鱗」をつけた妻(仕事で手が「鱗」のように荒れていた恋人を人魚と表現した)と一緒だったかもしれないという歌である。

 

この詩の最初に出てくる「三稜島」は,架空の島で最初の下書き稿(一)では「三角島」となっている。賢治研究家の浜垣(2019)によれば,「三稜島」のモデルになった島は,陸奥湾青森県下北半島夏泊半島津軽半島に囲まれた湾)に浮かぶ「三角形」の形をした「湯の島」のことだという。最近,賢治研究家の米地(2019)が,相思相愛の二人の逢瀬の場所の1つとして青森の浅虫温泉をあげて,沖に浮かぶ「三角形」の「湯の島」は二人にとって懐かしい景観だったと推測している。

 

著者はまた,高圧送電線用の「A」の字形の「電信柱」が近くにあるイギリス海岸の青白い泥岩が露出した北上川の川岸も二人の逢瀬の場所の1つと思っている。

 

随筆風の童話『イギリス海岸』では,夏休みの農場実習の間に「私どもがイギリス海岸とあだ名をつけてよく遊びに行った」とある。この文章の「私どもは」という表現は,詩ノートの詩〔わたくしどもは〕の「わたくしどもは/ちゃうど一年いっしょに暮らしました」という詩句を思い起こさせる。ただし,地元ということもあり,二人が寄り添うということはなく,この童話に記載されている語句を借りれば「その南のはじに立ちますと,北のはづれに居る人は,小指の先よりもっと小さく見えました」(「南」は賢治、「北」と「小指」は恋人の比喩)という距離感であったと思われる。

 

2)澪標は電信柱の川面に映った影
 詩「薤露青」は,「みをつくしの列をなつかしくうかべ/薤露青の聖らかな空明のなかを/たえずさびしく湧き鳴りながら/よもすがら南十字へながれる水よ」という美しい詩句で始まる。「みをつくし(澪標)」は逆三角形(あるいは恋人の名の頭文字「Y」の字の形)の板を棒の上につけて水深を示した航路標識のことを言うが,この詩の中の「みをつくしの列」は,「電信柱」である「高圧送電線用A柱」の列が「逆さ富士」のように上下反転した形で川面に映し出された影と思われる。 

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第2図.Aはニラの葉についた露.Bはその拡大図.

 

「薤露」はニラの葉についた露で人命のはかなきことを意味するが,第2図のように実際の「薤露」をみると,葉の表面にある白い無数の小さな気孔が凸レンズ状になった露で拡大され,楕円あるいは三角形の無数の星にも見え,あたかも望遠鏡で銀河宇宙の覗いたようにも錯覚する。また,「空明」は清らかな水に映る「月影」あるいは「空中」という意味である。詩「薤露青」の全文を記載する。

166  薤露青 1924.7.17

みをつくしの列をなつかしくうかべ

薤露青の聖らかな空明のなかを

たえずさびしく湧き鳴りながら

よもすがら南十字へながれる水よ

岸のまっくろなくるみばやしのなかでは

いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から

銀の分子が析出される

   ……みをつくしの影はうつくしく水にうつり

      プリオシンコーストに反射して崩れてくる波は

     ときどきかすかな燐光をなげる……

橋板や空がいきなりいままた明るくなるのは

この旱天のどこからかくるいなびかりらしい

水よわたくしの胸いっぱいの

やり場所のないかなしさを

はるかなマヂェランの星雲へとゞけてくれ

そこには赤いいさり火がゆらぎ

蝎がうす雲の上を這ふ

   ……たえず企画したえずかなしみ

      たえず窮乏をつゞけながら

     どこまでもながれて行くもの……

この星の夜の大河の欄干はもう朽ちた

わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや

うすい血紅瑪瑙をのぞみ

しづかな鱗の呼吸をきく

    ……なつかしい夢のみをつくし……

声のいゝ製糸場の工女たちが

わたくしをあざけるやうに歌って行けば

そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が

たしかに二つも入ってゐる

    ……あの力いっぱいに

       細い弱いのどからうたふ女の声だ……

杉ばやしの上がいままた明るくなるのは

そこから月が出ようとしてゐるので

鳥はしきりにさはいでゐる

    ……みをつくしらは夢の兵隊……

南からまた電光がひらめけば

さかなはアセチレンの匂をはく

水は銀河の投影のやうに地平線までながれ

灰いろはがねのそらの環

    ……あゝ いとしくおもふものが

    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが

    なんといふいゝことだらう……

かなしさは空明から降り

黒い鳥の鋭く過ぎるころ

秋の鮎のさびの模様が

そらに白く数条わたる

(宮沢,1985)下線部は引用者による

「薤露青の聖らかな空明のなか」の意味は,木村(1987)によれば「北上川が夜空に浮かび上がるように南十字に向かって流れるさま」である。月光や星明りの中では,周辺が暗い場合,川面が光って空中に浮かび上がって見えるからだという。著者は,「薤露」が銀河宇宙のメタファーであると仮定して,この詩句は「南北に走る北上川の川面に青く映る銀河,電信柱あるいは月の影が月光や星明かりで浮かび上がっているさま」と解釈する。


 

すなわち,著者なりに「薤露青」の冒頭部分を翻訳すれば,「恋人を思い起こさせる電信柱(高圧送電線用A柱)の列を,銀河を投影している川面になつかしく浮かべ,たえずさびしく湧き鳴りながら,夜空に浮かび上がるようにして南十字星に向かって流れる水よ」であろう(第3図)。童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)でこの「薤露」に相当するものは,一章「午後の授業」で学校の先生がジョバンニ達にみせる沢山の光る砂粒の入った両面が凸レンズの模型である。

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第3図.「薤露青」制作時の花巻南の空(イメージ図).Aは赤い腕木の電信柱と北上川の川面に映った影.Bは逆三角形の形をした澪標.

 

「みをつくし」や「月」は前述したように恋人のことである。賢治は,恋人の名を隠していて,作品の中では逆三角形の形をした「みをつくし」あるいは「月」の影としか表現することができなかった。

 

また詩「薤露青」の中頃には,「わたくしはまた西のわづかな薄明の残りや/うすい血紅瑪瑙をのぞみ/しづかなの呼吸をきく/・・・・なつかしい夢のみをつくし・・・・/声のいゝ製糸場の工女たちが/わたくしをあざけるやうに歌って行けば/そのなかにはわたくしの亡くなった妹の声が/たしかに二つも入ってゐる」(下線部は引用者による)と記載されているが,「鱗」あるいは妹以外の「もう一つの声」も相思相愛の恋人のことであろう。

 

「瑪瑙(メノウ)」は,縞模様が入る二酸化ケイ素を主成分とする鉱物(宝石)である。それゆえ西の空の「うすい血紅瑪瑙」は,「薤露青」の最後の2行「秋の鮎のさびの模様が/そらに白く数条わたる」との関連から,サケやマスの繁殖時期の腹側にできる薄赤い縞模様(「婚姻色」)の空がイメージできる。多分,賢治あるいは恋人の結婚願望(駆け落ち)を示したものと思われる。

 

この詩に「しづかな鱗の呼吸をきく」とあるが,何を恋人から聞いたのであろうか。恋人が亡くなった1か月後に詠んだ文語詩〔古びた水いろの薄明窮のなかに〕(1927.5.7)で,花巻農学校の宿直室に「恋人が雪の夜何べんも/黒いマントをかついで男のふうをして/わたくしをたづねてまゐりました/そしてもう何もかもすぎてしまったのです」(1922年冬~1923年春頃の出来事)とあり,1931年頃の「雨ニモマケズ手帳」にある有名な文語詩〔きみにならびて野にたてば〕の下書稿には,恋人と思われる「きみ」の言葉として「「さびしや風のさなかにも/鳥はその巣を繕はんに/ひとはつれなく瞳(まみ)澄みて/山のみ見る」ときみは云ふ」が挿入されていた。

 

この「しづかな鱗の呼吸をきく」という詩句の中には,恋人が強く望む結婚(あるいは駆け落ち)に躊躇する賢治がいる。晩年に書かれた未定稿文語詩〔猥れて嘲笑めるはた寒き〕では,「猥(みだ)れて嘲笑(あざ)めるはた寒き,/凶つのまみをはらはんと/かへさまた経るしろあとの,/天は遷ろふ火の鱗」。(下線部は引用者による)と城跡から見えたかつての「しづかな鱗」は「怒り」を示すと思われる「火の鱗」になっている。賢治は,いつも城跡から「名を明かせない」恋人がいた小学校を見つめていた。

 

北上川」の川岸に立つ「高圧送電線用A柱」(赤い腕木の電信柱)の列は,詩「薤露青」では銀河が投影されている「北上川」に浮かぶ「澪標」の列になり,童話『銀河鉄道の夜』に登場する「三角標」の列に繋がる。それゆえ『銀河鉄道の夜』の先駆的作品として知られている「薤露青」の詩句のそれぞれは,そのまま恋人との思い出が詰まる「三角形」の「電信柱」の影と一緒に『銀河鉄道の夜』に注ぎ込まれることになる。

 

4.最後に

思想家で文芸評論家の吉本(2012)によれば,賢治は,宗教と科学,文学,芸術を一致させようとして,生涯あるいは生涯の作品を費やして追い詰めた人であるという。また,宗教と科学の一致に関しては,その追い詰めた思想の最後のところが童話『銀河鉄道の夜』の中で表現されているとし,ここまで追い詰めた人はいないということから,この物語は難解であるが20世紀に世界中で書かれた文学作品中でも指折りの1つに入る傑作であると述べた。

 

著者も10年に渡って,『銀河鉄道の夜』に登場する植物を読み解くことによって賢治の追い詰めた思想の最後のところに迫ろうとしたが,その場所に到達したかどうか分からない。なぜなら,詩集『春と修羅』の「序」(1924.1.20)で,賢治は2000年後に「橄欖の森」の「青ぞらいっぱいの無色な孔雀」(恋人)や,修羅の渚(イギリス海岸)である白亜紀砂岩の層面に「透明な人類の巨大な足跡」(まっくらな巨きなもの)が発見されるかもしれないと言っているからである。賢治がこの予言ともとれる「序」を書いてからまだ95年しかたっていない。

 

しかし,著者は賢治の宗教と科学を一致させようとする思想には強く心を動かされた。著者は大学で漢方医学を学んだが,漢方は前漢後漢時代に発達した中国医学の流れをくむもので,科学ではとうてい説明できない陰陽五行論など難解な用語あるいは概念が沢山あった。漢方医学エビデンスが弱く,非科学的と言われた時代もあった。大学の恩師でもある漢方研究家の原田正敏(1930~1997)は漢方を学生に話すとき,最初に「漢方は,科学よりも前の学問なのだから,今までの教育によって培われてきた自分の中の科学を捨ててとりかかりなさい」,また「科学で解明されたから真実なのではなく,科学は真実のほんの一部なんだよ。」と諭したという(藤本,1999)。原田もまた,賢治と同様に漢方と科学を一致させようと生涯を費やして追い詰めた人であると思う。

 

賢治がこの物語を書いたのは,「東北」に住む「アイヌ」あるいは「蝦夷(エミシ)」と呼ばれていた「先住民」の末裔達と和人(大和民族)である「移住者」の末裔達の対立があり,この対立が主な要因となって賢治の恋が破局したことによるところが大きい。賢治はこの対立を解消するためには,「ほんたう」と「うそ」を分けて,「先住民」の持つ信仰(宗教)を普遍宗教まで高め,この普遍宗教と「移住者」が持ち込んだ科学を一致させ,「先住民」と「移住者」の間に対立のない両者の「共生・共存」を願った。

 

現在も,世界は異なる宗教間あるいは民族間での相互殺戮にまで及ぶ悲惨な紛争が絶えない。例えば,北アイルランド紛争アフガニスタン内戦,カシミール紛争,パレスチナ紛争,チェチェン紛争チベット問題などがある(山野,2010)。また最近では新疆ウイグル問題が大きく報道されるようになった。賢治が生きた時代には,当時イギリス領であったアイルランド島(北海道よりも大きな島)でアイルランド独立戦争(1919~1921)が起こった。アイルランド島の住民の多くは,ケルト系民族で,隣のブリテン島とは異なる文化と歴史を持っていた。ケルト民族の宗教はキリスト教に改宗するまでは,アイヌ民族に類した自然崇拝の多神教で,ケルト人は霊魂の不滅を信じていた。また近年,近代科学技術がもたらした物質文明の危機も叫ばれている。

 

本稿で著者の植物によって『銀河鉄道の夜』の謎を解くシリーズを終えるが,最後に「みんなのほんたうのさいはひ」をメインテーマにした『銀河鉄道の夜』が今後も多くの人達に読み続けられることを,またその中から新しい時代のコペルニクス,ダーウイン,マルクスらがでて賢治の到達点のさらなる先に行くことを,さらにそれによって「ほんたうの考え」と「うその考え」が区別され日本を含め世界の宗教戦争や民族紛争が解決され新しい「ほんたう」の社会が訪れることを願う次第である。 

 

「世界ぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(完)。

 

引用文献

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石井竹夫.2019a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-イチョウと二人の男の子-.人植関係学誌.18(2):47-52.

石井竹夫.2019b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-アワとジョバンニの故郷(前編・後編)-.人植関係学誌.18(2):53-69.

石井竹夫.2020a.植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅰ)-宗教と科学の一致を目指す-.人植関係学誌.19(2):19-28.

木村東吉.1987.『春と修羅』第二集 私註と考察 その二「薤露青」.島根大学教育学部紀要 人文・社会科学  21:1-12.

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(2019年迄の著者文献の年号に付く記号は総集編Ⅰ(石井,2020a)に準じる)

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌20巻第1号25~32頁2020年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅳ)-橄欖の森とカムパネルラの恋-

Keywords: 赤い実,粟粒ぐらいの活字,文学と植物のかかわり,蝦夷イチョウ,薤露青,ケヤキ,リンドウ,スギ,渡り鳥の信号手

 

本稿では,総集編Ⅲに引き続き,植物によって解き明かされた難解な用語について総説する。また,詩集『春と修羅 第二集』の「薤露青(かいろせい)」(1924.7.17)は童話『銀河鉄道の夜』の先駆的作品ともされているので本稿でその比較も試みてみる。「薤露青」は,賢治によっていったん鉛筆で書かれ,そして消しゴムで消されたものを,後の研究者によって鉛筆の跡から翻刻されたものである。1922年から『銀河鉄道の夜』の第一次稿が執筆された1924年の間の賢治の書簡もほとんど残されていない。消された詩「薤露青」に登場する植物などにも『銀河鉄道の夜』の謎を解くヒントが隠されているかもしれない。

 

1.銀杏の木

1)ジョバンニとカムパネルラの出生の秘密

二人の関係は,第四次稿の七章に登場する「プリオシン海岸」にある白鳥の停車場前の広場の「銀杏(イチョウ)の木」と「白鳥座」にまつわるギリシャ神話から明らかになる。

 

イチョウ」(Ginkgo biloba L.)は雄と雌(雌雄異株)があり,雄株は精子を作ることが知られている。雌株の雌性胞子嚢穂は短枝の先端に普通2個の胚珠(はいしゅ)を付けている。同一とは限らない雄株からの複数の花粉は雌株の胚珠に到達すると胚珠内の花粉室に入る。そこで雌しべから養分をもらって約3か月を過ごし,無事に成長すると精子になる。これら精子のいくつかが2個ある胚珠内の胚嚢(はいのう)上部にそれぞれ2個ずつある卵細胞を目指して泳いでいく。2個の胚珠のそれぞれの胚嚢にある2個の卵細胞は受精するが胚に育つのはそれぞれ原則的に1つのみであるという(稀に2つ)。長い花柄(かへい)の先の2個の胚珠は成熟すると「ぎんなん」のある2個の実となる。

 

白鳥座」には,カストル(スパルタ王の子)とポルックス(白鳥に化身できるゼウスの子)という双子にまつわるギリシャ神話が知られている。

著者はこの「イチョウ」の生殖様式と「白鳥座」にまつわるギリシャ神話から,ジョバンニとカムパネルラは父親を異にする兄弟として設定されていると推定した(石井,2013b,2019a)。第四次稿で,溺死したカムパネルラは天上で自分の母を見つけるが,この母はジョバンニの母でもある。第三次稿でジョバンニの母は重い心臓病を思わせる症状がでていたが,第四次稿では死をイメージできる「白い布を被って寝(やす)ん」でいた。

 

「プリオシン海岸」は,猿か石川が北上川にそそぐ合流地点(花巻市の郊外)近くの泥岩層が露出している「イギリス海岸」と呼ばれている川岸がイメージされている。ここで賢治は,沢山のクルミや偶蹄類の足跡の化石を発見している。「イギリス海岸」を題材にして,この童話以外にも文語詩〔川しろじろとまじはりて〕や歌「イギリス海岸の歌」あるいは随筆風の童話『イギリス海岸』などの作品が沢山作られている。

 

童話『銀河鉄道の夜』(第一次~第四次稿)は,1924年から亡くなる直前まで長きにわたって書き続けられたものである。また,賢治は後述するように物語執筆の直前に破局に終わったが相思相愛の恋を体験している。それゆえ,『銀河鉄道の夜』の登場人物には,第1表に示すように賢治が生きていた時代の実在の人物が色濃く,時間を超えて複雑に絡み合って投影されている。表には,『銀河鉄道の夜』だけでなく,「ギリシャ神話」,『土神ときつね』,『シグナルとシグナレス』,『双子の星』,「薤露青」に登場する人物(象徴を含む)との関係も記しておく(石井,2019a,2019b)。

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2)法華経にでてくる兄弟との関係 

カムパネルラとジョバンニが兄弟ということであれば,この二人は法華経の「妙荘厳王本事品第二十七」にでてくる二人の王子・浄蔵(兄)と浄眼(弟)になぞらえることもできる(吉本,2012;石井,2013b)。この章には,二人の兄弟が母・浄徳とともに外道(ここでは法華経以外の信仰)の教えに執着している父・妙荘厳王を仏道に帰依させた話が説かれている。また,浄蔵と浄眼の二人が現在の薬王菩薩と薬上菩薩になったという因縁も語られる。

 

法華経の「薬王菩薩本事品第二十三」には,薬王菩薩が前世において,自ら妙香を服し,香油を身に塗り焼身して仏を供養した「一切衆生憙見菩薩」(あらゆる衆生が喜んで見るという菩薩)であったとも説かれている。この菩薩の身体は1200年間燃え続け,『銀河鉄道の夜』の「蝎の火」のようにその明かりで世界を照らし続けたという。 

 

2.橄欖の森とカムパネルラ(賢治)の恋

1)恋人を象徴する孔雀と杉

童話『銀河鉄道の夜』(第一次稿)は,短い童話で「青い孔雀」をイメージできる「青い橄欖(かんらん)の森」から始まる。この場面で主人公の一人であるカムパネルラは,銀河鉄道の列車から遠ざかる「青い橄欖の森」あるいは隣に座っている<女の子>を「うっとり」見てしまいジョバンニを悲しくさせる。物語は,カムパネルラが「青い孔雀」をイメージできる人に恋をしているというニュアンスを込めながら始まる。「青い孔雀」が羽を広げているように見える「青い橄欖の森」は,第一次稿から第四次稿まで共通しているので,多分物語を創作した原点がこの恋に隠されている。

 

「橄欖」や「孔雀」が何を意味しているかであるが,それに答えるヒントは詩集『春と修羅』の恋愛抒情詩「マサニエロ」(1922.10.10)に登場する賢治の恋人を形容する「橄欖天蚕絨,杉」という語句の中にある。賢治は詩の中でこの杉を見ながら「ひとの名前をなんべんも/風のなかで繰り返してさしつかへないか」と呟いている。

 

この詩は花巻の高台にある城跡(しろあと)から小学校の景観を詠んだものであり,「橄欖天蚕絨,杉」は「橄欖岩」(緑色の鉱石)を産出する大地に生える葉が緑色で光沢感のある「杉」という意味で,美しく背の高い恋人を比喩したものであろう(賢治は青色と緑色を区別していない)。賢治はこのとき,「スギ」(Cryptomeria japonica (L.f.) D.Don)が周辺に植えてある小学校に務めている賢治よりも4歳年下の代用教員に恋をしていた(澤口,2010)。澤口によれば,恋人は「頬がうすあかく瞳の茶色」な「背のすらりとした,色白の美人」であったという。また,このとき信仰を共にする最愛の妹トシが結核を患い病床に伏していた。

 

東北の「橄欖岩」を産出する大地には昔「先住民」である「蝦夷(エミシ)」が住んでいた。すなわち,「青い橄欖の森」とは「緑の杉」や「青い孔雀」で象徴されるような美しい恋人あるいは「先住民」である「蝦夷」の末裔達が住む森という意味であり,カムパネルラには賢治が,「孔雀」と「橄欖の森」の「スギ」には恋人が,そして<女の子>には恋人と妹トシが二重に投影されている(石井,2018a,2018b,2018c,2019a)。またジョバンニにも恋人が投影されることがあるが,これについては後述する。

 

第一次稿で「橄欖の森」は,<女の子>によってこの森が「竪琴」の音が奏でられている「琴(ライラ)の宿」(「琴座」)であると説明されているので,ギリシャ神話の竪琴の名手オルフェウスが,死んで天上世界へ旅だった妻のエウリディケを追いかけて連れ戻そうとする「琴座」のオルフェウス伝説を基に創作されたと言われている。

 

賢治と恋人との恋愛体験は信号機や電信柱を擬人化した寓話『シグナルとシグナレス』(1923年5月11日~23日の岩手毎日新聞に掲載)にも書き留められていて,シグナル(賢治)はシグナレス(恋人)に婚約指輪として「琴座」の環状星雲(フィッシュマウスネピュラ)を送ったりもする(澤口,2010)。シグナレスは,シグナルの求愛に「あたし決して変らないわ」と答えたりもする。しかし,現実的には,賢治の恋は長くは続かなかった。

 

澤口によれば,賢治の恋愛期間は1922年春から1923年春の1年間であったという。この間に妹トシも亡くなっている(1922.11.27)。賢治は,詩集『春と修羅』で名前を明かせない恋人への「思い」を妹と重ねながら自分の気持ちを表白した。また,恋人が破局後に超高層ビルが立ち並ぶ近代都市シカゴに去った(1924.6)ことを憂いて,寓話『シグナルとシグナレス』や『銀河鉄道の夜』(第一次稿は1924年冬)を,そして暫くして詩ノートの詩〔わたくしどもは〕や文語詩〔川しろじろとまじはりて〕を創作したものと思われる。賢治の恋人は,渡米して3年後に心臓病(僧帽弁狭窄症)で「美しい花が萎れる」ように亡くなり(1927.4.13),シカゴの教会で葬式が営まれた。作品番号1071番の詩〔わたくしどもは〕の全文は以下の通り。

1071 〔わたくしどもは〕1927.6.1

 わたくしどもは

ちゃうど一年いっしょに暮しました

その女はやさしく蒼白く

その眼はいつでも何かわたくしのわからない夢を見てゐるやうでした

いっしょになったその夏のある朝

わたくしは町はづれの橋で

村の娘が持って来た花があまり美しかったので

二十銭だけ買ってうちに帰りましたら

妻は空いてゐた金魚の壺にさして

店へ並べて居りました

夕方帰って来ましたら

妻はわたくしの顔を見てふしぎな笑ひやうをしました

見ると食卓にはいろいろな果物や

白い洋皿などまで並べてありますので

どうしたのかとたづねましたら

あの花が今日ひるの間にちゃうど二円に売れたといふのです

・・・その青い夜の風や星,

      すだれや魂を送る火や・・・

そしてその冬

妻は何の苦しみといふのでもなく

萎れるやうに崩れるやうに一日病んで没くなりました

(宮沢,1985)下線部は引用者による

詩〔わたくしどもは〕は,恋人が亡くなってから2か月後に書かれたものであることと,一緒だったのが1年という共通点を考慮すると,詩の中の妻には賢治の恋人が投影されているかもしれない。この詩は夫が「町はづれの橋で/村の娘が持って来た花があまり美しかったので/二十銭だけ買ってうちに帰りましたら」(原文の「銭」に「かねへん」は付かない),妻がそれを二円で売ったという話がでてくる。

 

この話は貪欲な生活者としての妻の金銭感覚を物語っていると思われるが,夫が「あまり(にも)美しかった」という理由で買ってきた花が10倍で売れるとは考えにくい。この「村の娘」が持って来た「花」も短命だった美しい恋人を比喩しているとすれば別の解釈が可能になる。すなわち,自分が安く買われたから今度は高く売るというようにもとれる。

 

女性側からすれば,相手は地方(田舎)財閥の息子ではあるが,実際は二人(あるいは家族)の生活を顧みずに「みんなのほんたうのさいはひ」など「何かわたくしのわからない」理想ばかり追い求めている一介の新米教師にすぎず,付き合っても結婚に対して煮え切らずにいて,見下されていたという意識をどこか心の隅に感じていたと思われる。それゆえ,恋人は破局後に,食卓に「白い洋皿」が置かれる大都会の家に嫁いで行ったのであろう。それを夫(賢治)は妻(恋人)の「ふしぎな笑ひやう」の中に見ていた。嫁ぎ先の相手は,シカゴの日本食料品店を兼ねる宿泊所の所有者であったという(布臺,2019)。

 

恋人にとって「みんな」とは家族あるいはイーハトーブのことであるが,賢治にとってはイーハトーブから地球あるいは銀河宇宙にまで広がっている。「町はづれの橋」は後述する「イギリス海岸」近くの橋がモデルになっていると思われる。

 

第二次稿以降で,「橄欖の森」がある場所は「スギ」の森の代わりに超高層ビル(摩天楼)が立ち並ぶニューヨークあるいは恋人の移住先であるシカゴ辺りになっている。「橄欖の森」に登場する「高い高い三角標」は,ネオゴシック様式の教会堂を真似て作られた商業用の超高層ビルであり,シカゴであればトリビューン・タワー(141m)あるいはリグリービル(134m)のことであろう(総集編Ⅲの図6で描写)。

 

シカゴで活躍したスウェーデンアメリカ人にサンドバーグ(Carl Sandburg;1878~1967)という詩人がいて,1922年に童話集『Rootabaga Stories』を出しているが,その中に「The Two Skyscrapers Who Decided to Have a Child」という題名の道路を隔てた2つの超高層ビル(Skyscraper)が登場する物語がある(Sandburg,2003)。2つの超高層ビルは,賢治の童話『シグナルとシグナレス』と同様に,動くことはできないが擬人化されていて夜になるとお互いの方に身を傾けてささやき合う。

 

ある日,2つの超高層ビルは相談して子供を持つことにする。それが特急列車「Golden Spike Limited(ゴールデン・スパイク特急)」である。2つの超高層ビルは,子供である特急列車に愛情を注ぐが,ある日大事故が起こり多くの乗客が死んでしまう。この童話は,賢治と恋人の悲恋物語を彷彿させる物語でもあり,また賢治がこの童話を読んだとすれば「Golden Spike Limited」を『銀河鉄道の夜』の銀河の中を走る列車に重ねることもできる。

 

2)賢治を象徴するケヤキ

「スギ」が「先住民」を象徴する植物なら,「移住者」を象徴するのは「ケヤキ」(欅,Zelkova serrata (Thunb.) Makino )である。「ケヤキ」は歴史書の中で古代から大和朝廷を象徴する木として知られていた。第二次~第四次稿で銀河鉄道の列車には難破船から青年と姉弟が乗ってくるが,「ケヤキ」はこの青年の立っている姿勢を形容するのに使われている。

 

物語では,「せいの高い青年が一ぱいに風に吹かれてゐるけやきの木のやうな姿勢で」とある。この青年の腕には「眼が茶色の可愛らしい女の子」がすがっている。青年は船が氷山と衝突したとき<女の子>を救命ボートに乗せることができなかった理由についての話をする。この青年を賢治,青年の腕にすがっている<女の子>を賢治の恋人とすれば,物語に挿入される難破船の逸話は,賢治の恋の破局の理由を語っている(石井,2018b,2018c)。

 

物語では,救命ボートに乗せられなかった理由の1つとして「ボートまでのところにはまだまだ小さな子供たちや親たちやなんか居て,とても押しのける勇気がなかった」ことを挙げている。賢治の恋の破局の原因の1つとして,賢治は,後で述べる「先住民」が示す「まっくらな巨きなもの」に衝突したとき,それを押しのけて恋人と一緒になる勇気がなかったからだと思われる 

 

詩集『春と修羅』の「薤露青」の中頃に「この星の夜の大河の欄干(らんかん)はもう朽ちた」という詩句がある。この「大河の欄干」は,童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)では七章「北十字とプリオシン海岸」に出てくる「細い鉄の欄干」あるいは最終章の夢から覚めた後に出てくる「通りのはづれにさっきカムパネルラたちのあかりを流しに行った川へかゝった大きな橋のやぐらがぼんやり立ってゐました」という文章の「やぐら」と関係すると思われるが,童話『イギリス海岸』に出てくる北上川に架かる朝日橋(木橋)の「欄干」をモデルにしたものであろう。賢治が第四次稿(1931年以降)を執筆していた頃に,木橋だった朝日橋が「三角形」を組み合わせた鉄骨の「やぐら」(トラス構造)のような橋に作り替えられた(1932年に完成)。

 

「薤露青」の「大河の欄干はもう朽ちた」という詩句は,妹トシの死により,宗教的同伴者を失った賢治の喪失感が表現されていると言われていた(木村,1987)。しかし,失ったものは妹だけではない。同時に恋人も失っていて,自分の恋の破局に伴う「挫折感」も表現されていると思われる。ちなみに,木橋の「桁」(橋脚に架ける水平部材),橋板あるいは「欄干」には,折れにくい強靭な材になる「ケヤキ」が使われるという(ケヤキの材質については次の総集編Ⅴで説明する)。

 

3.りんどうの花と母への強い思い

恋の破局の別の要因の1つとして,賢治の「自分の幸せ」よりも「他者(みんな)の救済」を優先するという「性格」がある。これは,賢治の「乳幼児期」の「母」との関係によって形成されたと思われる(石井,2018c)。賢治が「嬰児籠(えじこ)」の中で育てられたことは前述(総集編Ⅱ;石井,2020b)したが,「母」イチは「乳幼児」を寝かしつけながら「ひとというものは,ひとのために何かしてあげるために生まれてきたのス」と毎晩のように語り聞かせたという。

 

第四次稿の中で,賢治が投影されているカムパネルラに,「寂しさ」を連想させる「りんどう(リンドウ)」(Gentiana scabra Bunge varBuergeri (Miq.) Maxim.)(第1図)や「すゝき(ススキ)」(第2図)と一緒に「他者救済」や「信仰」の象徴である「三角標」が現れてくる場面がある。六章「銀河ステーション」で列車がススキ原である天の野原を通過しているとき,「次から次から,たくさんのきいろな底をもったりんだうの花のコップが,湧(わ)くやうに,雨のやうに,眼の前を通り三角標の列はけむるやうに燃えるやうに,いよいよ光って立ったのです」(下線部は引用者による)と記載されている。この文章は「カムパネルラ」や賢治にとっては,寂しくなればなるほど「母」への「思い」が強くなり,また「他者救済」に繋がる信仰心も強くなるということを表現している。

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第1図.リンドウ

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第2図.ススキ

 

4.橄欖の森の中のまっ赤に光る円い実

第二次稿以降の「橄欖の森」には,木々の枝に「熟してまっ赤に光る円い実がいっぱい」成っていて,オーケストラの奏でる音楽や讃美歌も聞こえてくる(総集編Ⅲの図6で描写)。このたくさんの「赤い実」を見て,青年は突然身ぶるいがして顔を青ざめてしまい,また<女の子>は顔をハンカチで覆ってしまう。青年を青ざめさせるこの丸(円)くて「赤い実」はなんであろうか。この「赤い実」は「赤いリンゴ」であり「赤い眼(瞳)」のメタファーである(石井,2014c)。

 

英国の欽定訳旧約聖書(Authorized Version of the Bible)の英語訳の申命記32:10に“the apple of his eye”という表現が出てくるが,この“the apple of his eye”の“apple”は「リンゴ」という意味では使われていない。“the apple of his eye”は「ひとみ(瞳)」(=眼差し)と訳されている。もともと,ヘブライ語の聖書の “the apple of his eye”に相当する「瞳」を意味する単語は,「眼の娘」,「眼の小さい男(と娘)」である。これは,眼の前にいる人の「瞳」をじっと見つめていると,見ている人の顔が相手の「瞳」に映ることによるらしい。「瞳」を「子供」や「娘」が映る場所と呼ぶのは,古代ギリシャ語やラテン語でも同じである。日本語の「瞳」という漢字も,「目」と「童=子供(娘)」で出来ている。たぶん,「瞳」を “apple”とするのは英語圏の文化の特徴とも思われる。

 

青年を賢治,<女の子>を恋人とすれば,この沢山の丸くて「赤い実」は,賢治と恋人の恋愛に反対する両家の近親者達の「眼差し(=瞳)」である。

 

「赤い実」=「赤い眼(瞳)」あるいは「眼差し」とすれば,この物語には沢山の「赤い眼」が登場してくる。最初は,地上の時計屋に置いてあった「ふくろうの赤い眼」であり,次に「牛乳屋の年老いた女の人の赤い眼」が現れ,「橄欖の森」の「赤い実」となる。これらはみな,「悲劇性」を予兆するものであり,最後は自己犠牲の象徴になっている「まっ赤なうつくしいさそりの火(眼)」となる。

 

5.渡り鳥の信号手

物語(第一次~第四次稿)では,さらに赤帽の「信号手」が登場し,「川は二つにわかれました」という所にある「まっくらな島」の高い櫓の上から旗を振ったり「今こそわたれ渡り鳥」と言ったりして「渡り鳥」の動きを統率しているが,この「信号手」による一糸乱れぬ鳥の群れの行動は,賢治の結婚に反対する近親者達(リーダーとそれに従う者)を皮肉ったものと思われる(石井,2018b)。

 

これら近親者達が組織だって結婚に反対する様子は,前述したように寓話『シグナルとシグナレス』(1923)では「渡り鳥」ではなく沢山の擬人化された「電信柱」の会話の中で描写されている(澤口,2010)。軽便鉄道の小さな木でできた腕木式信号機シグナレスと東北本線の金(かね)でできた新式のシグナルが相思相愛の恋をする。しかし,シグナレスは伯母達の視線(眼差し)を常に気に留めているし,シグナルの後見人で格式を重んじる背の低い太っちょの「電信柱」は,「シグナレス風情と何をにやけていらっしゃる」と言って激怒し四方の縁者に電報を送り,彼らの結婚に反対する意見を取りまとめようとする。

 

物語では,ザウエルという「しっぽがまるで箒のよう」な犬(『双子の星』に出てくる「箒星である空のくじら」のこと)が二人を監視しているかのようにジョバンニの行くところは何処へでも付いてくる。それゆえ,「川は二つにわかれました」とあるのは,二人の恋が引き裂かれたことを暗示しているのかもしれない。

 

シグナルは両家の近親者達の猛烈な反対に遭っても,シグナレスに「遠くの遠くのみんなの居ないところに行ってしまいたいね」と駆け落ちも辞さない決意を語っていた。シグナレスも「えゝ,あたし行けさへするならどこへでも行きますわ」とどこまでも一緒にいく覚悟を決めていた。そして夢の中では「まっ黒の倉庫」の計らいもあって実現したかのようにも見えた。しかし,賢治と恋人の「恋の逃避行」が現実世界の中で実行されることはなかった。

 

「信号手」が出てくる場面で植物は登場してこない。しかし,著者はこの近親者達が組織だって行動する様子を詩「薤露青」の「杉ばやしの上がいままた明るくなるのは/そこから月が出ようとしてゐるので/鳥はしきりにさわいでいる」という詩句の中にも見ることができると思っている。この詩句中に登場する「月」は恋人のことを言っている。文語詩〔セレナーデ 恋歌〕で恋人を「ルーノの君」と呼んでいるが,「ルーノ(luno)」はエスペラント語で「月」である。詩「薤露青」のこの詩句は自然描写とは考えにくく,恋人(=「月」)が「東北」の大地(=「杉ばやし」)から出て行こうとするので,近親者(=鳥)達が騒ぎだすと読めば意味が通じる。

 

恋人の渡米は1924年6月14日なので詩「薤露青」の制作時期と若干のズレがあるが,詩集『春と修羅 第二集』の〔東の雲ははやくも密のいろに燃え〕(1924.4.20)では,「月」に向かって「あなた」と呼びかけながら「おぼろにつめたいあなたのよるは/もうこの山地のどの谷からも去らうとします」と言っている。この詩の日付に二人は会っていたと推測する研究者もいる(澤口,2018)。同じ日に詠んだ詩「有明」には「滅びる最後の極楽鳥が/尾羽をひろげて息づくやうに/かうかうとしてねむってゐる・・・しかも変わらぬ一つの愛を/わたしはそこに誓はうとする」とある。ここでは,「孔雀」が「極楽鳥」になっている。

 

「滅びる最後の」と形容をつけたのは,賢治が北海道の「先住民」である「アイヌ」を亡びゆく民族として捉えていたことや,恋人が重い心臓病を患っていたことが関係していたのかもしれない。すなわち,賢治は恋人が渡米することは知っていたが,いつ渡米したのか正確には把握していなかったようである。ちなみにこれらの詩を書いた日付は初めての詩集『春と修羅』の出版日でもある。

 

賢治は,「イギリス海岸」を題材にして文語詩〔川しろじろとまじはりて〕(下書き稿)では,「川しろじろと/峡(かい)より入りて/二つの水はまじはらず・・・きみ待つことの/むなしきを知りて/なほわが瞳のうち惑ふ・・・尖れるくるみ/巨獣の痕・・・たしかにこゝは修羅の渚」(下線部は引用者による)と詠んでいる。これは,町を流れる北上川の水を賢治,北上山系から流れてくる水を恋人とすれば,近親者達の反対から恋人と一緒になれなかった「悲しみ」と「憤り」が表現されている。

 

6.ピンセットで拾う粟粒ぐらいの活字

(移住者は先住民をどう見たか)

第四次稿の「活版所」の章で,狩猟民の子であるジョバンニ(多くの場面で賢治の恋人が投影されている)がアルバイト先の活版所で靴を脱いで「粟粒のような活字」を「ピンセット」で拾う様子が描かれている。

 

この文選作業の様子は,近年になるまで「アイヌ」の女性が「アワ(粟)」(Setaria italica(L.)P.Beauvois)や「ヒエ(稗)」(Echinochloa esculenta (A.Braun) H.Scholz)を収穫する時に「鎌」を使って根刈りするのではなく,その穂を「カワシンジュガイ」(二枚貝Margaritifera laevis (Haas,1910))から作る「ピパ」(穂摘み具)を使って素足のまま摘み取っていた様子をイメージしたものと思われる。すなわち,「粟粒のような活字」と「ピンセット」は「粟の穂」と「ピパ」をイメージしたものである(石井,2019b)。

 

活版所で働く高度な先端技術を有し効率を重視する技術者達(移住者側)がジョバンニのこの行動に対して冷たく笑う。なぜ「冷たく笑う」かは,物語を理解する上で最も重要な問いかけでもある。多分,移住者達は「先住民」の宗教的世界観の中に,「ほんたうの考え」が含まれているかもしれないということを理解せずに,時代の流れについてゆかず古くからある慣習を守り続ける姿だけを見て見下し蔑視(差別)したのである(石井,2019b)。「移住者」が「先住民」を不当に蔑視すれば,反動として「先住民」の「移住者」への「疑い」と「反感」・「憎悪」が生まれるのは必至で,これが「先住民」と「移住者」の間の対立を生んだと思われる。(続く)

 

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石井竹夫.2014c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する赤い実と悲劇的風景(前編・後編).人植関係学誌.14(1):51-58.

石井竹夫.2018a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-カムパネルラの恋(前編・中編・後編)-.人植関係学誌.17(2):15-32.

石井竹夫.2018b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-ケヤキのような姿勢の青年(前編・後編)-.人植関係学誌.18(1):15-23.

石井竹夫.2018c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-リンドウの花と母への強い思い-.人植関係学誌.18(1):25-29.

石井竹夫.2019a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-イチョウと二人の男の子-.人植関係学誌.18(2):47-52.

石井竹夫.2019b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-アワとジョバンニの故郷(前編・後編)-.人植関係学誌.18(2):53-69.

石井竹夫.2020a.植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅰ)-宗教と科学の一致を目指す-.人植関係学誌.19(2):19-28.

石井竹夫.2020b.植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅱ)-リンゴの中を走る汽車-.人植関係学誌.19(2):29-32.

木村東吉.1987.『春と修羅』第二集 私註と考察 その二「薤露青」.島根大学教育学部紀要 人文・社会科学  21:1-12.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.

Sandburg,C.2003.Rootabaga Stories.Turtleback Books,St.Louis,USA.

澤口たまみ.2010.宮澤賢治 愛のうた.盛岡出版コミュニティー.盛岡.

澤口たまみ.2018.新版 宮澤賢治 愛のうた.夕書房.茨城.

吉本隆明.2012.宮沢賢治の世界.筑摩書房.東京.

(2019年迄の著者文献の年号に付く記号は総集編Ⅰ(石井,2020a)に準じる)

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌20巻第1号19~24頁2020年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

 

植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅲ)-天気輪の柱と三角標-

Keywords: 赤い点々を打った測量旗,アスパラガス,文学と植物のかかわり,五輪塔,河原なでしこ,かはらははこぐさ,絹で包んだ苹果,にはとこのやぶ,鳥の押し葉,鳥を捕る人,瓜に飛びつく人達,

 

童話『銀河鉄道の夜』は,「ほんたうのさいはひ」が何かを探す物語である。総集編Ⅰ(石井,2020)で賢治が「ほんたうのさいはひ」は「ほんたうの考え」と「うその考え」を見分けて宗教と科学を同じにさせることで見つかるということを信じていたということを報告した。これがこの物語の主旨でもあるが,この考え方は,物語に登場する「三角標」などの難解な用語を植物によって読み解くことによって明らかにされた。

本稿では,植物によって解き明かされた難解な用語(天気輪の柱,三角標など)について総説する。

 

 1.ジョバンニの家の庭に植えられてあるアスパラガスとケール

(天気輪の柱は五輪塔をイメージできる積乱雲)

第四次稿に登場する「黒い丘」の頂の「天気輪の柱」が何を意味しているかは,ジョバンニの家の前の空き箱に植えられてある「アスパラガス」(ユリ科クサスギカズラ属のオランダキジカクシ;Asparagus officinalis L.)と「ケール」(アブラナ科Brassica oleracea  L. var. acephala DC)がなぜ植えられているかを解明することにより明らかになる(石井,2013e,2015d,2016a)。第1図は空き箱に植えられてある「アスパラガス」と「ケール」。

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第1図.庭に植えられてあるアスパラガスとケール

 

空き箱の「アスパラガス」と「ケール(カンランとも呼ぶ)」あるいはジョバンニが牛乳屋へ行く途中で見ることになる時計屋の「青いアスパラガスの葉で飾ってある円くて黒い星座早見」(第2図)は,各仏教宗派共通の仏塔である「五輪塔」(第3図)の暗喩である(石井,2013e)。

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第2図.アスパラガス(A)と青いアスパラガスの葉で飾られた黒くて丸い星座早見(B).Bの青(緑)い三角形のアスパラガスの葉と黒くて丸と四角から成る星座早見は五輪塔をイメージできる.

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第3図.五輪塔(地輪=四角・黄,水輪=丸・白,火輪=三角・赤,風輪=半月・黒,空輪=宝珠・青).

 

五輪塔」は,下から「地輪」(四角・黄),「水輪」(丸・白),「火輪」(三角・赤),「風輪」(半月・黒),「空輪」(宝珠・青)によって構成される。例えば,「青いアスパラガスの葉で飾ってある円くて黒い星座早見」は,外形が四角(地輪)で色が黒(風輪)く,丸(水輪)い円板から成り,青(空輪)い三角形(火輪)をしたアスパラガスの葉が飾ってあるので不完全ながらも「五輪塔」をイメージしたものと言える。

 

仏塔としての「五輪塔」には,真言密教では「大日如来」の真言(仏の言葉)である「ア・バ・ラ・カ・キャ」の梵字が刻まれる。浄土教の「阿弥陀如来」の真言は「オン・ア・ミリ・タ・ティ・セイ・カ・ラ・ウン」(下線は著者)である。それぞれの「真言」の読みが「アスパラガス」や「カンラン(ケール)」という植物名と重なる。

 

本来,人が死ぬと浄土教では「阿弥陀如来」の在処である極楽浄土へ、また真言密教では「大日如来」の在処である密厳浄土へ導かれると信じられていた。しかし,真言宗の僧である覚鑁(かくばん;1095~1143)は十方浄土を包摂する曼荼羅思想から「大日如来」の住処である密厳浄土と「阿弥陀如来」の住処である極楽浄土は同一であるとした。すなわち,どんな宗派の仏教を信じている人でも死ねば皆同じ所(浄土)へ導かれると見なされて,「五輪塔」は宗派を超えて成仏できる仏塔(供養塔)となったと言われている。

 

「浄土」とは,あの世(来世)という意味だけでなく大乗仏教における宗教的な「理想郷」を指す言葉でもある。しかし,賢治は日蓮宗国柱会)の信徒でもあるので浄土教のように来世で救われるのではなく,現世で救われなければならないと考えた。賢治にとって「浄土」とは,現世における「みんなのほんたうのさいはひ」が得られる所である。賢治は,この考えをキリスト教イスラム教の天国あるいは「理想郷」にまで拡大している。実際に,童話ではキリスト教徒あるいはアラビア風と思われる人々が登場する。すなわち,賢治は,既存の宗教を超越した普遍宗教を確立することを願っている(石井,2016a)。

 

「天気輪の柱」も,「五輪塔」のことで,物語では「地」が地上,「水・火・風」が水と空気(風)の散乱系である「積乱雲」で,「空」が真空の空(そら)のことを示している。すなわち,「天気輪の柱」とは,地上と空の間に位置する「積乱雲」のことである。この「積乱雲」の「雷雲(「火」)」が稲光(「光」)をだして「三角標」に変貌する(第4図)。これは,アインシュタイン(A. Einstein;1879~1955)の特殊相対理論の中の「エネルギー(E)=質量(m)x 光速度(c)2乗」の式(エネルギーと物質の質量は等価)の影響を受けている。現実空間では,粒子と波動の二面性を持つ「光」が「物質」に変化することはないが,賢治が描いた幻想第四次空間(夢の中)では,「エネルギー」でもある「光」は「物質」に変化する。

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第4図.黒い丘に立つ天気輪の柱(A)と三角標(B).

 

2.三角標は信仰の対象となる三角測量に使う三角点になる建造物

賢治がイメージした物語の中の「三角標」は三角測量に使う「三角点」になる建造物である。しかし,「三角点」の標石の上に建てる測標(覘標)という木の櫓ではない。天井世界での測量は物語の主要テーマではない。この物語は総集編1で説明したように宗教と科学の一致が主要テーマである。だから,繰り返し登場してくる「三角標」は宗教と科学を象徴するものと思われる。

 

天上世界で最初の「三角標」が現れる北十字のある白鳥区(「白鳥の停車場」がある所)では,宗教が生活の中心であった中世のキリスト教寺院のゴシック様式の教会堂の「鐘楼(尖塔)」あるいはイスラム教寺院の「ミレット」がイメージできる(石井,2014b;第5図)。

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第5図.天の野原に立つたくさんの教会堂の尖塔をイメージできる三角標.

 

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第6図.林の中の高層ビルをイメージできる高い高い三角標とまっ赤に光る円い実.

 

教会堂の「尖塔」は三角測量の「三角点」になる。賢治は仏教思想を隠しているので景観の中に仏教寺院は登場しない。白鳥区を過ぎると「三角標」は,灯台あるいはネオゴシック様式の「尖塔」を持つ商業用の「高層ビル」に変わり(第6図)(2014c),最後の「蝎の火」の逸話が語られる場面では「物質的な豊かさ」をもたらす近代科学の象徴である水力発電所から電気エネルギーを送電するための「鉄塔」や工場の「煙突」に変貌する(石井,2015a,2015d,2017c;第7図)。「蝎の火」は,烏瓜のあかりのように「楊の木」に透かしだされている(第7図)。教会の「尖塔」や「鉄塔」,工場の煙突などが「三角点」になることは文末の補足でも説明する。 

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第7図.烏瓜のあかりのように楊の木に透かしだされた蝎の火(三角標は鉄塔や工場の煙突).

 

「三角標」は,また現世における「みんなのほんたうのさいはひ」を探し求めるための「道標」になるものであるが,「ほんたう」と「うそ」を見分けられない求道者には,「尖塔」に見えたり「鉄塔」に見えたりする。仏教の経典に記載されている用語で説明すれば,「三角標」は『法華経妙法蓮華経)』の「化城喩品第七」に記載されている「幻の城」(幻の塔)である(化城宝処)(石井,2019d)。「化城喩(けじょうゆ)」とは旅人(求道者)が最終の目的地があまりにも遠いので途中で旅を放棄しないように,中間に神通力で城(塔)を造り,そこでいったん休んでまた旅を続けさせるという話である(法華七喩の一つ)。

 

「ほんたう」と「うそ」が見分けられるようになれば,「みんなのほんたうのさいはひ」を導く「ほんたうの三角標」が姿を現すはずだが,「近代科学」を象徴する「送電鉄塔」や工場の「煙突」の次にどのような姿をした「三角標」が現れるかは,多分賢治も含めて誰も分からないと思われる。

 

3.ジョバンニを天上に導く「十」という形象

「みんなのほんたうのさいはひ」を導くのは天上の「三角標」だけではない。「十」という形象がジョバンニを地上から天上へ誘導している。

 

童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)には,キリスト教を象徴する「十字架」をイメージできる「十」という文字がたくさんでてくる。例えば,「十字路」,「鷺のからだが十ばかり」,「天の川の水あかりに十日もつるして置く」,「米も殻もないし十倍も大きい」,ジョバンニが持っている切符に対しては「おかしな十ばかりの字を印刷したもの」等とでてくる。また,銀河の中の「白鳥の停車場」(北十字)とサウザンクロス(南十字)の停車場には十字架が立っていて,「サウザンクロスの停車場」近くには「手をのばし」て「十」の形になっているキリストと思われる「神々しい白いきものの人」もいる。 

 

天上に上る場所でもある「黒い丘」は,ジョバンニが入眠するときに銀河ステーションに変貌するが,はたして「黒い丘」の頂のどこから上るのだろうか。そのヒントが第三次稿のタイタニック号と思われる船の沈没事件の際に歌われる賛美歌に隠されている。

 

その歌は諸説があるが,その1つとして『主よみもとの歌』があげられていて,「主よみもとにちかづかん/のぼるみちは十字架に/ありとなどかなしむべき/主よみもとにちかづかん」(下線部は著者(石井)による)と歌われる。すなわち,十字架が地上から天上に上る足場あるいは停車場になるというのである。これは『旧約聖書』(創世記28章第11〜18節)に書かれてある「ヤコブが夢の中で見た天から地に向けられた梯子」を連想させる。

 

では「黒い丘」に「十」に関係するものはあるのだろうか。「黒い丘」の頂には「天気輪の柱」が立っているが十字形をしているとは記載されていない。しかし,その傍に「つりがねさうか野ぎくかの花が,そこらいちめんに,夢の中からでも薫りだしたといふやうに咲き」とある。多分,十字架に関係する植物は「ツリガネニンジン」(Adenophora triphylla (Thunb.) A.DC. var.japonica (Regel) H.Hara)であろう(石井,2011)。

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第8図.ツリガネニンジンの花柄(A)と葉(B)は十字架(4輪生)を暗示.

 

「つりがねさう」は釣鐘状の花をつけた植物の総称であるが,「十」の形となると花柄や葉が十字形に輪生する「ツリガネニンジン」(第8図)がこの物語の「黒い丘」の頂に咲く植物としてはもっとも相応しいように思える。「ツリガネニンジン」はキキョウ科であるので,この科の特徴として枝を折ると白い乳液もでる。白い乳液は銀河(Milky Way;牛乳の道)を連想させる。

 

また,『銀河鉄道の夜』には花弁が「十」になる植物も登場する。ジョバンニが住む家の入口の空箱に植えられている「ケール」は,南欧原産のアブラナ科の植物でキャベツやブロッコリーの原種とされる。アブラナ科の植物は花弁が四個で十字形につくので「十字花」と呼ばれ,昔はジュウジバナ科と呼んだこともある。すなわち,ジョバンニは,「ケール」が植えてある自宅から「十字になった町のかど」を通って,「黒い丘」の頂の「ツリガネニンジン」が生えている所へ行き,そこから銀河鉄道の列車に乗って天上である北十字あるいは南十字へ向かうことになる。これは,ジョバンニあるいは女の子の信仰する宗教と関係があるのかもしれない。

 

4.天上に登場する植物の序列は俗から聖へ

物語(第四次稿)の天上世界(臨死状態あるいは死後の世界)では,列車の車窓から「すすき」,「りんだう」,「芝草」,「銀杏」,「かはらははこぐさ」,「米」,「苹果」,「たうもろこし」,「河原なでしこ」,「楊」,「唐檜」,「もみ」,そして「くるみ林」と13種程の植物が見えてくるが,登場する植物の順序は「俗」なる植物から「聖」なる植物になるように段階的に配置されている(石井,2011,2014a)。

 

「聖」とは日常の事柄や事物とは区別して扱われるべき特別の尊い価値をもっているという意味である。例えば,「すすき」,「りんだう」,「芝草」,「銀杏」,「かはらははこぐさ」はごくありふれた野生の植物(厄介者と呼ばれるものも含む)であるが,「米」,「苹果」,「たうもろこし」は自らの体の一部を食料として人間に供給している有益な植物であり,「楊」にいたってはマッチの軸木製作のために次々に伐採され,そして自らの命を燃やして人間に役立っている「聖」なる植物である。これは「俗」なる人物である「鳥捕り」が北十字辺りから乗って1駅先の「鷲の停車場」で降りるが,友達を助けて水死した「聖」なる人物であるカムパネルラは遥かに遠距離の南十字まで旅するのに対応している。

 

より遠くまで乗車した人,あるいは自分を犠牲にした人が「偉い(上の位にある)」というのではない。北十字は銀河の「上流」で,高原を下ったところにある南十字は「下流」にある。すなわち,自分を犠牲にしたカムパネルラやマッチの軸木になる焼身自己犠牲を象徴する「楊」(アメリカヤマナラシ;(Populus tremuloides Michx.)や「くるみ」(ペルシアグルミ;Juglans regia L.)など「聖」なる者や植物が「上流」ではなく「下流」にあるということが重要なのである。

 

賢治は,信仰のある者は信仰のない者よりも「上位」ではなく「下位」にあるということが言いたいのだと思う。別の言葉で言い換えれば,「物質的な豊かさ」をもたらす科学を信じる者はそれを信じない者よりも「下位」にあるということでもある。これら人と植物の並べ方は,賢治独自の思想に基づいている。賢治は,「みんなのほんたうのさいはひ」に導く「こうありたい未来」の宗教としての普遍宗教を模索していて,この序列と配置は賢治の考える普遍宗教(あるいは思想)の核心部分と思われる(吉本,1997;石井,2015b,2016c)。どんな宗教の指導者も思想家も自分の宗教の神や思想が唯一で正しいと思っている。「法華経」ですら,第一章で「経典の中で最も優れたものである」と主張している。

 

賢治にとって,「上位」であるとか「下位」であるとかという価値観は,否定される対象でもある。それは『銀河鉄道の夜』と同時期に創作された童話『どんぐりと山猫』(1921)でも明確に表現されている(石井,2017d)。

 

この物語は以下のような内容である。主人公の一朗という少年が,山猫から面倒な「裁判」があるから来てほしいという手紙をもらい,「カヤ」Torreya nucifera (L.) Siebold et Zucc.)の森へ行く。そこでは、沢山の<どんぐり>が「一番えらい」(上位)のは先が尖っているのだとか,丸いのだとか,背が高いのだとか言って三日も争っている。各々の<どんぐり>が「だめです。私が一番えらいのです」と言って頑として譲らない。山猫に解決を迫られた一朗は,笑って「このなかで,いちばんえらくなくて,ばかで,めちゃくちゃで,てんでなってゐなくて,あたまのつぶれたやうなやつが,いちばんえらいのだ」と山猫に言わせて<どんぐり>達を瞬時に黙らせてしまう。

 

5.にはとこのやぶをまはる

「ニワトコ」(スイカズラ科:Sambucus racemosa L. subsp. sieboldiana (Miq.) H.Hara.)は,山野に生える落葉低木である。葉は奇数羽状複葉で対生する。ニワトコは日本に現存する最古の和歌集『万葉集』や歴史書古事記』では「山たづ」という名で出てくる。「山たづ」は『万葉集』では二首掲載されていて,いずれも「迎える」の枕詞である。「ニワトコ」の葉は対生して,鳥の羽根のように向かい合っているように見えるので(第9図),両腕を広げて人を「迎える」姿に似ている(石井,2013c)。

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第9図.両手を差し出しているように見えるニワトコ

 

「ニワトコ」は,第四次稿「ジョバンニの切符」の章で,氷山に船が衝突して死んだ家庭教師の青年と姉弟銀河鉄道の列車に乗ってくる場面で登場してくる。現世の家へ帰りたいと駄々をこねる男の子に対して,青年が「おっかさんがあなたがにはとこのやぶをまはってあそんでゐるだらうかと考えたりして心配している」と言ってなだめている。青年は,駄々をこねる男の子に対して「あなたは死んでしまったのだから現世には戻れない。駄々をこねるのは止めなさい」と直接的には言わないで,「あなたのことを大事(心から愛している)に思っているおっかさんのところへ行こう」と男の子に寄り添うような形で間接的に言う。いつも母の傍から離れない男の子は母を失って寂しい思いをしてきたわけだから,無意識の中では母への思いが強いはずである。

 

この男の子には幼少期の賢治が投影されている(石井,2016b,2018c)。もしも,母の男の子に対する強烈に逢いたいという気持ちがメタファーとしての葉の姿が両腕を広げて待っているように見える「ニワトコ」と一緒に男の子に伝われば,男の子は駄々をこねるのを止め,誰から指図されることなく「ひとりでに」母の元へ向かうと思われる。

 

この場面は法華七喩の一つである「三車家宅」(『法華経』第三章「譬喩品」)に対応している。ある時,長者の邸宅が火事になった。中にいた子供たちは遊びに夢中になっていて火事に気付かず,長者が説得しても外に出ようとしなかった。そこで長者は子供たちが常日ごろから欲しがっていた玩具の「羊車,鹿車,牛車の三車が外にあるよ」といって子供たちを外へ導き出したというものである。「ほんたうの教え」とは,どんな思想や宗教の持ち主でも理解できるものであり,またどんな人にでも「ひとりでに」救いの道が付けられているようでなければならないという教えである。

 

6.鳥の押し葉

(ほんたうとうそを区別する)

「鳥の押し葉」は,第四次稿の八章「鳥を捕る人」で登場する。<鳥捕り>は, 物語では銀河の河原で「鷺(さぎ)」,「雁(がん)」,「 鶴(つる)」などの鳥を捕まえて「押し葉」にして食用として売る商売をしている。「鳥の押し葉」の作り方は, <鳥捕り>の言葉を借りれば, 「天の川の水あかりに, 十日もつるして置くかね, さうでなけぁ, 砂に三四日うづめなけぁいけないんだ。さうすると, 水銀がみんな蒸発して, 喰べられるやうになる」である。賢治が「鳥の押し葉」を物語に出してきたのは「ほんたう」と「うそ」をどうすれば分けられるかという問題を提起したかったからと思われる。

 

これは「アイヌ」の歌人である違星北斗の『コタン』創刊号(1927.8.10)の論説「アイヌの姿」にでてくる「贋(がん)シャモ」(贋は「にせもの」の意味)の話を基にしている(石井,2019c)。「贋シャモ」は,明治政府の「同化政策」に対して,うまく順応することができず,アイヌ語や自然信仰を捨てるだけでなく「和人」を模倣したり,自ら「アイヌ」であることを隠したりして「和人」の社会の中に溶け込もうとした者のことを指す。

 

<鳥捕り>は,ジョバンニに「鷺」や「雁」の「押し葉」を見せて食用だと話すが,ジョバンニは信用しない。この場面にドライフラワー(押し花にもなる)で有名な白い花をつける植物「カワラハハコ」(キク科;Anaphalis yedoensis (Franch. et Sav.) Maxim.)が登場する。「カワラハハコ」は英名で “Japanese pearly everlasting”という。 “everlasting” は「永遠の」あるいは「永久に続く」の意味である。

 

鶴(つる= true;ほんたう)」に対して「鷺(さぎ=詐欺)」は「うそ」であり,鳥捕りは「鷺」や「雁」の「押し葉」と言って植物の「カワラハハコ」で作った押し葉(第10図)を見せ,そして「落雁」,「初雁」,「雁月」などと命名されている和菓子をジョバンニ達に食べさせたのであろう(石井,2012a)。「雁(がん)」(贋と発音が同じ)の「押し葉」(実際はお菓子)は平べったく「鳥の形」をしているが「永遠の」真実に見せかけた「なりすまし」の「偽物の鳥」(贋シャモ)である。ジョバンニたちはそれを見抜いているようにも思える(石井,2012a)。

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第10図.カワラハハコで作成した鳥の押し葉.Aは押し葉の植物標本,Bは鳥の形に似せたもの.

 

7.「すゝき」と<鳥を捕る人>の類似点

<鳥捕り>は,がさつで,単純で,人が好いのに,少しずるそうなところがある人物として描かれている。ジョバンニは,車内で初めて会った<鳥捕り>と鳥の捕まえ方や商売の方法について会話するが,しばらくすると一緒にいるのが面倒な気持ちになって,<鳥捕り>を「邪魔(=厄介)」な存在と感じてしまう。

 

このとき,ジョバンニは,<鳥捕り>に対して特異な「こころ」の反応を見せる。例えば「この鳥捕りのために自分のもっている物を全てあげてしまいたい」とか,「この人のほんたうのさいはひになるなら自分があの光る天の川の河原に立って百年つゞけて立って鳥をとってやってもいい」という気持ちが湧いてくる。この「鳥捕り」に対して自己犠牲的な「償い」に繋がる気持ち(ジョバンニの言葉を借りれば「変てこな気持ち」)が生じた時,<鳥捕り>が物語から退場し,その代わりに「すゝき(ススキ)」(Miscanthus sinensis Andersson)が登場してくる。

 

「ススキ」も,いくら四季の移ろい(風情)を感じさせようと,耕耘前に畑に侵入してくれば排除すべき対象となる。「ススキ野」を開墾した経験もある賢治は,「ススキ」に「邪魔者」とか「厄介者」という感情を強く持ったと思われる。しかし,それらは同時に賢治にとって恥ずべき「いちばんあってはならない感受性」でもあったと思われる。賢治は「ススキ」に「あってはならない感受性」を強く感じてしまったことを「罪」と感じ,『銀河鉄道の夜』という創作物のなかでこの<鳥捕り>に対して「罪」を償おうとしたように思える。

 

では,このジョバンニ(あるいは賢治)の「こころ」の中の特異な反応(「変てこな気持ち」)はどこからくるのだろうか。この特異な反応は,賢治自身の資質によるかもしれないが,賢治が信じた『法華経』の「常不軽菩薩品第二十」の教えによるところも大きいと思われる。『法華経』に登場する常不軽菩薩(「常に軽蔑された男」の意味)は,菩薩自身が迫害され,誹謗中傷されても相手に同じことをし返すことはしなかった。それどころか,相手がどんな人物であれ,人を見ては「わたしは,あなたがたを深く尊敬します。けっして軽んじたり,あなどったりすることはありません。」と声をかけて法華経の教えを説いたという(石井,2015b)。

 

8.絹で包んだ苹果のような女の子の顔色

列車がコロラド高原を通過しているとき「インディアン」が現れ,郷愁の「思い」に駆られて女の子の顔色が「絹で包んだ苹果」のようになる。この場合の顔色は艶のある黄色である。これは,中国最古の医学書の『黄帝内経素問』(前漢時代に編集)に記載されている「シナカラスウリ」(ウリ科;Trichosanthes kirilowiii Maxim.var. kirilowii )の熟した実を絹で包むと「五志」(怒・喜・思・憂・恐)の「思い」に相当する艶のある黄色になることをヒントにしている(石井,2016d)。

 

キリスト教徒の女の子は,賢治の恋人が投影されていて,米国に渡った後に列車の進行方向である日本を郷愁の「思い」で見つめている。「シナカラスウリ」ではなく「苹果」を選んだ理由は「リンゴ」がキリスト教徒にとって「原罪」を意味するからである。

 

ここでは北米大陸に移住してきた「移住者」が「先住民」である「インディアン」の土地を搾取し彼らを「保留地」へ追いやったという「原罪」である。これは,大和民族アイヌ民族(あるいはエミシ)の間にも言えることである。「絹」は果物の成熟と関連するエチレンを吸着して鮮度を保つ働きがある。よって,「苹果」を「絹」で包むということは,「移住者」の「原罪」を風化させないという意味が込められている。

 

9.野ばらの実は測量旗に赤い点々を打って危険を知らせている

第四次稿の白鳥区を過ぎた所で「三角標」(灯台らしいもの)の上にはためく「赤い点々を打った測量旗」が登場する。これは,2つの丸い「野ばら」(「アメリカンラズベリー」;Rubus strigosus Michx.)の実が,「三角標」の上にある「旗」に「三角測量」に使う回照器(現在ではレーザー発振器)のようなもので銀河の光を反射させて「赤い点々」の模様を作ったものと思われる(第11図)。

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第11図.赤い点々を打った測量旗

 

この「赤い点々」の模様は「丸」と「四角」の違いはあるが「国際信号旗」のU旗(第11図)と同じ意味になり,この先に危険が待ち受けていることを銀河鉄道の列車に乗り込んだ「ほんたうのさいはひ」を求めている乗客(求道者)に光通信で知らせている(石井2013a,2017b)。人々が物質的な「豊かさ」を求めて信仰の対象を宗教から近代科学へ移行させたことに対する警告である。

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第12図.国際信号旗のU旗.

 

これと同様の意味で使っている賢治の作品として童話『十力の金剛石』がある(石井,2017e)。ここでは,「野ばら」(「ノイバラ」;Rosa  multiflora Thunb.)が宝石に目のくらんだ王子の顔に「赤い光の点々」を反射させて王子の前途を心配している。

 

10.楊に透かしだされた蝎の火

1)バルドラの野原の一匹の蝎

童話『銀河鉄道の夜』(第一次~第四次稿)の最終章に出てくるバルドラの野原で「イタチ」に追われて井戸の中に落ちてしまう「蝎(サソリ)」の逸話は, 知里幸恵訳の『アイヌ神謡集』の神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」をヒントにしたもので,生命10億年の生存競争の歴史が語られている。

 

この童話に登場する「蝎」は,地質時代シルル紀」の浅海の底で暮らしていた「ウミサソリ」のことである。太古の海では「ウミサソリ」は体長が2mを超えるものもあり食物連鎖の頂点にいて我が物顔で闊歩しながら小さな虫や小魚を食べていた。しかし,陸に上陸した「ウミサソリ」の仲間は小型化して陸の「サソリ」(視力が弱くて夜行性)に進化するが,今度は立場が逆転して小さな魚から進化した「イタチ」などの哺乳類に捕食されるようになる。

 

賢治は,『アイヌ神謡集』に登場する「昔のお金持ちが今の貧乏人」と「昔の貧乏人が今お金持ち」を「蝎(=ウミサソリ)」と「イタチ」に,そして『銀河鉄道の夜』に登場する「狩猟民(アイヌ)」と「町の人々」あるいは賢治の生きた時代の岩手県イーハトーブ)に住んでいた「先住民(蝦夷)」と「移住者」に置き換えた。

 

「神謡」では,「昔のお金持ちが今の貧乏人」が神である「梟(シマフクロウ)」に対して祈りを捧げると,「昔のお金持ちが今の貧乏人」が「昔の貧乏人が今お金持ち」と共に争うことなく暮らせる社会が訪れる。『銀河鉄道の夜』では「蝎」が神に対して祈ると「まっ赤」な「蝎の火」となり夜空を明るく照らすようになる。賢治は,「サソリ」が祈る対象としての神を「アイヌ」の神(梟)ではなく,近代科学に置き換えたようである(石井,2018a)。

 

物語の天上世界には近代科学を象徴するようなものは,白鳥区が終わる頃に車窓から見えるアルビレオ観測所の「水の速さを測る器械」以外には登場していないように見える。ジョバンニが「あれは何の火だらう。あんな赤く光る火は何を燃やせばできるんだらう」と言っているが,この「何を燃やせばできるんだらう」の問に答えることで近代科学(特に化学)を象徴するものが見えてくる。多分,物語の「蝎の火」は,カーバイド工場で「カーバイド」(炭化カルシウム;calcium carbide,CaC2)を作るときにでる「まっ赤な炎」であろう(石井,2015a)。

 

カーバイド」は「ウミサソリ」など動物化石を含む石灰岩を焼いた石灰と植物化石である石炭(炭素)を混ぜて電気炉で2000℃以上に燃焼させることにより合成される。「カーバイド」は天然には存在しない。賢治が童話『銀河鉄道の夜』(第一次稿は1924年の冬頃)を執筆していた時は,「電気」が都会(南)から地方(北)に普及していた頃にあたる。すなわち,「蝎の火」は,人間が「電気」を使って発明した近代科学の炎である。カーバイドは水と反応するとアセチレンを生成するので,アセチレンランプや農業の近代化を象徴する化学肥料の原料とした。

 

これらは,詩集『春と修羅』の「薤露青」の後半部分にある詩句「南からまた電光がひらめけば/さかなはアセチレンの匂をはく」を思い起こさせる。カーバイド工場への「電気」は「水力発電所」から「送電鉄塔」を介して送られてくる。それゆえ天上世界の「蝎の火」の逸話が語られる場面で登場する「三角標」は近代科学を象徴する工場の「煙突」や「送電鉄塔」がイメージされている(石井,2015a,2017c)。

 

詩「薤露青」は,上記詩句の後に,「水は銀河の投影のやうに地平線までながれ/灰いろはがねのそらの環」という詩句が続く。この詩句にある「灰いろはがねのそらの環」は,童話『銀河鉄道の夜』では,蠍の逸話の後に出てくる十字架の上に架かる「苹果(りんご)の肉」のような「青じろい雲の環」と関係がある。生活の中心に信仰(宗教)を置いていた時代が去り,人々の信仰が宗教から近代科学に移行したことを示している(石井,2016c)。

 

2)宗教の復活

「蝎(ウミサソリ)」が神に祈ったとき,それを聞き入れたのは「梟」ではなく近代科学の技術を持つ化学者たちであり,彼らが「昔のお金持ちが今の貧乏人」である「ウミサソリ」を物語の「狩猟民」や「東北」の先住民達に「さいはひ」をもたらす聖なる生き物にした。しかし,近代科学は,人々に「物質的な豊かさ」をもたらすが,様々な弊害(人間の自然征服・商品機械化,自由の喪失,苦痛を強いる労働など)ももたらした。そこで,賢治は,宗教を復活させ,科学に宗教を合致させようとした。そして,法華経の「焼身自己犠牲」の暗喩である「楊」を「蝎の火」の近くに置いた。

 

この「楊」は北米を舞台にしているのでヤナギ科ヤマナラシ属の落葉高木である「アメリカヤマナラシ(別名;アスペン)」(ヤナギ科;Populus tremuloides Michx.)であろう。ヤマナラシ属の植物の多くは,賢治が生きていた時代あるいはそれ以前から自ら(あるいは種として)の命を絶ち(伐採され),その体をマッチの軸木に変え「炎」となって人々の生活向上に貢献していた。まさに経典『法華経』に出てくる「焼身供養」の象徴でもある「一切衆生憙見菩薩」の化身である(石井,2014a,2015a)。賢治は「楊」の中でも「ギンドロヤナギ」(Populus alba L.)が特に好きで,羅須地人協会の庭に植えたり,自分の身代わりに苗木を知人の学校に寄贈したりしている。

 

複数の「アメリカヤマナラシ」の木の幹で透かし出された近代科学の「炎」は,「烏瓜の明かり」や後述する「もみや楢で包まれた街燈」のような「縞模様」を形成して美しく燃え上がる。すなわち賢治は,近代科学と宗教を合致させた「キメラ」をギリシャ神話の半身半獣の「ケンタウロス」になぞらえて「アイヌ」の「神(カムイ)」である「梟」と入れ替えたのである。

 

このように,賢治は,「ウミサソリ」を含む石灰岩を基に作られた炭酸石灰や石灰窒素を法華経の精神で使えば「東北」の酸性土壌の大地を農業に適した大地に変えることができ,農業に従事する「先住民たち」の生活を豊かにすることができると信じたように思える(2018a)。それは強いては,「移住者」たちとの共生にも繋がると考えた。

 

11.瓜に飛びつく人達

第一次~第四次稿「サウザンクロス」の停車場近くに立つ「十字架」に対しては「つつましく」以外に「子供が瓜に飛びついたとき」のように歓喜の声をあげている人達が描かれている。この場面は,カーバイド工場の炎(近代科学の炎)をイメージできる「蠍の火」や「蠍の形」に並んだ工場の「煙突」や「送電鉄塔」(三角点)をイメージできる「三角標」を見た後に現れる。この「十字架」は,「北十字」のものと異なり「青や橙やもうあらゆる光でちりばめられ」ている(第13図)。この「あらゆる光」とは,人々が望むもの,物質文明がもたらしたものを手に入れることができる金(貨幣)や宝石の輝きであり,賞賛であろう。

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第13図.サウザンクロスの停車場近くの十字架

 

十字架に対して「子供が瓜に飛びついたとき」のようなという表現に使われた「瓜」とは何であろうか。子供が好きそうな「マクワウリ(甜瓜;melon)」(Cucumis melo L.var.makuwa Makino)あるいは「スイカ(西瓜;watermelon)」(Citrullus lanatus (Thunb.) Matsum. et Nakai)が考えられるが,十字架が近代科学を比喩したものと考えれば多分赤い血をイメージできる「スイカ」であろう。

 

「先住民」である北海道の「アイヌ」(あるいは東北の「エミシ」)は「和人」との婚姻を望むものが少なくなかったという。近代文明に接触した「アイヌ」は近代科学がもたらす「物質的な豊かさ」を得るだけでなく,「生き抜く」ために,また子供が自分よりも「しはわせ」になるようにと,「アイヌ」であることを否定して,そして「血」を薄めるために「シャモ(和人)」との婚姻を望んだという。「和人」の「血」も,被差別を回避するため,あるいは「物質的な豊かさ」をもたらすという意味では「アイヌ」にとって「科学」に匹敵するものであったのかもしれない(石井,2019c)。

 

さらにもう1つ,「瓜」には重要な意味が隠されている。「瓜」は英語で「gourd」(発音記号:gˈʊəd)というが,この語彙の発音と似ているものに「gold(金)」(góʊld )がある。すなわち,「瓜に飛びつく」とは「先住民」にとって「物質的な豊かさ」が手に入る「血」と「金(貨幣)」に飛びつくという意味が含まれている。(続く)

 

引用文献

石井竹夫.2011.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する植物.人植関係学誌.11(1):21-24.

石井竹夫.2012a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する鳥の押し葉.人植関係学誌.11(2):19-22.

石井竹夫.2013a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する幻の匂い(前編・後編).人植関係学誌.12(2):21-28.

石井竹夫.2013c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する「にはとこのやぶ」と駄々っ子.人植関係学誌.13(1):15-18.

石井竹夫.2013e.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する星座早見を飾るアスパラガスの葉(前編・後編).人植関係学誌.13(1):27-34.

石井竹夫.2014a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する聖なる植物.人植関係学誌.13(2):27-38(前編・中編・後編).

石井竹夫.2014b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する光り輝くススキと絵画的風景(前編・後編).人植関係学誌.14(1):43-50.

石井竹夫.2014c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する赤い実と悲劇的風景(前編・後編).人植関係学誌.14(1):51-58.

石井竹夫.2015a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する楊と炎の風景(前編・後編).人植関係学誌.14(2):17-24.

石井竹夫.2015b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するススキと鳥を捕る人の類似点.人植関係学誌.14(2):25-28.

石井竹夫.2015d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する桔梗色の空と三角標.人植関係学誌.15(1):39-42.

石井竹夫.2016a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するアスパラガスとジョバンニの家(前編・後編).人植関係学誌.15(2):19-26.

石井竹夫.2016b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する列車の中のリンゴと乳幼児期の記憶.人植関係学誌.15(2):27-30.

石井竹夫.2016c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するリンゴと十字架(前編・後編).人植関係学誌.16(1):45-51.

石井竹夫.2016d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する絹で包んだリンゴ.人植関係学誌.16(1):53-56.

石井竹夫.2017b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する野ばらと赤い点々を打った測量旗.人植関係学誌.17(1):17-22.

石井竹夫.2017c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する赤い腕木の電信柱(前編・後編).人植関係学誌.17(1):23-32.

石井竹夫.2017d.『どんぐりと山猫』の舞台.薬学図書館 62(1):2-3.

石井竹夫.2017e.『十力の金剛石』に登場する赤い野ばらの実. 薬学図書館 62(3):136-137.

石井竹夫.2018a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-カムパネルラの恋(前編・中編・後編)-.人植関係学誌.17(2):15-32.

石井竹夫.2018c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-リンドウの花と母への強い思い-.人植関係学誌.18(1):25-29.

石井竹夫.2019c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-ウリに飛びつく人達(前編・後編)-.人植関係学誌.19(1):11-24.

石井竹夫.2019d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-異界の入口の植物-.人植関係学誌.19(1):25-31.

石井竹夫.2020.植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅰ)-宗教と科学を同じにさせる-.人植関係学誌.19(2):19-28.

吉本隆明.1997.ほんとうの考え・うその考え-賢治・ヴェイユ・ヨブをめぐって.春秋社.東京.

(著者文献の年号に付く記号は総集編Ⅰに準じる)

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌19巻第2号33~40頁2020年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

三角標についての補足説明

上西勝也氏のHP『史跡と標石で辿る「日本の測量史」(旧題:三角点の探訪)』(http://uenishi.on.coocan.jp/ )に「三角点」に関して以下の記載がある。

 

フランスの測量

「測地基準網は三角点8万点から構成されています。点の記(Fiche signaletique)によると一等三角点(Reseau de base)は日本のような四角い標石、平らな標石や八角形の標柱などがあるようです。二等以下の低位三角点(Reseau de detail)は都市や小集落では教会などの建物の尖塔を三角点として利用しています。いずれもGPSによる三次元的な測地網に整備されつつあります。」

 

「南フランスニースの旧市街にある裁判所前広場(Place du Palais de Justice, Nice)にある時計塔が三角点になっています。点の記によれば標識はありませんが時計塔最上の十字架直下にある球が視準点になっています。・・・・市街にはこのように教会などの塔の先端を帝位(二、三等)の三角点にしていることが多いようです。」

 

日本の測量

「五等三角点という三角点が出現したのは1899年(明治32)です。陸地測量部沿革史の明治32年のところにつぎの記述があります。「海中ノ小岩礁ノ最高頂ヲ觀測シ其ノ概略位置及高程ヲ算定シ之ヲ五等三角點ト稱スルコト尋テ市街地ノ高塔等亦之ニ準スルコトニ定メタリ」・・・・現在、五等三角点の新設はされませんが残存しているものが数ヶ所あります。・・・・福岡県にある同「鉄塔」(福岡県下廣川村)の点の記を見るともともと五等三角点となっていたのを線で消して図根三角点に、また標石はなく「本点は高圧送電鉄塔にて視点は頂上の中央部とす 鉄塔番號-37号」となっていました。そのほか1946年(昭和21)ころ東京で戦災復興測量が行われたときに五等三角点として火の見櫓や風呂屋の煙突までも多数設定されましたが標石はないようです。」(下線は引用者)

植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅱ)-リンゴの中を走る汽車-

Keywords: 文学と植物のかかわり,臨死体験,鉄の船,宙に浮く汽車,夢の橋

 

童話『銀河鉄道の夜』(第一次~第四次稿)に登場する汽車は宙に浮いて銀河の中を走る。このファンタスチックな夢の中の汽車には「リンゴ」の匂いも漂っている。本稿では,なぜ宙に浮いた汽車には「リンゴ」の匂いがしてくるのか,また汽車は空の工兵大隊が作った「鉄の橋」を渡ったのかについても説明する。

 

1宙に浮く汽車はリンゴの匂いに包まれている

1)乳幼児期の記憶

賢治は,「宙に浮く汽車」という発想をどこから得たのであろうか。賢治研究家で思想家でもある吉本(1996)は,『銀河鉄道の夜』,『氷と後光(習作)』,詩集『春と修羅』の「青森挽歌」に共通する「夜の闇を走る列車のそこだけが明かりがともり,暖かい,宙に浮いたような箱という賢治の生涯をいつも流れる原型的なイメージ」を「原風景」と考えた。この「原風景」は,文芸評論家で化学技術者の奥野(1972)の言葉では,文芸作家達の作品の底を流れる幼い頃に「自己形成とからみあい血肉化した,深層意識ともいうべき風景」を,別の言葉で言えば,「その作家の魂に焼き付いて永遠に離れなくなった,記憶のひとこま」のことである。

 

「青森挽歌」は,「こんなやみよののはらのなかをゆくときは/客車のまどは水族館の窓になる/(乾いたでんしんばしらの列が/せはしく遷ってゐるらしい/きしゃは銀河系の玲瓏レンズ/巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)」という美しい詩句で始まる。また,『氷と後光(習作)』では,客車の中の「こどもの頬は苹果のやうにかゞやき,苹果のにほひは室(へや)いっぱい」に充満している。著者は,前者の詩句の汽車が「りんごのなかをかけてゐる」や後者の客車が「苹果の匂いでいっぱい」に注目して,吉本が示した賢治の「原風景」の「宙に浮いたような箱」を「宙に浮いたようなリンゴの匂いのする箱」と言い直して,賢治の「原風景」の基になる深層意識に踏み込んでみた(石井,2016b)。 

 

「原風景」と関係する「リンゴ」が『銀河鉄道の夜』に最初に登場するのは,五章の「天気輪の柱」である。ジョバンニは,母に届いていない牛乳を牧場にとりに行くが,その途中に同級の子供らにからかわれて「天気輪の柱」のある「黒い丘」に逃げるように向かう。ジョバンニは孤立感の中で「寂しさ」に堪えながら「黒い丘」から町を見渡す。すると,町を走る列車とその一列の窓が小さく赤く見えるが,ジョバンニはその列車の中で「苹果(りんご)を剥いたり,わらったり,いろいろな風にしてゐる」たくさんの旅人のことを考えて悲しくなってしまう。

 

「列車の赤い窓」から「リンゴ」が呼び起こされる理由は,ジョバンニというよりは賢治自身の遠い記憶(乳幼児期)の中にあるように思える(石井,2016b)。賢治は,『銀河鉄道の夜』に登場する汽車のモデルとされる花巻から北上山地の仙人峠間を走る岩手軽便鉄道(1913~1936)の列車(小さな蒸気機関車とそれが牽引する客車)を遠くからあるいは近くから何度も見ていたと思われる。そして闇夜の中を走る小さな列車の一列に並んだ「窓の明かり」から様々な想像を掻き立てられた。もしかしたら,その中に賢治の乳幼児期の宮沢家の土間の「竈(かまど)=へっつい」の「明かり」に関する記憶もあったのかもしれない。

 

「竈」は鍋や釜をかけ,下から火をたいて煮炊きする設備である。「竈」の構造は,鍋をかけるところである火口(ほくち)と薪(たきぎ)をくべるところである「焚口(たきぐち)」から成る。家族や使用人の数に応じて大小の「竈」が発達し,火口が3個ある「三つべっつい」,それ以上の「五つべっつい」,「七つべっつい」などがある。「竈」は,ほとんど日が射さない薄暗い土間にあるので,一列に並んだ四角い「焚口」から漏れる「炎(=焔)」は,見様によってはあるいは遠くから見れば夜行列車の客車の複数の「窓の明かり」に見えないことはない。「焚口」が4つある「竈」を第1図に挙げておく。

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第1図.4個の焚口のある竈(吉田好宏の文献にある写真を基に作成).

 

(2)嬰児籠から見た風景

賢治は,乳幼児期の一時期に母との関係の希薄さを象徴すると思われる「嬰児籠(えじこ)」の中で育てられたという(石井,2016b)。「嬰児籠」は,岩手県などの東北地方の主に貧しい農家で,農作業時などで家を長時間離れなければならないときに使われる乳幼児を入れておくための揺り籠のような用具である。裕福な商家の宮沢家で賢治がなぜ「嬰児籠」で育てられたのかはわからないが,「母」イチは農家の嫁のように家業の手伝いで忙しかったのかもしれない。

 

年譜によれば,「母」イチは料理に煩く注文をつける舅の相手や病弱な姑の介護,娘(賢治の妹)のトシやシゲの世話,あげくは古着を沢山買う上客を座敷にあげて酒肴(しゅこう)をもてなす宮沢家の習わしの中で多忙を極めたという。実際に,年譜から見て取れるのは賢治の子守をしているのは叔母たちである。すなわち,賢治は,闇夜を走る軽便鉄道の小さな列車の一列の「窓の明かり」から,乳幼児期に「嬰児籠」から見た薄暗い土間に置かれた「竈」の一列の「焚口」の「炎=(明かり)」を「寂しさ」と一緒に思い出していたのかもしれない。

 

賢治の詩集『春と修羅 詩稿補遺』の中の「心象スケッチ 林中乱思」には,「何とこの焔の美しさ/柏の枝と杉と/まぜて燃すので/こんなに赤のあらゆるphaseを示し/もっともやはらかな曲線を/次々須臾(しゅゆ)に描くのだ/それにうしろのかまどの壁で/煤かなにかが/星よりひかって明滅する」(下線は著者)とある。この詩では,カシワとスギの枝を混ぜて薪にすれば「焚口」から見える「炎」は赤くなること,そして「竈」の火口から空中に飛散した煤が燃えて星のように点滅することが描かれている。まるで星々の中を飛行する「宙に浮く」銀河鉄道の列車のようである。

 

「かまど」という表現は,賢治の詩「心象スケッチ 林中乱思」以外では,童話『猫の事務所』と『紫紺染めについて』の中で登場する。『猫の事務所』では,「心象スケッチ 林中乱思」と同様に土間に置かれている調理設備の「竈」であるが,『紫紺染めについて』に登場するのは「リンゴ」の「芯」のことを言っている(第2図)。この物語には,「そこでみんなは青いりんごの皮をむきはじめました。山男もむいてたべました。そして実をすっかりたべてからこんどはかまどをぱくりとたべました」(下線は引用者)とある。このように,賢治は,調理設備の「竈」と「リンゴ」の「芯」という異なった意味のものを同じ「かまど」という言葉で表現している。

 

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第2図.リンゴの縦断面.

ちなみに,「リンゴ」の「芯」を「竈」と呼ぶのは,「火」を扱う「竈」が生活(家庭)の第一のよりどころ,生活の「中心」であることから付けられたという。すなわち,賢治にとって,闇夜を走る列車の「窓の明かり」から「竈」の「焚口から漏れる明かり」,そして「リンゴ」を想像することはたやすいことだったはずである。

 

賢治は,果物では「リンゴ」と「トマト」と「ナツミカン」が好きだった。特に,「リンゴ」は主に生でかじるのが好きだったようだが,教員時代には冬に「リンゴ」をストーブの上で焼いて食べるのが得意だったという。賢治の幼少時代には,母親が賢治たちにこの「焼きリンゴ」を「竈」を使って作っていたのかもしれない。この時は,土間に通じる部屋は「リンゴ」の「匂い」で充満していたと思われる。

 

すなわち,「夜の闇を走る列車のそこだけが明かりがともり,暖かい,宙に浮いたようなリンゴの匂いのする箱」という『銀河鉄道の夜』にも通じる「原風景」は,生活の中心を「竈」に置いた宮沢家の賢治の乳幼児体験に基づくものと思われる。そして,母と稀薄な関係であった乳幼児体験を基に列車が宙に浮くという『銀河鉄道の夜』は創作されたと思われる。

 

2.「鉄の船」はあの世とこの世を結ぶ

1)空の工兵大隊が作る鉄の橋

カムパネルラは,友達(ザネリ)を助けるために川に飛び込み,その後行方不明になる。第四次稿では,この時間は約45分である。この時間は,ジョバンニが「黒い丘」で眠っていた時間でもある。ジョバンニは,この約45分間の夢の中で銀河鉄道の列車内のカムパネルラと一緒だった。

 

銀河鉄道の列車は,夢の後半部分で空の工兵大隊が「鉄の舟」を使って架橋練習をしているところを通過する。実際に,工兵が軍事的に架橋に使ったものにも「鉄の船」があったようである。船を並べてその上に架台(橋板)を渡した「浮橋(あるいは舟橋)」と呼ばれたものである。物語では銀河鉄道の列車がこの「鉄の舟」を並べて作った「橋(浮橋)」を渡ったとは記載されていない。しかし,物語にはこの「浮橋」を渡ったことを示唆するヒントが散りばめられている。

 

カムパネルラは夢の中で乗車直後に銀河鉄道の線路が書き込まれた黒曜石でできた「円い板のやうな地図」(星座早見のような星座図)を貰うことになるが,この地図には「天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路」が北から南へ向かって書き込まれている。

 

すなわち,カムパネルラと一緒のジョバンニは,この地図を進行方向に沿って眺めたとき,「琴座」(橄欖の森)や「蠍座」の赤い星である「アンタレス(=蠍の火)」は天の川(銀河)の左の岸(の線路上)にあるのを確認できたはずである。しかし,物語では銀河鉄道の列車が左岸の「橄欖の森」の中を通過してしばらく経った頃に,ジョバンニは本来同じ岸にあるはずの「蠍の火」を川の向こう岸(対岸)に見ることになる。多分,銀河鉄道の列車は,地図に書かれてある鉄道線路を離れて空の工兵大隊が作った「浮橋」を渡って対岸(あの世)に行ったと思われる(石井,2019d)。

 

2)夢の橋

古くからある民話や伝承に出てくる「橋」には,「この世」と「あの世」を繋ぐものがあるという。例えば,瀕死の病人が,病床で夢現の中で「橋の夢」を見た。「橋」の向こうはすばらしく綺麗な所で,この「橋」を渡ればきっとすばらしい世界に入れると思って途中まで行くが,どうしても「橋」の向こうへは行けずに苦しんでいる。しかし,夢から覚めることができ,同時にその重病人は助かったというものである。この「橋の夢」が意味するものは,「橋」を渡り向こう側へ行ってしまったら,意識を取り戻すことなく死んでしまうが,「橋」を渡らなければ助かるというものである。

 

多分,カムパネルラは川に落ちて意識が朦朧としているときに「濡れた上着」を着て三途の川に喩えられる銀河に沿って走る鉄道の列車に乗った。そして,乗車してからおよそ15〜30分後に列車で「鉄の舟」でできた「橋」を渡ってしまったと思われる。

 

賢治が生きた時代の医学(救命医療)の水準がどの程度であったか分からないが,1981年にフランスのカーラー(Morely Cara)が作成した救命曲線によれば呼吸停止後約10分過ぎれば50%の人が,さらに15〜30分でほぼ100%の人が救命措置をしても助からないという。すなわち,水没後30分以上経過しているということは,医学的に蘇生不可能な死を意味する。察知能力があると思われるジョバンニは,「黒い丘」で覚醒し,夢の中で「橋」を通過したことを思い出した時,カムパネルラの死が頭によぎったと思われる(石井,2019d)。

 

「橋」を渡ったカムパネルラは,仏教的には六界(地獄,餓鬼,畜生,修羅,人間,天)の1つで「兜率天」のある「天界」へ輪廻転生したと思われる。さらに,カムパネルラはサウザンクロスの停車場近くで「石炭袋」が見える方角の「きれいな野原」を「ほんたうの天上」と言うが(第三次と第四次稿),この「きれいな野原」は輪廻しないとされる「如来界(仏界)」であろう。

 

賢治が,宗教(仏教)と科学の一致を模索したことは総集編Ⅰ(石井,2020)で報告した。賢治は,この仏教的宇宙観をどのように科学的に解釈したのであろうか。賢治が「天界」を「太陽系」に,「仏界」を「銀河系」などの「星雲」に対応させた宇宙観を作り上げたと推論する研究者がいる(鈴木,1994)。また死者であるカムパネルラと一緒にいた生者のジョバンニには,この「きれいな野原」は「ぼんやりと白くけむっている」としか見えなかった。多分,鈴木の説を借りればカムパネルラが見た「ほんたうの天上」(仏界)は,賢治が殉教的な決意を託した「銀河系」の近くにある晩銀河である「マゼラン星雲」であろう。「マゼラン星雲」は,南半球の南天の空に白くぼんやりして雲のように見える。

 

 3)河原なでしこは聖と俗を分かつ花

天上にある「生」と「死」の境界である「橋」の手前にある植物は,「河原なでしこ」である(第1図)。「カワラナデシコ」<Dianthus superbus L.var.longicalycinus (Maxim.) F.N.Williams >はナデシコ科の多年草大和撫子とも言うが,この「撫子」とはあまりの愛らしさにずっと撫でてやりたい愛児あるいは愛娘というのが語源であるという。

 

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第3図.カワラナデシコ

 

「撫子」は,法華経の影響を色濃く反映させている『源氏物語』に登場する植物としても知られている。『銀河鉄道の夜』の「鉄の舟(浮橋)」が出てくる場面は,この『源氏物語』の最終巻名である「夢の浮橋」やそこに出てくる<浮舟>という女性の名をイメージして創作したものと思われる(石井,2014a)。<浮舟>は,『源氏物語』では二人の男性(薫の君と匂宮)から求愛され悩み疲れて入水自殺を計るが,死にきれずに横川の僧都(そうず)により助けられ出家する。横川の僧都村上天皇より法華八講の講師に選ばれた平安時代天台宗の僧侶・源信(942~1017)がモデルとされる。

 

カムパネルラも<浮舟>も同じく自分の意志で入水するが,カムパネルラは級友を助けるためであり,一方<浮舟>は自分の苦しさから逃れるためである。「橋」の手前に咲く「カワラナデシコ」は入水したが生還した<浮舟>を象徴している。人のためになるなら自分を犠牲にすることも厭わないものを「聖」とすれば,『銀河鉄道の夜』に登場する「橋」は,「生」と「死」だけでなく「聖」と「俗」を別つ境界でもある(石井,2014a)。

 

 4)夢の中の天上世界はカムパネルラが瀕死の状態で見た「走馬灯」

物語では,異空間である天上世界はジョバンニの見た夢として表現されているが,実際はカムパネルラが水没し瀕死の状態で見た夢の中に,ジョバンニが「黒い丘」で入眠するのと同時に入り込んだものと言った方が適切かもしれない。人は死の間際に,特に溺死や自動車事故などの死の危機に瀕するとき,これまでの人生を一瞬で追体験する「走馬灯」(パノラマ体験,パノラマ視現象とも言われる)がよぎるということが言われている(ドラーイスマ,2009)。この「臨死体験」は,ときに身近な家族や友人と「分かち合われ」,「共有」されることもあるという(ムーディ・ペリー,2012)。「臨死共有体験;shared death experiences」と呼ばれている。

 

銀河鉄道の夜』では,夢の中でこの二人を見つめているもう一人の眼の視線が存在する。これは臨死体験者が語る,「上方」(天井)から眼だけになった自分が自分の姿を見ている視線でもある(吉本,1992)。著者は,以前にこの童話が『アイヌ神謡集』の第1話の神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」をヒントに創作されたことを報告した(石井,2018a)。神謡では「梟」(シマフクロウ)がアイヌの子供に矢で射られ瀕死の状態になった(あるいは死んだ)とき,「梟」の霊魂(アイヌ語でラマッ “ramat”)が屍から離れ自分の屍の「耳と耳の間」に座って「この世」と「あの世」の境目の様子を物語る。すなわち,賢治は『アイヌ神謡集』の屍から離れた霊魂が物語を語るという手法を『銀河鉄道の夜』でも使用している。

 

死に瀕していなくても精神障害の1つである「解離性障害;dissociative disorders」の患者にも「臨死体験」と似たような現象(例えば離人感)が認められるという。賢治は,「解離性障害」とは言われていないが,「解離」を呈しやすい傾向を持っていたという(柴山,2007;浜垣,2019)。賢治はまた,「共感覚」,「予知」,「感覚過敏」,「幻覚」など特殊な感覚体験を有していることも知られている(石井,2013a)。

 

このように,ジョバンニとカムパネルラが同時に見た天上世界を旅する夢は,賢治が投影されているカムパネルラが水没後に瀕死の状態で見た「走馬灯」であったと思われる。

 

この不可思議な心理的体験は,特殊な感覚体験と「解離」しやすい傾向を持つ賢治が実際に重篤な病気に陥った時あるいは妹トシの臨終の際に経験したものと思われる。妹トシの死を描いた詩集『春と修羅』の「青森挽歌」(1923.8.1)でも,死の世界へ旅立つ妹との「魂の交信」が表現されている。日本語の「魂 “tamasii”」は,アイヌ語のラマッ “ramat”から導かれるという研究者もいる(梅原・藤村,1999)。(続く)

 

引用文献

ドラーイスマ,D.(鈴木 晶訳).2009.なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 記憶と時間の心理学.講談社.東京.

浜垣誠司.2018(更新年).宮沢賢治の詩の世界 「おかしな感じやう」の心理学-「心象スケッチ」における賢治の超常体験の特徴.2019.8.31(調べた日付).http://www.ihatov.cc/doc/summer_seminar2018.pdf

石井竹夫.2014a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する聖なる植物(前編・中編・後編).人植関係学誌.13(2):27-38.

石井竹夫.2016b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する列車の中のリンゴと乳幼児期の記憶.人植関係学誌.15(2):27-30.

石井竹夫.2018a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-カムパネルラの恋(前編・中編・後編)-.人植関係学誌.17(2):15-32.

石井竹夫.2019d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-異界の入口の植物-.人植関係学誌.19(1):25-31.

石井竹夫.2020.植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅰ)-宗教と科学を同じにさせる-.人植関係学誌.19(2):19-28.

ムーディ,R.・P.ペリー.(堀 天作訳).2012.永遠の別世界をかいま見る 臨死共有体験.ヒカルランド.東京.

奥野健男.1972. 文学における原風景-原っぱ・洞窟の幻想.集英社.東京.

柴山雅俊.2007.解離性障害-「うしろに誰かいる」の精神病理.筑摩書房.東京.

鈴木健司.1994.宮沢賢治 幻想空間の構造.蒼丘書林.東京

梅原 猛・藤村久和.1999.アイヌ学の夜明け.小学館.東京.

吉本隆明.1992.おもろさうしとユーカラ.pp. 2-16. 村崎恭子(編集・執筆)・池宮正治(編集・執筆)・吉本隆明(エッセイ).新潮古典文学アルバム別巻 ユーカラ・おもろさうし.新潮社.東京.

吉本隆明.1996. 宮沢賢治筑摩書房.東京.

吉田好宏.2021(更新年).かまどに関する文化的考察.http://www.hibana.co.jp/sinktank/11reading/02kyo-no-shintanbunka/01_kamado-no-bunkashi/kamado-no-bunkashi.pdf

(著者文献の年号に付く記号は総集編Ⅰに準じる)

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌19巻第2号29~32頁2020年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html

 

植物から『銀河鉄道の夜』の謎を読み解く(総集編Ⅰ)-宗教と科学の一致を目指す-

Keywords: 文学と植物のかかわり,ほんたうの考え・うその考え,移住者,烏瓜のあかり,みんなのほんたうのさいはひ,もみや楢で包まれた街燈,理想の農業,先住民,進化論,神話,唯物史観

 

童話『銀河鉄道の夜』には30種程の植物(第1図)が登場するが,いずれも単なる風景描写の1つとして配置されているのではない。2011年から人間・植物関係学会雑誌に『銀河鉄道の夜』に登場する植物を,毎回1つあるいは数個ずつ取り上げ,これら植物が物語に登場する意味について解説してきた。そして19巻1号(石井,2019d)で最後の植物として「マツ」を取り上げることができた。

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 第1図.物語に登場する植物

そこで,本稿から次稿にわたって,これまでに解説してきた植物を第1,2,3表(本稿末に記載)の中にまとめて示すとともに,物語の全体的な意味(総集編Ⅰ),なぜリンゴの匂いのする汽車は宙に浮くのか(総集編Ⅱ),天気輪の柱や三角標とは何か(総集編Ⅲ),カムパネルラの恋(総集編Ⅳ)およびなぜカムパネルラはザネリを自分を犠牲にしてまで救ったのか(総集編Ⅴ)について総説する。総集編Ⅰ~Ⅴの中の難解な用語の詳細な解説については表などに記載されている拙稿を読んでいただければと思う。

物語に登場する人物は第2図に示す。

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第2図.物語に登場する人物

1.物語の主旨は「みんなのほんたうのさいはひ」を探すこと

童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿;最終形)を手短に言えば,裏町の貧しい家庭の少年ジョバンニが銀河の祭りの晩に母に届いていない牛乳(milk)を牧場の牛乳屋に取りに行き,その途中で眠り込んで夢の中で銀河宇宙を旅するという物語である(第3図)。家から牧場の牛乳屋へ至る経路は第4図に示す。町を北から南へ流れる川に沿って鉄道が敷かれ、川面には銀河(milky way;乳の道)が投影されている。

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第3図.物語のあらすじ

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第4図.ジョバンニの歩いた道と植物

ジョバンニの父は,北の海で「ラッコ」,「アザラシ」,「サケ」などの漁をする「アイヌ(北方先住民)」がイメージされていて,密漁で牢獄にいるらしく不在である。ジョバンニは,父の代わりに新聞配達や活版所でアルバイトをして家計を助けているので他の級友達(町の子供)と遊ぶこともできず孤独である。ジョバンニは,アルバイト先で大人達から冷たい視線を浴びせられ,また母に届いていない牛乳を取りに行く途中で級友達からもいじめられ,逃げるようにして牧場近くの「黒い丘」へ向かうがそこで眠ってしまう。ジョバンニは,夢の中で銀河に沿って走る銀河鉄道の列車内で唯一の友人であるカムパネルラに出会い,一緒に「みんなのほんたうのさいはひ」を求めて白鳥座北十字)から南十字星へと銀河宇宙を旅することになる。

 

第一次~第三次稿(初期形)では南十字星だけでなく「マゼランの星雲」(賢治は詩では「マヂェランの星雲」,童話では「マジェランの星雲」と記す)が重要な終着点として登場してくる。「マゼランの星雲」の<マゼラン;Ferdinand Magellan(1490~1521)>は,1519年に帆船で南欧スペインを出発しモルッカ諸島(香料諸島)への西回りでの航海ルート発見(結果的には世界一周航路発見)を目指したポルトガルの探検家であるが,1521年に志半ばで亡くなった。<マゼラン>は,北極星が見えないとき道標としてこの星雲を使ったという。

 

賢治は,この探検家の名のつく星雲に銀河鉄道で「みんなのほんたうのさいはひ」を探すという殉教的な決意を託したと言われている(原,1999)。第一次~第三次稿で,ジョバンニはサウザンクロスの停車場近くで「マゼランの星雲」を見つけ「あゝマジェランの星雲だ。さあもうきっと僕は僕のために,僕のお母さんのために,カムパネルラのためにみんなのためにほんたうのほんたうの幸福を探すぞ。」とつぶやく。「マゼランの星雲」の記載は第四次稿では削除されるが,代わりに後述するように銀河鉄道の車窓から<マゼラン>の航海と同じ地球を西進している風景が見えてくる。

 

ジョバンニは,夢の中で旅をしたカムパネルラが,級友を助けるために川に飛び込んで沈溺していたことを夢から覚めた後に知らされる。

2.童話の底辺を流れる思想

この童話は,母と子の物語,ジョバンニの成長物語あるいは壮大な銀河宇宙を旅する物語として読むことも可能だが,メインテーマは仏教思想とも関連する牛乳(milk)に関するものである(第5図)。仏教図像である曼荼羅(まんだら;サンスクリット語のMandalaを音写したもの)の「Manda」は,牛乳から作られる最高の飲み物である「醍醐」のことで「本質(ほんたうのこと)」を意味する。それゆえ,この物語には「ほんたうのこと(牛乳)」を探し(取り)に行くという意味が込められている(石井,2015c)。

 

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第5図.物語の基本構造

ジョバンニとカムパネルラが白鳥の停車場近くのプリオシン海岸で「くるみの実」の化石を発見するが,これも同じことを示している。この「くるみの実」の逸話は,賢治らが「イギリス海岸」と命名した,猿ヶ石川北上川にそそぐ合流地点(花巻郊外)近くの泥岩層の中から絶滅した「オオバタグルミ」(Juglans cinerea var. megacinerea Miki. )の化石を見つけたという実体験に基づいている(石井,2015c)。現存する「バタグルミ」(Juglans cinerea L.)の食用部(種子)はバター味(Buttery flavor)がする。賢治は「くるみ林」を法華経思想の比喩として使うが,童話の中の地層にある「オオバタクルミ」の実は,法華経思想の結実したもので「ほんたうのこと」であり,またバターの味がするものなのかもしれない。 

 

この童話には「法華経」に記載されている様々な方便や逸話が,それとは分からない様に物語の中に組み込まれている。例えば,化城宝処(石井,2019d),常不軽菩薩(石井,2015b),三車火宅(石井,2013c),五千起去(石井,2016c)などがあり,法華経の教えを説く物語にもなっている。

 

すなわち,この童話は,町の人や同級生から差別され,いじめられている孤独な少年が友人と一緒に法華経思想を基に「みんなのほんたうのさいはひ」を探し求めて銀河(天上の世界)を旅するというファンタジーな物語であると言うことができる。そして,「みんなのほんたうのさいはひ」を探す「道標」として「天気輪の柱」や「三角標」が登場する。

 

3.「みんな」とは

 第四次稿で天上の世界(臨死状態も含めて死後の世界)を走る銀河鉄道の列車は,列車の車窓から見える景観から推測すると,探検家の<マゼラン>の航海のように地球を南欧(例えばイタリア・ローマ;緯度41°90′)からイギリスのランカシャータイタニック号が沈没したニューファンドランド島沖を経て,北米大陸にある大都会ニューヨーク(あるいはシカゴ;北緯41°51′)からコロラド高原(北緯37°~41°)へと西進している(第6図)。

 

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第6図.銀河鉄道の汽車の進路図

しかし,注意深く読み込むと「東北」の小岩井農場がある盛岡(北緯39°70′)辺りから花巻(イギリス海岸)を経て種山ヶ原(北緯39°12′;コロラド高原とイメージが重なる)方面へ向けて,北上川と平行して走る東北本線に乗って南下するような景観も二重に重なるような形で見えてくる。北上川には「銀河」が川面に映っている(石井,2012b)。

 

「みんなのほんたうのさいはひ」の「みんな」とは,銀河鉄道の列車が地球を西進するということで世界中の人々にまで拡大できるが,実際は「東北」の大地に住む人々をイメージしていて,地上の世界で登場するジョバンニの家族を含む貧しい狩猟民や農民などの人々(「先住民」)と,カムパネルラなどの経済的に豊かな町の人々(「移住者」)のことを指しているように思える。

 

物語の背景にイーハトーブ岩手県)に住む「蝦夷(エミシ)」と呼ばれた「先住民(狩猟民)」の末裔と「移住者」の末裔達の対立があり,これが物語を書く動機になっている(石井,2018a)。賢治が生きた時代には「蝦夷(エミシ)」は「アイヌ」と同一視されていた。そこで,物語には「アイヌ」をイメージできる狩猟民が登場する。

 

賢治は,イーハトーブに住む「先住民」(エミシやアイヌ)と「移住者」の末裔達が共に「しあわせ」に暮らせるようになるには,物語の第三次稿でセロの声のような大人(ブルカニロ博士)が「信仰も化学も同じようになる」と言ったように「先住民」が生活の中心に置いた宗教的世界観と「移住者」がもたらした近代科学を基にした合理主義的な世界観を一致させる必要があり(宗教と科学の一致),それを実現させるには「ほんとうの考え」と「うその考え」を分けなければならないと考えている。

 

4.「みんなのほんたうのさいはひ」は「ほんたうの考え」と「うその考え」を分けて宗教と科学を同じにさせることで見つかるし,また成し遂げられる

1)唯物史観は「ほんたうの考え」か

科学を信じる者の多くは,客観的(合理的)に解釈できる世界が「ほんたう」であり,宗教家やアイヌなどの先住民達の言う「死後の世界」や「神話」に登場する「神(カムイ)」はその存在を科学的に証明できないもの(うそ)として否定してしまいがちである。

 

賢治が生きた時代には西洋の「近代科学技術」がもたらした物質文明は,例えば宗教を重要視しないドイツのマルクス(Karl Marx;1818~1883)の唯物史観からすれば歴史的必然的な到達点(「ほんたう」)のように見えた。唯物史観とは,世界は,物質の生産力と生産関係によって原始共産制→古代奴隷制封建社会を経て資本主義社会さらには共産主義社会へと発展・進歩するとした考え方であり,ダーウイン(Charles Robert Darwin;1808~1882)の環境に適した有利な形質を持ったものが生き残れるという進化論に影響を受けて作られたものである。

 

賢治は,マルクスの思想を熱心に学んだが,賛同しなかったとされる。多分,マルクスの思想の中に宗教的な要素を見出すことができなかったからと思われる。すなわち信仰を重視し原始共産制に近い生活をしていたかつての「アイヌ」は,この唯物史観からすれば「生産性」の低さから発展・進化する社会に乗り遅れた人々であるとみなされる。

 

しかし,客観性を主張する近代科学がもたらした物質文明が「ほんたう」に人々を「さいはひ」にしているのだろうかと言えば疑問である。科学技術による「近代化」は,有り余るほどの「物質的な豊かさ」をもたらしたが,賢治が生きた時代でも環境破壊(公害)や精神崩壊などの様々な弊害を生み出し始めていた。そればかりではなく,その後人類は近代科学によって巨大なエネルギーを生み出す「原子力」を獲得することになるが,我が国は2発の原子爆弾による被爆(1945.8.6;1945.8.9)と東日本大震災(2011.3.11)における原子力発電所事故という最悪な事態を経験することとなった。

 

物質文明は,恐竜が大きくなることが必ずしも生存に適さないように,人々に必ずしも「さいはひ」をもたらすものではないのなら,その「豊かさ」も「進歩性」も科学を装った「偽物」と言わざるを得ない。

 

2)神々と共に生きるアイヌ

一方,明治以前の「アイヌ」のような先住民達は,「死後の世界」の存在を信じ,種々の動物・植物を「神(カムイ)」として敬う信仰を中心とし,物を獲り過ぎない工夫をした生活を送り,それが物質的に豊かではなかったかもしれないが精神的な「豊かさ」は得ていたと思われる。

 

実際に賢治は,縄文人の末裔とされる「アイヌ」の自然信仰からなる世界観が「豊かさ」をもたらすと信じ,『農民芸術概論綱要』では「曾てわれらの師父たちは乏しいながら可成り楽しく生きてゐた/そこには芸術も宗教もあった/宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷たく暗い」(下線部は著者(石井)によるい)と述べた。人々を「さいはひ」に導くものとして,何が「ほんたう」で何が「うそ」なのか分からない時代に突入してしまったように思える。「アイヌ」の詩的で神話的な世界観が「ほんたう」で,物質文明をもたらす客観的合理的な世界観が「偽物」なのかもしれない。

 

しかし,宗教的な世界観だけでは人々に「さいはひ」をもたらさないことも歴史は証明した。そこで,賢治は既存の宗教(「アイヌ」の自然信仰を含む)も科学もそれぞれ単独では「ほんたうのさいはひ」をもたらさないとして,宗教と科学の使い方も含め,それぞれの「ほんたう」と「うそ」を区別し宗教と科学を「一致」あるいは「同じに」させようとしたと思われる。「宗教と科学を同じにする」ということは,必ずしも「宗教と科学を一緒にさせる」ということではではない。別の言葉で言えば,「ほんたうのさいはひ」は,単純に「物質的な豊かさ」と「精神的な豊かさ」を兼ね備えたものであるとは必ずしも言えないということである。

 

3)「ほんたうの考え」と「うその考え」を分ける実験装置

例えば,将来「ほんたうの考え」と「うその考え」を分ける実験装置が考案されたとして,この装置を使って近代科学を象徴する原子力エネルギーの利用を考えたとする。原子力エネルギーの利用が「ほんたう」に人々の「さいはひ」に役にたっているのかどうかをこの実験装置に判断させて,それが全てではなく何割が「ほんたう」で何割が「うそ」というのもあるとは思われるが,もしも「ほんたう」の部分があればその部分の原子力エネルギーの利用に力を入れるが,「うそ」の部分があるとすれば,その利用を禁止にするのがよいと思われる。

 

また,「アイヌ」は粟などの穀物を収穫時に根刈りすれば植物が再生されなくなるという宗教上の理由によって「穂摘み具」の貝で穂を収穫するが,この考え方も同様に判断して「ほんたう」に人々を「さいはひ」にするのであれば,たとえ非効率で非科学的に思えようが実行すればよいと思われる。このように「死後の世界」の存在の有無も含めて「ほんたう」と「うそ」を分けてしまえば宗教でもない科学でもない,宗教と科学を超越した新しい思想(あるいは哲学)が創出される。

 

しかしながら,賢治にとって「ほんたう」と「うそ」を見分ける方法(あるいは実験装置)は見つけることはできなかった。また,見つけることができなかったから,「ほんたうのさいはひ」が何であるかも示せなかった。しかし,「ほんたう」と「うそ」が見分けられれば宗教と科学が一致(あるいは超越)し,「みんなのほんたうのさいはひ」が何であるのか分かるということは信じたようである。それはひいてはイーハトーブに住む「先住民」と「移住者」の間の「差別」,「疑い」,「反感」が生じない「共生・共存」に繋がるものでもあった。

 

5.自然も社会も変えられる

賢治は,農学校を退職した頃「生徒諸君に寄せる」(1927)という詩で「新しい時代のコペルニクスよ/余りに重苦しい重力の法則から/この銀河系統を解き放て」,「新しい時代のダーウヰンよ/更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って/銀河系空間の外にも至って/更にも透明に深く正しい地史と/増訂された生物学をわれらに示せ」,また「新たな時代のマルクスよ/これらの盲目な衝動から動く世界を/素晴らしく美しい構成に変へよ」と述べている。賢治は,少なくとも今ある自然や社会が人間にとって「ほんたう」のあるべき姿とは思っていない。自然や歴史は,宇宙不変の「法則」や「盲目な衝動」によって動かされるものではなく,知恵ある人間によっても変えることができると信じている。

 

賢治がこの物語を作った動機は,賢治自身の恋愛体験によるものである可能性が大きい。「移住者」の末裔である賢治(宮沢家は京都出身の地域財閥で大地主)は,「東北」の「先住民」の末裔と思われる恋人と相思相愛の恋をしたが1年足らずで破局したという。その破局の原因の1つとして前述したように「東北」における「先住民」と「移住者」の歴史的対立があったと考えられる(石井,2018a)。

 

恋人は破局後に渡米(シカゴ)し3年後に亡くなっている。だから,『銀河鉄道の夜』の天上世界は主として北米大陸が舞台になっている。破局の原因はタイタニック号沈没がモデルとなった難破船や橄欖(かんらん)の森の逸話の中で語られる(石井,2018b,2018c)。賢治にとって,「先住民」と「移住者」の「共生・共存」は,恋愛後の人生において最も重要な課題だったように思われる(石井,2018a,2018b)。そして,それは自然や社会の仕組みを変えることによって達成できると信じた。

 

6.「烏瓜のあかり」と「もみや楢で包まれた街燈」は宗教と科学の「一致」を象徴する

1)物語を代表する植物としての烏瓜

童話『銀河鉄道の夜』を象徴する最も重要な植物は,「烏瓜(カラスウリ)」(ウリ科;Trichosanthes cucumeroides Maxim.)である。物語では「銀河の祭り」で使う「烏瓜のあかり」として登場してくる。南欧が地上世界の舞台となっているが,賢治が中国や日本で見られる植物を採用したのは,「銀河の祭り(ケンタウル祭)」が日本の「七夕祭」や仏教行事の「盂蘭盆会(うらぼんえ)」とイタリアの古い都市国家フィレンツェなど,欧州で広く行われてきた守護神・聖ヨハネ(洗礼者)を祭る「聖ジョバンニの祭(Festa di San Giovanni)」という「火祭り」を融合したものだからであろう。

 

カラスウリ」が物語を象徴する理由としては3つある。1つ目は,花が日没後に開花することである。

 

2つ目は繁殖方法にある。「カラスウリ」は雌雄異株の多年草で通常種子や塊根(芋)によって増えるが,別の増え方として地上から巻きひげを使い他の樹木などに絡みつき,伸びた蔓が秋になると方向を変えて地面に向かって伸び,地表に触れるとそこから発根し,新しい塊根(栄養繁殖)を作ることができる(石井,2019d)。童話『銀河鉄道の夜』で,主人公のジョバンニが「銀河の祭り」の晩に「黒い丘」から夢の中で「天上」に登り,再び地上世界へ戻って来る話を彷彿させる。

 

3つ目は,「カラスウリ」の果実の果皮の表面にできる模様である。果実の表面は,赤く熟す前はスイカのように果梗から果頂部にかけて緑の濃淡でできた「帯」が複数連なった「縞模様」をもつ。

 

2)縞模様は「一致」の象徴

 賢治は,宗教と科学を一致させるには「ほんたう」と「うそ」を見分けることが必要と考えたが,この方法は分からなかったようである。しかし,「ほんたう」と「うそ」を見分けるには「縞模様」が重要な鍵になるということはしきりに物語で言っているように思える。

 

賢治は,第一次稿を執筆しているとき,『アイヌ神謡集』の神謡「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」に登場する神(カムイ)である「シマフクロウ(島梟)」の羽の「縞模様」に注目したように思える(石井,2018a)。「シマフクロウ」(第7図)の「シマ」は「縞」ではなく「島」に由来すると言われているが,アイヌコタンに住む「貧しい人」と「豊かな人」が共に争いもなく助け合って暮らせるように見守ってくれる重要な神である。

 

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第7図.シマフクロウ苫小牧市美術博物館内で撮影)

第四次稿では,「縞模様」を浮き出させる「烏瓜のあかり」をこの物語の象徴的植物として登場させ,地上世界の風景描写の中に「烏瓜のあかり」(第8図A)のように「縞模様」を形成するものを沢山登場させている。例えば「蛍の光で透かし出された葉の葉脈」(第8図B),「星空に浮かぶポプラ」,「もみや楢で包まれた街燈」(第8図C)あるいは「電気会社の前の6本のプラタヌス」(第8図D)などである。

 

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第8図.物語に登場する縞模様.Aは烏瓜のあかり,Bは蛍の光で透かしだされた葉の葉脈,Cはもみや楢で包まれた街燈,Dは電気会社の前の6本のプラタヌス,Eは黄金と紅で彩られたリンゴ.

後者の2つは,近代科学を象徴する電気を使った「街燈」や「電気会社」を聖なる植物である「もみ(ヨーロッパモミ)」(マツ科;Abies alba Mill.),「楢(オーク)」(ブナ科:Quercus robur L.),「プラタナス」(スズカケノキ科;Platanus orientalis L.)で,木々が光で透かし出されて「縞模様」になるように配置されている。

 

旧約聖書』の「創世記」に,木の枝を「縞模様」になるようにして剥いてから家畜に見せると家畜たちが繁殖行動にでるという逸話が語られている。現実世界でも,魚類や両生類,爬虫類などの一部の動物種では繁殖期に特別の体色や「斑紋」が現れる。サケの体色は銀白色だが,繁殖期になると雌雄ともに全体が黒ずんで赤い「縞模様」が入る。園芸用語で「枝変わり」というのがあるが,同一果実内に遺伝情報の異なる組織が混入すると,その異なる遺伝情報をもつ組織が果実表面に「帯状」あるいは「縞状」に分布する「区分キメラ」になる。多分,賢治は「縞模様」が「一致」(合体)に関係するなら,宗教と科学の「一致」にも「縞模様」が関係すると思っているのかもしれない(石井,2017a)。

 

「縞模様」は賢治の他の作品(童話『ポラーノの広場』,詩「薤露青(かいろせい)」など)にも登場する。例えば,詩集『春と修羅』の「薤露青」の最後を締めくくる4行の「かなしさは空明から降り/黒い鳥の鋭く過ぎるころ/秋の鮎(あゆ)のさびの模様が/そらに白く数条わたる」の中に記載されている。この詩の「秋の鮎のさびの模様」がアユの繁殖期の雄の体表にでる細長い帯状の「赤茶色」(さび色)の「婚姻色」(錆鮎という)のことである。この「婚姻色」は帯状で「縞模様」にはならないが,詩の中では同じような帯状の「白い雲」が数条渡ると言って「縞模様」を形成させて詩を結んでいる。

 

ここで重要なのは,「縞模様」が性的な意味合いが強い「赤」から聖なる「白」に変わっていることである。この詩は死んだ妹への挽歌であるとともに,相思相愛の恋人との離別歌でもある。妹個人への恋愛感情にも近い思いあるいは一緒になりたかった恋人への強い思いを大乗仏教の理念(苦の中にある全ての生き物を救う)に昇華させようと歌ったものである(石井,2017a)。

 

3)ケンタウル,露をふらせ

銀河の祭りで子供達が叫ぶ「ケンタウル,露をふらせ」は,キメラのケンタウルスよ「ほんたうの考え」と「うその考え」を分けて宗教と科学を一致させる方法を示せという賢治の叫びでもあり,その叫びは「灯台看守」の持つ「リンゴ」(第8図E)となって現世に戻るジョバンニのポケットに大切に収められた(石井,2017a)。「ほんたう」と「うそ」を見分ける方法の発見は,現在生きている我々に託されたのと同じである。 

 

「ケンタウル,露をふらせ」の「露」は「真実(ほんたうのこと)」という意味でもある。南十字の停車場近くの「くるみ林」に流れてくる「銀いろの霧」(石井,2014a),童話『十力の金剛石』で出てくる「露」(石井,2017b),詩「薤露青」前半部の「岸のまっくろなくるみばやしのなかでは/いま膨大なわがちがたい夜の呼吸から/銀の分子が析出される」の「銀の分子」(石井,2014a)も同じ「真実」という意味で使われていると思われる。また『アイヌ神謡集』の「梟の神の自ら歌った謡“銀の滴降る降るまわりに”」の「銀の滴」も「神(カムイ)」の言葉ということで「ほんたうのこと」という意味で使われていると思われる。

 

詩「薤露青」に出てくる「くるみ林」は法華経思想の比喩であるということは報告していた(石井,2014a)。それゆえ,詩「薤露青」の「くるみ林」が出てくる前半部は宗教の荘厳さが,後半部は前述したように人々の「信仰」の対象が科学へ移行しているさまが歌われている。

 

7.賢治の考える理想の農業

1)農業はなくなる

賢治は童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)の中で,灯台看守がジョバンニ達に「あなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません」と言っている。ジョバンニの乗る銀河鉄道の列車は,前述したように地球を西進しているので,この「あなたがたのいらっしゃる方」を緯度的に日本と仮定して, 日本の農業の現状と未来について考えてみたい。

 

現在, 日本の農業は農業技術の著しい進歩にも関わらず, カロリーベースでの食料自給率は,農林省のデータ(石井,2012b;農林水産省,2019,2020)によれば1961年に78%であったものが年々減少し続け, 2018年には37%まで落ち込んでいる。穀物自給率に至っては28%(2018)であり, 173の国・地域中124番目である。農業就業人口も昭和後期までには600万人以上いたものが年々減少し続け2018年には175万人まで減少した。平均年齢も66.8歳と高齢化している。まさに, 日本の農業は数字上では確実に衰退の一途を辿っている。しかし, 賢治が童話『銀河鉄道の夜』の中で単に日本の農業の衰退を予想しただけとは思えない。

 

農業の基本は農地での農作物の栽培と牧草地での牧畜である。「日本の農業はもうありません」の「ありません」には2つの意味が込められていると思う。農耕に限定すれば, 1つは「農作物の栽培がなくなる」であり, もう1つは, 「農地や自然気候を使った農作物の栽培がなくなる」である。

 

前者は, 極論でいえば我が国(=先進諸国)が農作物の生産そのものを中止していくことであり, ほぼ全ての農産物は輸入に依存する。ありえない話ではない。世界が欧州連合EU)のように国家を開き一つになっていけば, それぞれの地域の特徴が生かされ, 農業に特化する国, 製造業に特化する国が誕生し相互依存の形で発展していく。賢治が羅須地人協会で講義用に執筆した『農民芸術概論綱要』の序論には「新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある」と記載されている。

 

後者は農地を使った農作物の生産はなくなっていくが農地を使わずに農作物の栽培は続けることを意味する。農業は伝統的な分類では林業や漁業と同じく第一次産業に分類される。自然を対象とするため, 日照, 気温そして気象に左右されやすい。賢治の存命中に東北の農民はヤマセの影響を受け冷害(=凶作)に悩まされていた。これは農地(土地)を耕して農産物を生産する農業の宿命でもある。

 

農地(土地)を使わない農作物の栽培例として「養液栽培」やそれを応用した「植物工場」がある。「植物工場」とは, 内部環境をコントロールした閉鎖型または半閉鎖型な空間で植物を計画的に生産するシステムである。閉鎖型の植物工場では, 農産物は自然現象に左右されないので安定して供給できる。「閉鎖型植物生産システム」とは, 人工光源, 各種空調設備, 養液培養などを使うもので, 現在野菜, 薬用植物などの栽培に利用されている。これは「一次産業」である農業を製造工業化したものであるが, 単なる「二次産業」ではなく高度・複合化された「高次産業」であると思われる(石井,2012b)。

 

賢治が燈台看守に「あなたがたのいらっしゃる方なら農業はもうありません」と言わせたことに対して2つの解釈の仕方を紹介したが, 前者は賢治を「宗教者」,後者は「科学者」と見做しての解釈である。著者は, 後者を強く支持する。「農作物の栽培がなくなる」ではなく, 農地を使わない大規模でハイテクな農作物の生産が「あなたがたのいらっしゃる方なら行われている」と読み変えたい。実際, 賢治は前述したように「自然も社会も変えられる」と信じていた。

 

2)農業において具現化された宗教と科学の一致

童話『グスコーブドリの伝記』(1931)の中に, 冷害に苦しむ農民を救済するため,「潮汐発電所」から「鉄の櫓」(=「送電鉄塔」)を介して得られた「電力」を使い黒ダイヤや石炭を連想させるカルボナード火山島を人工的に爆発させて,炭酸ガスを噴かせ短期的と思われるが地球の温暖化を計るという話が記載されている。気層の中の炭酸ガスを増やし,下層の空気や地表からの熱の放散を防ぐというものである。

 

この物語で,主人公ブドリ(樵の息子)は最終工程の仕事をするため自発的に火山島に残り,爆発する火山島と運命を共にする(宗教的な焼身自己犠牲)。これは地球全体を「植物工場」にする試みでもある。そして,この試みを遂行するには人のために役立ちたいという自己犠牲的な宗教的観念が必要とされている。地球温暖化によって冷害に苦しむ農民に「ほんたうのさいはひ」がもたらされたかどうかは地球全体で考えないと判断できないが,理念としての宗教と科学の合致が表現されている(炭酸ガス排出による長期的な地球温暖化が現在危機的な状況をもたらそうとしていることは周知の事実である)。また,この物語には「潮汐発電」以外にも飛行船を使っての肥料配布などの当時としては高度な科学技術が紹介されている。

 

賢治は,「科学者」としての知識と天性の直観力および「宗教者」としての利他心を駆使して地球規模(あるいは宇宙規模)で農業や工業を超越した高度な農産物生産システムを考えていたように思う(石井,2012b)。(続く)

第1表.銀河鉄道の夜に登場する植物と法華経および他の文学作品との関係 (1)

登場する植物 植物の推定 物語の展開と植物との関連 出典 著者文献
    南欧が舞台,「午後の授業から物語が始まる」     2016a
    (登場人物たちがお互いに他者の心を読み取る) A 「化城喩品第七」(六神通の一つ) 2013b
ヤマザクラ 「少年らが烏瓜ながしに行くために桜の木に集合」   2017a
烏瓜(のあかり) カラスウリ 「物語を象徴する植物として登場;本文参照」   2019d
いちゐとひのき セイヨウイチイ 「銀河の祭りであるケンタウル祭に使う」   2017a
  ヒノキ (セイヨウイチイとヒノキは西洋と東洋の関係)   2017a
    (祭りは聖ジョバンニ祭と日本の祭りを融合;キメラ)   2017a
粟(粒ぐらゐの活字) アワ 「よう虫めがね君,お早う」(活版所での会話;蔑視の意味)(粟粒は小さいものの喩えだが,北方先住民の栽培穀物   2019b
    (ジョバンニは父不在で病気の母を支えるため活字拾いのアルバイトをしている)  
トマト   「ジョバンニが家で一人で食事をする」   2012b
    (トマトは南欧イタリアの主要食材)   2012b
ケールと               アスパラガス   「家の前の空き箱に植えられている」(仏教宗派を統合する五輪塔の暗喩)   2016a
    (物語の進行に伴い少しずつ五輪塔の形になっていく)  
アスパラガスの葉   「青い三角形の葉で飾られた丸く黒い四角い台座をもつ星座早見」 2013e
    (星座早見は〇,△,□,青,黒で出来ていて五輪塔のよう) 2016a
    「町ではケンタウルス,露をふらせと子どもらが叫ぶ」    
    ケンタウルスは神話に登場する半人半獣のキメラ)    
ヒノキ 「ジョバンニが檜の坂を通って母に届いていない牛乳を取りに行く」 2013c
ひば ネズコ 「街燈の下でジョバンニの影法師がくるっと回る」   2013c
    「ひばのある家のザネリのいじめ」(ヒノキとネズコは陽樹<光>と陰樹<影>の関係)    
    「町は銀河の祭りで飾られ人魚(キメラ)の都のよう」    
もみや楢(の枝) ヨーロッパモミ 「もみや楢の枝で包まれた街燈」   2017a
  オーク (モミやオークは神聖な植物,電気は近代科学の象徴) 2017a
    (宗教と科学の一致をイメージしたもの;キメラ)   2017a
プラタヌス プラタナス 「電気会社前の6本のプラタナス C旧約「創世記」30章 2017a
    (宗教と科学の一致をイメージしたもの) (家畜を繁殖させる植物として登場) 2017a
ポプラ イタリアヤマナラシ 「星空に浮遊するポプラの木々」 C旧約「創世記」30章 2017a
    (物語が地上から天上へ移行することの暗喩)   2017a
    (さらにいじめを受け逃げるようにして十字になった町かどを通って黒い丘へ)  
    <黒い丘> <A 霊鷲山  
烏瓜(のあかり) カラスウリ 「烏瓜は物語を象徴する植物」   2019d
松や楢 ヨーロッパクロマツ 「松や楢の林を上る」(マツは境界木)   2019d
  オーク 「丘から五輪塔をイメージできる天気輪の柱が見える」 2016a
    (柱は五輪である地輪(地上)・水風輪(積乱雲)・火輪(雷;△)・空輪(空)の中の積乱雲)  
    (オークが教会の廻廊や尖塔を連想させる) D 「北いっぱいの星空に」下書稿 2016a
      (楢のゴシック廻廊,楢の尖塔) 2016a
    「稲光で柱がゴシック教会の尖塔(三角標)に変貌」 A 「見宝塔品第十一」の多宝塔  
つりがねさう ツリガネニンジン (花と葉の付き方が十字対生)   2011
    (物語でジョバンニは十字の標を目印に天上へ登っていく) 2011
野ぎく ヤグルマギク (学名がケンタウルスを連想させるCentaurea cyanus L.) 2014a
苹果 リンゴ 「丘から列車が小さく見える」   2016b
    「黒い丘は銀河ステーションに変貌」(ジョバンニは入眠しほんとうの幸せを求めて旅にでる)  

ジョバンニが地上から天上に登るまでの植物が物語に登場する順番で記載されている.出典:A『法華経』,B 『源氏物語』,C『聖書』,D 「他の賢治作品」,E「その他」.

 

第2表.銀河鉄道の夜に登場する植物と法華経および他の文学作品との関係 (2)

登場する植物 植物の推定 物語の展開と植物との関連 出典y 著者文献
    <黒い丘> <A 霊鷲山  
    「黒い丘で目が覚める」 A 「嘱累品第二十二」 2011
松(の林) ヨーロッパクロマツ 「松の林を下る」(境界木)   2019d
烏瓜(のあかり) カラスウリ 「集魚灯のアセチレンランプがせわしく行き交う」    
    「カンパネルラの水死を知る」 A 「薬王菩薩本事品第二十三」  
    (アセチレンはカーバイドと水が反応してできる)    
    「牛乳を持って母のもとへ帰る」    

zジョバンニが天上から地上に戻ったあとの植物が物語に登場する順番で記載されている.y出典:A『法華経』.

 

第3表.銀河鉄道の夜に登場する植物と法華経および他の文学作品との関係 (3)

登場する植物 植物の推定 物語の展開と植物との関連 出典y 著者文献
    乳の道;Milky Way=瀕死あるいは死後の世界 <A 虚空>  
    銀河鉄道の列車の客室でカンパネルラに出会う」    
    白鳥座北十字)辺りで沢山の美しい三角標が出現    
    (三角標はゴシック教会の尖塔) A 「化城喩品第七」 2014b
    「金の円光を頂く白い十字架が永久に立っている」   2016c
すゝき,芝 ススキ,シバ 「きつね座辺りで鳥捕りが登場」 A 「常不軽菩薩品第二十」 2014b
    (鳥捕りとススキは厄介者として登場)   2015b
苹果(のあかし) リンゴ 「強い信仰心のあかし」(信仰が生活の中心)   2016c
りんだう(の花) リンドウ 「母への思い」 B 39帖「夕霧」 2018c
銀杏(の木) イチョウ 「ジョバンニとカムパネルラ」の関係   2019a
    (父親を異にする兄弟) D『いてふの実』『双子の星』 2013b
くるみ(の化石) オオバタグルミ 「プリオシン海岸」 A 「如来寿量品十六」(命は不滅) 2015c
    (バタグルミはバター<乳>の味がする) D 童話『イギリス海岸』 2015c
かはらははこぐさ カワラハハコ (カワラハハコはドライフラワーに使用される) E 違星北斗 『コタン』 2019c
    「押し葉に使う鶴(=true)と鷺(=詐欺)が登場」   2012a
    (ほんとうとうその見分け方が議論される)    
桔梗(いろの空) キキョウ (桔梗いろの空はキリスト教世界の暗喩)   2015d
唐草(の模様)   「どこでも勝手に歩ける通行券」 A 「化城喩品第七」(六神通の一つ) 2013b
    (白鳥区が終わり鷲座近くで鳥捕りが下車)    
    (科学の力で水の速さを測定するアルビレオの観測所を通過)  
苹果や野茨(の匂い) リンゴ,ラズベリー 「難破船の乗客(キリスト教徒)の登場を暗示」   2013a
    (赤いジャケツの子と眼の茶色の子が登場)    
ばら(の匂い) ラズベリー 「ばらの実が光を反射させて旗に赤い点々を打つ」   2017b
    (進路に危険物を知らせる国際信号旗の模様) D 童話『十力の金剛石』 2017b
    (危険物とは宗教を威嚇する物質的豊かさをもたらす近代科学)  
けやき ケヤキ 「青年の姿勢の形容」   2018b
にはとこ(のやぶ) ニワトコ 「帰りたいと駄々をこねる難破船の子供」 A 「譬喩品第三」(三車家宅) 2013c
(金色と紅の)苹果 リンゴ 「燈台守が金色と紅で彩られた苹果を配る」   2017a
コメ 「農業の理想が語られる」   2012b
りんご リンゴ 「難破船の子供の寂しさ」   2016b
    (ジョバンニや賢治の寂しさに繋がる)   2016b
橄欖(の森) スギなどの在来種 「難破船の青年の苦悩」 C新約 「マルコの福音書」14章32 2014c
  (エミシの森) (賢治の恋の破局の苦悩でもある)   2018b
    (”のぼる道は十字架に”という句のある<主よみもとに>が歌われる)  
たうもろこし(の木) トウモロコシ? 「新世界交響曲黒人霊歌と関係)が流れる」   2012b
(絹で包んだ)苹果 リンゴ 「高原でインディアンが登場」(キリスト教徒の罪) D 詩「原体剣舞連」(蝦夷が登場) 2016d
    「列車は高原からどんどん下っていく(逆走不可)」    
河原なでしこの花 カワラナデシコ 「ジョバンニの嫉妬」(聖と俗の境に咲く花) B 54帖 「夢浮橋」 2019d
    「空の工兵大隊の架橋練習」 D 童話『月夜のでんしんばしら』 2017c
楊(の木) アメリカヤマナラシ (マッチの軸木として使用され焼身自己犠牲の象徴)   2011
  (アスペン) 「蝎の火が桔梗色の空を焦がす」所で登場 A 「薬王菩薩本事品第二十三」 2014a
  [最大の山場] (蝎の火はカーバイド工場の炎に由来) D 詩「発電所」「カーバイト倉庫」 2014a
    (近代科学がキリスト教を威嚇しているの意味) D 『農民芸術概論』,「空明と傷痍」 2015d
      (宗教は疲れ近代科学に置換され  
      然も科学は冷たく暗い)  
    「三角標は送電鉄塔や工場の煙突に変貌」 A 「化城喩品第七」 2015a,d
    蝎の火は法華経の炎でもあるので炎は美しく燃え上がる(宗教と科学の一致)  
      E 知里幸恵アイヌ神謡集 2018a
唐檜,もみ ドイツトウヒ,モミ ケンタウルス,露をふらせ」 A 「薬草喩品第五」(雲雨の比喩) 2014a
    (キメラのケンタウルスよ真実を明らかにせよの意味)   2017a
苹果(の肉) リンゴ 「苹果の肉のような雲の環がある十字架が立つ」    
    (十字架は眩いばかりの宝石で散りばめられている)   2016c
    「そんな神さまうその神さまだい」(神さま論争) E 違星北斗『コタン』 2019c
    南十字星辺りでキリスト教徒らが下車) A 「方便品第二」(五千起去) 2016c
瓜(に飛びついた) ウリ キリスト教徒らの喜びの表現) C 文語詩「母」 2019c
くるみ(の木) クルミ 「くるみの木には黄金の円光をもつ電気栗鼠がいる」   2014a
    (くるみ林は法華経思想の暗喩)    
赤い腕木の電信柱 スギ,ケヤキ 「眠りから覚めかける場面で登場」 D 童話『月夜のでんしんばしら』 2017c
  宗教と科学を一致させ,みんなをほんとうの幸いに導けるなら百ぺん焼いてもかまわないと決意する  

z天上(夢の中)の植物が物語に登場する順番で記載されている.y出典:A『法華経』,B 『源氏物語』,C『聖書』,D 「他の賢治作品」,E「その他」.xウリは種を確定するのは難しいのでウリ科の総称で記載した.

 

引用文献

原 子郎.1999.新宮澤賢治語彙辞典.東京書籍.東京.

石井竹夫.2011.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する植物.人植関係学誌.11(1):21-24.

石井竹夫.2012a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する鳥の押し葉.人植関係学誌.11(2):19-22.

石井竹夫.2012b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する農業(前編・後編).人植関係学誌.12(1):15-24.

石井竹夫.2013a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する幻の匂い(前編・後編).人植関係学誌.12(2):21-28.

石井竹夫.2013b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するイチョウと二人の男の子.人植関係学誌.12(2):29-32.

石井竹夫.2013c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する「にはとこのやぶ」と駄々っ子.人植関係学誌.13(1):15-18.

石井竹夫.2013d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する「りんだうの花」と悲しい思い.人植関係学誌.13(1):19-22.

石井竹夫.2013e.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する星座早見を飾るアスパラガスの葉(前編・後編).人植関係学誌.13(1):27-34.

石井竹夫.2014a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する聖なる植物(前編・中編・後編).人植関係学誌.13(2):27-38.

石井竹夫.2014b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する光り輝くススキと絵画的風景(前編・後編).人植関係学誌.14(1):43-50.

石井竹夫.2014c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する赤い実と悲劇的風景(前編・後編).人植関係学誌.14(1):51-58.

石井竹夫.2015a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する楊と炎の風景(前編・後編).人植関係学誌.14(2):17-24.

石井竹夫.2015b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するススキと鳥を捕る人の類似点.人植関係学誌.14(2):25-28.

石井竹夫.2015c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するクルミの実の化石(前編・後編).人植関係学誌.15(1):31-38.

石井竹夫.2015d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する桔梗色の空と三角標.人植関係学誌.15(1):39-42.

石井竹夫.2016a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するアスパラガスとジョバンニの家(前編・後編).人植関係学誌.15(2):19-26.

石井竹夫.2016b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する列車の中のリンゴと乳幼児期の記憶.人植関係学誌.15(2):27-30.

石井竹夫.2016c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するリンゴと十字架(前編・後編).人植関係学誌.16(1):45-51.

石井竹夫.2016d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する絹で包んだリンゴ.人植関係学誌.16(1):53-56.

石井竹夫.2017a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するケンタウルス祭の植物と黄金と紅色で彩られたリンゴ(前編・中編・後編).人植関係学誌.16(2):21-37.

石井竹夫.2017b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する野ばらと赤い点々を打った測量旗.人植関係学誌.17(1):17-22.

石井竹夫.2017c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する赤い腕木の電信柱(前編・後編).人植関係学誌.17(1):23-32.

石井竹夫.2018a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-カムパネルラの恋(前編・中編・後編)-.人植関係学誌.17(2):15-32.

石井竹夫.2018b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-ケヤキのような姿勢の青年(前編・後編)-.人植関係学誌.18(1):15-23.

石井竹夫.2018c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-リンドウの花と母への強い思い-.人植関係学誌.18(1):25-29.

石井竹夫.2019a.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-イチョウと二人の男の子-.人植関係学誌.18(2):47-52.

石井竹夫.2019b.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-アワとジョバンニの故郷(前編・後編)-.人植関係学誌.18(2):53-69.

石井竹夫.2019c.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-ウリに飛びつく人達(前編・後編)-.人植関係学誌.19(1):11-24.

石井竹夫.2019d.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の発想の原点としての橄欖の森-異界の入口の植物-.人植関係学誌.19(1):25-31.

農林水産省.2019(更新年).世界の食糧自給率.2020.1.12(調べた日付)

https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/013-1.pdf

農林水産省.2020(更新年).農業労働力に関する統計.2020.1.12(調べた日付)https://www.maff.go.jp/j/tokei/sihyo/data/08.html

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌19巻第2号19~28頁2020年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。

http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html