宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-仏教と異界への入り口に登場する植物-

Keywords: アスパラガス,文学と植物のかかわり,源氏物語,草木国土悉皆成仏,法華経カラスウリカワラナデシコ,マツ,境木,夢の橋

 

童話『銀河鉄道の夜』第四次稿は,地上世界はアラビア(イスラム教)風で,天上世界(=死後の世界)はキリスト教的景観を示しているが,物語には表に現れない形で日本の仏教思想,特に経典の1つである「法華経」の思想が色濃く取り込まれているように思える(定方,1995;吉本,2012,石井,2013a,2013b,2014,2015a,2015b,2016b)。

 

法華経」などの経典によれば,釈迦の教えが説かれたのは「霊鷲山(りょうじゅせん)」という山とされているが,この聖なる山に相当するのは『銀河鉄道の夜』では「五,天気輪の柱」と「九,ジョバンニの切符」の章にでてくる「黒い丘」である。この「黒い丘」に登場する植物は,「烏瓜のあかり」に使う「カラスウリ」,「松」,「楢」,「つりがねそう」,「野菊」である。このうち,「黒い丘」を登るときと降りるときに共通するものは「松」と「烏瓜のあかり」の2つである。これまで『銀河鉄道の夜』に登場する30種余りの植物を取り上げて解説してきたが,「マツ」は著者がまだ取り上げていなかった最後の植物である。また「カラスウリ」は物語を象徴する植物でもある(石井,2011)。

 

本稿では,物語と仏教思想との関係について解説した後に,物語に登場する「マツ」と「カラスウリ」と法華経思想との関係について詳細に解説する。

   

1.物語と仏教思想との関係

1)曼荼羅

最初に「曼荼羅(mandala)」との関係について述べる。「曼荼羅」は,サンスクリット語मण्डलの音を漢字で表記したもので,一般的には密教などの経典を基にして主尊を中心に諸仏諸尊を模式的に示した図(宗教的絵画)のことである。この「mandala」の「manda」は,牛乳から作られる最高の飲み物である「醍醐」(バターのようなもの)のことで,「本質(ほんたう)」という意味を持っている。「la」は「有る・得る」という所有を意味する接頭語で,「mandala」を直訳すれば,乳から得られる「ほんたうを得る」である。これは,誰でも「悟り=(ほんたう)」を得ることは可能であり,その「ほんたう」へ高まっていく過程を「乳」が,「酪」,「生酥」,「熟酥」,「醍醐」へと変化して行く過程にたとえたものである。

 

銀河鉄道の夜』は,主人公で孤独な少年ジョバンニが母親に届いていない牛乳を牧場の牛舎へ取りに行く途中で眠ってしまい,夢の中で「ほんたうのさいはひ」を求めて銀河(Milky way;乳の道)を旅する物語である。夢の中に現れる銀河の「プリオシン海岸」ではバター味のする「バタグルミ」の実が地層に埋まっていたりもする(石井,2015b)。まさに『銀河鉄道の夜』は「曼荼羅」そのもののようである。

 

2)草木国土悉皆成仏

曼荼羅」以外では,物語には日本仏教の根本思想である草や木などの「植物」にも「魂」があるという「草木国土悉皆成仏」の思想が色濃く組み入れられている。この思想は天台本覚思想ともいうが,天台宗顕教)と真言宗密教)が合体した天台密教の思想である。インド仏教では「命あるもの」は動物だけだが,日本仏教では真言宗の「両界曼荼羅」(胎蔵曼荼羅金剛界曼荼羅)の「一木一草の中に大日如来が宿る」という思想が示すように,草木あるいは鉱物でさえも「魂」を持っていて成仏できることになっている(梅原,2013)。

 

真言密教の本尊である「大日如来」は,「太陽」を司る毘盧遮那如来がさらに進化した仏であり,「草木国土悉皆成仏」は生きているものの中心に「太陽」の恵を受ける「植物」を置く思想である。「大日如来」の真言(仏の言葉)である「ア・バ・ラ・カ・キャ」は,『銀河鉄道の夜』に登場する星座早見を飾る「アスパラガスの葉」の植物名と発音が類似している。「アスパラガス」(ユリ科Asparagus officinalis L.)の食用部分の若茎に付く「三角形」をした「ほんたうの葉(鱗片)」(成長後の細かく生い茂る葉のようなものは偽葉)が物語の重要なキーワードでもある「三角標」に変貌していくことはすでに報告した(石井,2013c,2016a)

 

梅原(2013)によれば,「草木国土悉皆成仏」の思想は狩猟採集文化である縄文文化に基づくもので,これが日本の神道に受け継がれ,6世紀に輸入された仏教に取り込まれたものだという。そして,日本独特の「植物中心」の思想が生まれた。それゆえ,この思想は,縄文人の流れをくむ先住民族である「アイヌ」(あるいはエミシ)の自然信仰と深く関わりがある。

 

アイヌ」は,植物を含めこの世の全てのものに「魂」が宿っていると考え,その中でも人間に恵みを与えてくれるもの,生活に欠かせないもの,人間の力の及ばないものを「カムイ(神)」と呼んで敬った。植物で言えば,樹木は住居や丸木舟を作るのに有用であるので,「シランパカムイ」(樹木のカムイ)と呼んでいた。梅原(2013)は,この「シランパカムイ」を形にしたものが「アイヌ」の祭具の1つである「イナウ」であり,「東北」では家の神として信仰されている「おしら様」になり,さらに「こけし」や「お雛様」,そして「傀儡(くぐつ)」へと展開していったと推測している。「イナウ」も「おしら様」も白木に顔を描くことでは共通している。

 

賢治は,「草木国土悉皆成仏」の思想を取り入れて物語に登場する植物に「魂」を吹き込んでいるので,内容の難解な所はその近くに配置されている植物を読み解くことで意味が明らかになることがある。賢治にとって,人間だけでなく植物,動物(あるいは鉱物)も全て人間と対等である。

 

3)法華経 

物語の構成あるいは物語中に挿入されている種々の逸話は,仏教の経典である「法華経」の影響を強く受けているように思える。「法華経」(鳩摩羅什訳の『妙法蓮華経』)は,仏教の開祖である釈迦の教えが説かれているもので,全部で二十八品から構成されている(坂本・岩本,1976)。この「品」とは章立てのことで,各品に「序品第一」,「方便品第二」というようにそれぞれの名前と順序が記載されている。この二十八品を「法華経」に説かれる2つの場所(処)と3つの場面(会)を基に分けることがあり,「二処三会(にしょさんね)」という。

 

法華経」などの経典の中で釈迦は,古代インドの「霊鷲山」という場所で教えを説くことになるが,序品第一から法師品第十までを「前霊山会」とし,続く見宝塔品第十一から嘱累品第二十二までは,教えの場所が地上から虚空(空中)へ移るので「虚空会」と呼ばれる。「前霊山会」では,「法華経」以前に説かれた諸経の教えは「ほんたうの教え」ではないと説かれる。見宝塔品第十一では,「霊鷲山」で多宝塔が出現し,釈迦は真剣に教えを聞きに来た菩薩たちを虚空へ引き上げ「ほんたうの教え」を語る。最後の薬王菩薩本事品第二十三から普賢菩薩勧発品二十八までは,再び地上に戻り「法華経」の教えの実践面が語られるので「後霊山会」と呼ばれる。

 

童話『銀河鉄道の夜』第四次稿は,九章から構成されている。最初の「一,午後の授業」から「五,天気輪の柱」までは地上世界の話であるが,「六,銀河ステーション」の「黒い丘」から銀河鉄道の列車に乗って「ほんたうのさいはひ」を求めて天上世界(=死後の世界)を旅する話に移り,最終章の「九,ジョバンニの切符」の最後で地上世界に戻るように構成されている。

 

すなわち,『銀河鉄道の夜』第四次稿の「黒い丘」を「法華経」の「霊鷲山」に喩えれば,物語の構成は「法華経」の「二処三会」の構成に類似しているといえる。また,この童話には「三車火宅」や「化城宝処」などの法華七喩あるいは慢心を戒める「五千起去」に相当する話も随所に散りばめられている(石井,2013a,2013b;石井,2016b)。このように童話『銀河鉄道の夜』は「草木国土悉皆成仏」が根底にある日本の仏教思想や経典である「法華経」と密接な関係がある。

 

2.異界の入口の植物

童話『銀河鉄道の夜』の「黒い丘」に登場する「マツ」と「カラスウリ」は以下の文章のなかで登場してくる(宮沢,1985)。

[登り]

 牧場のうしろはゆるい丘になって,その黒い平らな頂上は,北の大熊星の下に,ぼんやりふだんよりも低く連なって見えました。

 ジョバンニは,もう露の降りかかった小さな林のこみちを,どんどんのぼって行きました。まっくらな草や,いろいろな形に見えるやぶのしげみの間を,その小さなみちが,一すじ白く星あかりに照らしだされてあったのです。草の中には,ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もゐて,ある葉は青くすかし出され,ジョバンニは,さっきみんなの持って行った烏瓜のあかりのやうだとも思ひました。

 そのまっ黒な,松や楢の林を越えると,俄かにがらんと空がひらけて,天の川がしらしらと南から北に亙ってゐるのが見え,また頂きの,天気輪の柱も見分けられるのでした。つりがねさうか野ぎくかの花が,そこらいちめんに,夢の中からでも薫りだしたといふやうに咲き,鳥が一疋,丘の上を鳴き続けながら通って行きました。

 ジョバンニは,頂の天気輪の柱の下に来て,どかどかするからだを,つめたい草に投げました。

(『銀河鉄道の夜』第四次稿 五,天気輪の柱  宮沢,1985)下線は引用者

 

[降り]

 ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむってゐたのでした。胸は何だかをかしく熱(ほて)り頬にはつめたい涙がながれてゐました。   (中略)

 ジョバンニは一さんに丘を走って下りました。まだ夕ごはんをたべないで待ってゐるお母さんのことが胸いっぱいに思ひだされたのです。どんどん黒い松の中を通ってそれからほの白い牧場の柵をまはってさっきの入口から暗い牛舎の前へまた来ました。    (中略)

 ジョバンニは橋の袂から飛ぶやうに下の広い河原へおりました。

 その河原の水際に沿ってたくさんのあかりがせわしくのぼったり下ったりしてゐました。向こふの岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいてゐました。そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が,わづかに音をたてて灰いろにしづかに流れてゐたのでした。

(『銀河鉄道の夜』第四次稿 九,ジョバンニの切符 宮沢,1985)

    下線は引用者

最初に「カラスウリ」が登場する。ジョバンニが「黒い丘」を「登る」ときに,「草の中には,ぴかぴか青びかりを出す小さな虫もゐて」とあるように,多分イネ科植物の草の葉の並行な葉脈が葉の裏側にいる蛍の光で「縞模様」に透かし出される様子を見て,その「縞模様」が「烏瓜のあかり」のようだと思う場面である。その後に「マツ」の林を超えて「黒い丘」の頂上へたどり着く。ジョバンニは「黒い丘」で眠ってしまい,夢の中で銀河鉄道の列車に乗って死後の世界を旅することになるが,眼が覚めると再び「黒い丘」から「降り」て母に届いていない牛乳を受け取るために牧場へ向かう。

 

1)「境木」としての「松」

「黒い丘」に「登る」ときと「降りる」ときに登場する「マツ」の林は,物語の地上の舞台を南欧とすれば「ヨーロッパクロマツ」の林が相応しいかもしれない。学名は「黒いマツ」を意味するPinus nigra J.F.Arnoldである。ただ,賢治は物語を作成するに当たっては日本の「クロマツ」(マツ科;Pinus thunberugii Parl.)などの「松」を強く意識していたと思われる。

 

日本語の「マツ」の語源は、神のその木の天降ることをマツ(待つ)ことによるとされる。「マツ」は常緑性で,春先につけた新葉は2年間枝先に保持できる。よって,その間に古い葉が落ちても,一年中みずみずしい緑の葉を保ち続けることができる。常に緑の葉をもっていることから,人々は神がこの木に宿ると考えた。一年の始まりに,歳神を迎えるため門松を立てるのもその意味が込められている。

 

仏教との関係でいえば,「マツ」は「この世」(地上の世界)と「あの世」(死後の世界)の境界に立つ「境木(あるいは堺木)」であると考えられている(有岡,2005)。地獄や極楽の様子が描かれている宗教絵画でもある「熊野観心十界曼荼羅図」(第1図)にも「マツ」が描かれたりする。仏教でいう十界とは,悟界の声聞界,縁覚界,菩薩界,如来界の四聖と迷界の地獄界,餓鬼界,畜生界,阿修羅界,人界,天界の六道をいう。このうち,後者の六道を「輪廻(生死流転)」するという日本人の来世観は,仏教とともに伝来した。六道のうち最上部にある世界が「天界」で,菩薩の在所である。「天界」の一つである「兜率天」には釈迦入滅後の地上世界の人々を救うために弥勒菩薩が待機している。

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第1図.熊野観心十界曼荼羅図 (A:衣領樹のマツ,B:奪衣婆)

熊野観心十界曼荼羅図」において「マツ」は三途の川に架かる橋と一緒に「この世」と「あの世」との間の部分に描かれる。ここで死者は、奪衣婆(だつえば)によって衣服を脱がされ,衣服を衣領樹の「マツ」の枝にかけられる。死者が在命中に犯した罪業の重みによってあの世でのクラスが決まる。また,「マツ」は死者に対しても発揮できるぐらい強力な霊力を持つものと考えられていて,「輪廻転生」という仏教の考えに基づいて死者がこの次に生まれ変わるときにはさらによい所へ生まれ変われるようにと墓や塚に「マツ」が植えられる(有岡,2005;小栗栖,2011)。

 

仏教と関係深いとされる「能楽」にも「マツ」が取り入れられている。「能」の舞台は,「能楽」が演じられる「この世」である「本舞台」と「あの世」とされる楽屋に通じる「鏡の間」と,これら2つの世界を繋ぐ通路(橋)としての「橋掛り」の3つからなる。「本舞台」の後ろの「鏡板」には「影向の松」が描かれるが,「橋掛り」の前面の白洲には3本の「マツ」が植えられる(平和市民公園能楽堂,2019)。

 

賢治の作品には「マツ」が多数登場する。新宮沢賢治語彙辞典(原,1999)によれば165か所に及ぶという。最も印象的なものは肺結核(空気感染)を患って死んだ2つ年下の妹トシを悼んだ挽歌である。

 

賢治の詩集『春と修羅』の中の「無声慟哭」と小題を付された5編の詩のうちの「永訣の朝」(宮沢家本,1922.11.27;妹の死んだ日と同じ日付)には、「すきとほるつめたい雫にみちた/このつややかなのえだから/わたくしのやさしいいもうとの/さいごのたべものをもらつていかう」,また「おまえがたべるこのふたわんのゆきに/わたくしはいまこころからいのる/どうかこれが兜卒の天の食に変わって/やがてはおまへとみんなとに/聖い資糧をもたらすことを/わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ」とある。

 

さらに,これに続く詩「松の針」には、「おまへはをしたってゐた /どんなにわたくしがうらやましかったらう/ ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ/ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか/わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ/泣いてわたくしにさう言つてくれ/おまへの頬の けれども/なんといふけふのうつくしさよ/わたくしは緑のかやのうへにも/この新鮮な松のえだをおかう/いまに雫もおちるだらうし/そら/さはやかな/terpentine (ターペンテイン)の匂もするだらう」(兜卒は兜率のこと;下線は著者)とある(宮沢,1985)。

 

まさに死に行く妹との「松」を通しての宗教的とも思える内面的な表白である。賢治は,緑の「かや」(蚊帳のことで結核患者の隔離を意味している)の上に「マツ」の枝を置いて妹が「弥勒菩薩」が待機しているという「兜率天」へ生まれ変われることを願っている。下線部分は,本来は「どうかこれが天上のアイスクリームになって」となっていたものを,賢治が後に書き換えたものである。「アイスクリーム」も牛乳から作られるということでは仏教的である。妹が行きたがっていた「林」は,賢治が詩集『春と修羅』の中の詩「林と思想」(1922.6.4)で登場してくるが,著者は法華経思想の暗喩であると思っている(石井,2014)。妹トシは,宮沢家が浄土真宗を信仰する中でただ一人日蓮宗を信じる賢治の宗教上の理解者であった。

 

多分,賢治は,仏教の「輪廻転生」や法華経思想を比喩する「松の林」を『銀河鉄道の夜』の「生」と「死」を別つ異界の入口になる「黒い丘」に配置したのだろう。

 

2)物語を象徴する「烏瓜のあかり」

「烏瓜のあかり」(第2図)に使われる「カラスウリ」(第3図,ウリ科;Trichosanthes cucumeroides Maxim.)は,花が日没後に開花(第4図)することや,蔓が上方に伸びることで地上と天上を結ぶものとして象徴的に登場してくることはすでに報告した(石井,2011)。「カラスウリ」には,さらにこの物語に相応しい特徴をもつことが知られている。それは,繁殖方法である。

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第2図.烏瓜のあかり

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第3図.カラスウリの果実

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第4図.カラスウリの花

カラスウリ」は雌雄異株の多年草で普通種子や塊根(芋)によって増えるが,もう1つユニークな増え方をする。夏の間に地上から巻きひげで他の樹木などに絡みつき上方に伸びた蔓が,秋になると方向を変えて地面に向かって伸び,地表に触れるとそこから発根し,新しい塊根(栄養繁殖)を作ることができるのである(真船,1997)。

 

すなわち,「カラスウリ」は,地上から芽を出して上方に向かって伸びて行き花を咲かせ,果実を実らせるのと同時に,絡みつくものがなくなると逆に地面に戻ってきて地中に次の命へとつなぐ栄養豊かな芋を作っている。「地」から「天」に上りまた「地」へ戻るサイクルを繰り返す「カラスウリ」は,「地」を「この世」,「天」を「あの世」あるいは「虚空」とすれば仏教思想の「輪廻転生」や「二処三会」を彷彿させるものであり,「二処三会」の構成からなる「法華経」の影響を色濃く反映させた童話『銀河鉄道の夜』に相応しい植物といえる。

 

3)「烏瓜のあかりもない川」の意味

物語では,ジョバンニが眠りから覚めて「黒い丘」を下って広い河原に降りた時,川にはすでにこの「カラスウリ」は見えなくなっていた。「烏瓜のあかりのない川」が意味するものは何であろうか。この場面で賢治が,「カラスウリ」に「黒い丘」(異界の入口)を通して天上(死後の世界)に行くことと,そこから再び戻ってくることの二重の意味を持たせたとすれば,「烏瓜のあかりのない川」は,「死後の世界」へ向かったがそこから戻ってこなかった人物がいることを暗示している。

 

この人物は銀河鉄道の列車の中で居合わせたカムパネルラである。ジョバンニは,河原に集まっていた級友からカムパネルラが川に落ちたことを知らされる。一方,カムパネルラと兄弟の関係にあると思われるジョバンニは,母から「川へははひらないでね。」と言われていたのでこの災難に遭遇することはなかった。

 「ジョバンニ,カムパネルラが川へはひったよ。」

 「どうして,いつ。」

 「ザネリがね,舟の上から烏うりのあかりを水の流れる方へ押してやらうとしたんだ。そのとき舟がゆれたもんだから水へ落っこったらう。するとカムパネルラがすぐ飛び込んだんだ。そしてザネリを舟の方へ押してよこした。ザネリはカトウにつかまった。けれどもあとカムパネルラが見えないんだ。」

 「みんな探してるんだらう。」

 「あゝすぐみんな来た。カムパネルラのお父さんも来た。けれども見附からないんだ。ザネリはうちへ連れられてった。」

 ジョバンニはみんなの居るそっちの方へ行きました。そこに学生たち町の人たちに囲まれて青じろい尖ったあごをしたカムパネルラのお父さんが黒い服を着てまっすぐに立って右手に持った時計をじっと見つめてゐたのです。

   (中略)

ジョバンニはそのカムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかゐないといふやうな気がしてしかたなかったのです。

 けれどもみんなはまだ,どこかの波の間から, 

 「ぼくずゐぶん泳いだぞ。」と云ひながらカムパネルラが出て来るか或いはカムパネルラがどこかの人の知らない洲(す)にでも着いて立ってゐて誰か来るのを待ってゐるかといふやうな気がして仕方ないらしいのでした。けれども俄かにカムパネルラのお父さんがきっぱり云ひました。

 「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。

(『銀河鉄道の夜』第四次稿 九,ジョバンニの切符 宮沢,1985)下線は引用者

川に落ちて行方不明になったカムパネルラの生死について,物語ではその詳細を語らない。すなわちどこか他の場所に流れ着いて生きているのか,あるいは水の底で死んでしまったのかについては明らかにしていない。しかし,カムパネルラの父は,時計を見ながら「もう駄目です。落ちてから四十五分たちましたから。」と言って息子の死を「きっぱり」受け入れている。

カムパネルラの父は,なぜ息子の死を確信できるのであろうか。多分,カムパネルラの父には,仏教的な察知能力と科学(医学)の知識が与えられているからだと思われる。カムパネルラの父は,事故直後にすぐに現場に来て,息子が水の底にいることを察し,また時計を見ながら水没(呼吸停止)から45分以上経過したことを確認して息子の死を静かに受け入れたと思われる。賢治が生きた時代の医学(救命医療)の水準がどの程度であったか分からないが,1981年にフランスのカーラー(Morely Cara)が作成した救命曲線によれば呼吸停止後約10分過ぎれば50%の人が,さらに15〜30分でほぼ100%の人が救命措置をしても助からないという(仲川ら,2019)。すなわち,水没後45分以上経過しているということは,医学的に蘇生不可能な死を意味する。

 

4)「夢の橋」

カムパネルラが行方不明になった約45分という時間は,ジョバンニが「黒い丘」で眠っていた時間でもある。ジョバンニは,この約45分間の夢の中で銀河鉄道の列車内のカムパネルラと一緒だったので,カムパネルラが「川の底」ではなく,「銀河のはずれ」にいると思っている。多分,ジョバンニは,確信までには至っていないかもしれないが,カムパネルラの死を推測している。この推測を裏付けるのは,カムパネルラが夢の中で「ぬれたやうにまっ黒な上着」を着て銀河鉄道の列車に乗って来たことと,「橋」を渡ったことによる。

 

銀河鉄道の列車は,夢の後半部分で空の工兵大隊が「鉄の舟」を使って架橋練習をしているところを通過する。実際に,工兵が軍事的に架橋に使ったものにも「鉄の船」があったようである。船を並べてその上に架台(橋板)を渡した「浮橋(あるいは舟橋)」と呼ばれたものである。物語では銀河鉄道の列車がこの「鉄の舟」を並べて作った「橋(浮橋)」を渡ったとは記載されていない。しかし,物語にはこの「浮橋」を渡ったことを示唆するヒントが散りばめられている。

 

カムパネルラは夢の中で乗車直後に銀河鉄道の線路が書き込まれた黒曜石でできた「円い板のやうな地図」(星座早見のような星座図)を貰うことになるが,この地図には「天の川の左の岸に沿って一条の鉄道線路」が北から南へ向かって書き込まれている。すなわち,カムパネルラと一緒のジョバンニは,この地図を進行方向に沿って眺めたとき,「琴座」(橄欖の森)や「蠍座」の赤い星である「アンタレス(=蠍の火)」は天の川(銀河)の左の岸(の線路上)にあるのを確認できたはずである。しかし,物語では銀河鉄道の列車が左岸の「橄欖の森」の中を通過してしばらく経った頃に,ジョバンニは本来同じ岸にあるはずの「蠍の火」を川の向こう岸(対岸)に見ることになる。

 

多分,銀河鉄道の列車は,地図に書かれてある鉄道線路を離れて空の工兵大隊が作った「浮橋」を渡って対岸に行ったと思われる。

 

古くからある民話や伝承に出てくる「橋」には,「この世」と「あの世」を繋ぐものがあるという(ストラック,2001;吉本,2012)。例えば,瀕死の病人が,病床で夢現の中で「橋の夢」を見た。「橋」の向こうはすばらしく綺麗な所で,この「橋」を渡ればきっとすばらしい世界に入れると思って途中まで行くが,どうしても「橋」の向こうへは行けずに苦しんでいる。しかし,夢から覚めることができ,同時にその重病人は助かったというものである。この「橋の夢」が意味するものは,「橋」を渡り向こう側へ行ってしまったら,意識を取り戻すことなく死んでしまうが,「橋」を渡らなければ助かるというものである。

 

「橋」を通過してしまったカムパネルラは,この後に車窓から「母」のいる「きれいな野原」を見ることになるが,このとき「あすこがほんたうの天上なんだ」と呟く。生者であるジョバンニにはこの「きれいな野原」は「ぼんやり白くけむって」見えない。カムパネルラが見た「きれいな野原」は,仏教でいう「十界」の1つである「兜率天」のある「天界」かもしれない。これが「ほんたう」の「天上(=死後の世界)」の1つの形態であるなら,『銀河鉄道の夜』に登場する「橋」は「ほんたう」の「異界の入口」(生死の境)でもある。「兜率天」を推定するのは,「きれいな野原」の手前に賢治の妹トシの化身でもある「黄金の円光をもった電気栗鼠」が「聖木」である「くるみの木」の「林」の中にいるからである(石井,2014)。賢治は,妹が「兜率天」へ生まれ変わることを願っていた。

 

多分,カムパネルラは川に落ちて意識が朦朧としているときに「濡れた上着」を着て三途の川に喩えられる銀河に沿って走る鉄道の列車に乗った。そして,乗車してから凡そ15〜30分後に列車で「鉄の舟」でできた「橋」を渡ってしまったと思われる。察知能力があると思われるジョバンニは,「黒い丘」で覚醒し,夢の中で「橋」を通過したことを思い出した時,カムパネルラの死が頭によぎったと思われる。そして,引用文にもあるように「カムパネルラはもうあの銀河のはずれにしかゐない」と感じてしまうのである。

 

カムパネルラの父は息子の水没後約45分で捜索を中止し,ジョバンニに「あした放課後みなさんとうちに遊びに来てくださいね。」と声をかけるなど,息子の死に直面した父親とは思えない振舞い方をする。カムパネルラの父が息子の死に対して冷静でいられるのは,「生」や「死」への執着からの解脱を説く仏教的な思考法の影響を受けているからと思われるが,さらに賢治はカムパネルラの父の振舞いの中に「宗教」と「科学」の考え方が一致した姿を示したかったのかもしれない。カムパネルラの父には,第三次稿に登場する「宗教」と「科学」の一致を説く大きな帽子をかぶった青白い顔の人(ブルカニロ博士)や,菩薩になりたかった賢治自身が投影されている。

 

5)「夢の橋」の近くに咲くのは「カワラナデシコ

天上にある「生」と「死」の境界である「橋」の手前にある植物は,地上で見かけた「松」ではなく「河原なでしこ」である。列車は崖の上から川に一気に下りて「橋」の所へくるが,そこで「うすあかい河原なでしこの花があちこち咲いて」いるのを見ることになる。乗り合わせた乗客の一人に「汽車は決して向ふからこっちへは来ないんです」とも言わせているように,仏や神の力を借りない限り逆戻りはできないようになっている。「カワラナデシコ」<Dianthus superbus L.var.longicalycinus (Maxim.) F.N.Williams;第5図 >はナデシコ科の多年草大和撫子とも言うが,この「撫子」とはあまりの愛らしさにずっと撫でてやりたい愛児あるいは愛娘というのが語源であるという。

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第5図.カワラナデシコ

「撫子」は,法華経の影響を色濃く反映させている『源氏物語』に登場する植物としても知られている。『銀河鉄道の夜』の「鉄の舟(浮橋)」が出てくる場面は,この『源氏物語』の最終巻名である「夢の浮橋」やそこに出てくる<浮舟>という女性の名をイメージして創作したらしいことは前報で記載した(石井,2014)。

 

<浮舟>は,『源氏物語』では二人の男性(薫の君と匂宮)から求愛され悩み疲れて入水自殺を計るが,死にきれずに横川の僧都(そうず)により助けられ出家する。横川の僧都村上天皇より法華八講の講師に選ばれた平安時代天台宗の僧侶・源信(942~1017)がモデルとされる。カムパネルラも<浮舟>も同じく自分の意志で入水するが,カムパネルラは級友を助けるためであり,一方<浮舟>は自分の苦しさから逃れるためである。「橋」の手前に咲く「カワラナデシコ」は入水したが生還した<浮舟>を象徴している。人のためになるなら自分を犠牲にすることも厭わないものを「聖」とすれば,『銀河鉄道の夜』に登場する「橋」は,「生」と「死」だけでなく「聖」と「俗」を別つ境界でもある(石井,2014)。

 

源氏物語』の「薫の君」は,『銀河鉄道の夜』では賢治の相思相愛の恋人をイメージできる「女の子」の名前<かほる>として登場する。<かほる>は,物語ではカムパネルラと一緒に「橋」を渡った後に「サウザンクロス」の停車場近くにある「十字架」が立っている所で降りる。賢治の相思相愛の恋人・及川ヤス(旧姓:大畠)は,米国に渡ってから3年後に亡くなり(僧帽弁狭窄症・心不全,1927.4.12;27歳),シカゴ市内の教会で葬儀が営まれたという(澤口,2018;布臺,2019)。

 

賢治は,肺結核を患っていて身体は丈夫な方ではなく,無理がたたってか恋人の死から6年後に急性肺炎で亡くなる(1933.9.21;37歳)。辞世の句は,「方十里稗貫のみかも/稲熟れてみ祭三日/そらはれわたる」と「病(いたつき)のゆゑにもくちん/いのちなり/みのりに/棄てば/うれしからまし」(下線は著者)の2首である。後者の句にある「みのり」は豊作の「実り」と仏法の「御法(みのり)」の2つの意味が込められている(小桜,1996)。賢治は,臨終で「国訳妙法蓮華経」を千部刷り知己に寄贈するように遺言するが,これは『源氏物語』第四十帖の巻名に当たる「御法」と,この章に出てくる法華経千部供養を参考にしたものと思われる。

 

引用文献

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本稿は人間・植物関係学会雑誌19巻第1号25~31頁2019年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html