宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-赤い腕木の電信柱が意味するもの(1)

Key words:文学と植物のかかわり,ケヤキ,近代科学,高圧送電線用A柱,三角標,スギ,擲弾兵(てきだんへい)

 

童話『銀河鉄道の夜』の最終章(ジョバンニの切符)で,ジョバンニは死んだ親友のカムパネルラと夢の中で天上を旅し,「みんなのほんとうの幸(さいわい)」を「どこまでも一緒」に求めて行こうと誓う。しかし,その後夢から覚めていく過程で「小さな電燈の一列」と銀河の「向こう岸」に2本の「電信ばしら」が「丁度両方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて」立っているのを見ることになる。

 

後者の2本の「電信ばしら」は,カムパネルラとジョバンニの友情の暗喩であり,その背後には賢治と「法華経」の信仰を共にした死んだ妹トシあるいは信仰や思想において決別せざるを得なくなった盛岡高等農林学校時代の親友の保阪嘉内との友情あるいはそれを超えた思いが隠されているとも言われている(菅原・蒲生,1972;入沢・天沢,1979;福島,1985;天沢,1993;大塚,1993;菅原,2010)。

 

2本の「電信ばしら」に込められた賢治の妹トシに対する強い思いは,精神病理学者の福島(1985)によれば「近親相愛的願望」として,また文学者の天沢(1993)によれば「ありうべかりし姿の幽霊」と表現されている。また,賢治研究家の菅原千恵子(2010)によれば,2本の「電信ばしら」は賢治の保阪嘉内への強い思いが込められていて「在りし日の親密な友愛のシンボル」とされ,自分を犠牲にしても「みんなのほんとうの幸」を「どこまでも一緒」に求めて行こうとする二人の誓いを現わしているのだという。

 

しかし,物語を読み解いていくうちに,それがジョバンニの夢から覚める過程で登場してくるという場面の特異さから,あるいはファンタジーとは思えない生々しい現実的な「電柱」という姿になって現れてくることから,賢治の妹あるいは親友への思いだけでなく別の本質的な意味が隠されていると思えてきた。例えば,この「赤い腕木」を持つ2本の「電信ばしら」は,「黒い丘」でジョバンニが眠りから覚めるときとは逆に,眠りかけたときに見た幻影である「天気輪の柱」の中の「三角標」と密接に関係しているのではないかと考えるようになった。

 

「三角標」は,『銀河鉄道の夜』の主要テーマである「みんなのほんとうの幸」を求めるための道標になるものである(石井,2015)。本稿では,この「赤い腕木」を持つ2本の「電信ばしら」が妹あるいは親友への思い以外に何を意味しているかを,「電柱」を題材に明治以降の「近代化」をテーマにした賢治の童話『月夜のでんしんばしら』を読み解くことで明らかにしていく。『銀河鉄道の夜』の中の「電信ばしら」は次の文章の中で登場する。 

 そのときすうっと霧がはれかゝりました。どこかへ行く街道らしく小さな電燈の一列についた通りがありました。それはしばらく線路に沿って進んでゐました。そして二人がそのあかしの前を通って行くときはその小さな豆いろの火はちゃうど挨拶でもするやうにぽかっと消え二人が過ぎて行くときまた点(つ)くのでした。

(中略) 

 「カムパネルラ,また僕たち二人きりになったねえ,どこまでもどこまでも一緒に行かう。僕はもうあのさそりのやうにほんたうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまはない。」

          (中略)

 「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこはくない。きっとみんなのほん    たうのさいはひをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」

 「あゝきっと行くよ。あゝ,あすこの野原はなんてきれいだらう。みんな集まってるねえ。あすこがほんたうの天上なんだ。あっあすこにゐるのぼくのお母さんだよ。」カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。

 ジョバンニもそっちを見ましたがけれどもそこはぼんやりと白くけむってゐるばかりどうしてもカムパネルラが云ったやうに思はれませんでした。何とも云へずさびしい気がしてぼんやりそっちを見てゐましたら向ふの河岸二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて立ってゐました。

 「カムパネルラ,僕たち一緒に行かうねえ。」ジョバンニが斯う云ひながらふりかへって見ましたらそのいままでカムパネルラの座ってゐた席にもうカムパネルラの形は見えずたゞ黒いびろうどばかりひかってゐました。ジョバンニはまるで鉄砲玉のやうに立ちあがりました。そして誰にも聞こえないやうに窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸をうって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。もうそこらが一ぺんにまっくらになったやうに思ひました。

 ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむってゐたのでした。胸は何だかをかしく熱(ほて)り頬にはつめたい涙がながれてゐました。        (九.ジョバンニの切符 宮沢,1986)下線は引用者

 

1.「電信ばしら」は電力用の架空電線と通信線を支える柱

最初に「電信ばしら」という用語についてだが,「電柱」という名称ははなはだ混乱している。「電柱」とは,地上に架設された電線やケーブル類を支持する柱状の工作物である。「電柱」には幾つかの呼び名がある。用途によって,電力会社の送電・配電を目的とした電力用の架空電線を支える「電力柱」と,通信会社の通信・電話を目的とした光ケーブルや電話回線を支える「電信柱(あるいは電話柱)」がある。そして共用の「共用柱」というものもある。しかし,一般的には,電力用と通信用の区別はあまりせず,両者を「電信柱」と呼んでいるように思える。

 

賢治が「電信ばしら」をどんな意味で使っていたかを,童話『月夜のでんしんばしら』(1921.9)を読み解くことで明らかにしていきたい。『月夜のでんしんばしら』は,明治以降の「近代化」をテーマにしているが,それ以外にもロシア革命に対する干渉戦争の1つであるシベリア出兵(1918-1922年)との関係も言われていて(米地,2013),種々の機能を持った「電柱」が隊列をなした兵隊となって軍歌を歌いながら登場してくる。

 一本のでんしんばしらが,ことに肩(かた)をそびやかして,まるでうで木もがりがり鳴るくらゐにして通りました。

 みると向ふの方を,六本うで木の二十二の瀬戸もののエボレットをつけたでんしんばしらの列が,やはりいつしよに軍歌をうたつて進んで行きます。

  「ドッテテドッテテ,ドッテテド

  二本うで木の工兵隊

  六本うで木の竜騎兵

  ドッテテドッテテ,ドッテテド

  いちれつ一万五千人

  はりがねかたくむすびたり」 

   (中略)

 ところが愕(おど)ろいたことは,六本うで木のまた向ふに三本うで木のまっ赤なエボレットをつけた兵隊があるいてゐることです。その軍歌はどうも,ふしも歌もこつちの方とちがふやうでしたが,こつちの声があまり高いために,何をうたつてゐるのか聞きとることができませんでした。こつちはあひかはらずどんどんやつて行きます。

   (中略)

 「おれは電気総長だよ。」

   (中略)

 「はつはつは,面白いさ。それ,その工兵も,その竜騎兵も,向ふのてき弾兵も,みんなおれの兵隊だからな。」

        (『月夜のでんしんばしら』 宮沢,1986)下線は引用者

 

エボレット(正確にはエポーレット;Epaulette)とは,軍服に付けられる肩章(けんしょう)のことで,ここでは「腕木」に取りつけられる「碍子」をこの肩章に見立てている。「碍子(がいし)」とは,電線を「腕木」に絶縁固定する陶磁器製の器具である。加島 篤(2011)は,兵隊の役割と軍服から賢治が二本腕木の「工兵隊(engineer)」と比喩した「でんしんばしら」を信号機や駅舎などに電燈電力を送る配電線の「電力柱」とし,六本腕木の「竜騎兵(りゅうきへい;dragoon)」と比喩した「でんしんばしら」を鉄道通信線の「電信柱」とし,そして三本腕木の「擲弾兵(てきだんへい;grenadier)」と比喩した「でんしんばしら」を「向ふ」にいるということで鉄道とは別の電力会社の高圧送電線の「電力柱」と推測している。

 

二本腕木の「でんしんばしら」を配電線の「電力柱」とし「工兵」に見立てたのは,「工兵」が照明を含む陣地の構築,地雷の処理,橋・道路・鉄道の建設を担っているからである。また,最初に登場させたのは攻撃の際には敵の地雷原や鉄条網の破壊のために最初に行動するからであろう。六本腕木の「でんしんばしら」を通信線の「電信柱」とし「竜騎兵」に見立てたのは,「竜騎兵」の軍服(上着)の胸部分に六本腕木に対応する左右6個ずつの飾りボタンが付けられていたことと,肩章に見立てた碍子(22個)の多さによると思われる(通信線は碍子が多い)。

 

通信線用の「電信柱」の電線は,通常「碍子」と共に最上位から中継線,長距離電話線,閉塞線,電信線,区間電話線,その他の回線の順に多数架設されていた。「竜騎兵」は,偵察を担うこともある。そして,最後に登場する「擲弾兵」は手榴弾(てりゅうだん)を武器とする歩兵精鋭部隊である。

 

加島(2011)によれば「腕木」に取りつけられる「碍子」を手榴弾に見立て「高圧送電線が持つ強烈な電撃のイメージを,手榴弾の閃光(せんこう)と爆発で敵を倒す「擲弾兵」に重ねたもの」と推測している。また,「擲弾兵」は敵陣に投擲(とうてき)して届く距離まで近づく必要があるので,敵陣に近づく前に射殺される確率が高く任務の成否に関わらず極めて死亡率が高い存在であった。遠くに投擲する「擲弾兵」には体力に優れ,また自己犠牲的な精神をも持ち合わせた勇猛果敢な兵士が選ばれた。

 

賢治は,童話『チュウリップの幻術』(1923)でマツ科の針葉樹である「ドイツトウヒ」(独逸唐檜 Picea abies (L.) H.Karst.)を「擲弾兵」に見立てているが,これは長さが10cmを超える「ドイツトウヒ」の球果(きゅうか)が第一次世界大戦で使われたドイツ兵の持つM24型柄付手榴弾に見えたのであろう。球果とは「マツ」,「スギ」,「ヒノキ」などの針葉樹が作る果実で,多数の木質の鱗片が重なって球形や円錐形になったもの。「赤い碍子」を付けた「でんしんばしら」が「高圧送電線」を支える「電力柱」である根拠は後述する。

 

すなわち,賢治が「電信ばしら」あるいは「でんしんばしら」と記載した場合,それは現代のように通信線の「電信柱」だけでなく電力を送る電線を支える「電力柱」の両方の意味を含んでいる。

 

2.「電信ばしら」は2本の「スギ」を用いたアルファベットの「A」の形をした柱 

種々の役割を担う電線を支える「電柱」には,「木柱」,「鉄筋コンクリート柱」,「鉄柱」があるが,童話『銀河鉄道の夜』の「電信ばしら」は「赤い腕木」とあるように木材の「腕木」が取り付けられるので「木柱」であろう。「木柱」の場合には,真っ直ぐに伸びるもので長さも10〜20mは必要で,また資材の入手が比較的容易であるものが求められる。最も多く使われる木材の樹種はヒノキ科常緑針葉樹の「スギ」(Cryptomeria japonica (Thunb. Ex L.f.) D.Don)である。

 

賢治は,「木柱」の「電柱」に「スギ」が使われることを知っていた。詩集『春と修羅』(第一集)の「グランド電柱」(1922.9.7)には,「花巻グランド電柱の/百の碍子にあつまる雀/掠奪のために田にはひり/うるうるうるうると飛び」とあるが,百個もの「碍子」のある「電柱」があるとは思えず,この「電柱」は「スギ」の巨木を「電柱」の「柱」に,そして球果を「碍子」に見立てたものかもしれない。

 

なぜなら,『装景手記』の「華麗樹種品評会」(1927.9)に「青すぎ青すぎ/クリプトメリアギガンテア」とか,『春と修羅』(第一集)の「岩手軽便鉄道の一月(下書稿)」には「グランド電柱 クリプトランダア鏡を吊し」とある。この「クリプトメリアギガンテア」や「クリプトランダア」は,「スギ」の学名 “Cryptomeria ” あるいはラテン語の「巨大な」を意味する “gigantea” から作った賢治の造語であり,後者は「スギの氷結した球果が枝から垂れていて鏡のように光っている」の意味である。「碍子」をイメージできる球果を付ける植物は「スギ」以外にも沢山ある。しかし,賢治はその中で敢えて球果を付けた「スギ」のみを「電柱」に喩えたりしているので,「電柱」がスギ材で作られていることは当然知っていた。

 

では,この「スギ材」の「柱」が「丁度両方から腕を組んだやうに赤い腕木をつらねて」(下線は引用者)立つ「二本の電信ばしら」とは何であろうか。4通り考えられる。1つは「スギ材」の「木柱」が別々に2本(第1図A)直立している。2つ目は1本が直立し,もう1本が支えるように接合している(第1図B)。3つ目は2本がアルファベットの「A」の字形のようにお互いに寄り添うように傾いて接合している(第1図C)。4つめは2本が「腕木」を介してアルファベットの「H」の字形のように接合しているものである(第1図D)。継柱を付けたもの(第2図)や,単柱が2本近接して並ぶとは考えにくい。

f:id:Shimafukurou:20210709085230p:plain

第1図.「丁度両方から腕を組んだように見える二本の電信柱」が取りうる形態.

 

f:id:Shimafukurou:20210709085304p:plain

第2図.継柱を付けた電信柱. 

賢治が物語で使う「つらねて」という言葉を「繋ぐ」と解釈すれば,「二本の電信ばしら」とは2本の木柱が「腕木」を介して「A」(第1図C)あるいは「H」(第1図D)の字形に接合したものと思われる。送電工学の専門書によればそれぞれ「A柱」,「H柱」と呼ばれている(電機学校,1943;鎌田,1995)。

 

賢治の童話『イギリス海岸』にも背の高い「二本のでんしんばしら」が登場してくるが,この「でんしんばしら」は「互いによりかゝるやうにして一本の腕木でつらねられてありました」とあるように,「腕木」を介して「二本のでんしんばしら」が繋がれている。すなわち,「A柱」であろう。第1図Bの支柱をもつ単柱は曲線路などで外力によって倒れる可能性のある場合に設置されるものであるが,形は「A柱」に類似しているので「A柱」に加えておく。

 

3.「赤い腕木」を持つ2本の「電信ばしら」の正体について

「電柱」には,「碍子」を介して電線を支えるための「腕木」が取り付けられる。この「腕木」に用いるのは,殆どがニレ科の落葉高木である「ケヤキ」(欅,Zelkova serrata (Thunb.) Makino )で,稀に「ナラ」(クヌギ,ミズナラなどの落葉性広葉樹の総称)や「ヒノキ」(Chamaecyparis obtusa Sieb. & Zucc.)が用いられていた。「腕木」は,節,裂け目,疵(きず),腐朽部がない赤み材を用いることになっていたので,材が硬く「曲げ」と「割裂」に対する抵抗が大きい「ケヤキ」が選ばれた(各務,1926;西本ら,1954)。「ケヤキ」は,古名で「槻(つき)」とも呼ばれ,高さが30mを超えることもあり,幹は直立し,樹冠は,扇を開いたような形で美しい。根は地中深くまで入るので風に耐える力が強い(有岡,2005)。

 

賢治は,童話『銀河鉄道の夜』の中で,「男の子の手をしっかりひいて立ってゐる」キリスト教徒らしい青年を「一ぱいに風に吹かれてゐるけやきの木のやう」だと表現している。植物の特徴を活かした的確な表現と思われる。また,本稿に関係深い詩として詩集『春と修羅』(第一集)「天然誘接」(1922.8.17)があり,その中の「いつぽんすぎは天然誘接(よびつぎ)ではありません/槻と杉とがいつしょに生えていつしょに育ち/たうたう幹がくつついて/険しい天光に立つといふだけです」という詩句も紹介しておく。

 

この詩に登場する「槻=(ケヤキ)」と「杉」を永久の友情を誓った親友の保阪嘉内と賢治に重ね合わせる研究者もいる(菅原・蒲生,1972)。この珍しい2本が接合した「いつぽんすぎ」は,現在の花巻市北西部の旧湯口村地区に地名だけ残る「一本杉」のあたりにあった巨木であったと言われている(浜垣,2017)。「誘接」とは「寄せ接ぎ」のことで人工的に作る「接ぎ木」の方法の1つである。

 

接ぎ穂を台木に寄り合わせて植え,台木と接ぎ穂が接するところを削り合わせてしばり,十分に融合させたのちに,台木の上部と接ぎ穂の下部を切るものである。「誘接」だと片方の木(接ぎ穂)の下部は切り離されるので1本の木になるが,自然に「スギ」と「ケヤキ」が接合した「いつぽんすぎ」は見ようによっては2本の木がアルファベットの「A」の字形のようにお互いに寄り添うように傾いて接合して「電柱」の「A柱」のように見えたのかもしれない。さらに,賢治が『春と修羅』(第一集)「グランド電柱」で「花巻グランド電柱の/百の碍子にあつまる雀」と表現した「電柱」に見立てた「巨大なスギ」は,同詩集の製作日が近接している「天然誘接」の「いつぽんすぎ」と同一のものだった可能性もある。

 

では,「赤い腕木」とは何を意味しているのだろうか。1911年に制定された「電気工事規定」の第4節電線路Ⅰ-第32条には,「高圧架空電線を支持する腕木又は碍子は,地上より薽別(けんべつ)し得る程度においてその全部または一部を赤色と為すことを要す」と記載されている。賢治が童話『銀河鉄道の夜』を執筆していた頃の送電工学の専門書(各務,1926)にも,赤い「腕木」や「碍子」を取り付けた「電柱」は「高圧送電線」を支えるものとある。すなわち,『銀河鉄道の夜』の「赤い腕木」の「電信ばしら」は,前述の『月夜のでんしんばしら』の「赤い碍子」を付けた「電柱」と同様に,高圧送電線路を支えるアルファベットの「A」や「H」の形をした木材(杉材)の支持物(高圧送電線用A柱あるいはH柱)であろう。

 

高圧線とは,数百〜数千ボルト程度の高圧電圧を用いる送電線路をいうが(それ以上は特別高圧線),一般には数万ボルトの特別高圧線を単に高圧線と呼んでいる。現代は,三相3線式66000Vである。高電圧の送電線は,低圧線(100/200V)よりも太くて重いので,これら電線を支えるには「木柱」の場合は1本ではなく2本にするようである。現在ではほとんどが「鉄塔」である。

 

賢治は,いくつかの絵画を残しているが,その中に「電柱」を兵隊に見立ててスケッチしたものがある(第3図;「月夜のでんしんばしら」)。『銀河鉄道の夜』における「赤い腕木」の「電信ばしら」のモデルになったものが賢治のスケッチした3本の腕と2本の長い足を持つ『月夜のでんしんばしら』の「兵隊」(弟の清六氏が彩色)と同じとすれば,『銀河鉄道に夜』に登場する「電信ばしら」は,3本の「赤い腕木」を持つ「高圧送電線用A柱」(あるいは支柱を持つ単柱)の可能性が高いと思われる。

f:id:Shimafukurou:20210709085433p:plain

第3図.宮沢賢治が自ら書いた「月夜のでんしんばしら」

    (彩色は弟の宮沢清六).

加島(2011)の『月夜のでんしんばしら』を扱った論文にも,この「高圧送電線用A柱」のイメージ図が紹介されている。「A柱」は,長い足を持つ「兵隊」にも見えるかもしれないが,見ようによっては2人が腕を伸ばして寄り添う姿にも見える。ジョバンニとカムパネルラの友情あるいは賢治と妹トシや親友の保阪嘉内との友情をも的確に表現しているように思える。(続く)

 

引用文献

天沢退二郎.1993.宮沢賢治の彼方へ.筑摩書房.東京.

有岡利幸.2005. 資料・日本植物文化誌.八坂書房.東京.

電機学校.1943. 電機学校教科書・送電配電前編.電機学校.東京.

福島 章.1985.宮沢賢治-こころの軌跡.講談社.東京.

浜垣誠司.2017.4.22. (調べた日付).宮沢賢治の詩の世界.http://www.ihatov.cc/

石井竹夫.2015.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する桔梗色の空と三角標.人植関係学誌.15(1):39-42. Shimafukurou.2021.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-桔梗色の空と三角標.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/07/01/093637

入沢康夫・天沢退二郎.1979. 討議『銀河鉄道の夜』とは何か.青土社.東京.

各務米次郎.1926. 各務外線工事・上巻.工業教育会.東京.

加島 篤.2011. 童話「月夜のでんしんばしら」の工学的考察.北九州工業高等専門学校研究報告 44 : 27-39.

鎌田逸郎.1995. 架空電線路用支持物.pp. 69-89. 電気学会(編者).送電工学(改訂版).電気学会.東京.

宮沢賢治.1986.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.

西本孝一・布施五郎・井上吉之.1954. 電柱腕木の改良に関する研究:(予報)注入木材の適用性について.木材研究:京都大学木材研究所報告 13 : 284-292.

大塚常樹.1993. 宮沢賢治 心象の宇宙論.朝文社.東京.

菅原千恵子.2010. 宮沢賢治の青春“ただ一人の友”保阪嘉内をめぐって.角川書店.東京.

菅原千恵子・蒲生芳郎.1972. 「銀河鉄道の夜」新見-宮沢賢治の青春の問題.文学 40(8) : 28-43.

米地文夫.2013. 宮沢賢治「月夜のでんしんばしら」とシベリア出兵-啄木短歌・「カルメン」・「戦争と平和」との関連を探る-.総合政策 14(2) : 133-147.

 

本稿は,人間・植物関係学会雑誌17巻第1号23-27頁2017年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。