宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

『どんぐりと山猫』の舞台は碁盤の上

神奈川県大磯町の城山公園には暖温帯に自生するイチイ科の「カヤ(榧)」(Torreya nucifera (L.) Siebold et Zucc. )が植栽されている(第1図)。この木を見ると東北出身の宮沢賢治の童話『どんぐりと山猫』を思い出す。本稿では,なぜ暖温帯性の「カヤ」がこの童話に登場するのか考えてみたい。

 

童話の主人公は一朗という少年で,山猫から「一目置かれ」ていたようで,山猫から面倒な「裁判」があるいから来てほしいという手紙をもらい,「カヤ」の森の中の「金色(きんいろ)の草地」へ行く。そこでは、「三百でも利かないどんぐり」たちが四角く刈った「黄金の草地」で「一番えらい」のは先が尖っているのだとか、丸いのだとか,背が高いのだとか言って「パチパチ塩をはぜるやうに」音を立てて三日も争っている。

 

各々の「どんぐり」が「だめです。私が一番えらいのです」と言って頑として譲らない。山猫に「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」と解決を迫られた一朗は,笑って山猫に「このなかで,いちばんえらくなくて,ばかで,めちゃくちゃで,てんでなってゐなくて,あたまのつぶれたやうなやつが,いちばんえらいのだ」と言わせて「どんぐり」たちを瞬時に黙らせてしまう(宮沢,1985)。たわいない話かもしれないが,考えようによってはとても意味深く,大人でも考え込んでしまう内容になっている。

 

童話では,「笛ふきの滝」,「榧の木の森」などの風景があたかも実在しているかのように詳細に記載されているので,多くの賢治研究家の間で童話の舞台を探す努力がなされた。例えば,伊藤(1998)は岩手県にある早池峰山の南に「笛貫の滝」が実在するのでその周辺だろうと推測したりしている。しかし,「カヤ」の自生の北限は宮城県本𠮷郡津谷町法岳山国有林なので賢治の生活圏である岩手県には「カヤ」の自然林(森)は存在しない。では,賢治が実際に見たことがないと思われる「カヤ」の森をどうして物語に登場させたのであろうか。

 

この物語に限らず,賢治の作品にはたくさんの植物が登場するが,丁寧に読んでいくと,賢治が登場する植物を単なる風景描写ではなく,作品の内容に合わせて意図的に配置させていることに気づいた。風景描写でないとすれば何をイメージして描いたのか。ヒントは文章中にある。物語の内容が「裁判」での「勝負」の話なので,植物も「勝負」あるいは「ゲーム」と関係していると思われる。

 

「めちゃくちゃで,てんでなってゐない」と思われるかもしれないが,もしかしたら,賢治は物語の「裁判」が行われた場所(四角く刈った「金色の草地」)を,「囲碁(いご)」の「勝負」が行われる「碁盤(ごばん)」の上をイメージして書いたのではないかと思うようになった(第2図)。「カヤ」の心材は普通褐色を帯びた黄色だが,樹脂成分が多いので年数がたつと「黄金の草地」を連想させる黄金色に近い色になる。加工しやすく耐朽性に富むため「碁盤」の材料として有名である。「碁盤」は,一般的には縦横19本の線をもつ19路盤が使われる。交点の数は361あり,マス目の数は324である。「碁石(ごいし)」は黒・白の二色あり,ゲームに先立って黒・白合わせて「碁盤」を埋め尽くす数の361個(黒181、白180)が用意される。

 

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童話に登場する「どんぐり」の数も「三百でも利かない」とあるので数としても一致する。白い「碁石」は「ハマグリ(蛤)」から作られる。「ハマグリ」とは浜辺にある栗と形が似たものの意味である。また,「どんぐり」は「どん」という音が「だめな」という意味にもなることから渋くて食べられない栗という意味もあるようだ。「パチパチ塩をはぜるやうな音」は,「碁石」を「碁盤」に打つ音と考えればよいと思う。さらに,童話では「だめです」という言葉が盛んに使われるが,この「駄目(だめ)」は「どんぐり」の語源にも繋がるが,「一目置く」の言葉と同様に「囲碁」の用語で慣用語になったものである。「駄目」とは,どちらの地にもならない所で,転じて「無駄、無益、役立たず」という意味になったそうだ。多分,賢治は「囲碁」をやったかあるいは見ていたときに金色の「カヤ」の「碁盤」からこの童話のイメージを膨らませたのではないだろうか。

 

引用文献

伊藤光弥.1998.宮沢賢治と植物-植物学で読む賢治の詩と童話.砂書房.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集.筑摩書房

(本稿は,「薬学図書館」(2017年62巻1号)に投稿した原稿の一部を加筆修正したものです)