宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-ケンタウル祭の植物と黄金と紅色で彩られたリンゴ(2)

Key Words:アスパラガス,文学と植物のかかわり,ケンタウル祭,キメラ,ケール,旧約聖書,ポプラ,プラタナス,桜の木,縞模様

 

賢治は,『銀河鉄道の夜』で,光に透かされた縦の「縞模様」をイメージできるものを「キメラ」やそれに類したものと重ねながら繰り返し登場させてきた。なぜ賢治は「烏瓜のあかり」に象徴される光に透かされた縦の「縞模様」や「キメラ」に拘るのか。このイメージ表出は『銀河鉄道の夜』だけではないので,賢治の思想の根本に係る重要なイメージと思われる。本稿(2)では,前稿に引き続き,「ケンタウル祭」に登場する植物と光に透かし出された縦の「縞模様」の関係について考察する。

 

1.空き箱の紫色の「ケール」や「アスパラガス」が意味するもの

最初に,ジョバンニの家の前に置かれた空き箱の紫色の「ケール」や「アスパラガス」について考察してみる。「ケール」(Brassica oleracea L. var. acephala DC.)は,アブラナ科の葉野菜で,地中海沿岸が原産地である。「アスパラガス」(Asparagus officinalis L.)は,クサスギカズラ科の栽培作物で,地中海東部が原産である。これらの植物が採用されている理由としては,前報で両者とも物語の舞台と同じ南欧を原産としていることや,「ケール」が花弁4枚のアブラナ科(ジュウジバナ科)であり,キリスト教の十字を連想させること(石井,2011),および「ケール」と「アスパラガス」の組み合わせが「五輪塔」をイメージできることを示唆した(石井,2016)。

 

ここでは,視点を変えて前報(「もみ」や「楢」の枝で包まれた街燈や電気会社の前のプラタナスの木々が意味するもの)で考察したように,紫色の「ケール」と「アスパラガス」の空き箱内での空間的な配置に注目してみたい。「ケール」の色だが,紫色の「ケール」の多くは,葉が縮れていて,その姿から「炎」をイメージ出きる。また,食用の「アスパラガス」の棒状の若芽は,複数が連立すれば縦の「縞模様」を形成する(第1図)。すなわち,「ケール」と「アスパラガス」の配置のイメージから光に透かされた縦の「縞模様」を連想できそうだ。

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第1図.ジョバンニの家の前のアスパラガスと紫のケールのイメージ写真.ケールは観賞用葉牡丹で代用. 

賢治は,自然ではなく創作した人工物から「縞模様」をイメージ出きる所には,いつも「キメラ」あるいはそれに類したものを配置している。空箱の後ろのジョバンニの家は,一軒家なのに入口が三つもある。2つの小さな窓には日除けが下りていてまるでギリシャ神話の口が三つある怪獣「キマイラ」が目を閉じて眠っているようである。このように,ジョバンニの家の前に置かれた空き箱の紫色の「ケール」や「アスパラガス」には,ギリシャ神話と仏教的な宇宙観を取り入れた光に透かされた縦の「縞模様」が見て取れる。

 

2.物語に「プラタヌス」や「ポプラ」が選択された理由

「プラタヌス」は,スズカケノキ科スズカケノキ属の植物の総称をいう「プラタナス」のことであろう(「プラタヌス」はドイツ語読み)。原産地は,欧州南東部(~アジア西部)で,ギリシャ(トルコ側)のコス島にはこの木の下でヒポクラテスが医学を教えたと言い伝えられている「プラタナス」(Platanus orientalis L.)の巨木がある。枝に鈴をかけたような実がなるので「スズカケノキ(鈴懸の木)」とも呼ばれる。賢治は,詩「高架線」(1928.6.10)でこの実を「ランタン lantan」に例えて「プラタヌス グリーン ランターン」と呼ぶ。

 

樹皮は,淡灰褐色あるいは灰緑色で,大きく不規則に剥がれ,その跡が淡緑灰色の「まだら模様」になる。「ポプラ」は一般的には明治期に導入された外来種を指すので舞台が南欧であれば「セイヨウハコヤナギ(イタリアヤマナラシ)」(Populus nigra L. var. italica (Duroi) Koehne)か「ウラジロハコヤナギ(ギンドロ)」(Populus alba L.)であろう。「ギンドロ」の上部樹皮は,灰白色で菱形の皮目が入り,さらにその皮目が連なって「縞模様」になる。葉は広卵形または「三角状広卵形」である。

 

電気会社の前の「プラタヌス」の木々も星空に浮かぶ「ポプラ」の木々も構図として光に透かされた縦の「縞模様」をイメージ出きることはすでに説明した。では,なぜ「人魚の都」(海藻の森)に見える街並みに「プラタヌス」をそして郊外に「ポプラ」を配置したのであろうか。多分,賢治は『旧約聖書』の「創世記」30章に記載されているこれら植物を使った「縞模様」による家畜の繁殖方法の逸話をヒントに選んだのかもしれない。

 

最も普及されている新共同訳の「創世記」には,神の啓示を受けたヤコブ(別名はイスラエル)が「ポプラ」と「アーモンド」と「プラタナス」の若枝の皮を剥いで木肌に「縞模様」を作り,ヤギとヒツジを性的に興奮(「交尾」)させ沢山の家畜と富を得るという逸話が記載されている。ちなみにバラ科サクラ属の「アーモンド」の樹皮の色は少し赤みがかった茶色であるので,赤系統の色と「縞模様」を見せて動物を興奮させているとも解釈できる。30章35節から43節には以下の記載がある。

35 ところが,その日,ラバンは縞やまだらの雄山羊とぶちやまだらの雌山羊全部,つまり白いところが混じっているもの全部とそれに黒みがかった羊をみな取り出して自分の息子たちに手渡し,

36 ヤコブがラバンの残りの群れを飼っている間に,自分とヤコブとの間に歩いて三日かかるほどの距離をおいた。

37 ヤコブは,ポプラとアーモンドとプラタナスの木の若枝を取って来て,皮をはぎ,枝に白い木肌の縞を作り

38 家畜の群れがやって来たときに群れの目につくように,皮をはいだ枝を家畜の水飲み場の水槽の中に入れた。そして,家畜の群れが水を飲みにやって来たとき,さかりがつくようにしたので,

39 家畜の群れは,その枝の前で交尾して縞やぶちやまだらのものを産んだ。

40 また,ヤコブは羊を二手に分けて,一方の群れをラバンの群れの中の縞のものと全体が黒みがかったものとに向かわせた。彼は,自分の群れだけにそうしたが,ラバンの群れにはそうしなかった。

41 また,丈夫な羊が交尾する時期になると,ヤコブは皮をはいだ枝をいつも水ぶねの中に入れて,群れの前に置き,枝のそばで交尾させたが,

42 弱い羊のときには枝を置かなかった。そこで,弱いのはラバンのものとなり,丈夫なのはヤコブのものとなった。

43 こうして,ヤコブはますます豊かになり,多くの家畜や男女の奴隷,それにらくだやろばなどを持つようになった。

『旧約聖書』「創世記」(新共同訳)

 

新共同訳の『旧約聖書』37節に記載されているように,本当に植物の樹皮の「赤」や植物の若枝の皮を剥いだ後の「縞模様」に動物の雄と雌の交尾を促す「力」があるのであろうか。誤訳の可能性もあるので他の訳も記載してみる。新日本聖書刊行会の「創世記」(訳者の記載はない)の30章37節には「ヤコブは,ポプラや,アーモンドや,すずかけの木の若枝を取り,それの白い筋の皮をはいで,その若枝の白いところを剥き出しにし」とあり,新共同訳と同様に「縞」のような「模様」を動物に見せている。

 

明治時代に日本聖書協会が出版した『舊約聖書』(初版は1887年)には植物名の誤訳があるが「茲(ここ)にヤコブ楊柳(やなぎ)と楓(かえで)と桑の靑枝を執(と)り皮を剥(はぎ)て白紋理(しろすじ)を成(つく)り枝の白き所をあらはし」(1953年版)の記載がある。一方,特定の宗教・教派の信仰理解を前提としない旧約聖書翻訳委員会(岩波訳聖書)の『創世記』(月本,1997)の30章37節には「彼は白ポプラの若枝およびアーモンドと鈴懸〔の若枝〕を取り,その皮を剥(む)き,それらの枝の表面に白の剥き出しを作った」とあり,「縞模様」を意味する記載はない。翻訳者である月本昭男は,欄外に「白(ラバン)の剥き出し」はヤコブの雇い主であるラバンを裸にするに通じるとして,皮を剥いだ若枝とヒツジのペニスとの連想からくる一種の「類感呪術」であるという注釈を加えている。しかし,翻訳の不偏性を謳っているとはいえ,皮を剥いた枝のみを見せて動物が興奮するものだろうか。

 

3.婚姻色と婚姻線について

聖書の日本語訳は,様々な組織や個人によってなされてきた。賢治は,教会に出入りしていたし,実際に聖書や賛美歌集も所持していたが(宮沢,2001),たとえ『旧約聖書』を聞いたりあるいは読んだりしたとしても,外国語を含めどの訳の聖書を読んだかは定かではない。いくつかの翻訳本に見られる赤色や「縞模様」を見せて性的な興奮を生じさせるという記載は,一見すると非科学的とも思えるが,よく調べてみるとそれに類した動物の行動を沢山見出すことができる。「婚姻色」(「求婚色」)や「婚姻線」と呼ばれているものである。

 

「婚姻色(線)」とは,魚類や両生類,爬虫類などの一部の動物種で繁殖期に現れる特別の体色や「斑紋」のことである(鳥類の「婚衣」も含むこともある)。異性の識別や性的な行動の触発に役立つとされる。例えば,サケの体色は銀白色(ギンケ)だが,繁殖期になると体型の変化とともに雄雌ともに全体的に黒ずんで赤い「縞模様」が入る。体色が赤色になることをブナの紅葉時期に因んで「ブナ化」と呼び,その色を「ブナケ」と呼ぶ。また,熱帯魚のベタの雌は,繁殖期に最適と見做した雄を見ると発情して腹部の膨れた卵巣部分に「縞模様」を浮き出させる。産卵の準備が整っているサインと言われている。「婚姻色」として明瞭な「縞模様」を形成するのは,他にはマス,オイカワ,ヤマメなどが知られている。

 

「縞模様」や「斑紋」にはならないがヒツジ,ヤギ,シカなどの哺乳動物(偶蹄類)にもあるようだ。ヤギは短日型の季節繁殖動物であり,繁殖期の雄の被毛は無斑の茶褐色に変色する。この変色した毛を非繁殖期の卵巣が休止状態の雌に近づける(嗅がせる)と発情と排卵が惹起される。「雄効果」と呼ばれていて,ヒツジ飼いの間では経験的に知られていた現象であるという。ただし,現代科学では,この効果を主として雄の皮脂腺細胞から分泌される「フェロモン物質」で説明する(菊水ら,1999;この論文に変色した被毛の色による効果に関する記載はない)。

 

「婚姻色」と言えるかどうか分からないが,類人猿や人間にもあるのかもしれない。チンパンジーの雌も繁殖期には尻が赤く盛り上がることが知られているし,人間の女性も成人になれば胸部と臀部が大きくなり頬が赤くなる(三星,2015)。さらに,女性は唇や頬を赤く化粧する。人間の皮膚において「婚姻線」に相当するものは現れないが,「縞模様」を「婚姻線」として認識する意識は,潜在意識(無意識)の中に封じ込められていて表に出でこないだけかもしれない。

 

動物の「婚姻色(線)」に相当するものは植物にもあり「蜜標」という(内海,2003)。主に花冠の中心部の蜜腺に近い場所にある「斑点」や「縞」の模様である。種子植物は動物のように動くことができないので,繁殖期に栄養価の高い蜜を花に蓄えて花粉を運んできてくれる動物(送粉者)を待っている。蜜腺は視覚的にはあまり目立たないので,蜜を求めて花を訪れた動物(主に昆虫)たちに蜜のある場所を知らせる必要があり,この「道標」となるのが「蜜標」である。

 

例えば,「縞模様」を形成する「線状蜜標」として,雄性先熟の「ウスベニアオイ」(アオイ科;Malva mauritiana L.)の5枚の薄いピンク色の花弁には,数本の濃赤色の線が蜜腺のある花の中央に向かって走っているのが観察される(第2図 A)。この花粉を体に付けたミツバチが別の「ウスベニアオイ」の雌しべが熟した花を訪れ,「蜜標」に沿って花の中央部に潜り込んで蜜を吸えば種子植物の有性生殖において重要な過程である「受粉」が成立する。「ウスベニアオイ」の子孫を残すための戦略である。

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第2図.ウスベニアオイ(A)とレンゲソウ(B)の蜜標.

ラン科の「シラン」(Limodorum striatum Thunb.)の内花被(唇弁)にもよく目立つ白いフリル状の筋(すじ)が何本か見られるが,これも「蜜標」になる。「レンゲソウ」(Astragalus sinicus L.)のよく目立つ旗弁にも中央部から基部に向かって筋が走っている(第2図 B)。「ゲンノショウコ」(Geranium thunbergii Siebold ex Lindl. et Paxton;第3図 A)や「オオイヌノフグリ」(Veronica persica Poir;第3図 B)の花弁にも明瞭な「縞模様」の「蜜標」が認められる。

 

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第3図.ゲンノショウコ(A)オオイヌノフグリ(B)の蜜標.

4.「縞模様」は「融合」することの暗喩

『旧約聖書』の「創世記」に記載されているように「縞模様」は「融合」あるいは「一致」を象徴する。「縞」や「斑点」が動物(あるいは植物)によっては性的な「結合」を誘引することは事実と思われるが,なぜ「婚姻色」に赤系統の色が多く,「婚姻線」が「縞」や「斑点」なのかはまだ科学的に説明なされていない。しかし,賢治は,科学的には解明されていないが個体と個体を結び付ける「力」(リビドー;Libido)を有する「縞模様」に特に強い関心を持っていることは確かだ。なぜなら,賢治は,「創世記」に書かれてある羊の増殖法や動物の「交尾」に関係する「婚姻色(線)」や植物の「受粉」における「蜜標」の知識をもとに作品を創作していると思えるからである。

 

動物の「婚姻色(線)」に関しては,『銀河鉄道の夜』の先駆的作品といわれている詩「薤露青」の最後を締めくくる4行の「かなしさは空明から降り/黒い鳥の鋭く過ぎるころ/秋の鮎のさびの模様が/そらに白く数条わたる」の中に記載されている。この詩の「秋の鮎(あゆ)のさびの模様」がアユの繁殖期の雄の体表にでる細長い帯状の赤茶色(さび色)の「婚姻色」(錆鮎という)のことである。この「婚姻色」は帯状で「縞模様」にはならないが,詩の中では同じような帯状の白い雲が数条渡ると言って「縞模様」を形成させて詩を結んでいる。この詩は死んだ妹への挽歌でもあり,妹個人への恋愛感情にも近い思いを大乗仏教の理念(苦の中にある全ての生き物を救う)に昇華させようと歌ったものである。

 

植物では,『銀河鉄道の夜』とほぼ平行して書かれた長編童話『ポラーノの広場』(1924年先駆形執筆,1931年ごろ最終稿)の中に記載されている。

    「おや,つめくさのあかりがついたよ。」ファゼーロが叫びました。

なるほど向ふの黒い草むらの中に小さな円いぼんぼりのやうな白いつめくさの花があっちにもこっちにもならび,そこらはむっとした蜂蜜のかをりでいっぱいでした。

 「あのあかりはねえ,そばでよく見るとまるで小さな蛾の形の青じろいあかりの集まりだよ」

 「さうかねえ,わたしはたった一つのあかしだと思ってゐた。」

 「そら,ね,ごらん,さうだらう,それに番号がついてるんだよ。」

 わたしたちはしゃがんで花を見ました。なるほど一つ一つの花にはさう思へばさうといふやうな小さな茶いろの算用数字みたいなものが書いてありました。

 「ミーロ,いくらだい。」

 「一千二百五十六かな,いや一万七千五十八かなあ。」

 「ぼくのは三千四百二十・・・・六だよ。」

 「そんなにはっきり書いてあるかねえ。」わたくしにはどうしてもそんなにはっきりは読むことができませんでした。けれども花のあかりはあっちにもこっちにももうそこらいっぱいでした。

 「三千八百六十六,五千まで数へればいゝんだからポラーノの広場はもうぢきそこらな筈なんだけれども。」

   (中略)

 「ぢゃ,行かう,まあもっと行って花の番号をみてごらん。やっぱり二千とか三千とかだから。」

 ミーロはうなづいてあるきだしました。ファザーロもだまってついて行きました。わたくしどもはじつにいっぱいに青じろいあかりをつけて向ふの方はまるで不思議な縞物(しまもの)のやうに幾条(いくすじ)にも縞になった野原をだまってどんどんあるきました。その野原のはづれのまっ黒な地平線の上では,そらがだんだんにぶい鋼のいろに変っていくつかの小さな星もうかんできましたしそこらの空気もいよいよ甘くなりました。

『ポラーノの広場』(二,つめくさのあかり)宮沢, 下線は引用者

 

この物語は,野原のツメクサの花に「さう思へばさうといふやうな」文字のように現れる数字の番号を5000番まで数えていくと,「労働」と「芸術」が「一体」となった理想の広場(「ポラーノの広場」という共同体)に到達できるという伝説をもとにしている。主人公のキューストは,『旧約聖書』(「創世記」)の羊飼いのヤコブのように「野原の富を3倍にする」ことを夢見て,羊飼いのミーロらと一緒に野原に出かけ伝説の「ポラーノの広場」を探しにいく。5000番に近づいてくると蜜の香りで「空気もいよいよ甘く」なり,さらに野原に不思議な「縞模様」が現れてくる。まさに植物に現れる「蜜標」の知識が生かされている作品である。

 

ツメクサの花に現れる数字は,デンマークの天文学者ジョン・ドライヤー(J.L.E Dreyer;1852-1926)が1888年に発表した7840個の連星,星雲,星団を収録したカタログ番号(NGC; New General Catalogue)と関係があり,5000番はこぐま座のα星である「北極星(pole star)」に近い番号とされる(根本,1990;須川,1991)。また,地上から見た銀河系の北極方向(銀河北極)に相当する「かみのけ座」にも近い。「かみのけ座」のα星の近くにはNGC 5024番の球状星団がある。「北極星」は地球の自転軸(地軸)を伸ばした先にある星で,見かけ上は動かない。「北極星」は「動かない」,「変わらない」が転じて「ほんとう」あるいは「道しるべ」という意味にも繋がるので,賢治は,この「北極星」の下にある広場を労働と芸術が一体となった「ほんとう」の共同体広場と考えたのであろう。

 

5.桜の木の意味

「創世記」で「プラタナス」や「ポプラ」と一緒に家畜に見せた「アーモンド」は『銀河鉄道の夜』には登場してこないが,代わりに同じバラ科サクラ属の「桜の木」がジョバンニの学校の庭木として登場してくる。これは童話『土神と狐』に登場する「樺の木」と同じで「カバザクラ」(樺桜;Prunus “kabazakura”」か「ヤマザクラ」(山桜; Prunus sargentii Rehder,1908)であろう(原,1999)。『土神と狐』は,綺麗な女性に擬人化されている「樺の木」をめぐって「土神」と「狐」の二人(?)が抱いた恋愛の苦悩(嫉妬や怒りの表白)を描いた作品である。賢治は「サクラ」の花を「蛙の卵のようだ」と表現したりする。感受性の強い賢治にはつやつやした「縞模様」の入った赤茶色の樹皮をもつ「カバザクラ」や「ヤマザクラ」が若い女性に見えたのかもしれない。『銀河鉄道の夜』でも校庭の「桜の木」は男の子達の集合の場所として設定されている。

 

このように,賢治が電気会社の前の「プラタヌス」の木々を「人魚の都」のように「縞模様」が透かし出されるように配置したのは,「縞模様」の持つ二つのものを「結合」させる「力」で,それがどういうメカニズムによるか分からなくても,電気会社からイメージ出きる「科学」と聖書に記載されているように「プラタナス」から連想される「宗教」を融合させたかったのかもしれない。これは,前報で記載した「真っ青なもみや楢の枝で包まれた街燈」にも言える。アーク燈のように電気エネルギーから「明かり」を作りだす「街燈(=科学)」と欧州では「神聖」な木とされる「モミ」や「ナラ(=オーク)」から連想される「宗教」の融合を表現したものと思われる。

 

賢治は,地上世界で「縞模様」をイメージするものを繰り返し登場させてくるが,これは読者を引き寄せるための「リビドー」を使った「サブリミナル効果(subliminal effect)」を狙ったものかもしれないが,星空に浮かぶ「縞模様」を形成する「ポプラ」の木々は,さらに「縞模様」が天上世界でも登場することを示唆している。(続く)

 

引用文献

原 子朗.1999.新宮沢賢治語彙辞典.東京書籍.東京.

石井竹夫.2011.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する植物.人植関係学誌.11(1):21-24.

石井竹夫.2016.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場するアスパラガスとジョバンニの家(前編).人植関係学誌.15(2):19-22.

菊水健史・岩田恵理・武内ゆかり・森 裕司.1999. シバヤギ雄性フェロモンの神経行動学的解析.日本味と匂学会誌 6(1):23-32.

三星宗雄.2015. 赤の記号. 人文学研究所報 53:39-47.

宮沢賢治.1986.文庫版宮沢賢治全集10巻.筑摩書房.東京.

宮沢賢治.2001.新校本宮沢賢治全集 第十六巻(下)補遺・資料(補遺・伝記資料編).筑摩書房.東京.

根本順吉.1990. 自在に自然と遊んだ天才詩人-造語に秘められた知識.科学朝日 50(4):12-17.

日本聖書協会.2016.12.24(調べた日付).新共同訳「旧約聖書」.http://www.bible.or.jp/read/titlechapter.html

オリーブ園クリスチャン古典ライブラリー.2016.12.24(調べた日付).「舊約聖書」(1953年版).http://bible.salterrae.net/meiji/xml/genesis_2.xml

新日本聖書刊行会.2013.旧約聖書 新改訳.いのちのことば社.東京.

須川 力.1991. 『ポラーノの広場』におけるつめくさの番号.賢治研究 55:1-7.

月本昭男.1997.旧約聖書Ⅰ創世記.岩波書店.東京.

内海俊策.2003.花はなぜ美しいか2.蜜標と蜜腺.千葉大学教育学部研究紀要 51:319-329.

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌16巻第2号27~31頁2017年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html