宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『ひのきとひなげし』に登場する葵の花壇は『源氏物語』を参考にしている

賢治の童話『ひのきとひなげし』(最終形)は,美を競って「スター」に成りたがっている〈ひなげし〉が自分たちの大切な「亜片」(阿片あるいはアヘンのこと)を悪魔に騙(だま)し取られそうになる物語である。〈ひなげし〉は〈ひのき〉によって危うく難を逃れることができるのだが,このとき〈ひのき〉は〈ひなげし〉に「あめなる花をほしと云ひ/この世の星を花といふ」という言葉を引き合いに出して美を競うことの無意味さを説く。〈ひのき〉は〈ひなげし〉に「スター」とは特別な人を指すのではなく,「本当は天井のお星さまのことなんだ・・・ちゃんと定まった場所でめいめいのきまった光りようをなさるのがオールスターキャスト・・・スターになりたいなりたいと云っているおまえたちがそのままそっくりスター」なんだと説明する。

 

 この〈ひのき〉の言葉は,土井晩翠(どいばんすい)の『天地有情』に収められている「星と花」の「同じ「自然」のおん母の/御手にそだちし姉と妹/み空の花を星といひ/わが世の星を花といふ」と言う詩の一節を参考にしている。また,〈ひのき〉が声を荒げて〈ひなげし〉を助ける話は賢治が愛読したルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』を参考にしたとも言われている。賢治は自然だけでなく書物からの情報を自分の作品に取り入れるのが上手である。他にも参考にした作品があるかもしれない。

f:id:Shimafukurou:20210603102111p:plain

                  ヒナゲシ(東京都薬用植物園)

 

最近,紫式部の『源氏物語』に登場する植物を調べていたら,第9帖の「葵(あおい)」が目に留まった。なぜ「葵」に注目したかというと,賢治の『ひのきとひなげし』(最終形)に「葵」が登場するからである。

向ふの葵(あふひ)の花壇から悪魔が小さな蛙(かへる)にばけて,ベートーベンの着たやうな青いフロックコートを羽織りそれに新月よりもけだかいばら娘に仕立てた自分の弟子の手を引いて,大変あわてた風をしてやって来たのです。

 「や,道をまちがへたかな。それとも地図が違ってるか。失敗。失敗。はて,一寸(ちょっと)聞いて見よう。もしもし,美容術のうちはどっちでしたかね。」

  ひなげしはあんまり立派なばら娘を見,又美容術と聞いたので,みんなドキッとしましたが,誰(だれ)もはづかしがって返事をしませんでした。

   (中略)

  ひのきがそこで云ひました。

 「もう一足でおまへたちみんな頭をばりばり食はれるところだった。」

 「それだっていゝじゃあないの。おせっかいのひのき」

  もうまっ黒に見えるひなげしどもはみんな怒って云ひました。

 「さうぢゃあないて。おまへたちが青いけし坊主のまんまでがりがり食はれてしまったらもう来年はこゝへは草がはえるだけ,それに第一スターになりたいなんておまへたち,スターて何だか知りもしない癖に。スターといふのはな,本当は天上のお星さまのことなんだ。」

                    (宮沢,1985)下線は引用者

 

『源氏物語』の「葵」は巻名の1つであるとともに〈葵の上〉という〈光源氏〉の正妻の名でもあるが,賢治はこの名を植物名として童話『ひのきとひなげし』に取り込んだ可能性がある。

 

その根拠の1つは,賢治は童話『ひのきとひなげし』を執筆していたときに『源氏物語』を読んでいた可能性があるということである。この童話は現在,初期形と最終形の2つが紹介されているが,「葵」は昭和6年以降の作とされている最終形にしか出てこない。昭和6年頃に賢治が携帯していた手帳(兄弟像手帳)の149~150頁に末摘花(すゑつむはな)の三文字が記載されている。〈末摘花〉は「ベニバナ」の古名だが,『源氏物語』で光源氏と関係をもつ女性の名でもある。すなわち,賢治は最終形を書いているときあるいは書く前に『源氏物語』を読んでいた可能性が高い。

 

2つ目に,『ひのきとひなげし』(最終形)には題名の植物以外に「葵」と「ばら」が出てくるが,「葵」は他の植物に比べて具体的な植物をイメージしにくい。「葵の花壇」とあるので,美しい花の咲く「タチアオイ」,「ゼニバアオイ」などのアオイ科アオイ属の植物や,「ムクゲ」,「モミジアオイ」,「スイフヨウ」などのアオイ科フヨウ属の植物が考えられる。しかし,賀茂神社の葵祭で挿頭(かざし)に用いられるウマノスズクサ科の「フタバアオイ(双葉葵)」も花は地味であるが「葵」の名がつく。すなわち,花壇にどんな植物が植えてあるのか解りづらい。むしろ童話にある「葵の花壇」とは賢治が実際に見た花壇というよりは,「葵」という名が登場する物語(『源氏物語』)を参考にして物語をドラマチックにするために創作した想像上の花壇だったのかもしれない。

f:id:Shimafukurou:20210603102952p:plain

スイフヨウ(八重咲きの園芸品種;小石川植物園)

f:id:Shimafukurou:20210603103042j:plain

ゼニバアオイ(神奈川県大磯町)

3つ目に,『ひのきとひなげし』の最終形には初期形には登場しない「芥子坊主」や「亜片(阿片)」が出てくるが,『源氏物語』の第9帖「葵」にも「芥子」が登場してくる。ただし『源氏物語』に登場する「芥子」が麻薬である「アヘン」の取れる「ケシ」かどうかはよく分かっていない。この『源氏物語』に登場する「芥子」が「アヘン」の取れるケシ科の「ケシ」であると推測する研究者もいれば(星川,1978),アブラナ科の「カラシナ」の実(香辛料)だとする研究者もいる(伊藤,2011)。「芥子」は「からし」とも読む。ちなみに,麻薬になるケシ栽培の最初の記録は,江戸時代の靑森県下での栽培のようである(成田ら,1998)。

 

童話では「ひなげし」から「アヘン」ができることになっているが,観賞用の「ヒナゲシ」(Papaver rhoeas L.)から麻薬である「アヘン」はできない。「アヘン」は,医療用の「ケシ(芥子)」(ケシ科;Papaver  somniferum L.)の未熟果実から作られる。具体的には,「ケシ」の未熟果実である芥子坊主の表面に切傷をつけ,そこから滲出してくる乳液を乾燥して作る。なぜ賢治は,作品で「ひなげし」から「アヘン」ができるとしたのであろうか。これを説明するのが『源氏物語』第9帖の「葵」である。

f:id:Shimafukurou:20210603103234p:plain

ケシ(Papaver somniferum L.)(東京都薬用植物園)

f:id:Shimafukurou:20210603103320p:plain

アヘンがとれるケシ坊主(東京都薬用植物園)

第9帖「葵」のあらすじは次の通り。〈光源氏〉の正妻である〈葵の上〉は,祭見物(賀茂祭)の場所争いで〈光源氏〉の愛人である〈六条御息所(ろくじょうみやすどころ)〉の恨みを買う。〈六条御息所〉は美しく才女であるが嫉妬深く,〈葵の上〉がお産のときに生き霊となって〈葵の上〉を苦しめる。高僧たちが加持祈祷(かじきとう)で悪魔祓いをするのだがいっこうに苦しみから解放されない。〈六条御息所〉にも,自ら生き霊になって〈葵の上〉を苦しめているという自覚がある。それは,実際には〈葵の上〉の住まいを訪れていないのに,自分の衣服や髪に加持祈祷のときに使う「芥子」の香がしみ込んでいて,衣服を取り替えても,髪の毛を洗っても消えないからだ。

 

すなわち,賢治が『ひのきとひなげし』の最終形で「葵の花壇」や「芥子」を出したのは,『源氏物語』第9帖「葵」に出てくる「芥子」を意識してのことと思われる。童話『ひのきとひなげし』に登場する悪魔が「葵の花壇」から出てきて〈ひなげし〉の芥子坊主を食べようとする話は,植物学的に矛盾はあるものの,『源氏物語』において〈葵の上〉に取り憑く生き霊(物の怪)となった〈六条御息所〉の衣服や髪の毛に魔よけの「芥子」の香が付いてしまう話と類似している。

 

引用文献

伊藤博史・熊倉克元・石橋 晃.2011.飼料学(73)-Ⅲ 油実粕類-.畜産の研究 65(2):269-270.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.

成田真紀・福田眞人・平井勝利・氏原暉男.1998.ケシ(Papaver ssp.)栽培と阿片の歴史-起源と伝播に関する一考察-.信州大学農学部紀要 35(1):59-64.

星川清親.1987.栽培植物の起原と伝播.二宮書店.


 

湘南四季の花-Winter-

 

f:id:Shimafukurou:20210529102907p:plain

茅ヶ崎海岸(えぼし岩)


早春の植物を含む

1.オオイヌノフグリ (オオバコ科)

地上の星

早春,道路わきの陽だまりなどで瑠璃色の美しい花を咲かせ,我々の目を楽しませてくれるのが「オオイヌノフグリ」だ。花は直径8ミリほどだが,その形と色から「星の瞳」と呼ばれることもある。この花には,受粉を成功させるための巧妙な仕掛けがある。花が「パラボナアンテナ」の形をしていることと,花の柄が細く花が揺れやすいこと。虫(ハナアブ)がパラボナの集光効果によって暖められた花の中に止まると,細い柄の花が傾く。虫は振り落とされそうになるので,花の中央の雄しべや雌しべに必死にしがみつこうとする。この動作によって受粉が成功する。昔NHKで「プロジェクトX~挑戦者たち~」(2000年~2005年までに放映されたドキュメンタリー)という番組があり,町工場の名もない名工達に多くの賞賛が与えられていた。その主題歌のタイトルを借りれば,「オオイヌノフグリ」はまさに「地上の星」。

f:id:Shimafukurou:20210529103018p:plain

 

2.スギ (ヒノキ科)

スギは怒っている

大磯では高麗山の北斜面に多数植林されている。賢治の『虔十公園林』という童話にも植林の話がでてくる。この物語は,軽度の知的障害がある主人公の虔十(けんじゅう)が,「スギ」の苗七百本を植栽し,皆に馬鹿にされながらも一生けんめい育てる話である。大きく育った「スギ」の林は,子供達の遊び場として虔十公園林と名づけられる。しかし,植林も手入れが十分でなかったらどうなるのだろうか。近年,スギ林の荒廃が問題になっている。1つは,放置された「スギ」が種の保存のため雄花を多量に咲かせ,花粉症を増大させているというもの。もう1つは,「スギ」の古い切り株や倒木に発生する「スギヒラタケ」が毒キノコ化し,これを食べた人が相次いで急性脳症を発症したことである。農林水産省のHPでこのキノコを食べないように呼びかけている。これらは,言葉を持たないスギの「怒り」の表現かもしれない。

f:id:Shimafukurou:20210529103151p:plain

 

3.ユリワサビ (アブラナ科)

サワガニの好物

3~5月,大磯高麗山の北側斜面を散策すると,沢沿いの湿地でサワガニと一緒に白い十字形の花を持つ「ユリワサビ」の群落に出会うことができる。根茎は細くて短いがほのかにワサビのような辛味がある。賢治の文語詩「西のあをじろがらん洞」に,ワサビに関して面白い記載がある。「それわさび田に害あるもの,/一には野鳥 二には蟹(かに),/三には視察,四には税,/五は大更(おおぶけ)の酒屋なり」とある。大更は現在の岩手県八幡平市の中に位置し,昔は収穫したワサビを刻んで酒粕漬にしたものが売られていたらしい。辛いもの,苦いもの,酸味のあるものは人間の特に大人の好物であるが,腐敗物や毒物であることも多いので一般的に動物は食べない。野鳥や蟹が辛味のあるワサビを食べるとは驚きだ。サワガニは「ユリワサビ」も食べるのだろうか。

f:id:Shimafukurou:20210529103346p:plain

 

4.ヒトリシズカ (センリョウ科) 

春の妖精

3~4月頃に大磯丘陵地の林の中で見つかる。白い花穂が,4枚の光沢のある葉の間から咲く様子を,静御前(源義経の側室)の舞姿にたとえた。花穂は長さが1~3センチで1個だけつく。花には花弁も萼片もない(裸花)。一見花びらに見える白い糸は雄しべ。雌しべは雄しべの根元につくが,粟粒よりも小さいのでルーペなどで観察しないと分からない。ヒトリシズカのように,早春から初夏までの短い期間にしか姿を見せない植物をスプリング・エフェメラル(春の妖精)ともいう。なぜ,初夏までに葉まで枯らす必要があるのだろうか。一説には,初夏を迎え林床が暗くなり,葉が作り出すエネルギーよりも,葉が維持費として消費するエネルギーの方が多くなれば,植物は葉を枯らした方が得策になるというのがある。

f:id:Shimafukurou:20210529103449p:plain

 

5.モクレイシ  (ニシキギ科) 

湘南が北限

ニシキギ科(モクレイシ属)の常緑低木。花期は2~3月。雌雄異株で花は緑白色。名の由来は果実が割れて種子の見える姿がツルレイシの果実に似ているのと,木質であることによる。1909年,牧野富太郎が新属を設立して学名を発表した。暖地性で九州(五島,南部)と関東(房総,神奈川南部,伊豆半島,七島)にしか分布しない。大磯の高麗山にも自生するが,秦野の渋沢丘陵が自生の北限とされる。県立大磯城山公園では横穴墓群,南門あるいは茶室城山庵近くで見られる。

f:id:Shimafukurou:20210529103552p:plain

f:id:Shimafukurou:20210529103648p:plain

 

6.サザンカ (ツバキ科)

湘南の木

暖地の山地に生えるツバキ科の常緑小高木。日本特産で江戸時代から品種改良が進められ多くの園芸品種がある。大磯町の木になっていて,城山公園にもたくさん植栽されている。山茶花と書いて「サザンカ」と読ませる。本来なら「サンザカ」と読むべきところだが,「ン」と「ザ」を反転させているところが面白い。これは,若い人が雰囲気を「ふいんき」,原因を「げーいん」と発音しているのと同じで日本語の特徴のようだ。日本語は昔から発音しやすい方向に流れている。どうせ発音しやすくするなら「カ」も省略して「サザン」としてしまえばなおよいと思う。湘南らしさがでてくる。

f:id:Shimafukurou:20210529103755p:plain

 

7.ヤドリギ (ヤドリギ科)

復活のシンボル

冬に「エノキ」などの樹木の高い枝を見ていると,こんもりと小さな枝と葉のかたまりが毬状になっているのを見かける。寄生植物の「ヤドリギ」だ。欧州では古くから神聖な植物とされ,ケルト人などは復活のシンボルとして宗教的な行事に使用してきた。理由は宿主である落葉樹が葉を落とした後でも,青々した葉を持ち続けるから。賢治は『水仙月の四日』という童話で登場させる。雪深い山村で生活している主人公の子どもが,買い物の帰りに寒さと猛吹雪の中で倒れてしまう。子どもは起き上がろうとしない。読者はこのとき死を予感してしまうが,作者は吹雪になる前に雪の妖精に「ヤドリギ」の毬を帰宅中の少年に投げつけて死という結果にはならないことを暗にほのめかす。実際に物語の最後は「子どもはちらっとうごいたやうでした」という記載で終わる。

f:id:Shimafukurou:20210529103849p:plain

f:id:Shimafukurou:20210529103919p:plain

 

湘南四季の花-Autumn-

f:id:Shimafukurou:20210527123450p:plain

大磯町郷土資料館

 

1.カワラナデシコ (ナデシコ科)

撫でてやりたい愛娘

秋の七草の1つで大和撫子ともいう。神奈川では昔相模川の河原などで見ることができたらしい。秦野市や平塚市民の花でもある。花は淡紅紫色で花弁は細かく糸状に切れ込む。「撫子」は,あまりの愛らしさにずっと撫でてやりたい愛児あるいは愛娘というのが語源とされる。古くから日本人に愛され,日本最古の長編小説『源氏物語』でもたくさんの女性とともに繰り返し登場してくる。賢治の『銀河鉄道の夜』という夢物語の最終章では,空の工兵大隊が天の川に鉄の船(浮き船)を並べで橋を作る架橋演習をしているところに咲いている。この場面は,『源氏物語』の最終帖である「夢の浮橋」をヒントにしていると思われる。なぜなら,「夢の浮橋」に登場する女性の名が「浮船」だから。

f:id:Shimafukurou:20210527123630j:plain

 

2.オトコエシ (オミナエシ科)

風で飛ばされる種子

「オトコエシ」は,オミナエシ科の多年草で,大磯では高麗山など丘陵地の林の中に生える。オミナエシに比べ,全体に毛が多く,茎も太く葉も大きく華やかさがないことから男の名が付けられた。花期は8~10月。花は白。種子の縁に丸い翼があり風に乗って散布される(オミナエシの種子には翼はない)。賢治の童話『風の又三郎』の「九月四日,日曜」の章に登場する。村童達が転校生の又三郎といっしょに牧場で競馬遊びをしているとき馬が逃げてしまう。年長の村童が見失った馬と又三郎を探しに行くが,その途中にこの「オトコエシ」と「アザミ」に出くわす。「アザミ」の種子も冠毛があって風によって運ばれる。すなわち,馬は,「オトコエシ」や「アザミ」の種子のように風(あるいは又三郎)によってどこかへ飛ばされてしまった。

f:id:Shimafukurou:20210527124235p:plain

 

3.ススキ (イネ科) 

ぎんがぎがのすすき

丘陵地や水路,川岸でごく普通に見られる大型のイネ科の多年草。秋の七草のひとつで,オバナ(尾花)の名でも親しまれている。賢治は「ススキ」をよく作品に登場させる。『鹿踊りのはじまり』という童話には「銀いろの穂を出したすすきの野原」,「すすきは幾むらも幾むらも,はては野原いつぱいのやうに,まっ白に光つて波をたてました」,「ぎんがぎがの/すすぎの底(そご)の日暮れかだ/苔の野原を/蟻こも行かず」など「ススキ」に関連する詩的表現が多数散りばめられている。「ぎんがぎが」は「銀河」を連想させるが,標準語の「ぎんぎん」,「ぎらぎら」を方言化したもので,「ぎんがぎがのすすき」とは,「ススキ」の穂が太陽の光(夕陽)に反射して眩しいばかりに光っている様子を現わしている。

f:id:Shimafukurou:20210527124357p:plain

 

4.カヤ (イチイ科)

『どんぐりと山猫』の舞台は碁盤の上

県立大磯城山公園の「ふれあいの広場」に大きな「カヤ(榧)」の木がある。その周りにカシやシイの木があり秋には沢山のドングリが落ちる。この場所にくると宮沢賢治の『どんぐりと山猫』を思い出す。この童話では一番えらいドングリを決める裁判が「カヤ」の森の中の四角く刈った金色の草地の上で行われ,三百でも利かないドングリ達がパチパチ音を立てて争う。賢治研究家によれば『どんぐりと山猫』の舞台は岩手県の早池峰山周辺ということになっている。しかし,この地に南方系の「カヤ」は自生していない。なぜカヤが登場するのか。「カヤ」の心材は年数が経つと金色になり碁盤の材料として使われる。囲碁で使う石の数は三百六十一個で,白石はハマグリから作る。賢治は「カヤ」で作った碁盤と碁石から物語のヒントを得たと思う。

f:id:Shimafukurou:20210527124826p:plain

 

5.スイセン (ヒガンバナ科)

水車のある水辺が似合う

大磯では県立大磯城山公園や高麗山で見ることができる。花期は長く,11月から翌年の4月頃まで。白い花を5~8枚つける。花の中心には副花冠と呼ばれる黄色い筒がある。賢治の童話『水仙月の四日』では,雪童子(ゆきわらす)という妖精がまつ青な空を見上げ,「カシオピイア,/もう水仙が咲きだすぞ/おまえのガラスの水車(みずぐるま)/きつきとまはせ」と叫ぶ場面がある。カシオペアは秋の北天に位置するM字形をした星座で,北極星を中心に1日1回転する。しかも天の川の中にあることから賢治はこれを水車に見立てた。そういえば,「スイセン」の水辺で横向きに咲く姿も,副花冠を軸部,花弁を水輪部とすれば見ようによっては水車のようにも見える。

f:id:Shimafukurou:20210527124928p:plain

 

6.ヤブツバキ (ツバキ科)

大きな財布の中身

ツバキ科の常緑高木で林内に自生するものを「ヤブツバキ」と呼ぶ。ツバキは有史以前から日本人の生活と密着した植物だった。縄文時代の遺跡や貝塚などからドングリやクルミと一緒にツバキの実や材が出土することがある。実から油を採取し,材から石斧の柄を作ったらしい。大磯では高麗山や城山公園など昔ながらの自然が残されている照葉樹林の森に生える。花期は12月から翌年の4月頃まで。花は紅色。葉も丈夫で,光沢があり,厚くてかたい。「厚葉木(アツバキ)」が「ツバキ」の語源とされる。賢治の童話『カイロ団長』に面白い記載がある。雨蛙の一匹が大きな財布をもっていたのだが,「開いて見ると,お金が一つぶも入ってゐないで,椿の葉が小さく折って入れてあるだけでした」とある。

f:id:Shimafukurou:20210527125033p:plain

 

7.ヒガンバナ (ヒガンバナ科)

秋の彼岸ごろに咲くのでこの名がある。大磯では田の畦や土手などで普通に見られる。マンジュシャゲともいう。ずいぶん昔の話ではあるが,山口百恵という歌手の持ち歌に「曼珠沙華」(阿木曜子作詞)というのがあった。彼女は「曼珠沙華」を「まんじゅうしゃか」と発音していた。低音の切ない声で「恋する女はまんじゅうしゃか」と歌われるとファンの方なら魅入られてしまったのではないだろうか。歌詞に「赤い花」ということで「ヒガンバナ(彼岸花)」のことだと思われるが,「はかなく花が散った」ともあるので別種あるいは想像上の花の可能性もある。「ヒガンバナ」の花は「サクラ」のように散ることはなく,ただ色が白く抜けて萎(しお)れていくだけだ。しかし,山口百恵は白髪になるまでファンの前で歌い続けるということはしなかった(21歳の若さで引退)。だから「ヒガンバナ」だとしても歌詞の通りで・・・・。

f:id:Shimafukurou:20210527125128p:plain

 

8.ヨモギ (キク科)

末摘花の悲哀

秋によく枝分かれして高さは1メートル前後になる。賢治は,詩「冬のスケッチ」で「ヨモギ」の枝分かれした様を,植物が罹る天狗巣病に見立てて「眩ぐるき/ひかりのうつろ,/のびたちて/いちじくゆるゝ/天狗巣のよもぎ」と詠んだ。しかし,なぜ天狗巣病をだすのだろうか。たぶん『源氏物語』十五帖の「蓬生(よもぎう)」を題材にしたようだ。「蓬生」で登場する姫君の名は末摘花(すえつむはな)である。容姿が醜く,特に鼻が天狗のように長くて赤い。源氏の君の訪問も途絶えがちになり,庭の草はしげるにまかせ,蓬は軒端の屋根を越えるまでになる。すなわち,「ひかりのうつろ」を「源氏の君の虚ろ」,「天狗巣のよもぎ」を「末摘花の屋敷の庭に生える蓬」と読めば,まさにこの詩は「蓬生」の場面そのもの。

f:id:Shimafukurou:20210527125232p:plain

 

9.キキョウ (キキョウ科)

桔梗色の空

秋の七草の一つ。花は直径4~5センチ位の青紫色の釣鐘形で横向きに咲く。伊勢原市の花でもある。賢治は好んで「キキョウ」の花の色を「空の色」として表現する。例えば,童話『銀河鉄道の夜』では「美しい美しい桔梗いろのがらんとした空の下を実に何万といふ小さな鳥どもが幾組も幾組もめいめいせはしく鳴いて通って行くのでした」,『水仙月の四日』には「桔梗いろの天球には,いちめんの星座がまたたきました」,また『まなづるとダァリヤ』には「夜があけかゝり,その桔梗色の薄明の中で」とある。日没後や日の出前の薄明の中では,空が桔梗色になることがある。大気中の塵に太陽光が反射して光る現象である。伊勢原市立山王中学校の校歌(阪田寛夫作詞)にも「・・・花びらは降る/山王原よ/桔梗色の空の下/地球はまわる・・・」と「桔梗色の空」がでてくる。

f:id:Shimafukurou:20210527125322p:plain

 

10.ワレモコウ (バラ科)

われもこうありたい

枝先に暗紅色の小さな花が多数集まった穂をつける。茎葉には香がある。地味な花だが,秋の紅葉の中で,「われもこうありたい」と草地で穂が茶色に色づくことが語源とも言われる。この語源の信憑性は定かではないが『源氏物語』に登場する「匂宮(においのみや)」のことを考えると合点するものがある。「匂宮」は源氏亡き後の後継者として源氏の実子とされる「薫」と競っていた。「薫」は体から芳香を発する特異体質の持ち主で,「匂宮」はそれに対抗するため特別の香を衣にたきこめて匂わせていた。だから,「匂宮」は香のない花はたとえ美しくても目もくれず,「ワレモコウ」は香があるということで見るも無残な霜枯れの時期まで見捨てない。多分,「匂宮」は「薫」の前で「われもこうありたい」とつぶやいていたにちがいない。

f:id:Shimafukurou:20210527125416p:plain

 

湘南四季の花-Summer-

f:id:Shimafukurou:20210524170122j:plain

1.ネジバナ (ラン科)

公園の芝生の中でよく見かける。県立大磯城山(じょうやま)公園では6月頃から咲き始める。高さが20センチくらいで雑草のように見えるがこれでもラン科の植物である。ルーペなどで拡大して観察すると花がカトレアのようにも見えて愛らしい。花が花茎(かけい)に捻(ねじ)れて穂状につくのでこの名がある。捩れ方には右巻きと左巻きの両方がある。右か左かを決めるにはアリの目線を使えばよい。根元から花茎の先端を見上げて花が時計回りに付いていたら右巻きで,その反対が左巻である。ところで,なぜ花は横向きに捩れて咲くのか。一概には言えないが,花粉を求めて訪れるハチにヒントが隠されているらしい。ハチは横から花にもぐりこむ習性がある。さらに,捩れていればどの方向からでも容易に近づける。ネジバナはハチとの共存関係を選んだようだ。

f:id:Shimafukurou:20210524170531p:plain

 

2.ホタルブクロ (キキョウ科)

大磯丘陵地ではごく普通に見られるキキョウ科の多年草。学名はカンパヌラ,鐘の意味。6~8月に淡い紅紫色か白色のふっくらした釣鐘(つりがね)状の花を下向きに咲かせる萼(がく)片が特徴的で萼片に三角形の付属体があり,これが上にめくれて反り返る。子供達がこの花の中に捕まえたホタルを入れて遊んだという話しが残っている。花を透かす青白い光に「ちょうちんばな」の呼び名もある。東北では「アッパツツ」と呼ぶ(方言)。「アッパ」は母,「ツツ」は乳,すなわち「お母さんのおっぱい」という意味。現にこの花を花柄(かへい)から摘み取ると,切り口から白い乳液が滴り落ちる。類似種にヤマホタルブクロがあるが,こちらの萼片は反り返らないので容易に区別できる。いずれにせよ,これらの花は郷愁(きょうしゅう)をさそう。

f:id:Shimafukurou:20210524170735p:plain

 

3.カラスウリ (ウリ科)

つる性多年草で丘陵地の林の縁で低木にからみついている。花期は7月頃からで,白いレースで作ったベールを広げたような美しい花がつく。しかし,この見事に開いた花を日中に見ることはできない。日が沈んでから開き,夜明け前にしぼんでしまう。この美しさを知るのは,カラスウリと受粉の契約を結び日が沈んでから訪れてくる蛾(が)だけ。「夜」といえば, 宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』に「烏うりのあかり」が「銀河の祭り」の象徴的な小道具として登場してくる。ただし,この「あかり」は花ではなく実の中身をくり抜いて燈籠(とうろう)仕立てにしたもの。実際に作ってみたら意外と簡単。柔らかい燈籠の光が幻想的に透かしだされて美しい。賢治もこの「烏うりのあかり」の中で創作を続けたと思われる。

f:id:Shimafukurou:20210524170916p:plain

 

4.ハマゴウ (クマツヅラ科)

大磯町の「こゆるぎの浜」あるいは茅ヶ崎市の「茅ヶ崎海岸」沿いの土手などに群生する。高さは数十センチだが植物学的にはりっぱな木である。砂に埋もれても新しい枝をのばして大きな株を作る。木本だけに風食にも耐え,砂防効果は大きい。7~9月,枝先に香りのよい薄青紫色の花をつける。果実も香りが強く,睡眠促進用に枕につめて使ったりもした。乾燥した果実は薬用にもなる。生薬名を蔓荊子(まんけいし)と呼び,風邪の頭痛や耳鳴りなどに用いた。

f:id:Shimafukurou:20210524171050p:plain

 

5.ハンゲショウ (ドクダミ科)

大磯では生沢の「東の池」で見られた。この池は江戸時代に農業用水として作られたもの。ハンゲショウの花は雄しべと雌しべだけで,花びらも萼(がく)もない。漢字で半夏生と書くのは7月初旬頃(夏至から11日目の7月2日ごろを半夏と呼ぶ)に花が咲き,花の付け根にある葉が白くなり目立つので。葉の半分が白くなるので半化粧と書くこともある。この白さは葉の表側の表皮の下にある柵状(さくじょう)組織の葉緑素が抜けたからだと言われている。ハンゲショウの花には密がなく花粉だけなので昆虫の目を引くには心細い。花の時期になると花穂に近いところの葉の何枚かを真っ白にお化粧して虫たちにアピールする。

f:id:Shimafukurou:20210524171200p:plain

 

6.ハス (スイレン科)

大磯では生沢(いくさわ)の「東の池」にある厳島(いつくしま)神社の周りに群生している(2016年~2017頃に姿を消したこともある)。夏,水面上に直立した茎の頂に直径二十センチほどの淡紅色の花を咲かせる。早朝,花びらが開くときに「ぽっ」と音がするという。宮沢賢治の童話「グスコンブドリの伝記」(「グスコーブドリの伝記」の先駆形)に,子供たちが山鳩の鳴きまねをすると,「あっちでもこっちでも蓮華(れんげ)の花でも咲くように鳥が返事をするのでした」ともある。本当かなと思い,インターネットで検索したら,「聞こえた」,「聞こえない」で分かれてしまい,中には「行いの良い人にだけ聞こえる」とか「ハスの開く音は耳で聞くものではなく,目で聞くものだ」という禅問答的な意見もでてきて要領が得ない。ただ凡人には聞こえなくても,池の神社の弁天様は毎朝聞いておられるはずだ。

f:id:Shimafukurou:20210524171327p:plain

 

7.ツリガネニンジン (キキョウ科)

大磯では丘陵地や土手の草原で見られる。単にツリガネソウとも呼ぶ。葉は普通4枚が輪生する(十字架の形)。8~10月,花柄の先に長さが二センチほどの淡い紫色の釣鐘状の花が下向きに咲く。花柄も多くは十字に輪生する。キキョウ科なので茎を切ると白い乳液がでる。宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」では,第五章の牧場近くの「黒い丘」に咲く。この童話は主人公のジョバンニ少年が愛する友と一緒に夢の中で銀河(ミルキーウエイあるいは乳の道)を北十字(白鳥座)から南十字(サウザンクロス)へ旅する物語である。宗教的な臭いのする作品でもある。「黒い丘」はジョバンニ少年が入眠すると「銀河ステーション」に変貌するが,この旅の出発点に乳液の出る十字架の形をした植物が登場するのはとても象徴的といえる。

f:id:Shimafukurou:20210524171511p:plain

 

8. ゲンノショウコ (フウロソウ科)

大磯では丘陵地や田圃(たんぼ)の畦(あぜ)でごく普通に見られる。花は白と赤があるが大磯ではほとんどが白。花期は8~10月。日本の民間薬の代表であり,腹痛,下痢止めの妙薬とされていて,「現によく効く証拠」に名が由来している。根を除いた地上部を乾燥させ煎じて飲む。採取する場合は花で確認できる夏~秋がよい。春だと葉がキンポウゲ科のトリカブトに類似しているので,誤って毒草を採取してしまう可能性がある。木曽御岳の伝承薬である百草丸(ひゃくそうがん)にも含まれる。百草丸は郷土の詩人・島崎藤村の童話「ふるさと」にもでてくる古くから知られた薬であるが,現在でも薬局で入手可能である。

f:id:Shimafukurou:20210524171615p:plain

 

9.キツネノカミソリ (ヒガンバナ科)

大磯では常緑広葉樹の自然林が残る高麗山(こまやま)(県指定天然記念物)で見られた。常緑広葉樹林の林床植物として,早春に葉が現れ,晩春には枯れる(春緑性)。夏(8~9月)にいきなり茎が伸びその先に濃いオレンジ色の花をつける。お隣の平塚市の縄文遺跡からは炭化した鱗茎がたくさん出土される。鱗茎には有毒物質も含まれるが,質のよいデンプンも豊富にあり,昔はヒガンバナと同様に水晒しなどで毒抜きをして食用にしたと思われる。名の由来は,春先にのびた白みがかった葉をキツネの剃刀(かみそり)にたとえた。キツネがそれで顔を剃ると想像すると楽しくなる。大磯で植物名にキツネがつくのは本種以外にキツネアザミ,キツネガヤ,キツネノマゴがある。

f:id:Shimafukurou:20210524171725p:plain

 

10.タケニグサ (ケシ科)

大磯では川岸や丘陵地で見られる。一~二メートルにもなる大型の多年草。花期は6~7月。茎の上部に白い小さな花を多数つける。ササヤキグサとも言われる。実が風でかさかさ鳴るからという説がある。宮沢賢治の童話「風野又三郎」の「九月一日」の章で登場する。突然教室に現れた又三郎(風の精)に対して村童が「先生さっきたの人あ何だったべす」と尋ねると,先生には又三郎が見えなかったので「山にのぼってよくそこらを見ておいでなさい」と答える。村童達は又三郎を探しに山に登ってみるのだが,「そこには十本ばかりのたけにぐさが先生の云ったとほり風にひるがへってゐるだけだったのです」とある。先生には又三郎が風の「囁(ささや)き」くらいにしか感じなかったのだろうか。

f:id:Shimafukurou:20210524171825p:plain

 

11.ネムノキ (マメ科)

丘陵地や林の縁で普通に見られる。7月ごろ,枝先に10~20個の花が集団になって上向きに咲く。淡紅色の羽毛状の雄しべが目立つ。鎮静薬としても有名だが,中国の古書『図経本草(ずけいほんぞう)』には,眺めているだけでも心が静まるとある。宮沢賢治はこれを知ってか「風の又三郎」という童話の最大の山場に登場させている。山奥の分教場に転校してきた又三郎と村童達が「さいかち淵」で鬼っこ遊びをしているとき,村童に馬鹿にされた又三郎が怒り出し険悪な状況になる。同時に天候が悪化して夕立となり雷も鳴り出した。このとき,村童達と又三郎がネムノキの下に逃げ込むのだが,そのとき「雨はざっこざっこ雨三郎 風はどっこどっこ又三郎」という不思議な歌声が聞こえる。これで又三郎の怒りは静まるが,はたして誰が歌ったのだろうか。

f:id:Shimafukurou:20210524171937p:plain

 

12.コゴメバオトギリ

大磯には「オトギリ」と名がつく植物は,オトギリソウ,コケオトギリ,コゴメバオトギリの三種がある。いずれも葉に黒い細点があるのが特徴。写真は海岸近くの砂地に咲くコゴメバオトギリ。6月,黄色い花を咲かせる。「オトギリ」の名の由来は江戸時代の百科事典『和漢三才図会』に記載されている。昔,晴頼という鷹匠(たかしょう)が,鷹の傷をこの草の汁をぬって治した。弟がその秘密を漏らしたため,晴頼が怒り弟を切ってしまった。人々がこれを憐れんでこの草をオトギリソウと名づけたというもの。セイヨウオトギリソウ(英名でセントジューンズワート)にも同じような故事が残されている。聖ジュンが打ち首になった6月に花が満開になり,花を押しつぶすと血を連想させる朱色になるのが名の由来である。

f:id:Shimafukurou:20210524172034p:plain

 

13.クズ (マメ科) 

丘陵地でごく普通に見られるマメ科のつる性多年草。秋の七草の一つ。花期は8~9月で,紅紫色の蝶形花を咲かせる。根を葛根(かっこん)といい,漢方薬である葛根湯に配合される。葛根湯は感冒,鼻かぜ,頭痛,肩こり,筋肉痛,さらには下痢などにも効果がある。あまりに用途が広いので江戸時代には「葛根湯医者」などという言葉や落語の噺(はなし)も生まれた。「葛根湯医者」とは,頭が痛いといっては葛根湯,腹が痛いといっては葛根湯,さらに診察を待っている付添い人にも葛根湯というようにどんなことでも葛根湯を処方する医者のことをいった。

f:id:Shimafukurou:20210524172129p:plain

 

14.ゼニバアオイ  

 夏の夜の怖い話

市街地の路傍に生える。白色~淡紅色の花をつける。アオイ科の仲間には園芸品種も多く,夏~秋にかけての花壇に色を添えている。宮沢賢治の童話「ひのきとひなげし」は,「葵(あおい)」の花壇から悪魔が蛙にばけて登場し,美しくなりたいと思っているひなげし達から芥子(けし)から取れる阿片(あへん)をだまし取ろうとする。これは『源氏物語』九帖の「葵」の話しと似ている。光源氏の正妻である「葵の上」は,祭見物の際に場所争いで愛人の「六条の御息所(みやすどころ)」の恨みを買う。御息所は嫉妬深く,「葵の上」がお産のときに生き霊(物の怪)となって「葵の上」の住まいを訪れて苦しめる。このとき,悪魔祓いに使われた芥子の香が自分の衣服や髪に染めついていることに気づくが何度洗っても消えない。賢治は『源氏物語』の「葵」からヒントを得たと思われる。

f:id:Shimafukurou:20210524172226p:plain

 

湘南四季の花-Spring-

f:id:Shimafukurou:20210523134423p:plain

 

1.シロツメクサ (マメ科)
よつ葉を見つけるとちょっと楽しくなる。これは花にもいえそうだ。賢治の童話『ポラーノの広場』には,野原一面に咲くシロツメクサの花がでてくる。夕暮れになると花がランタンのように明るく輝く。花には番号が付いていて,その番号を五千番までたどっていくと,音楽が溢れる理想郷の「ポラーノの広場」にたどり着くというのだ。

花は,長い柄の先にたくさんの蝶形花の小さな花が丸いぼんぼり状に集まってつく。咲き終わった花がいくつか茶色に変色し,見ようによっては数字にも見える。この茶色に変色した花が番号に見えたのであろう。「ポラーノ」とは北極星(Polaris)から来ているらしい。シロツメクサにつけた番号は,天文学者ドライヤーが星団につけた番号と関係があるらしく,花につけた番号を星団の番号に置き換えると,五千番という数字は北極星あたりだという。北には賢治の理想郷「イーハトーヴ」がある。

f:id:Shimafukurou:20210523134509p:plain

 

2.コブシ (モクレン科)

賢治の童話に『マグノリアの木』というのがある。マグノリアとは何か。本文に説明はない。答えは子供の歌に隠されている。一人の子供が木の梢を見上げながら「サンタ,マグノリア,枝にいっぱいひかるはなんぞ」と歌うと,もう一人の子供が「天に飛びたつ銀の鳩」と答える。

マグノリアはモクレン属の木の総称を指す言葉である。すなわち,花が鳩に見えるのは,花の色,大きさ,姿からしてコブシである。花弁は白色で6個,3個の萼(がく)には銀色の軟毛が密生している。つぼみは南側からふくらみ始めるので先端の多くは北の方向を向き,花は上向きに空へ向かって開くとされている。鳩の飛び立つ北の空には北極星(Polaris)があり,その下にはドリームランド「イーハトーヴ」がある。花期は 3~4月。県立大磯城山公園でも見られる。

f:id:Shimafukurou:20210523134616p:plain

 

3.キンポウゲ (キンポウゲ科)

キンポウゲ科の多年草で英名をバターカップという。大磯では自然林が残る高麗山の林の中で見つかることがある。花期は5月。ほっそりと伸びた茎に黄金色に輝くカップ形の花をつける。花弁の基部から蜜を出し,雌しべと雄しべはらせん形に配列する。らせんになるのはこの科の特徴で,原始の花の原型をとどめているからと言われる。

自らを修羅(しゅら)とみなし,恐竜が跋扈した地質時代に共感した賢治は,詩集『春と修羅』で侏羅(じゅら)紀の森林の殺伐とした光景を思い描くとともに,原始の花の面影を留めるキンポウゲ科植物を作品に多く登場させている。詩「休息」は,「上部にはきんぽうげが咲き/(上等のbutter-cupですが/牛酪(バター)よりは硫黄と蜜とです)」とある。キンポウゲ科は賢治が「硫黄」と比喩するように有毒植物が多い。

 

f:id:Shimafukurou:20210523134715p:plain

 

4.クスノキ (クスノキ科)

県立大磯城山公園内にはクスノキの大木があり,枝が広く公園内を覆っている。5月頃黄緑色の小さな花を咲かせる。クスノキは特に巨木になることで知られる。平成11,12年度の環境省の巨樹・巨木林調査で上位10傑のうち6本がクスノキで占められた。宮崎アニメの傑作「となりのトトロ」に出てくるトトロの家もクスノキである。

クスノキはまた神木として,神社仏閣の彫刻材にする。法隆寺夢殿の救世(くぜ)観音,同寺大宝蔵殿の百済(くだら)観音,中宮寺の弥勒菩薩(みろくぼさつ)像などはいずれもクスノキが使われている。また,材を細断して,水蒸気蒸留し,樟脳や樟脳油を取る。衣服や書画の防虫用の樟脳の原料や,強心剤としてのカンフル注射薬の製造原料とする。

f:id:Shimafukurou:20210523134804p:plain

 

5.モミジイチゴ (バラ科)

単にキイチゴと言う場合はモミジイチゴを指すことが多い。実(み)は熟すとオレンジ色(あるいは茶色)になり甘酸っぱくて美味しい。賢治はキイチゴを野茨(のいばら)と表現することがある。童話『銀河鉄道の夜』では,「ジョバンニの切符」の章で主人公が「野茨の匂もする」と言った直後に,「かおる」という名の眼の茶いろな可愛らしい女の子が登場してくる。キイチゴの匂いから茶色の果実そして茶色の眼の女の子が連想されるようになっている。

f:id:Shimafukurou:20210523134900p:plain

 

6.ホタルカズラ (ムラサキ科)

野山の緑の中を散策しているとき,はっとするような青に出会うことがある。ホタルカズラの花だ。賢治はこの花を「子供の青い瞳(ひとみ)のやう」と表現する。青があまりにも印象的なので染色にでも使うのかと思って調べてみた。しかし,ホタルカズラの花は染色には使わないようだ。染色に使うのは同じムラサキ科のムラサキの根である。

f:id:Shimafukurou:20210523134950p:plain

 

7.オキナグサ (キンポウゲ科)

湘南で自生のオキナグサは昔丹沢高地で確認されたぐらい。植栽ものは秦野市戸川公園や伊勢原運動公園などで見ることができる。花期は4~5月。花に花弁はなく,暗赤紫色の萼(がく)片が花弁のように見える。種子には風に乗って散りやすいように長い糸の花柱がつき,これが群がり出た白毛はちょうど老人の白髪あるいはひげのように見える。植物の名前をつけるとき,我が国では果実の形を重視する傾向があるが,西洋では花の咲き方を考えるようだ。例えば,オシロイバナは午後4時ごろに花を開くので 英名は Four o'clockである。

オキナグサはうずのしゅげ,うずのひげなど多くの地方名をもつ。賢治の童話『おきなぐさ』には,「うずのしゅげといふときはあの毛茛科(きんぽうげくわ)のおきなぐさの黒繻子(くろじゅす)の花びら,青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉,それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます」とある。

f:id:Shimafukurou:20210523135033p:plain

 

『なめとこ山の熊』に登場する薬草

『なめとこ山の熊』という童話は,「またぎ」を職業とし,「なめとこ山」で熊を獲ってはその皮と内臓の胆嚢を売って生計を立てている淵沢小十郎の生き様を描いた物語である。「なめとこ山」とは奇妙な名だが,実在する(岩手県の花巻と雫石の境にある標高860mの峰)。熊(Ursus arctos L.またはその近縁種)の胆嚢を乾燥させたものは「クマノイ」あるいは「熊胆」(局方生薬)ともいい,苦味健胃,利胆,鎮痙剤として使う。この童話には熊と一緒に風景描写として15種程の植物が出てくるが,その多くが薬草である。

 

例えば,小十郎が谷で光る白いものに対して母熊と子熊が会話しているのを聞く場面があるが,ヒキザクラ,キササゲ,クロモジという3種の植物が次々と出てくる。

しばらくたって子熊が云った。

「雪でなけあ霜だねえ。きっとさうだ。」

ほんたうに今夜は霜が降るぞ,お月さまの近くで胃(コキヱ)もあんなに青くふるへてゐるし第一お月さまのいろだってまるで氷のやうだ,小十郎はひとりで思った。「おかあさまはわかったよ,あれねえ,ひきざくらの花。」

「なあんだ,ひきざくらの花だい,僕知ってるよ。」

「いゝえ,お前はまだ見たことがありません。」

「知ってるよ,僕この前とって来たもの。」

「いゝえ,あれひきざくらではありません,お前とって来たのきさゝげの花でせう。」

「さうだらうか。」子熊はとぼけたやうに答へました。小十郎はなぜかもう胸がいっぱいになってもう一ぺん向ふの谷の白い雪のやうな花と余念なく月光をあびて立ってゐる母子の熊をちらっと見てそれから音をたてないやうにこっそりこっそり戻りはじめた。風があっちへ行くな行くなと思ひながらそろそろと小十郎は後退りした。くろもじの木の匂が月のあかりといっしょにすうっとさした。

                   『なめとこ山の熊』宮沢賢治 下線は引用者

                                          

ヒキザクラは東北地方で使われる呼び名(方言)でコブシ(Magnolia kobus D.C.;写真A)のことである。あえてヒキザクラにしたのには理由があると思われる。「ヒキ」は「白く輝く」の意味のようである。白く輝く「サクラ」ということでしょうか。「サクラ」の「サ」は田の神,「クラ」は座のことで,「サクラ」は穀霊の依りつく神の座ということである(栗田,2003)。田植えの頃に花が咲くこととも関係している。

 

f:id:Shimafukurou:20210515090042p:plain

また,ヒキザクラはその直前に出てくる「胃(コキヱ)」と対になっている。胃(コキヱ)星はおひつじ座の41番星とその付近の小さな星で,天の五穀を司る星座のことである(中国名で胃宿)。多分,コブシをヒキザクラという方言で記載したのは,穀物(食糧)と関係する神聖な植物ということが言いたかったのかもしれない。東北の農業を救おうとした賢治らしい表現である。

 

コブシは,モクレン科の落葉高木で春にたくさんの白く輝く花を咲かせる。これが熊たちには雪や霜に見えたのであろう。コブシは薬用植物でもある。花蕾は漢方で使う「辛夷」(局方生薬)である。頭痛,鼻づまり,歯痛に用いる。漢方では中国の医書「外科正宗」に収載される辛夷清肺湯に配合されている。慢性副鼻腔炎や慢性鼻炎などの治療に用いる。

 

キササゲ(Catalpa ovata G.D.;写真B)はノウゼンカズラ科の落葉高木で,果実を乾燥したものは,局方生薬になり「梓実(しじつ)」とも呼ばれ利尿薬とする。また,クロモジ(Lindera umbellata T.)はクスノキ科の落葉低木で,枝葉に芳香性のある油(α-phellandrene, terpineol)を多く含む。枝を折ると強い香気を放つ。芳香料,皮膚病に用いる。

f:id:Shimafukurou:20210515090144p:plain


賢治は,「熊の胆」を題材にした『なめとこ山の熊』を創作したとき,植物も薬用になるものにしたかったものと思われる。まさに賢治の描いた「なめとこ山」は文学の中の薬草園である。

 

引用文献

栗田子朗.2003.折節の花.静岡新聞社.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集.筑摩書房.

(本稿は,「薬学図書館」(2016年61巻4号)に投稿した原稿の一部を加筆修正したものです)

『どんぐりと山猫』の舞台は碁盤の上

神奈川県大磯町の城山公園には暖温帯に自生するイチイ科の「カヤ(榧)」(Torreya nucifera (L.) Siebold et Zucc. )が植栽されている(第1図)。この木を見ると東北出身の宮沢賢治の童話『どんぐりと山猫』を思い出す。本稿では,なぜ暖温帯性の「カヤ」がこの童話に登場するのか考えてみたい。

 

童話の主人公は一朗という少年で,山猫から「一目置かれ」ていたようで,山猫から面倒な「裁判」があるいから来てほしいという手紙をもらい,「カヤ」の森の中の「金色(きんいろ)の草地」へ行く。そこでは、「三百でも利かないどんぐり」たちが四角く刈った「黄金の草地」で「一番えらい」のは先が尖っているのだとか、丸いのだとか,背が高いのだとか言って「パチパチ塩をはぜるやうに」音を立てて三日も争っている。

 

各々の「どんぐり」が「だめです。私が一番えらいのです」と言って頑として譲らない。山猫に「このとほりです。どうしたらいゝでせう。」と解決を迫られた一朗は,笑って山猫に「このなかで,いちばんえらくなくて,ばかで,めちゃくちゃで,てんでなってゐなくて,あたまのつぶれたやうなやつが,いちばんえらいのだ」と言わせて「どんぐり」たちを瞬時に黙らせてしまう(宮沢,1985)。たわいない話かもしれないが,考えようによってはとても意味深く,大人でも考え込んでしまう内容になっている。

 

童話では,「笛ふきの滝」,「榧の木の森」などの風景があたかも実在しているかのように詳細に記載されているので,多くの賢治研究家の間で童話の舞台を探す努力がなされた。例えば,伊藤(1998)は岩手県にある早池峰山の南に「笛貫の滝」が実在するのでその周辺だろうと推測したりしている。しかし,「カヤ」の自生の北限は宮城県本𠮷郡津谷町法岳山国有林なので賢治の生活圏である岩手県には「カヤ」の自然林(森)は存在しない。では,賢治が実際に見たことがないと思われる「カヤ」の森をどうして物語に登場させたのであろうか。

 

この物語に限らず,賢治の作品にはたくさんの植物が登場するが,丁寧に読んでいくと,賢治が登場する植物を単なる風景描写ではなく,作品の内容に合わせて意図的に配置させていることに気づいた。風景描写でないとすれば何をイメージして描いたのか。ヒントは文章中にある。物語の内容が「裁判」での「勝負」の話なので,植物も「勝負」あるいは「ゲーム」と関係していると思われる。

 

「めちゃくちゃで,てんでなってゐない」と思われるかもしれないが,もしかしたら,賢治は物語の「裁判」が行われた場所(四角く刈った「金色の草地」)を,「囲碁(いご)」の「勝負」が行われる「碁盤(ごばん)」の上をイメージして書いたのではないかと思うようになった(第2図)。「カヤ」の心材は普通褐色を帯びた黄色だが,樹脂成分が多いので年数がたつと「黄金の草地」を連想させる黄金色に近い色になる。加工しやすく耐朽性に富むため「碁盤」の材料として有名である。「碁盤」は,一般的には縦横19本の線をもつ19路盤が使われる。交点の数は361あり,マス目の数は324である。「碁石(ごいし)」は黒・白の二色あり,ゲームに先立って黒・白合わせて「碁盤」を埋め尽くす数の361個(黒181、白180)が用意される。

 

f:id:Shimafukurou:20210514095758p:plain

童話に登場する「どんぐり」の数も「三百でも利かない」とあるので数としても一致する。白い「碁石」は「ハマグリ(蛤)」から作られる。「ハマグリ」とは浜辺にある栗と形が似たものの意味である。また,「どんぐり」は「どん」という音が「だめな」という意味にもなることから渋くて食べられない栗という意味もあるようだ。「パチパチ塩をはぜるやうな音」は,「碁石」を「碁盤」に打つ音と考えればよいと思う。さらに,童話では「だめです」という言葉が盛んに使われるが,この「駄目(だめ)」は「どんぐり」の語源にも繋がるが,「一目置く」の言葉と同様に「囲碁」の用語で慣用語になったものである。「駄目」とは,どちらの地にもならない所で,転じて「無駄、無益、役立たず」という意味になったそうだ。多分,賢治は「囲碁」をやったかあるいは見ていたときに金色の「カヤ」の「碁盤」からこの童話のイメージを膨らませたのではないだろうか。

 

引用文献

伊藤光弥.1998.宮沢賢治と植物-植物学で読む賢治の詩と童話.砂書房.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集.筑摩書房

(本稿は,「薬学図書館」(2017年62巻1号)に投稿した原稿の一部を加筆修正したものです)