宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-聖なる植物(3)-

Key Words:文学と植物のかかわり,源氏物語法華経,河原なでしこ,くるみ,西域

 

前報(聖なる植物(1)(2))では,『銀河鉄道の夜』の天上に登場する植物には段階性があり,植物は「俗」から「聖」の順序で配置されていることを報告した。「聖」として登場するのは「楊」,「唐檜」,「もみ」そして「くるみ」である。本稿では物語の天上で最後に登場する「くるみ」について考察する。また,「聖」へ移行する直前の場面で登場する「河原なでしこ」についても言及する。

 

1.「くるみ」は聖樹

最終章後半で登場してくる「楊」,「唐檜」,「もみ」が「聖」なる植物であるのなら,最後に登場する「くるみ」は「聖」そのものを象徴する植物であろう。物語では,キリスト教徒の姉弟と青年がサウザンクロスの停車場で降り,十字架とイエス・キリストと思われる「神々しい白いきものの人」が車窓から見えなくなった後に,「銀いろの霧」と一緒に「たくさんのくるみの木」(くるみ林)が登場してくる。

  「さよなら。」ジョバンニはまるで泣き出したいのをこらへて怒ったやうにぶっきり棒に云ひました。女の子はいかにもつらさうに眼を大きくしても一度こっちをふりかへってそれからあとはもうだまって出て行ってしまひました。汽車の中はもう半分以上も空いてしまひ俄(には)かにがらんとしてさびしくなり風がいっぱいに吹き込みました。

 そして,見てゐるとみんなはつゝましく列を組んであの十字架の前の天の川のなぎさにひざまづいてゐました。そしてその見えない天の川の水をわたってひとりの神々(かうがう)しい白いきものの人が手をのばしてこっちへ来るのを二人は見ました。けれどもそのときはもう硝子(ガラス)の呼子は鳴らされ汽車はうごき出しと思ふうちに銀いろの霧が川下の方からすっと流れて来てもうそっちは何も見えなくなりました。たゞたくさんのくるみの木が葉をさんさんと光らしてその霧の中に立ち黄金(きん)の円光をもった電気栗鼠(りす)が可愛い顔をその中からちらちらのぞいてゐるだけでした。 

(『銀河鉄道の夜』九章ジョバンニの切符)宮沢,1986 下線は引用者                       

この場面は,『銀河鉄道の夜』の先駆的作品と考えられている「薤露青」(1924年7月)という詩の中の「みをつくしの列をなつかしくうかべ/薤露青の聖らかな空明のなかを/たえずさびしく南十字へながれる水よ/岸のまっくろなくるみばやしのなかでは/いま膨大なわかちがたい夜の呼吸から/銀の分子が析出される」という一節に対応する。二つの作品に出てくる共通の植物が「くるみ」だけということと,「くるみ」が『銀河鉄道の夜』の天上に登場してくる最後の植物ということを考え合わせると「くるみ」は物語の中で最も重要な植物と考えられる。

 

それでは,「くるみ」にはどのような「聖」的な意味が込められているのだろうか。クルミは,クルミクルミ属の落葉高木の総称であり,原産地はヨーロッパ南西部からアジア西部とされる。第1図はイギリス海岸とその近くで撮影したクルミ。我が国に自生しているのは大半がオニグルミ(鬼胡桃;Juglans mandshurica Maxim,var. sieboldiana Makino)で,他にヒメグルミ(姫胡桃;J. mandshurica Maxim.var. cordiformis (Makino) Kitam.),テウチグルミ(手打胡桃;J.regia L.var. orientis(Dode)Kitam.)そしてサワグルミ(沢胡桃;Pterocarya rhoifolia Siebold et Zucc.)がある(北村・岡本,1959;鈴木ら,1994a,1994b,1995)。

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第1図.花巻のイギリス海岸近くで撮影したクルミ(種は不明)

クルミは同じ木に,雄花と雌花が別々に時期をずらして咲くので,自生しているものは群生することが多い(林になる)。クルミと「聖」を結び付けるものとしてはサワグルミの用途にある。サワグルミの実は食用にはならないが,マッチの軸木に使われる(打田,1904)。軸木に使われる最も適したものは,前報で報告したようにドロノキ,ヤマナラシ,ポプラなどのヤナギ科ポプラ属の「楊」であるが(石井,2011,2014a),それに次ぐのがサワグルミである。

 

2.「くるみ」は西域由来

しかし,それだけでは最後に登場する植物には成り得ない。ヒントは,漢字表記である「胡桃」に有りそうだ。「胡桃」の「胡」は中国の周辺外地を意味する。すなわち,「胡」は中国本土の西方の地,タリム盆地からパミール,インド,ペルシャなどを指す言葉である。「西域」は仏教の発祥の地(インド)のみならず,仏教徒の「聖地(南チベット)」や仏教の日本への伝来経路にあたる。「胡桃」もこの経路を経て日本に伝来される。例えば,テウチグルミは古代にイラン(ペルシャグルミ:Jugians regia L.)から絹の道(シルクロード)をへて中国に伝わったものが中国で変種となり,それが日本にも伝来したといわれている(北村・岡本,1959)。

 

賢治は盛岡中学校を卒業したころ(1914年),法華経を読んで感動し,身体の震えが止まらなくなったというから,仏教の発症やその「聖地」に関係する「西域」に強い関心を抱いていたと考えてもおかしくない。賢治が読んだ法華経は,島地大等(1875-1927)訳の『漢和対照妙法蓮華経』で,天山南麓のクチャ(亀茲国;タリム盆地の北)出身の鳩摩羅什(西域人:クマラジーヴァ, 350-409年)がサンスクリット梵語)原典を漢訳した『妙法蓮華経』の和訳である(金子,1994)。法華経の原典の一部は「西域」の砂漠の廃墟跡から多数見つかっている。

 

賢治が熟読した法華経の訳者である島地大等は,西本願寺の西域調査隊員(第一次大谷探険隊)として明治36年1903年),インドの祇園精舎の発掘を行っている。西本願寺の西域調査隊の遠征は三度にわたっていて,仏教がインドからパミールを越え東進した経路を明らかにしようとしたものであった。第一次と第二次の西域調査に参加した橘端超の旅行記である『新疆探険記』(1912年)と『中亜探検』(1912年)は,河口慧海の『西蔵旅行記』(西蔵チベット;1904年)やスヴェン・ヘディンの『トランス・ヒマラヤ』(1909年)と共に賢治の西域童話を書くための情報源となったと言われている(金子,1994)。

 

このうち河口慧海は僧侶にして探検家であるが,植物にも興味があったのか,植物学者の伊藤篤太郎の要請を受けて,第二次西域調査の際にチベットから沢山の植物標本を持ち帰っている(現在東北大学総合博物館所蔵管理)。賢治は,当時様々な「西域」の旅行記を読んだと思われるが,実際に仏教徒の聖地である南チベットを訪れた河口(1978)の旅行記の中に,僧侶が問答する神聖な修行の場に「楊」や「胡桃」の木があったという記述には注目したはずだ。

  チベットは元来樹のないところであるが,そこにはよい樹が植わって居る。それは楡(〔〕),柳,胡桃,桃,檜その他日本には見られない樹の種類の大木がある。それからその下に美しい銀砂が厚く敷いてある。そうしてそこで問答が終わりますと今度は法林道場へみな寄り集まるんです。そこにも同じ銀砂がしいてあるのです。その周囲は五,六尺高さの石塀で,入口の問はシナ風の優美なる門です。

(『チベット旅行記河口慧海)下線は引用者

すなわち,「西域」を原産地とする「くるみ」は,賢治にとって自らの生き方の原点である法華経と関係する重要な植物であると思われる。多分,賢治は『銀河鉄道の夜』の中で「くるみ」を物語に登場する植物の中で最も「聖」なる植物と見なしている。

 

賢治は,『妙法蓮華経』を読んでから『銀河鉄道の夜』(第一次稿:構想1924年)を書き始めるまでの10年間に,『峯や谷』(1918年),『十力の金剛石』(1921年),『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』(1921年),『学者アラムハラドの見た着物』(1922年),『マグノリアの木』(1923年),『雁の童子』(1923年),『インドラの網』(1923年)などの「西域」を舞台とした沢山の童話を書きあげている(金子,1994;原,1999)。これらの作品の中には「くるみ」が登場してくるものがある。インドを舞台にしたとされる『十力の金剛石』には実際に「くるみの木が,霧の中から不意に黒く大きくあらはれました」というふうに出てくる。また,『雁の童子』には「くるみ」ではないが「楊」と一緒に西域のミーランの仏寺跡の壁画(3~4世紀)に書かれた天使像(半人半鳥)をモデルにした「天の子供」が出てくる。

 

3.「くるみ林」と法華経思想

「林」にも意味があると考える。賢治が『銀河鉄道の夜』の初稿を書きあげる2年前の詩「林と思想」には「霧にぬれ」ている「林」が出てくる。

 そらね ごらん

むかふに霧にぬれてゐる

蕈(きのこ)のかたちのちひさながあるだらう

あすこのとこへ

わたしのかんがへが

ずゐぶんはやく流れて行って

みんな

溶け込んでゐるのだよ

   こゝいらはふきの花でいっぱいだ

(『春と修羅』の中の詩「林と思想」 1922.6.4)宮沢,1986 

 下線は引用者 

ここで記載されている「林」はタイトルにあるように「思想」と関係がありそうだ。「学林」といえば僧侶が仏教思想を学ぶ場である。賢治は,『銀河鉄道の夜』(第1次稿)を執筆する4年前に「学林」である田中智学が主催する国中会に入会(1920年)している。田中智学は法華経を重視する日蓮主義を主張しているので,その影響を受けているとすれば「林」は「思想」あるいは「法華経思想」の比喩であろう。すなわち,詩の意味は「法華経思想に私(賢治)の考えが早い時期から融合していく」である。

 

これは,詩の最後に「ふき」(キク科;Petasites japonicas  Maxim.)が登場することからも伺える。フキは,東北地方では「ばっけ」と呼ばれている。最近,秋田生まれの高橋(2006)がWeb上で「ばっけ」の語源として,いろいろな諸説があるとしながらも法華経の「妙法蓮華経方便品第二」に出てくる三千年に一度しか咲かない「優曇鉢華(うどんばつげ)」の「ばつげ」が「ばっけ」になったとする新しい説を提示している。フキは,雪深い地ではやっと5月に顔を出す。雪の間から春の知らせをいち早く知らせてくれるフキはその地方の人にとっては貴重な野菜でもあり法華経のようにありがたいものだったのかもしれない。

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第2図.フキ

日蓮の述べたことを書き留めた書物『御義口伝』には,「優鉢華(うばつげ)之香とは法華経なり,末法の今は題目なり,方便品に如優曇鉢華の事を一念三千と云えり之を案ず可し」とある。「ばっけ」の語源がどうであれ,賢治は,日蓮主義を主張する国柱会に入会していたわけだから,『御義口伝』は読んでいたはずであり,耳に入ってくるフキの方言「ばっけ」から容易に法華経をイメージ出来たはずである。

 

すなわち,『銀河鉄道の夜』に登場する「たくさんのくるみの木(くるみ林)」や「薤露青」に登場してくる「くるみばやし」も「法華経思想」を比喩しているといってもよいだろう。また,最初の引用文に登場する「たくさんのくるみの木」のあとの「銀いろの霧」の中に立つ「黄金の円光をもった電気栗鼠」は,賢治の法華経信仰に家族で唯一理解を示していたが仏となってしまった最愛の妹トシであろう。

 鳥のやうに栗鼠のやうに

おまへは林をしたってゐた

どんなにわたくしがうらやましかつたらう

ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ

ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか

わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ

泣いてわたくしにさう言つてくれ

(『春と修羅』の中の詩「松の針」1922.12.27)

「電気栗鼠」の「電気」は電気仕掛けの「電気」ではなく,「電気泳動」の「電気」であろう。プラスとマイナスにチャージした兄妹の「魂」はお互いに強く引っ張り合っている。

 

また,『薤露青』の中の「銀の分子が析出される」の「銀の分子」と『銀河鉄道の夜』の「銀いろの霧」は,化学実験でビーカ内の溶解された金属イオンが別の金属片と触れることによって樹枝状に析出する金属樹(銀樹)と,それを攪拌したときの分散した細かい霧状の銀の粒子(銀の分子というものはない)をイメージしていると思われる。原理は,イオン化傾向が小さい銀イオン(Ag+)の水溶液(硝酸銀溶液;AgNO3)にイオン化傾向の大きな金属である銅(Cu)を入れると,イオン化傾向の小さな銀(Ag)が析出するというものである。銀がキラキラと美しく樹枝状に析出する実験の様子はWeb上で見ることができる。

 

賢治は,この実験を法華経(仏教)思想と関連付けさせようとしている。賢治は,「霧」,「雲」,「煙」,「牛乳」などのコロイド微粒子を作品にたくさん登場させてくる。そして,このコロイド微粒子を仏教用語である物質の最小単位の一つとしての微塵(みじん)と置き換えて使うことがある。仏教では,物質を最も微細な点まで分割したものを極微(ごくみ)と呼び,その極微がいくつか集まったものを「微塵(みじん)」と呼んでいる。

 

微塵は,子(コロイド微粒子)あるいは賢治も共感したとされる唯心論者のライプニッツ(G.W.Leibniz)が唱えた分割されない精神(モナド)に例えられることもある(原,1999)。例えば,『春と修羅』の「小岩井農場」(パート二)には,「ひばり ひばり/銀の微塵のちらばるそらへ/たったいまのぼつたひばりなのだ/くろくてすばやくきんいろだ」,また「青森挽歌」には「ほんたうにあいつはここの感官をうしなったのち/あらたにどんな感官をかんじただらう/なんべんこれをかんがへたことか/むかしからの多数の実験から/俱舎(くしゃ)がさつきのやうに云ふのだ/二度とこれをくり返してはいけない/おもては軟玉と銀のモナド/半月の噴いた瓦斯(ガス)でいつぱいだ」とある。

 

この「銀の微塵」や「銀のモナド」はコロイド微粒子の「雲」ともとれるし死んだ妹の天上に分散された「魂」ともとれる。すなわち,『銀河鉄道の夜』の「銀いろの霧」も,科学的(形而下的)に言えばコロイド粒子の「霧」であるが,形而上的に言えば死んだ妹の「魂」であろう。そして,天上に分散された妹の「魂=微塵」から,それが具象化された黄金の円光をもった「電気栗鼠」が現れる。

 

「銀いろの霧」にはもう一つ「ほんとうのこと」あるいは「聖なるもの」という意味も込められている。賢治は,「銀樹」の実験を実際に行ったという(板谷,1988)。そして,「銀樹」から「銀いろの霧」,「銀の分子」,「銀の微塵」,「銀のモナド」など様々なイメージを膨らませていることから,この「銀樹」の現象にかなり心を惹かれたのだと思う。

 

「銀樹」の実験は,科学的にみれば当たり前のことかもしれないが,見方によっては混ざりものである化合物に純粋な単体の金属を反応させると,化合物の中から純粋な単体の金属が樹枝状に出現してくるというのは不思議でもある。賢治は,自らの法華経信仰と布教の正当性を「銀樹」の実験から確認したようにも思える。色々な情報の中で煩悩に悩まされている人々(衆上)を色々な原子で構成された硝酸銀(組成式AgNO3)に例えれば,この衆上の「煩悩=硝酸銀」は,法華経思想(ほんとうのこと=聖なるもの)を比喩する「純粋な金属である銅」に触れると,衆上の心の中から悟りの境地を比喩する「聖なるもの=純粋な銀の微塵=銀樹」を析出するというふうに感じたのであろうか。

 

4.段階性における「河原なでしこ」の位置

「河原なでしこ」は天上では,「米」,「苹果(オリーブ)」そして「たうもろこしの木」といった食料となる植物と「楊」,「唐檜」,「もみ」そして「くるみ」といった「聖」なる植物の間に登場する。いわば,「俗」と「聖」の中間に位置する植物であると思われる。「河原なでしこ」が登場する場面は,法華経の影響を色濃く反映させている『源氏物語』の最終巻名である「夢の浮橋」や,そこに出てくる「浮舟」という女性の名をイメージして創作したらしいことは前報で記載した(石井,2011)。

 

「浮舟」は,『源氏物語』では二人の男性(薫と匂宮)から求愛され,悩み疲れて入水自殺を計ってしまう悲劇のヒロインを演じていて「俗」っぽいが,入水しても死にきれず,助けてもらった横川の僧都(そうず)により出家するという「聖」なるものも持っている。横川の僧都は,村上天皇より法華八講の講師に選ばれた平安時代天台宗の僧侶・源信がモデルとされる。「浮舟」は,撫子が植えられている宇治の山荘で暮していたが,二人の男性のうち「薫」に見つかってしまい自らの元に戻るよう勧められるが,これを始終拒み続けて長い物語は終わる。すなわち,仏教(法華経)思想に触れ「俗」から「聖」へと変身する「浮舟」を象徴する愛らしい「撫子=河原なでしこ」は,『銀河鉄道の夜』でも「俗」から「聖」へと移行する場面で描かれている。また,この場面を走る銀河鉄道は高い崖から水面まで一気に下りてきて逆戻りできないように設定されているのも興味深い。

 

引用文献

原 子朗.1999.新宮沢賢治語彙辞典.東京書籍.東京.

石井竹夫.2011.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に登場する植物.人植関係学誌 11(1):21-24.

板谷英紀.1988.宮沢賢治と化学.裳華房.東京.

金子民雄.1994.宮沢賢治の西域幻想.中央公論社.東京

河口慧海.1978.チベット旅行記講談社.東京.

北村四朗・岡本省吾.1959. 原色日本樹目図鑑.保育社東大阪

宮沢賢治.1986.文庫版宮沢賢治全集10巻.筑摩書房.東京.

鈴木庸夫(写真)・畔上能力・菱山中三郎・鳥居恒夫・西田尚道・新井二郎・石井英実(解説).1994a.山渓ポケット図鑑 秋の花.山と渓谷社.東京.

鈴木庸夫(写真)・畔上能力・菱山中三郎・鳥居恒夫・西田尚道・新井二郎・石井英実(解説).1994b.山渓ポケット図鑑 夏の花.山と渓谷社.東京.

鈴木庸夫(写真)・畔上能力・菱山中三郎・鳥居恒夫・西田尚道・新井二郎・石井英実(解説).1995.山渓ポケット図鑑 春の花.山と渓谷社.東京.

高橋博彦.2006.バッケの語源について考える.http://shimotazawa.cocolog-wbs.com/akebi/2006/05/post_9a45.html

打田橋三郎(編).1904.日本燐寸界名鑑.打田橋三郎.神戸.

 

本稿は人間・植物関係学会雑誌13巻第2号35~38頁2014年に掲載された自著報文(種別は資料・報告)を基にしたものである。原文あるいはその他の掲載された自著報文は人間・植物関係学会(JSPPR)のHPにある学会誌アーカイブスからも見ることができる。http://www.jsppr.jp/academic_journal/archives.html