宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』考-川底に流れてくる水晶や金雲母にどのような意味が込められているのか-

童話『やまなし』の第二章「十二月」は以下の文章で始まる。

 

蟹の子供らはもうよほど大きくなり,底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。

 白い柔かな円石もころがつて来,小さな錐(きり)の形の水晶の粒や金雲母(きんうんも)のかけらもながれて来てとまりました

                        (宮沢,1985)下線は引用者

 

この童話の舞台となった谷川に流れてくる「水晶」と「金雲母」とはどのようなものか。

 

「水晶」は原(1999)の『新宮澤賢治語彙辞典』によれば,石英のうち,結晶の外形の明確なもの,狭義にはさらに透明度の高いもので,特に花崗岩質の鉱脈に多いとある。

 

「金雲母」は黄褐色や赤褐色で真珠光沢がある六角板状の結晶で黒雲母の1種である。黒雲母は K(Mg, Fe)3AlSi3O10(OH, F, Cl)2という化学組成からなる雲母の野外名(フィールド名)で,正式には「金雲母」と「鉄雲母」の2種類の端成分の個溶体である。黒雲母のうちマグネシウム(Mg)を多く含むのが「金雲母」で,鉄(Fe)を多く含むものが鉄雲母である。花崗岩をはじめとする珪長質火成岩に広く含まれる。

 

多分,童話で「水晶の粒や金雲母のかけらもながれて来てとまりました」とあるのは谷川のさらに上流に花崗岩の岩盤があるのだと思われる。童話『インドラの網』(1923)に「みちをあるいて黄金いろの雲母のかけらがだんだんたくさん出て来ればだんだん花崗岩(かこうがん)に近づいたなと思うのだ。」という記載がある。

 

花崗岩は御影石とも呼ばれ,大地の奥深くでマグマがゆっくり固まったもので,主成分鉱物として石英,生長石,雲母,角閃石,輝石など二,三種類程度含む等粒完晶質の深成岩(変成岩とする説もある)である(原,1999)。すなわち,童話で「小さな錐の形の水晶の粒」や「黄金いろの雲母のかけら」が流れて来たというのは,風化によって生じた花崗岩のかけらが流されてきたことを意味する。

 

岩手県は国際リニアコライダー(ILC)の候補地とあげられたように花崗岩の岩盤(花崗岩体)が広く分布(露出)している。とくに,北上山地の花崗岩体の数は大小数十に達し,最も大面積を占める遠野岩体を始めとし,南から千厩(せんまや),人首(ひとかべ),五葉山,山田,宮古,田野畑,種市等の岩体が主要なものとしてあげられる(河野・植田,1965;片田,1971)。

 

詩集『春と修羅』「孤独と風童」(1924.11.23)には「東へ行くの/白いみかげの胃の方へかい」とある。「みかげの胃」とは,宮城一男によれば「江刺郡一帯の花崗岩帯が人間の胃の形に見える」からだという(原,1999)。

 

多分,宮城の言う「江刺郡一帯の花崗岩帯」とは千厩岩体につながる「人首岩体」のことと思われる。千厩岩体と「人首岩体」は一関から花巻にかけて南北につながるひょうたん型の花崗岩体である(牛の博物館,2023)。これら花崗岩体の岩盤の形は「ひょうたん」に喩えられることが多いように思われるが,解剖学的見地からすれば食道のついた胃のようにも見える(第1図)。

 

第1図.江刺の人首岩体と人首川

 

人首岩体の最北端に位置する花巻市東和町谷内に丹内(たにうち)山神社がある。この神社は山麓斜面にあり,ご神体は胎内石と呼ばれる花崗岩塊である。「人首岩体」の一部が崩壊して滑り落ちたものと言われている(滝おやじ,2012)。

 

私は,以前童話『やまなし』の舞台が江刺の人首川にある渓流(白山峡?)であると推測したことがある(石井,2022)。この推測は童話に登場する「イサド」が江刺の「岩谷堂」に由来することによる。「岩谷堂」と舞台となった「人首川」の渓谷と「人首花崗岩体」の位置関係を第1図に示した。童話『やまなし』の舞台を人首川にある白山峡あたりとすれば下流に「岩谷堂」(イサド)があり,上流に花崗岩の岩盤があることになる。童話に登場する水晶や金雲母は上流に位置する花崗岩の岩盤が川の水で浸食されてできたものと思われる。

 

参考・引用文献

原 子郎.1999.新宮澤賢治語彙辞典.東京書籍.

石井竹夫.2022.童話『やまなし』の舞台となった谷川は実在するか-イサドとの関係-.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2022/07/02/104817

片田正人ら.1971.北上山地,白亜紀花崗岩質岩類の帯状区分.岩石鉱物鉱床学会誌.65(5):230-245.

河野義礼・植田良夫.1965.本邦産火成岩のK-A dating(II) -北上山地の花崗岩類-.岩石鉱物鉱床学会誌.53(4):143-154.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.

滝おやじ.2013.滝おやじの巨石奇石の地学 訪問記録(短報)-岩手県花巻市東和町谷内 丹内(たにうち)山神社の胎内石http://chibataki.moo.jp/kyosekiiwate/hanamakitainaiisi/tainaiisi.html

牛の博物館.2023(調べた年).奥州自然史紀行-地史編.https://www.city.oshu.iwate.jp/htm/ushi/03_back/archives/03/01.pdf

 

国際リニアコライダー(International Linear Collider,略称 ILC)とは,国際協力によって設計開発が推進されている次世代の直線型加速器である。全長数10キロメートルの直線状の地下トンネル内で、電子と陽電子を光速に近い速度まで加速させ,正面衝突させます。電子と陽電子の精密衝突のため、人工振動が少なく,活断層がない硬い安定岩盤にトンネルを建設できることが求められている。