宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』考-ラムネの瓶の月光とは何か-

童話『やまなし』には難解な用語が多い。「ラムネ瓶の月光」というのもその一つである。

 

 そのつめたい水の底まで,ラムネの瓶(びん)の月光がいつぱいに透(すき)とほり天井では波が青じろい火を,燃したり消したりしてゐるやう,あたりはしんとして,たゞいかにも遠くからといふやうに,その波の音がひゞいて来るだけです。

 蟹の子供らは,あんまり月が明るく水がきれいなので睡(ねむ)らないで外に出て,しばらくだまつて泡をはいて天上の方を見てゐました。

                   (宮沢,1985)下線は引用者

 

 

引用文の一行目にある「ラムネの瓶の月光」が「つめたい水の底までいつぱいに透とほり」とはどういう意味であろうか。

 

「ラムネ」はレモンやライムの風味がついた炭酸飲料のことである。高圧で二酸化炭素を溶かしてあるのでほっとけば溶けた二酸化炭素はすぐに蒸散してしまう。そこで,ビー玉とゴムパッキンが栓になる瓶に密閉する。密閉する原理は,この瓶に飲料を充填し,間髪を入れずに瓶をひっくり返す。すると内部の二酸化炭素の圧力でビー玉が口部のゴムパッキンに押し付けられ,瓶が密閉されるというものである(Wikipedia)。

 

「ラムネ」の瓶を開栓すると,シュワシュワっと二酸化炭素の泡が弾ける。瓶の色は透明で薄い青(水色)である。日本初のラムネの瓶は,大阪の徳永硝子(1880年に徳永玉吉が創業)によるものである。

 

すなわち,「ラムネ」には瓶の青からくる「大空」,開栓する前の「わくわく感」,開栓後の「弾けるような爽快感」などのイメージがあるように思える。

 

平成23年(2011)7月より 同年12月まで放送されたテレビアニメにA-1 Pictures制作の『THE IDOLM@STER』というのがある。雑居ビルに事務所を構える「765プロダクション」に所属するアイドル候補生たちが,一人前のアイドルへと成長していくさまを描くものである。このテレビアニメの劇場版が『THE IDOLM@STER MOVIE 輝きの向こう側へ!』(2014)で,この挿入歌に「ラムネ」が出てくる。NBGI(モテキエイジ)が作詞した「ラムネ青春」の歌い出しは「今日の前に広がる空/果てが見えなくて/『何かしたい!』/ワクワクする/心が弾ける・・・・まっさらな空/夢をうかべよう・・・・」(下線は引用者)である。

 

もう一つ,「ラムネ」が出てくる物語がある。昭和59年(1984)10月1日から翌年3月30日まで放送されたNHK連続テレビ小説『心はいつもラムネ色』である。戦前・戦後の大阪を舞台とした漫才を愛した男の物語である(Wikipedia)。戦前戦後の大阪を舞台としている。内容はNHKアーカイブスの解説文によれば,「人の笑顔が好きな赤津文平は,興行会社の社長から漫才の台本を書くことを勧められ,徐々に笑いの世界にのめり込む。漫才を愛した文平のユーモアと機知に富んだ,さわやかな半生を軸として,いつまでも青春の心を失わない人たちの友情と夫婦愛,笑いの昭和史を明るく描いた」(下線は引用者)である。

 

2つの物語に共通するのは若者たちがもつ「心が弾け」るような「ワクワク」する思いである。

 

童話『やまなし』の「水の底まで,ラムネの瓶の月光がいつぱいに透とほり」という文章は「天井では波が青じろい火を,燃したり消したりしてゐるやう」と続く。

 

「青じろい火」が何も意味しているかは童話『やまなし』を読んだだけでは分からない。1ヶ月に発表された寓話『シグナルとシグナレス』で,この「青じろい火」が「北アメリカ星雲」のことであることが明かされる。「青じろい火を,燃したり消したりしてゐるやう」とは,結婚を反対された〈魚〉(=賢治)と〈クラムボン〉(=恋人)がアメリカに駆け落ちする思いを募らせていることを意味している(石井,2023)。

 

多分,「ラムネの瓶の月光」とは「青色で心を弾けるような月光」という意味であろう。

 

「透き通る」の意味は「物を通して,中や向こう側が見える」である。つまり,「水の底まで,ラムネの瓶の月光がいつぱいに透とほり」とは「青色の爽やかで心を弾けるような月光が水の底までいっぱい届いている」という意味と思われる。賢治と恋人がアメリカに駆け落ちすることを夢見て心を躍らせている。

 

参考・引用文献

石井竹夫.2023. 童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「青じろき火を点じつつ」とはどういう意味か (第1稿)-.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2023/02/12/093308

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.