詩「電線工夫」(1922.9.7)
でんしんばしらの気まぐれ碍子の修繕者/雲とあめとの下のあなたに忠告いたします/それではあんまりアラビアンナイト型です/からだをそんなに黒くかつきり鍵にまげ/外套の裾もぬれてあやしく垂れ/ひどく手先を動かすでもないその修繕は/あんまりアラビアンナイト型です/あいつは悪魔のためにあの上に/つけられたのだと云はれたとき/どうあなたは辯解(べんかい)をするつもりです
「碍子(がいし)」とは,電線を「腕木」に絶縁固定する陶磁器製の器具である。碍子は,電気絶縁性や野外での耐候性,機械的な強度などが求められることから,多くは磁器を素材としている(Wikipedia)。大正時代,「碍子」の多くは外国製であったが国産のものが出始めた頃でもあった。ただ,国産品は外国産に比べ品質に劣っていた。「気まぐれ碍子」とは,そのような品質の劣ったものを指しているのであろう。「気まぐれ碍子の修繕者」とは破損した碍子を新品と交換する作業者という意味と思われる(第1図)。

第1図.電信柱の碍子の修繕者(イメージ図).
「アラビアンナイト」はイスラム世界の説話集である『千夜一夜物語』のこと。その中の1つ,「アラジンと魔法のランプ」は貧しい少年アラジンが魔法使いに騙されて手に入れたランプの魔人の力で大富豪となり,お姫様と結婚する物語。
「アラジンと魔法のアンプ」の〈アラジン〉を〈電線工夫〉(=人々),〈魔法使い〉を「科学」,「ランプの魔人の力」を「電気の力」とすれば,
詩「電線工夫」は,〈人々〉が「科学」に騙され,たいした労力も掛けずに「電気の力」で豊になった。しかし,「科学」が危険なものであったらどうなるのであろうか。となる。
『農民芸術概論綱要』(1926年頃)に「科学に威嚇(いかく)されている宗教」,「宗教は疲れて近代科学に置換され然も科学は冷たく暗い」と記されている。賢治が生きた時代には,宗教に取って代わろうとする「近代科学」が人々に物質的な「豊かさ」をもたらしていた。しかし,賢治は「近代科学」が危険なものであると予見していた。
童話『よく利く薬とえらい薬』は,大正10年(1921)から11年(1922)頃に書かれたとされる短編童話で,〈清夫〉と〈大三〉の二人が「森」の中で不思議な「透き通ったばらの実」を探す物語である。主人公の〈清夫〉が「森」の中で見つけた「透き通ったばらの実」の正体は,「みんなのさいはひ」をもたらす手段としての「宗教」であり,その「信仰」を手助けする「法華経」のことである。一方,〈大三〉が手に入れたかった「透き通ったばらの実」は「自分をさいはひ」にする手段としての「科学」のことである。
〈清夫〉が幻影の中で見た「透き通ったばらの実」は,賢治が中学時代に読んだエマソンの『自然(Nature)』という著書の中の「透明な眼球(transparent eye-ball)=神」をヒントにしている。すなわち,〈清夫〉が見た「森」の中で発見した「茶色いキイチゴの実」は「茶色の虹彩を持つ眼球」→エマソンの「透明な眼球」→「神」→「如来」→「法華経」とイメージされていく。
一方,〈大三〉は100人がかりで「透き通ったばらの実」を探すが,信仰心を失った者達には見つからない。そして,錬金術(化学)の知識を用い,「空地」で採取した「ノイバラの実」にガラスと水銀と塩酸を加えて透明にしようとする。しかし,加熱した「るつぼ」の中で「ノイバラの実」は消失し,添加物がお互いに反応して「酸化水銀(赤)」を経たのち「透明な昇汞(有毒)」を作ってしまう。「透明な昇汞」は「有害でもある科学」がイメージされている。
「豊かさ」の中に潜む弊害が少しずつ出始めていた。例えば,当時,水力発電所からの余剰電力を利用して,カーバイド(carbide)製造などの電気化学工業が発展を遂げていた。カーバイドからは,近代農業に貢献した窒素肥料などが生産されたが,逆にヘドロが海に流れ出し,漁業被害が始まり,また工場排水に含まれていた危険物により環境が汚染され, 戦後の高度成長期には「メチル水銀中毒」などの公害病を生むことにもなった。
「よく利く薬とえらい薬」という題名は,「みんなのさいはひ」を希求する「宗教」と慢心になり利用を間違えると危険なものになる「科学」という意味を含んでいる。「よく利く薬」は「宗教」で「えらい薬」は「科学」のことである。
参考・引用文献
宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.
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お礼 ユキノカケラさん いつも読んでいただきありがとうございます。2026.4.2.