宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

ASDの人は難しい言葉を使う傾向がある,賢治もそうか

 

自閉スペクトラム症(ASD)の人は話すときに,小説に出てくるなど,主に書き言葉で使ったり台詞で使われたりする難しい言葉を使う傾向があるという。例えば,「この仕事の私の流儀は課業を順番に処理していくことです」とか,「日々温故知新で業務に取り組んでいます」とかである。この特性は,「言葉を知っている」,「しっかりしているな」と捉えられることもあれば,「難しくて良く分からない」,「距離を感じる」と思われてコミュニケーションの障害につながってしまう可能性もある(デイキャリア,2023)。

 

難しい言葉を使ってしまうというのは,賢治にもある。賢治の場合は会話というよりも心象スケッチである口語詩の中にそれが認められる。

 

その1例が詩集『春と修羅』の「恋と病熱」(1922.3.20)にある。

 

けふはぼくのたましひは疾み/烏(からす)さへ正視ができない/あいつはちやうどいまごろから/つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で透明薔薇(ばら)の火に燃される/ほんたうに,けれども妹よ/けふはぼくもあんまりひどいから/やなぎの花もとらない (宮沢,1985;下線は引用者 以下同じ)

 

「あいつはちやうどいまごろから」の「あいつ」は妹・トシのことである。宮澤家本では「いもうとはちやうどいまごろ」という手入れが入っている。

 

衆生を救済しようとの誓いを立てたにも関わらずある女性を好きになってしまったことで悩み苦しむ自分と,結核で発熱して苦しんでいる妹が並列的に描かれている。賢治も妹も何か得体の知れないものに取り憑かれてしまったということでは似ている。賢治にとっては菩薩になるための修行中の身であるため,女性はそれを妨げる以外の何ものでもなかった。

 

妹のトシは大正10年(1921)6月から病臥生活を送っていて,9月に喀血して花巻高等女学校を病気退職していた。妹はこの詩の日付のときも床に臥せっていた。トシが亡くなったのは1922年11月27日である。みぞれが降る寒い日であった。

 

この詩に登場する「つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で」とは何であろうか。宮澤家本では「つめたく陰気な青銅(ブロンヅ)いろの病室で」となっている。多分,青銅(ブロンズ)は色のことである。『新宮澤賢治語彙辞典』(原,1999)では,妹が結核で病床に臥せっていることを考慮して,「保温や病菌の周囲への拡散を恐れて青い蚊帳(かや)を吊したという雰囲気の譬喩としている」としている。詩「永訣の朝」でも蚊帳の中で臥せっている妹を「あぁあのとざされた病室の/くらいびやうぶやかやのなかに/やさしくあをじろく燃えてゐる/わたくしのけなげないもうとよ」と表現している。蚊帳は一般的にはくすんだ青緑色である。年月を経た青銅器もくすんだ青緑色になる。しかし,何の情報も無く「つめたい青銅(ブロンヅ)の病室」から「吊された蚊帳の中」をイメージするのは難しい。

 

では,「透明薔薇の火に燃される」とは何であろうか。妹が結核であったということを考慮すれば,多分,妹が「結核菌に冒され発熱している」ということを言っているのだろう。

 

つまり,ASD的な資質を持つ賢治は,妹が「吊された蚊帳の中で結核菌に冒され発熱している」ということを「つめたい青銅(ブロンヅ)の病室で透明薔薇の火に燃される」と難しい言葉を使って表現しているのである。 

 

では,賢治はどうして「結核菌に冒され発熱している」を「透明薔薇の火に燃される」と表現したのであろうか。

 

これは,多分,童話『よく利く薬とえらい薬』(1921~1922)に登場する「透き通ったばらの実」と医学書に書かれてある「聖アントニウスの火」(St. Anthony's fire)の「火」の2つの言葉が関係していると思われる。

 

「聖アントニウスの火」とは,麦角菌による中毒のことで,ペスト,ライ病と共に恐れられる中世三大疫病の一つである。麦角菌はバッカクキン科バッカクキン属 (Claviceps) に属する子嚢菌の総称である。麦角菌に汚染されたライ麦パンなどを食べることによって引き起こされ,自然流産や激しい痛みを伴う壊疽(えそ)などの症状が現れる。この病気が聖アントニウスに由来する修道院で治療されたことから,「聖アントニウスの火」あるいは「聖アントニウスの火に焼かれる病」とも呼ばれた。聖アントニウス(251頃~356)は大アントニオとも呼ばれるキリスト教の聖人である。神経系に対しては,手足が燃えるような感覚を与える。循環器系に対しては,血管収縮を引き起こし,手足の壊死に至ることもあるという(ウィキペディア)。

 

つまり,「聖アントニウスの火」は「麦角菌に冒され手足が燃える」ように感じる病気のことで,患者が聖アントニウスに由来する修道院で神に祈ることで治癒するものと信じられていたものである。

 

では,なぜ「聖アントニウスの火」が「透明薔薇」という別の火になったのか。それは,妹が感染したのが麦角菌ではなく結核菌だからである。

 

また,「透明」ということについて触れたい。

「透明な薔薇」は「透明な眼球」と関係がある。

「透明な眼球(transparent eye-ball)」は19世紀米国の超越主義者であるエマソン(Emerson,R.W.;1803~1882)の著書『自然』の中に出てくる言葉である。エマソンは,キリスト教という教派を「超越」して,何か宇宙全体を統括して支配する「神」のごとき存在を信じてそれを追求した思想家である。ヒンズー教や仏教などの東洋思想の影響を受けたとされる。賢治は中学3年(1911)頃からエマソンの哲学書を読んでいて,彼の思想を通して「法華経」,「芸術」,「詩」などの理解を深めたとも言われている(前ブログ,2021)。エマソンにとって「透明な眼球」とは「普遍的な存在」つまり「神のようなもの」である。

 

賢治は,このエマソンの「透明な眼球」をヒントにして童話『よく利く薬とえらい薬』(1921~1922)を創作している。この童話は主人公である〈清夫〉が「透き通ったばらの実」を探すというものである。〈清夫〉は森の中で「透き通ったばらの実」を発見し,それを口にすることで体がブルブルッと震えて,視力や聴力が著しく良くなるという体験をする。さらにそれを母親に与えると床に伏していた母親の病気までもが治ってしまった。

 

「透き通ったばらの実」は木苺の実がイメージされている。我が国でごく普通に見られる「モミジイチゴ」(バラ科キイチゴ属;Rubus palmatus Thunb.var. coptophyllus ( A.Gray) Kuntze ex Koidz.)のようなものである。賢治は木苺を「ばら」と呼ぶ。詩「習作」(1922.5.14)に「野ばらが咲いてゐる 白い花/秋には熟したいちごにもなり」とある。「モミジイチゴ」の果実は透き通ってはいないが球形で「ガラス」のように透明感のある茶色あるいはオレンジ色をしている(第1図)。果実は眼球のようでもある。つまり,賢治にとっては「透き通ったばらの実」は「透明な眼球」なのである。

 

第1図.モミジイチゴの花と実.

 

賢治も童話『よく利く薬とえらい薬』の〈清夫〉と同じような身体が震えるという不思議な体験をしている。賢治は,島地大等編纂の『漢和対照妙法蓮華経』にある「如来寿量品第十六」を読んで感動し,驚喜して身体がふるえて止まらず,この感激を後年ノートに「太陽昇る」と記録している(宮沢,1991)。

 

エマソンにとって「透明な眼球」は「神のようなもの」であったが,賢治にとって「神のようなもの」は「透き通ったばらの実」すなわち「法華経」のことである。

 

「聖アントニウス」に因んだ修道院では神に祈ることが治療になると信じられていた。一方,童話『よく利く薬とえらい薬』の〈清夫〉(=賢治?)は「透き通ったばらの実」を口にすること,つまり「法華経」の教えを信じ,それを読経することであらゆる病気が治ると信じていたように思える。

 

「聖アントニウス」→「神のようなもの」→「エマソンにとっては透明な眼球」→「賢治にとっては眼球に似た透き通ったばらの実」→「透明薔薇」である。つまり,麦角菌に冒されて発症している患者の「聖アントニウスの火」は結核菌に冒されて発熱している妹には「透明薔薇の火」なのである。

 

透明薔薇の火(結核菌による肺の病)も当時有効な薬はなく,主として富裕層では自然環境を利用した「サナトリウム」(結核療養所)などで治療が行なわれた。ただ,トシが生きていた時代の岩手には「サナトリウム」はなかった。また,最初の抗結核薬であるストレプトマイシンは1943年に開発された。トシが亡くなった21年後である。宮崎駿の『風立ちぬ』(2013年公開)に登場する菜穂子のいる「サナトリウム」は長野県の「富士見高原療養所」(1926年開所)がモデルである。

 

参考文献

デイキャリア.2023.ASDがある方の話し方特徴を3つ紹介!.https://dd-career.com/blog/fuchu_20230111/

原 子朗.1999.新宮澤賢治語彙辞典.東京書籍.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.

宮沢清六.1991.兄のトランク.筑摩書房.

前ブログ,2021.植物から宮沢賢治の『よく利く薬とえらい薬』の謎を読み解く(1).https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/05/05/182423

 

お礼 ユキノカケラさん いつも本ブログ読んでいただきありがとうございます。2025.8.29