宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

山椒の意外な使い方

Key words:山椒,選択毒性

                                                                          

ミカン科の落葉低木である「サンショウ」(Zanthoxylum piperitum;第1図)は,香辛料の代表的なものであるが健胃剤としても有名である。漢方薬でもっとも使われるものに「大建中湯」がある。便秘あるいは術後イレウスの予防などに使う。しかし,「サンショウ」には香辛料や薬以外にも意外な使われ方をしてきた。宮沢賢治の作品に面白い使い方が記載されている。それは,「サンショウ」の樹皮に含まれる毒を使って川魚を捕まえるというものだ。賢治の『風の又三郎』に,「サンショウ」の粉を入れた笊(ざる)を川の上流の浅瀬で「じゃぶじゃぶ」洗って川魚を捕まえるシーンが描かれている。同じく『毒もみの好きな署長さん』という小作品には,具体的な「サンショウ」を使った漁法(「毒もみ)が記載されている。

f:id:Shimafukurou:20210718111417p:plain 

第1図.サンショウ

 山椒(さんせう)の皮を春の午(うま)の日の暗夜(やみよ)に剥(む)いて土用を二回かけて乾かしうすでよくつく,その目方一貫匁(かんめ)を天気のいゝ日にもみじの木を焼いてこしらへた木灰七百匁とまぜる,それを袋に入れて水の中へ手でもみ出すことです。

 そうすると,魚はみんな毒をのんで口をあぶあぶやりながら,白い腹を上にして浮びあがるのです。

              (『毒もみ好きな署長さん』 宮沢,1986)   

 

「毒もみ」という漁法は,賢治が創作したものではない。賢治が生きていた時代に,だれが,考えたのか分からないが,実際にこの漁法が行われていた。今は,魚漁法で禁止されているが,富山県宇奈月町,あるいは長野県駒ケ根地方では,賢治が記載したのとほとんど同じ方法でイワナやアマゴ(サクラマスの仔)を獲ったという記録が残っている。

 

なぜ,「サンショウ」は,人間には香辛料や薬になるのに,魚には毒なのだろうか。「サンショウ」の果実や樹皮には,サンショオール,サンショウアミド,キサントキシン,キサントキシン酸などが含まれている。この内,サンショオールやサンショウアミドは辛味成分として知られているもので害にはならないと思われる。しかし,キサントキシン(xanthoxin)は,動物に投与すると痙攣毒に,またキサントキシン酸(xanthoxinic acid)は麻痺性物質であることが最近分かってきた。

 

動物(マウス、イヌ)が「サンショウ」を摂取して痙攣を発現するのは,抽出液を注射(皮下など)で直接投与した場合だけであり,口からでは多量摂取しても重篤な毒性を引起こすことはない。ただ,魚はこのキサントキシンやキサントシン酸に対して敏感に反応する。金魚などの小魚をキサントシリンの希釈溶液中に放すと一時的に運動活発になった後,激しい痙攣を引起こして死ぬという。すなわち,「サンショウ」に含まれる成分の中には,魚に「選択毒性」を持っているものがある(鳥居塚,2005)。

 

「選択毒性」といえば,抗生物質を思い出す。抗生物質は,人間には重篤な害がほとんどないが,病原微生物には増殖を止めてしまうほどの毒作用がある。植物にも殺菌作用を示すものは多い。我々がなにげなく口にしているものには,人間以外に有毒なものが結構たくさんある。

 

参考・引用文献

宮沢賢治.1986.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.

鳥居塚 和生(編集).2005.モノグラフ生薬の薬効・薬理.医歯薬出版.東京.

 

本稿は,『宮沢賢治に学ぶ 植物のこころ』(蒼天社 2004)年に収録されている報文「山椒の意外な使い方」を加筆・修正にしたものである。