Key words:コブシ,マグノリア
宮沢賢治に『マグノリアの木』(1923年)という短編の作品がある。仏教の教えに基づいて書いたものとされている。その内容は,諒安(りょうあん)という人(お坊さん?)が霧のかかった険しい山谷を歩いていて,やっと平らな所にたどり着いたとき霧が晴れた。振り返ってみると,今たどって来た山谷のいちめんに真っ白な「マグノリアの木」の花が咲いていたというものである。この平らな所というのは,仏教でいう「さとり」の境地ということらしい。
しかし,「マグノリアの木」とはあまり聞きなれない名である。いったいどんな木なのだろうか。 植物図鑑を調べても記載されていない。多分,「マグノリアの木」は賢治の造語と思われる。「マグノリア ( Magnolia )」 という言葉自体は,学術的にはホオノキ,コブシ,タムシバ等のモクレン属の木の総称を指す言葉である。よって,「マグノリアの木」とはこの内のどれかかであろう。
賢治は,『マグノリアの木』の中で,「マグノリアの木」の花を真っ白い鳩(はと)に喩えている。
それは一人の子供がさっきよりずうっと細い声でマグノリアの木の梢(こずえ)を見上げながら歌ひだしたからです。
「サンタ,マグノリア,
枝にいっぱいひかるはなんぞ。」
向ふ側の子が答へました。
「天に飛びたつ銀の鳩(はと)。」
こちらの子が又うたひました。
「セント,マグノリア,
枝にいっぱいにひかるはなんぞ。」
「天からおりた天の鳩。」
-中略―
あの花びらは天の山羊の乳よりしめやかです。あのかをりは覚者(かくしゃ)たちの尊い偈(げ)を人に送ります。
(『マグノリアの木』 宮沢,1986)
モクレン属の中で花が一見して鳩に見えるのは,その花の色,大きさ,姿からして「コブシ」である(第1図)。「コブシ」の花弁は,白色で6個,3個の萼には銀色の軟毛が密生している。そして,花は香りを放ちながら上向きに空へ向かって開く。「コブシ」のつぼみは,南側からふくらみ始めるのでつぼみの先端は,ほとんどが北の方向を向くのだという※。北の天空には北極星(Polaris)があり,また賢治の理想郷でもある「ポラーノの広場」や「イーハトーブ」がある。賢治は,「コブシ」(学術名:Magnolia kobus )を指して「マグノリアの木」と言っているのだと思われる。
第1図.コブシ(天に飛びたつ銀の鳩).
県立大磯城山公園でも,もみじの広場に「コブシ」が植栽されている。3月から4月にかけて真っ白い「コブシ」の花が満開になる。賢治の言葉を借りれば,枝に止まった純白でしめやかな鳩の群れがまさに天に向かって飛び立つようにも見えて見事である。
賢治を魅了する「コブシ」の花には,いくつかの面白い事実が知られている。花の中を覗くと,雌しべを構成している多数の心皮があるのに気が付く。そして,心皮がDNAのように螺旋状に花床の上部に配列していている。これは,原始的な植物の特徴とされている。さらに,1982年,弥生時代の住居の発掘現場(約2000年前)からコブシの種子が見つかったが,この種子をまいたら,発芽し11年後に真っ白い花が咲いたという(大歳の自然,2021)。まさに,コブシの花は時空を超えて天から降りてきた鳩のようにも見える。
引用文献
宮沢賢治.1986.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.
大歳の自然.歴史.p18-49.http://ootoshi-comm.info/pdf/chiiki/hakkobutsu/ayumi/kyoudo_03_rekishi.pdf
本稿は,『宮沢賢治に学ぶ 植物のこころ』(蒼天社 2004)年に収録されている報文「マグノリアの木とはどんな木か」を加筆・修正にしたものである。コブシについてはブログページ「『なめとこ山の熊』に登場する薬草」でもふれているのでご覧下さい。
※:コブシの蕾が北を向くとあるが,私が観察したところでは必ずしもそうとは言えないところがある。