宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

県立大磯城山公園周辺の希少植物

Key words:フォッサ・マグナ要素の植物,「花鳥図譜,八月,早池峰山巓」

 

神奈川県立大磯城山公園およびその周辺で,たくさんの自生植物や植栽植物を観察することができる。その中には,イソギク,ハコネウツギ,ガクアジサイ,オオバヤシャブシ,クゲヌマランなどのフォッサ・マグナ要素の植物という他の地域では見られないものも含まれている。フォッサ・マグナ要素の植物とは,あまり聞きなれない名である。これは,日本の植物相を大きく5つの地区(北海道地区,日本海地区,関東陸奥地区,襲速紀地区,フォッサ・マグナ地区)に分けたときの1つで,糸魚川-静岡構造線の東側の地溝帯に対して名づけられたものである。具体的には,北は八ヶ岳から,西は赤石山脈,東は関東山地から房総半島,南は伊豆諸島の青ヶ島に至る地域である。

 

大磯を含めてこの地域は,遠い昔は海に没していて,第3紀中頃の火山活動に伴い隆起し,そこへ侵入,定着し,適応・変成した植物がフォッサ・マグナ要素と呼ばれる植物群である。ちなみにフォッサ・マグナとは「大きな溝」と言う意味の地質学上の言葉である。

 

フォッサ・マグナ要素の植物のうち,「クゲヌマラン」(Cephalanthera longifolia (L.) Fritsch;第1図)は,湘南海岸のクロマツ林の砂地に生える「ギンラン」(Cephalanthera erecta (Thunb.) Blume);第2図)の海岸型とされていて,藤沢市鵠沼海岸で発見され命名された。高さ20~40cmで5月頃に10個くらいの白い花をつける。花は,「ギンラン」と同様にほとんど開かない。希少種で県立大磯城山公園周辺では2003年5月に初めて観察された(石井,2006)。

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第1図.クゲヌマラン

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第2図.ギンラン

希少種といえば,城山公園周辺にもう1種「サガミラン」という非常に珍しいラン科の植物が確認されている(2001~2004年)。「サガミラン」(Cymbidium nipponicum (Franch. et Sav.) Rolfe;第3図)は,背丈が10~20cmで葉は鱗片状に退化し葉緑素をほとんどもたず腐生生活をしている(菌類と共生)。わずかに花茎が緑色で光合成を行っていたころの名残をとどめている。自生地で10株くらいが確認されていて7月~10月にかけて花をつける。「サガミラン」は,ほとんど詳細な研究がなされていないのでフォッサ・マグナ要素の植物かどうかわからないが,絶滅危惧種にも指定されている希少種である。第4図は,城山公園周辺で見つかった「マヤラン」(Cymbidium macrorhizon Lindl.)である。

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第3図.サガミラン.

 

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第4図.マヤラン.

 

このように,県立大磯城山公園およびその周辺にはフォッサ・マグナ要素の植物や絶滅が危惧されている貴重な植物が自生している。このような植物は,環境の影響を受けやすいし,栽培法も確立していないものもあるのでむやみに採取することはつつしまなければならない。むしろ,郷土の貴重な財産として保護していく必要がある。

 

しかし,実際どのように保護していくかは難しい。一つは,公園入り口に「希少植物の保護」を訴える立札を立てるのもよいと思われる。それ以外では,各自の良心に訴えるしかない。

 

以下,自らおよび公園を訪れる方の良心に届くように貴重植物の保護を扱った宮沢賢治の詩の一部を記載しておく。この詩は,貴重な高山植物を根こそぎ採取していく者と,森林主事の会話形式をとっている。

(根こそげ抜いて行くやうな人に限って

それを育てはしないのです 

ほんとの高山植物家なら

時計皿とかペトリシャーレをもって来て

眼を細くして種子だけ採っていくもんです)

(魅惑は花にありますからな)

(魅惑は花にありますだって 

こいつはずゐ分愕いた 

それならひとつ 

袋をしょってデパートへ行って

いろいろと魅惑にあるものを

片っぱしから採集して

それで通れば結構だ)

(けれどもこゝは山ですよ)

(山ならどうだと云ふんです

ここは国家の保安林で

いくら雲から抜けでてゐても

月の世界ぢゃないですからな 

それに第一常識だ,

新聞ぐらゐ読むものなら

みんな判ってゐる筈なんだ,

ぼくはこゝから顔を出して

ちょっと一言物を言へば,

もうあなた方の教養は,

手に取るやうにわかるんだ,

教養のある人ならば

必ずぴたっと顔色がかはる)

(わざわざ山までやって来て

そこまで云われりゃ沢山だ)

(さうですこゝまで来る途中には

二箇所もわざわざ札をたてて

とるなと云ってあるんです)

(二十万里の山の中へ二つたてたもすさまじいや)

(あなたは谷をのぼるとき

どこを見ながら歩いてました)

(ずゐ分大きなお世話です 

雲を見ながら歩いてました)

(なるほど雲だけ見てゐた人が

山を登ってしまったもんで

俄かにショベルや何かを出して

一貫近く花を荷造りした訳ですね 

それもえらんでこゝ特産の貴重種だけ 

ぼくはこいつを趣味と見ない 

営利のためと断ずるのだ)

(ぼくの方にも覚悟があるぞ)

(覚悟の通りやりたまへ,

花はこっちへ貰ひます 

道具はみんな没収だ,

あとはあなたの下宿の方へ

罰金額を通知します)

      (中略)

(高橋さんがさう云ふんだよ 

何でも三紀のはじめ頃 

北上山地が一つの島に残されて

それも殆ど海面近く,

開析されてしまったとき 

この山などがその削剥の残丘だと 

なんぶとらのをとか・・・・・とか  

いろいろな特種な植物が

この山にだけ生えてるのは

そのためだらうといふんだな)

(「花鳥図譜,八月,早池峰山巓(はやちねさんてん)」 宮沢,1986)

 注:ナンブトラノオは早池峰山特産の高山の蛇紋岩地に生える多年草で紅紫色の花をつける。

 

参考・引用文献

石井竹夫.2006.賢治と学ぶ 大磯四季の花 上(春・初夏編).蒼天社.神奈川.

宮沢賢治.1986.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.東京.

 

本稿は,『宮沢賢治に学ぶ 植物のこころ』(蒼天社 2004)年に収録されている報文「県立大磯城山公園周辺の希少植物」を加筆・修正にしたものである。