宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』は魚とクラムボンの悲恋物語である

宮沢賢治の童話『やまなし』は,大正12(1923)年4月8日に岩手毎日新聞に発表されたものである。この童話には,〈蟹〉,〈魚〉,〈鳥〉などの動物や「樺の木」や「やまなし」などの植物が登場し,〈蟹〉の親子(父親と二人の男の子)がこれら動植物を谷川の川底から眺めている世界が描かれている。小学校高学年の教科書にも採用されている。しかし,〈クラムボン〉,「イサド」あるいは「樺の木」など意味が取りにくい用語もたくさん出てきて難解である。

 

この物語(特に前半部)には,〈魚〉が〈クラムボン〉のところに「ゆっくり落ち着いて,ひれも尾もうごかさず」に「口を環(わ)のように円(まる)くして」やってきたとき,鳥である〈かはせみ(カワセミ)〉が鉄砲玉のように飛び込んできて魚を上空へ連れ去るシーンが描かれている。前半部の山場のところである。多くの研究者たちは,〈クラムボン〉を正体不明としたり,あるいはアメンボ,プランクトン,言葉変化遊び(crambo),水の泡,光線による水面の変化などと様々な推測を試みたりしながらも,この物語が谷川での生物の生と死,別の言葉で言い変えれば弱肉強食の生存競争あるいは食物連鎖をイメージして創作されたものと考えた。すなわち,〈クラムボン〉が〈魚〉に捕食され,〈魚〉は〈カワセミ〉に捕食される。後半部ではナシの実が〈蟹〉に捕食されることが予想されている。いわゆる〈クラムボン〉→〈魚〉→〈カワセミ〉あるいは「ナシの実」→〈蟹〉という食物連鎖が想定されている。

 

しかし,この物語が生物の生と死あるいは食物連鎖をメインテーマにしているなら,なぜ題名が植物名の「やまなし」なのかが理解できない。別の解釈もある。エッセイストの澤口たまみさんは,この題名には賢治の相思相愛の恋人の名が隠されていて,物語には恋の終わりが記録されているとした(『新版 宮澤賢治 愛の歌』,2018)。ただ,どのような恋が描かれているかについての詳細な説明はない。

 

私は,澤口たまみさんの新しい解釈に興味をもった。その理由は,賢治の恋の破局の時期がこの童話が新聞で発表された時期と重なるからである。同時期に発表された『シグナルとシグナレス』,あるいは執筆されたが未発表の寓話『土神ときつね』も悲恋物語である。賢治は詩や童話を書いているので,破局したとはいえ,悲恋体験をそれとは分からないように文字として残したと思われる。童話『やまなし』もそのうちの1つである可能性がある。私は童話が本当に悲恋物語なのかどうか調べてみたくなった。

 

調べるに当たって最も注目したのは,〈魚〉が〈カワセミ〉によって天空へ連れ去られる前の〈魚〉の行動である。〈魚〉は〈クラムボン〉の所へ行ったり来たりしていた。そして〈カワセミ〉に連れ去られる直前では,前述したように「口を環のように円く」して静かにやってくる。〈魚〉が,餌を捕食するとき口を開けっぱなしにするだろうか。クジラがオキアミを捕食するときなら納得するが,渓流魚では考えにくい。普通,〈魚〉は餌を「パクッ」と食べるのではないのか。口を開けるのは飲み込む直前の一瞬と思われる。

 

では,〈魚〉が「口を環のように円く」するとはどのような意味が込められているのであろうか。そして,それが悲恋物語にどのように繋がるのであろうか。

 

賢治は「魚の口」という言葉に強い「こだわり」をもっているように思える。最近,東京オリンピックの閉会式のフィナーレを,宮沢賢治の「星めぐりの歌」が飾った。女優の大竹しのぶさんは,子供達と一緒に「あかいめだまのさそり ひろげた鷲(わし)のつばさ・・・・」と歌った。ここで,注目したいのは,この歌詞の続きに「・・・アンドロメダの くもは さかなのくちの かたち・・・」とあることである。なぜ,渦巻き銀河であるM(メシエ)31アンドロメダ銀河(アンドロメダ大星雲とも呼ぶ)を「魚の口」としたのであろうか。賢治は,『やまなし』と同時期に制作した作品の中でも渦巻き銀河ではないが環状星雲を「魚の口」と表現している。

 

寓話『シグナルとシグナレス』(1923)では,擬人化された鉄道信号機の〈シグナル〉が相思相愛の〈シグナレス〉に「琴座」の環状星雲を婚約指輪に見立てて差し出している。〈シグナル〉が〈シグナレス〉に渡す婚約指輪は,『新宮澤賢治語彙辞典』によれば「琴座」のα,β,γ,δ四星の作る菱形をプラチナリングに,環状星雲M(メシエ)57を宝石に見立てたものであるという。また,物語では,宝石に相当する環状星雲には「フイツシユマウスネビユラ」のルビが振ってある。「フイツシユマウスネビユラ」とは「魚口星雲」のことである。

 

「フイツシユマウスネビユラ」の婚約指輪は,寓話『土神ときつね』(1923年頃)でも登場する。この寓話は,南から来たハイネの詩を読みドイツ製ツァイスの望遠鏡を自慢するよそ者の〈きつね〉が北のはずれにいる土着の〈樺の木〉に恋をするが,土着の神である〈土神〉がこれに嫉妬して〈きつね〉を殺してしまう物語である。この寓話で〈きつね〉は〈樺の木〉に環状星雲を望遠鏡で見せる約束をする。そして,〈樺の木〉は「まあ,あたしいつか見たいわ」と答える。この環状星雲を〈きつね〉は「魚の口の形ですから魚口星雲(フイツシユマウスネビユラ)とも云ひます」と説明する。〈きつね〉が環状星雲を見せると約束し,〈樺の木〉が見たいと答えたことで婚約が成立しそうになっている。

 

『やまなし』では婚約指輪と記載されていないので分かりにくいが,〈魚〉は〈カワセミ〉に連れ去られる直前に,婚約指輪のつもりで「口を環のように円く」して,〈クラムボン〉に求婚しようとしていたのだと思われる。しかし,〈魚〉と〈クラムボン〉の恋愛は谷川で生活している生き物たちには歓迎されていない。だから,〈魚〉が〈クラムボン〉に求婚したとき〈カワセミ〉が突然に川底に侵入してきて〈魚〉を上空へ連れ去ってしまったのである。この恋の顛末は寓話『土神ときつね』の〈きつね〉と〈樺の木〉の恋と同じである。

 

賢治は環状星雲であるM57がある「琴座」に強い関心を寄せている。「琴座」は,ギリシャ神話の音楽の名手オルフェウスの竪琴(たてごと)の姿を形づくっている。「琴座」は童話『銀河鉄道の夜』に「橄欖(かんらん)の森」という言葉で出てくる。具体的に言えば,『銀河鉄道の夜』(初期形第一次稿;1924年)の冒頭部分に,「そして青い橄欖の森が見えない天の川の向ふにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまひ,そこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひゞきや風の音にすり耗(へ)らされて聞えないやうになりました」とある。本文の中で「橄欖の森」について詳しい説明はないが,登場人物の〈女の子〉に「あの森琴(ライラ)の宿でせう」と言わせている。

 

すなわち,「橄欖の森」は「竪琴」の音が奏でられている「琴(ライラ)の宿」と同じ意味で使われている。これは,ギリシャ神話の竪琴の名手オルフェウスが,死んで天上世界へ旅だった妻のエウリディケを追いかけて連れ戻そうとする悲恋物語を連想させる。エウリディケという名は木の「妖精」(Nymph)という意味である。賢治は,『銀河鉄道の夜』(第一次稿)を執筆する2年前,あるいは『やまなし』を発表する1年前に先住の民と思われる女性と相思相愛の恋をしたが,1年で破局するという苦い体験をしている。恋人は,破局後渡米し3年後に亡くなる。

 

余談だが,東京オリンピックの閉会式で「星めぐりの歌」を歌った大竹しのぶさんは,1988年にお笑いタレントで魚の名前がつく明石家さんまさんと結婚している。童話と同じで本物の婚約指輪はもらっていないそうだ。名前(さんま)の由来は,さんまさんの実家が水産加工業を営んでいたからという。4年後に離婚しているが,その後も共演を繰り返していて仲が良さそうだ。大竹さんはオリンピック閉会式の放送後,さんまさんは見逃したらしいが,「オリンピックに出たよ・・」とLINEで出演したことを報告したという。また,大竹さんは2015年にギリシャ神話のオルフェウスの話をパロディ化した舞台『地獄のオルフェウス』にも出演している。何か,賢治とは縁があるのかもしれない。

 

谷川の〈魚〉には賢治が,そして〈クラムボン〉には恋人が投影されているとすれば,童話『やまなし』は実体験を基にして創作された〈魚〉と〈クラムボン〉の悲恋物語になる。「ヤマメ」などの渓流魚の多くは「在来種」というよりは移入種である。移入種とは日本固有種であるが,本来の生息域ではない場所に人為的に持ち込まれたものである(移植放流など)。〈魚(=移住者の末裔としての賢治)〉が〈クランムボン(=先住民の末裔としての恋人)〉に恋をして求婚しようとするが,谷川に先住していた生き物達(=周囲の者達)には歓迎されず,〈カワセミ(=周囲の者達)〉から手荒い仕打ちを受けたという悲恋物語であろう。

 

〈魚〉が自分の口を婚約指輪(琴座の環状星雲)に見立てて〈クラムボン〉に示したのは,賢治にしてみれば,琴座にまつわるギリシャ神話にもあるように,破局して去っていった恋人を連れ戻そうとする気持ちの現れだったのではないだろうか。

 

注:〈 〉に囲まれた言葉は,物語の登場人物あるいは擬人化された動植物

 

2021.9.20(投稿日)