宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

湘南四季の花-Spring-

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1.シロツメクサ (マメ科)
よつ葉を見つけるとちょっと楽しくなる。これは花にもいえそうだ。賢治の童話『ポラーノの広場』には,野原一面に咲くシロツメクサの花がでてくる。夕暮れになると花がランタンのように明るく輝く。花には番号が付いていて,その番号を五千番までたどっていくと,音楽が溢れる理想郷の「ポラーノの広場」にたどり着くというのだ。

花は,長い柄の先にたくさんの蝶形花の小さな花が丸いぼんぼり状に集まってつく。咲き終わった花がいくつか茶色に変色し,見ようによっては数字にも見える。この茶色に変色した花が番号に見えたのであろう。「ポラーノ」とは北極星(Polaris)から来ているらしい。シロツメクサにつけた番号は,天文学者ドライヤーが星団につけた番号と関係があるらしく,花につけた番号を星団の番号に置き換えると,五千番という数字は北極星あたりだという。北には賢治の理想郷「イーハトーヴ」がある。

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2.コブシ (モクレン科)

賢治の童話に『マグノリアの木』というのがある。マグノリアとは何か。本文に説明はない。答えは子供の歌に隠されている。一人の子供が木の梢を見上げながら「サンタ,マグノリア,枝にいっぱいひかるはなんぞ」と歌うと,もう一人の子供が「天に飛びたつ銀の鳩」と答える。

マグノリアはモクレン属の木の総称を指す言葉である。すなわち,花が鳩に見えるのは,花の色,大きさ,姿からしてコブシである。花弁は白色で6個,3個の萼(がく)には銀色の軟毛が密生している。つぼみは南側からふくらみ始めるので先端の多くは北の方向を向き,花は上向きに空へ向かって開くとされている。鳩の飛び立つ北の空には北極星(Polaris)があり,その下にはドリームランド「イーハトーヴ」がある。花期は 3~4月。県立大磯城山公園でも見られる。

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3.キンポウゲ (キンポウゲ科)

キンポウゲ科の多年草で英名をバターカップという。大磯では自然林が残る高麗山の林の中で見つかることがある。花期は5月。ほっそりと伸びた茎に黄金色に輝くカップ形の花をつける。花弁の基部から蜜を出し,雌しべと雄しべはらせん形に配列する。らせんになるのはこの科の特徴で,原始の花の原型をとどめているからと言われる。

自らを修羅(しゅら)とみなし,恐竜が跋扈した地質時代に共感した賢治は,詩集『春と修羅』で侏羅(じゅら)紀の森林の殺伐とした光景を思い描くとともに,原始の花の面影を留めるキンポウゲ科植物を作品に多く登場させている。詩「休息」は,「上部にはきんぽうげが咲き/(上等のbutter-cupですが/牛酪(バター)よりは硫黄と蜜とです)」とある。キンポウゲ科は賢治が「硫黄」と比喩するように有毒植物が多い。

 

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4.クスノキ (クスノキ科)

県立大磯城山公園内にはクスノキの大木があり,枝が広く公園内を覆っている。5月頃黄緑色の小さな花を咲かせる。クスノキは特に巨木になることで知られる。平成11,12年度の環境省の巨樹・巨木林調査で上位10傑のうち6本がクスノキで占められた。宮崎アニメの傑作「となりのトトロ」に出てくるトトロの家もクスノキである。

クスノキはまた神木として,神社仏閣の彫刻材にする。法隆寺夢殿の救世(くぜ)観音,同寺大宝蔵殿の百済(くだら)観音,中宮寺の弥勒菩薩(みろくぼさつ)像などはいずれもクスノキが使われている。また,材を細断して,水蒸気蒸留し,樟脳や樟脳油を取る。衣服や書画の防虫用の樟脳の原料や,強心剤としてのカンフル注射薬の製造原料とする。

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5.モミジイチゴ (バラ科)

単にキイチゴと言う場合はモミジイチゴを指すことが多い。実(み)は熟すとオレンジ色(あるいは茶色)になり甘酸っぱくて美味しい。賢治はキイチゴを野茨(のいばら)と表現することがある。童話『銀河鉄道の夜』では,「ジョバンニの切符」の章で主人公が「野茨の匂もする」と言った直後に,「かおる」という名の眼の茶いろな可愛らしい女の子が登場してくる。キイチゴの匂いから茶色の果実そして茶色の眼の女の子が連想されるようになっている。

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6.ホタルカズラ (ムラサキ科)

野山の緑の中を散策しているとき,はっとするような青に出会うことがある。ホタルカズラの花だ。賢治はこの花を「子供の青い瞳(ひとみ)のやう」と表現する。青があまりにも印象的なので染色にでも使うのかと思って調べてみた。しかし,ホタルカズラの花は染色には使わないようだ。染色に使うのは同じムラサキ科のムラサキの根である。

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7.オキナグサ (キンポウゲ科)

湘南で自生のオキナグサは昔丹沢高地で確認されたぐらい。植栽ものは秦野市戸川公園や伊勢原運動公園などで見ることができる。花期は4~5月。花に花弁はなく,暗赤紫色の萼(がく)片が花弁のように見える。種子には風に乗って散りやすいように長い糸の花柱がつき,これが群がり出た白毛はちょうど老人の白髪あるいはひげのように見える。植物の名前をつけるとき,我が国では果実の形を重視する傾向があるが,西洋では花の咲き方を考えるようだ。例えば,オシロイバナは午後4時ごろに花を開くので 英名は Four o'clockである。

オキナグサはうずのしゅげ,うずのひげなど多くの地方名をもつ。賢治の童話『おきなぐさ』には,「うずのしゅげといふときはあの毛茛科(きんぽうげくわ)のおきなぐさの黒繻子(くろじゅす)の花びら,青じろいやはり銀びろうどの刻みのある葉,それから六月のつやつや光る冠毛がみなはっきりと眼にうかびます」とある。

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