宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

湘南四季の花-Summer-

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1.ネジバナ (ラン科)

公園の芝生の中でよく見かける。県立大磯城山(じょうやま)公園では6月頃から咲き始める。高さが20センチくらいで雑草のように見えるがこれでもラン科の植物である。ルーペなどで拡大して観察すると花がカトレアのようにも見えて愛らしい。花が花茎(かけい)に捻(ねじ)れて穂状につくのでこの名がある。捩れ方には右巻きと左巻きの両方がある。右か左かを決めるにはアリの目線を使えばよい。根元から花茎の先端を見上げて花が時計回りに付いていたら右巻きで,その反対が左巻である。ところで,なぜ花は横向きに捩れて咲くのか。一概には言えないが,花粉を求めて訪れるハチにヒントが隠されているらしい。ハチは横から花にもぐりこむ習性がある。さらに,捩れていればどの方向からでも容易に近づける。ネジバナはハチとの共存関係を選んだようだ。

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2.ホタルブクロ (キキョウ科)

大磯丘陵地ではごく普通に見られるキキョウ科の多年草。学名はカンパヌラ,鐘の意味。6~8月に淡い紅紫色か白色のふっくらした釣鐘(つりがね)状の花を下向きに咲かせる萼(がく)片が特徴的で萼片に三角形の付属体があり,これが上にめくれて反り返る。子供達がこの花の中に捕まえたホタルを入れて遊んだという話しが残っている。花を透かす青白い光に「ちょうちんばな」の呼び名もある。東北では「アッパツツ」と呼ぶ(方言)。「アッパ」は母,「ツツ」は乳,すなわち「お母さんのおっぱい」という意味。現にこの花を花柄(かへい)から摘み取ると,切り口から白い乳液が滴り落ちる。類似種にヤマホタルブクロがあるが,こちらの萼片は反り返らないので容易に区別できる。いずれにせよ,これらの花は郷愁(きょうしゅう)をさそう。

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3.カラスウリ (ウリ科)

つる性多年草で丘陵地の林の縁で低木にからみついている。花期は7月頃からで,白いレースで作ったベールを広げたような美しい花がつく。しかし,この見事に開いた花を日中に見ることはできない。日が沈んでから開き,夜明け前にしぼんでしまう。この美しさを知るのは,カラスウリと受粉の契約を結び日が沈んでから訪れてくる蛾(が)だけ。「夜」といえば, 宮沢賢治の童話『銀河鉄道の夜』に「烏うりのあかり」が「銀河の祭り」の象徴的な小道具として登場してくる。ただし,この「あかり」は花ではなく実の中身をくり抜いて燈籠(とうろう)仕立てにしたもの。実際に作ってみたら意外と簡単。柔らかい燈籠の光が幻想的に透かしだされて美しい。賢治もこの「烏うりのあかり」の中で創作を続けたと思われる。

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4.ハマゴウ (クマツヅラ科)

大磯町の「こゆるぎの浜」あるいは茅ヶ崎市の「茅ヶ崎海岸」沿いの土手などに群生する。高さは数十センチだが植物学的にはりっぱな木である。砂に埋もれても新しい枝をのばして大きな株を作る。木本だけに風食にも耐え,砂防効果は大きい。7~9月,枝先に香りのよい薄青紫色の花をつける。果実も香りが強く,睡眠促進用に枕につめて使ったりもした。乾燥した果実は薬用にもなる。生薬名を蔓荊子(まんけいし)と呼び,風邪の頭痛や耳鳴りなどに用いた。

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5.ハンゲショウ (ドクダミ科)

大磯では生沢の「東の池」で見られた。この池は江戸時代に農業用水として作られたもの。ハンゲショウの花は雄しべと雌しべだけで,花びらも萼(がく)もない。漢字で半夏生と書くのは7月初旬頃(夏至から11日目の7月2日ごろを半夏と呼ぶ)に花が咲き,花の付け根にある葉が白くなり目立つので。葉の半分が白くなるので半化粧と書くこともある。この白さは葉の表側の表皮の下にある柵状(さくじょう)組織の葉緑素が抜けたからだと言われている。ハンゲショウの花には密がなく花粉だけなので昆虫の目を引くには心細い。花の時期になると花穂に近いところの葉の何枚かを真っ白にお化粧して虫たちにアピールする。

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6.ハス (スイレン科)

大磯では生沢(いくさわ)の「東の池」にある厳島(いつくしま)神社の周りに群生している(2016年~2017頃に姿を消したこともある)。夏,水面上に直立した茎の頂に直径二十センチほどの淡紅色の花を咲かせる。早朝,花びらが開くときに「ぽっ」と音がするという。宮沢賢治の童話「グスコンブドリの伝記」(「グスコーブドリの伝記」の先駆形)に,子供たちが山鳩の鳴きまねをすると,「あっちでもこっちでも蓮華(れんげ)の花でも咲くように鳥が返事をするのでした」ともある。本当かなと思い,インターネットで検索したら,「聞こえた」,「聞こえない」で分かれてしまい,中には「行いの良い人にだけ聞こえる」とか「ハスの開く音は耳で聞くものではなく,目で聞くものだ」という禅問答的な意見もでてきて要領が得ない。ただ凡人には聞こえなくても,池の神社の弁天様は毎朝聞いておられるはずだ。

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7.ツリガネニンジン (キキョウ科)

大磯では丘陵地や土手の草原で見られる。単にツリガネソウとも呼ぶ。葉は普通4枚が輪生する(十字架の形)。8~10月,花柄の先に長さが二センチほどの淡い紫色の釣鐘状の花が下向きに咲く。花柄も多くは十字に輪生する。キキョウ科なので茎を切ると白い乳液がでる。宮沢賢治の童話「銀河鉄道の夜」では,第五章の牧場近くの「黒い丘」に咲く。この童話は主人公のジョバンニ少年が愛する友と一緒に夢の中で銀河(ミルキーウエイあるいは乳の道)を北十字(白鳥座)から南十字(サウザンクロス)へ旅する物語である。宗教的な臭いのする作品でもある。「黒い丘」はジョバンニ少年が入眠すると「銀河ステーション」に変貌するが,この旅の出発点に乳液の出る十字架の形をした植物が登場するのはとても象徴的といえる。

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8. ゲンノショウコ (フウロソウ科)

大磯では丘陵地や田圃(たんぼ)の畦(あぜ)でごく普通に見られる。花は白と赤があるが大磯ではほとんどが白。花期は8~10月。日本の民間薬の代表であり,腹痛,下痢止めの妙薬とされていて,「現によく効く証拠」に名が由来している。根を除いた地上部を乾燥させ煎じて飲む。採取する場合は花で確認できる夏~秋がよい。春だと葉がキンポウゲ科のトリカブトに類似しているので,誤って毒草を採取してしまう可能性がある。木曽御岳の伝承薬である百草丸(ひゃくそうがん)にも含まれる。百草丸は郷土の詩人・島崎藤村の童話「ふるさと」にもでてくる古くから知られた薬であるが,現在でも薬局で入手可能である。

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9.キツネノカミソリ (ヒガンバナ科)

大磯では常緑広葉樹の自然林が残る高麗山(こまやま)(県指定天然記念物)で見られた。常緑広葉樹林の林床植物として,早春に葉が現れ,晩春には枯れる(春緑性)。夏(8~9月)にいきなり茎が伸びその先に濃いオレンジ色の花をつける。お隣の平塚市の縄文遺跡からは炭化した鱗茎がたくさん出土される。鱗茎には有毒物質も含まれるが,質のよいデンプンも豊富にあり,昔はヒガンバナと同様に水晒しなどで毒抜きをして食用にしたと思われる。名の由来は,春先にのびた白みがかった葉をキツネの剃刀(かみそり)にたとえた。キツネがそれで顔を剃ると想像すると楽しくなる。大磯で植物名にキツネがつくのは本種以外にキツネアザミ,キツネガヤ,キツネノマゴがある。

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10.タケニグサ (ケシ科)

大磯では川岸や丘陵地で見られる。一~二メートルにもなる大型の多年草。花期は6~7月。茎の上部に白い小さな花を多数つける。ササヤキグサとも言われる。実が風でかさかさ鳴るからという説がある。宮沢賢治の童話「風野又三郎」の「九月一日」の章で登場する。突然教室に現れた又三郎(風の精)に対して村童が「先生さっきたの人あ何だったべす」と尋ねると,先生には又三郎が見えなかったので「山にのぼってよくそこらを見ておいでなさい」と答える。村童達は又三郎を探しに山に登ってみるのだが,「そこには十本ばかりのたけにぐさが先生の云ったとほり風にひるがへってゐるだけだったのです」とある。先生には又三郎が風の「囁(ささや)き」くらいにしか感じなかったのだろうか。

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11.ネムノキ (マメ科)

丘陵地や林の縁で普通に見られる。7月ごろ,枝先に10~20個の花が集団になって上向きに咲く。淡紅色の羽毛状の雄しべが目立つ。鎮静薬としても有名だが,中国の古書『図経本草(ずけいほんぞう)』には,眺めているだけでも心が静まるとある。宮沢賢治はこれを知ってか「風の又三郎」という童話の最大の山場に登場させている。山奥の分教場に転校してきた又三郎と村童達が「さいかち淵」で鬼っこ遊びをしているとき,村童に馬鹿にされた又三郎が怒り出し険悪な状況になる。同時に天候が悪化して夕立となり雷も鳴り出した。このとき,村童達と又三郎がネムノキの下に逃げ込むのだが,そのとき「雨はざっこざっこ雨三郎 風はどっこどっこ又三郎」という不思議な歌声が聞こえる。これで又三郎の怒りは静まるが,はたして誰が歌ったのだろうか。

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12.コゴメバオトギリ

大磯には「オトギリ」と名がつく植物は,オトギリソウ,コケオトギリ,コゴメバオトギリの三種がある。いずれも葉に黒い細点があるのが特徴。写真は海岸近くの砂地に咲くコゴメバオトギリ。6月,黄色い花を咲かせる。「オトギリ」の名の由来は江戸時代の百科事典『和漢三才図会』に記載されている。昔,晴頼という鷹匠(たかしょう)が,鷹の傷をこの草の汁をぬって治した。弟がその秘密を漏らしたため,晴頼が怒り弟を切ってしまった。人々がこれを憐れんでこの草をオトギリソウと名づけたというもの。セイヨウオトギリソウ(英名でセントジューンズワート)にも同じような故事が残されている。聖ジュンが打ち首になった6月に花が満開になり,花を押しつぶすと血を連想させる朱色になるのが名の由来である。

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13.クズ (マメ科) 

丘陵地でごく普通に見られるマメ科のつる性多年草。秋の七草の一つ。花期は8~9月で,紅紫色の蝶形花を咲かせる。根を葛根(かっこん)といい,漢方薬である葛根湯に配合される。葛根湯は感冒,鼻かぜ,頭痛,肩こり,筋肉痛,さらには下痢などにも効果がある。あまりに用途が広いので江戸時代には「葛根湯医者」などという言葉や落語の噺(はなし)も生まれた。「葛根湯医者」とは,頭が痛いといっては葛根湯,腹が痛いといっては葛根湯,さらに診察を待っている付添い人にも葛根湯というようにどんなことでも葛根湯を処方する医者のことをいった。

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14.ゼニバアオイ  

 夏の夜の怖い話

市街地の路傍に生える。白色~淡紅色の花をつける。アオイ科の仲間には園芸品種も多く,夏~秋にかけての花壇に色を添えている。宮沢賢治の童話「ひのきとひなげし」は,「葵(あおい)」の花壇から悪魔が蛙にばけて登場し,美しくなりたいと思っているひなげし達から芥子(けし)から取れる阿片(あへん)をだまし取ろうとする。これは『源氏物語』九帖の「葵」の話しと似ている。光源氏の正妻である「葵の上」は,祭見物の際に場所争いで愛人の「六条の御息所(みやすどころ)」の恨みを買う。御息所は嫉妬深く,「葵の上」がお産のときに生き霊(物の怪)となって「葵の上」の住まいを訪れて苦しめる。このとき,悪魔祓いに使われた芥子の香が自分の衣服や髪に染めついていることに気づくが何度洗っても消えない。賢治は『源氏物語』の「葵」からヒントを得たと思われる。

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