宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

湘南四季の花-Winter-

 

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茅ヶ崎海岸(えぼし岩)


早春の植物を含む

1.オオイヌノフグリ (オオバコ科)

地上の星

早春,道路わきの陽だまりなどで瑠璃色の美しい花を咲かせ,我々の目を楽しませてくれるのが「オオイヌノフグリ」だ。花は直径8ミリほどだが,その形と色から「星の瞳」と呼ばれることもある。この花には,受粉を成功させるための巧妙な仕掛けがある。花が「パラボナアンテナ」の形をしていることと,花の柄が細く花が揺れやすいこと。虫(ハナアブ)がパラボナの集光効果によって暖められた花の中に止まると,細い柄の花が傾く。虫は振り落とされそうになるので,花の中央の雄しべや雌しべに必死にしがみつこうとする。この動作によって受粉が成功する。昔NHKで「プロジェクトX~挑戦者たち~」(2000年~2005年までに放映されたドキュメンタリー)という番組があり,町工場の名もない名工達に多くの賞賛が与えられていた。その主題歌のタイトルを借りれば,「オオイヌノフグリ」はまさに「地上の星」。

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2.スギ (ヒノキ科)

スギは怒っている

大磯では高麗山の北斜面に多数植林されている。賢治の『虔十公園林』という童話にも植林の話がでてくる。この物語は,軽度の知的障害がある主人公の虔十(けんじゅう)が,「スギ」の苗七百本を植栽し,皆に馬鹿にされながらも一生けんめい育てる話である。大きく育った「スギ」の林は,子供達の遊び場として虔十公園林と名づけられる。しかし,植林も手入れが十分でなかったらどうなるのだろうか。近年,スギ林の荒廃が問題になっている。1つは,放置された「スギ」が種の保存のため雄花を多量に咲かせ,花粉症を増大させているというもの。もう1つは,「スギ」の古い切り株や倒木に発生する「スギヒラタケ」が毒キノコ化し,これを食べた人が相次いで急性脳症を発症したことである。農林水産省のHPでこのキノコを食べないように呼びかけている。これらは,言葉を持たないスギの「怒り」の表現かもしれない。

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3.ユリワサビ (アブラナ科)

サワガニの好物

3~5月,大磯高麗山の北側斜面を散策すると,沢沿いの湿地でサワガニと一緒に白い十字形の花を持つ「ユリワサビ」の群落に出会うことができる。根茎は細くて短いがほのかにワサビのような辛味がある。賢治の文語詩「西のあをじろがらん洞」に,ワサビに関して面白い記載がある。「それわさび田に害あるもの,/一には野鳥 二には蟹(かに),/三には視察,四には税,/五は大更(おおぶけ)の酒屋なり」とある。大更は現在の岩手県八幡平市の中に位置し,昔は収穫したワサビを刻んで酒粕漬にしたものが売られていたらしい。辛いもの,苦いもの,酸味のあるものは人間の特に大人の好物であるが,腐敗物や毒物であることも多いので一般的に動物は食べない。野鳥や蟹が辛味のあるワサビを食べるとは驚きだ。サワガニは「ユリワサビ」も食べるのだろうか。

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4.ヒトリシズカ (センリョウ科) 

春の妖精

3~4月頃に大磯丘陵地の林の中で見つかる。白い花穂が,4枚の光沢のある葉の間から咲く様子を,静御前(源義経の側室)の舞姿にたとえた。花穂は長さが1~3センチで1個だけつく。花には花弁も萼片もない(裸花)。一見花びらに見える白い糸は雄しべ。雌しべは雄しべの根元につくが,粟粒よりも小さいのでルーペなどで観察しないと分からない。ヒトリシズカのように,早春から初夏までの短い期間にしか姿を見せない植物をスプリング・エフェメラル(春の妖精)ともいう。なぜ,初夏までに葉まで枯らす必要があるのだろうか。一説には,初夏を迎え林床が暗くなり,葉が作り出すエネルギーよりも,葉が維持費として消費するエネルギーの方が多くなれば,植物は葉を枯らした方が得策になるというのがある。

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5.モクレイシ  (ニシキギ科) 

湘南が北限

ニシキギ科(モクレイシ属)の常緑低木。花期は2~3月。雌雄異株で花は緑白色。名の由来は果実が割れて種子の見える姿がツルレイシの果実に似ているのと,木質であることによる。1909年,牧野富太郎が新属を設立して学名を発表した。暖地性で九州(五島,南部)と関東(房総,神奈川南部,伊豆半島,七島)にしか分布しない。大磯の高麗山にも自生するが,秦野の渋沢丘陵が自生の北限とされる。県立大磯城山公園では横穴墓群,南門あるいは茶室城山庵近くで見られる。

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6.サザンカ (ツバキ科)

湘南の木

暖地の山地に生えるツバキ科の常緑小高木。日本特産で江戸時代から品種改良が進められ多くの園芸品種がある。大磯町の木になっていて,城山公園にもたくさん植栽されている。山茶花と書いて「サザンカ」と読ませる。本来なら「サンザカ」と読むべきところだが,「ン」と「ザ」を反転させているところが面白い。これは,若い人が雰囲気を「ふいんき」,原因を「げーいん」と発音しているのと同じで日本語の特徴のようだ。日本語は昔から発音しやすい方向に流れている。どうせ発音しやすくするなら「カ」も省略して「サザン」としてしまえばなおよいと思う。湘南らしさがでてくる。

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7.ヤドリギ (ヤドリギ科)

復活のシンボル

冬に「エノキ」などの樹木の高い枝を見ていると,こんもりと小さな枝と葉のかたまりが毬状になっているのを見かける。寄生植物の「ヤドリギ」だ。欧州では古くから神聖な植物とされ,ケルト人などは復活のシンボルとして宗教的な行事に使用してきた。理由は宿主である落葉樹が葉を落とした後でも,青々した葉を持ち続けるから。賢治は『水仙月の四日』という童話で登場させる。雪深い山村で生活している主人公の子どもが,買い物の帰りに寒さと猛吹雪の中で倒れてしまう。子どもは起き上がろうとしない。読者はこのとき死を予感してしまうが,作者は吹雪になる前に雪の妖精に「ヤドリギ」の毬を帰宅中の少年に投げつけて死という結果にはならないことを暗にほのめかす。実際に物語の最後は「子どもはちらっとうごいたやうでした」という記載で終わる。

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