宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』に登場する「やまなし」が「イワテヤマナシ」である可能性について (2)

前稿で,童話『やまなし』に登場する「やまなし」がバラ科ナシ属の「イワテヤマナシ」であることで矛盾はないが,バラ科リンゴ属の「オオウラジノキ」を否定するものでもないということを記載した。「やまなし」が「イワテヤマナシ」と「オオウラジロノキ」のどちらであるのか結論を下すには,実際に岩手県に自生する両方の樹木になる果実の落果時期,匂い,密度(比重)などを測定するのが一番であろう。しかし,それはなかなか難しい。

 

私は,童話の「やまなし」が「オオウラジロノキ」であることを否定できていないが,「イワテヤマナシ」であることを疑ってもいない。なぜなら,「やまなし」には賢治の恋人が投影されていると思っているからである(石井,2021)。

 

本稿では,賢治の恋人の出自(あるいはルーツ)から童話の「やまなし」が「イワテヤマナシ」なのか「オオウラジロノキ」なのか考察する。

 

「イワテヤマナシ」は「ミチノクナシ」(Pyrus ussuriensis Maxim)の「変種」である。日本の「ミチノクナシ」は種小名が「ussuriensis」とあるように,ロシア,中国,朝鮮にもPyrus ussuriensis Maximの同種と見られる「種」が存在する。しかし,「イワテヤマナシ」の野生種は北上山系中部の藪川(盛岡市北東部)周辺にのみ自生するといわれている(片山,2019)。すなわち,「イワテヤマナシ」は北上山地周辺にしか自生しない「在来種」(native species)である。

 

童話『やまなし』は,谷川の美しい情景とそこに棲む生き物の争いを描写しているが,東北の「先住民」の末裔である女性と京都からの「移住者」の末裔である賢治との悲恋物語でもある。童話の第一章の水の底にいる〈クラムボン〉にはこの生粋の東北人である女性が,そして移入種としての〈魚〉には賢治が投影されている(石井,2021)。『やまなし』の創作メモと思われるものが異稿「冬のスケッチ」にある。その〈七-三〉という番号の次に「さかなのねがひはかなし/青じろき火を点じつつ。/みずのそこのまことはかなし」と記してある。すなわち,「賢治の願いは悲し,恋人のまことは悲し」である。 

 

第二章の「十二月」に「ドボン」と「やまなし」が落ちてくるが,私はこの「やまなし」にも賢治の恋人が投影されていると思っている。題名にもなっている「やまなし」には恋人の名が隠されているという。東北で「やまなし」は「やまなす」と発音する。この「やまなす」の4文字の中に恋人の名があるという(澤口,2018)。昔「蝦夷(エミシ)」と呼ばれた狩猟民である「先住民」は東北の北上山地に住んでいた。すなわち,「イワテヤマナシ」は恋人の出自(先住民の末裔)をイメージできる北上山地に自生する「在来種」なので,北海道を除く日本全土に分布する「オオウラジロノキ」よりも,この童話には相応しい植物と思われる。

 

参考文献

石井竹夫.2021.宮沢賢治の『やまなし』-登場する植物が暗示する隠された悲恋物語(3)-.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/08/10/122017

片山寛則.2019.新規ナシ遺伝資源としてのイワテヤマナシ~保全と利用の両立を目指して~.作物研究.64:1-9.

澤口たまみ.2018.新版 宮澤賢治 愛のうた.夕書房.