宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

シグナルとシグナレスの反対された結婚 (3) -本線シグナル附きの電信柱とは何者か-

キーワード:安楽行品第十四,法華経,普賢菩薩

 

澤口(2010)は〈本線シグナル附きの電信柱〉(=太っちょの電信柱)が何者かについては言及していない。米地(2016)も「最も矛盾に満ちた不自然な性格」であり「該当者不明」としている。しかし,この電信柱は繰り返し登場してくるので脇役とは思えない。多分,この物語は,単なる恋物語ではないような気がする。本稿では,この〈本線シグナル附きの電信柱〉が具体的に誰なのかというよりは,この人物に二重に投影されている得体の知れない者の本性を示すことで賢治が物語で本当に言いたかったことを明らかにする。

 

1.8年の間,夜昼寝ないで世話できる者とは

物語では〈本線シグナル附きの電信柱〉は鉄道庁の甥であることと,〈シグナル〉を「八年の間,夜ひる寝ないでめんどうを見て」いることになっている。また,〈シグナル〉からは「お前にチヨークのお嫁さんをくれてやるよ」と言われている。賢治の近くに住んでいて,このキャラクターに一致するような人物はいるのであろうか。鉄道庁の「甥」であることがヒントになるのかもしれない。しかし,人物を特定しても物語の本意は明らかにはされないと思われる。また,前稿で述べたが〈シグナル〉と〈シグナレス〉および結婚をサポートした人物以外の特定は避けたい。

 

ただ,後見人として「八年の間,夜ひる寝ないで面倒を見て」というのが気になる。米地(2016)もこのキャラクターを「最も矛盾に満ちた」存在としていた。当然である。夜昼寝ないで世話できる人間などいない。〈本線シグナル附きの電信柱〉には,人間を超えた存在としてのキャラクターが二重に投影されているように思える。

 

「八年の間,夜ひる寝ないで面倒を見て」の「八年」とは何を意味しているのか。この物語が大正11(1922)年に創作されたものとすれば,8年前とは大正3(1914)年である。この年,18歳になった賢治にとって重要な出会いがあった。人間ではない。それは,『法華経』との出会いである。

 

賢治の弟の清六は,賢治が盛岡高等農林学校へ進学するための受験勉強をしていた頃(大正3(1914)年秋)の兄について,「賢治は,赤い経巻である島地大等編纂の『漢和対照妙法蓮華経』に出会い,その中の特に「如来寿量品第十六」を読んで感動し,驚喜して身体がふるえて止まらず,この感激を後年ノートに「太陽昇る」と記していた。そして,以後賢治はこの経典を常に座右に置いて大切にし,生涯この経典から離れることはなかった」と回想している(宮沢,1991)。翌年(大正4年),賢治は盛岡高等農林学校へ進学し寮生活が始まるが,2年のとき毎朝寮の2階より賢治の法華経読経の声が聞こえたという。そして,大正8(1919)年に日蓮主義を唱える田中智学の講話を聞き共感し,翌年に国柱会に入会している(原,1999)。

 

この頃,「法華経」への信仰心がますます強くなり,父母一家の改宗を熱望するが聞き入れられず,また父子が激しく論争するようになる。大正10(1921)年1月23日夕刻「頭の上の棚から日蓮の御書(おんふみ)が2冊背中に落ち」たのを機に,無断で上京する。そして,アルバイトをしながら国柱会の奉仕活動を始めることになる。帰花したのは,同年8月頃で,翌年の大正10年12月に稗貫郡立稗貫農学校教諭(後の県立花巻農学校)となる。賢治がある女性と運命的な出会いをしたのはこの頃と言われている(前稿参照)。

 

すなわち,賢治は8年前からこの女性と恋に落ちるまで島地大等編纂の『漢和対照妙法蓮華経』を寝るときも含め,常に身近な所に置いていたと思われる。岩波文庫のではあるが,『法華経』は28品の章から校正されているが,「如来寿量品第十六」以外に重要な章としての「安楽行品(あんらくぎょうほん)第十四」がある。この「安楽行品」には,「法華経」を広めるために菩薩などの修行僧が心がけるべき4つの行法(四楽案行)が説かれている。第1に行動と交際の範囲を厳守せよ(人々の集まる娯楽の場所や色街あるいは女性に近づくな)。第2に他人を非難し敵視せず,また他人と論争するな。第3に依怙贔屓(えこひいき)するな。そして第4に他人を信仰させ,さとりを達成しうるように成熟させるべし。という教えである(坂本・岩本,1994)。

 

「如来寿量品第十六」を読んで感動した賢治が,修行するために必須の「安楽行品第十四」を読まないわけがない。しかし,賢治は「四楽案行」のうち特に第1の「人々の集まる娯楽の場所や色街あるいは女性に近づくな」の教えにどのように対処していくべきか悩んだと思われる。修行の身ではあるが20代という多感な時期の賢治にとって娯楽や女性の誘惑に打ち勝つのはかなりの労力が必要だったと思われる。

 

関徳彌が賢治三十歳前後の頃のことを回想して自著『賢治随聞』に次のようなことを書き留めている(信時,2002)。

 

ある朝,館の役場の前の角で旅装の賢治に会い,「どちらへおいでになったのですか」ときくと「岩手郡の外山牧場へ行って来ました。昨日の夕方出かけて行って,一晩中牧場を歩き,いま帰ったところです。性欲の苦しみはなみたいていではありませんね。」と言ったということです。

多分,「法華経」を読経しながら歩いていたのであろう。

 

2.本線シグナル附きの電信柱は普賢菩薩の化身である

「法華経」には「法華経」の信者を娯楽や女性の誘惑から守ってくれる菩薩がいる。この菩薩は,「法華経」の「普賢菩薩勧発品(ふげんぼさつかんぼっぽん)第二十八」に登場する「普賢菩薩」である。

 

「普賢菩薩勧発品第二十八」には「世尊若後世。後五百歳。濁悪世中。・・・求索者。受持者。読誦者。書写者。欲修習是法華経。・・・我当乗六牙白象。・・・現其人前。・・・亦復与其。陀羅尼呪。得是陀羅尼故。無有非人。能破壊者。亦不為女人。之所惑乱。我身亦自。常護是人。唯願世尊。聴我説此陀羅尼。・・・阿檀地 檀陀婆地 檀陀婆帝 」(世尊よ,若し後の世の後の五百歳の濁悪の世の中に・・・求索せん者,受持せん者,読誦せん者,書写せん者,この法華経を修習せんと欲せば・・・われは当に六牙の白象に乗りて・・・その人の前に現われて・・・陀羅尼呪を与えん。この陀羅尼を得るが故に非人の,能く破壊する者あること無からん。亦,女人に惑乱(わくらん)する所とならざらん。わが身亦,自ら常にこの人を護らん。唯,願わくは世尊よ,わがこの陀羅尼呪(だらにしゅ)を説くことを聴(ゆる)したまえ。・・・・(以下陀羅尼呪が続く)あたんだい たんだはち たんだばてい・・・)とある(坂本・岩本,1994)。なお,「陀羅尼呪」は呪文のことで秘密の法であることから翻訳すべきではないとされている。

 

少し砕いて説明すれば,「普賢菩薩」は,釈迦如来に次のことを誓っている。わたしは法華経を一心に修業して学ぶ者がいれば,その者の前に白い象に乗って現れ,常に修行を妨害する者,誘惑する女から守る。また,そのためには必要な呪文を説くであろう。

 

すなわち,物語の〈本線シグナル附き電信柱〉は「普賢菩薩」の化身であり,〈シグナル〉が〈シグナレス〉に近づかないように「八年の間」,人間では出来ない力を発揮して「夜ひる寝ないでめんどうを見て」いたということになる。〈シグナル〉は昼だけでなく,夜も夢の中に現れる「普賢菩薩」の化身としての〈本線シグナル附き電信柱〉から世話を受けていたのであろう。

 

〈本線シグナル附き電信柱〉は〈シグナル〉と〈シグナレス〉がおしゃべりを始めると「出鱈目(でたらめ)の歌」を歌う。例えば「ゴゴンゴーゴー,やまのいわやで,熊が火をたき,あまりけむくて,ほらを逃にげ出す。ゴゴンゴー,田螺(たにし)はのろのろ。うう,田螺はのろのろ。田螺のしやつぽは,羅紗(ラシャ~の上等(じょうとう),ゴゴンゴーゴー」と歌う。〈シグナル〉と〈シグナレス〉はこの歌を聞くと黙り込んでしまう。これは,「法華経」の陀羅尼呪にあたるもので,〈シグナレス〉などの女性が〈シグナル〉に近づけさせないための〈本線シグナル附き電信柱〉の呪文である。「法華経」の呪文でもあるので何を言っているのかは分からない。

 

しかし,この呪文の効果は絶大で,〈シグナル〉と〈シグナレス〉の恋は近親者たちの猛反対を受けることになる。すなわち,破局に向かっているということを暗示させて物語が終わる。

 

これは私の単なる推測にすぎないが,賢治が童話『シグナルとシグナレス』を岩手毎日新聞という地方紙で発表したのは,〈シグナル〉に自分を投影させて自分は「法華経」の教えに叛いてでも結婚したかったが,「誤解」がもとで結婚が反対されてしまったということを近親者たちに伝えたかったからと思われる。すなわち,結婚に対する理解を求めたのだと思う。

 

だから,この物語を発表した時,賢治と恋人はまだ結婚を諦めてはいない。童話で二人は「ああ,シグナレスさん,僕たちたった二人だけ,遠くの遠くのみんなの居ないところに行つてしまひたいね」「えゝ,あたし行けさへするなら,どこへでも行きますわ」と,近親者たちの理解を受けられなければ駆け落ちも辞さない覚悟を語っている。

 

実際に「法華経」の力が勝って二人の恋の終止符が打たれるのは大正13(1924)年である。二人は駆け落ちすることもなく,恋人は新天地での生活を求めて6月14日に渡米する。多分,賢治はこの物語を執筆してから恋人が渡米するまでの間に,「自分たちの幸せ」よりも「みんなの幸せ」,すなわち恋を諦め「法華経」を選んでしまったのであろう。(了)

 

参考資料と引用文献

原 子朗.1999.新宮澤賢治語彙辞典.東京書籍.

信時哲朗.2002.宮沢賢治とハヴロック・エリス-性教育・性的周期律・性的抑制・優生学-神戸山手大学環境文化研究所紀要 6:23-37.

宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.

宮沢清六.1991.兄のトランク.筑摩書房.

坂本幸男・岩本 裕(訳注).1994.法華経(上)(中)(下).岩波書店.

澤口たまみ.2010.宮澤賢治 愛のうた.盛岡出版コミュニティー.

米地文夫.2016.宮沢賢治「シグナルとシグナレス」の三重の寓意 ― 岩手軽便鉄道国有化問題と有島武郎の恋と天球の音楽と ―.総合政策 17(2):177-196.