宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』に登場するクラムボンは石の下の小さな生物という意味である

前稿(石井,2021)で,童話『やまなし』に登場する〈クラムボン〉には従来の解釈と異なり先住民の女性が投影されていて,賢治の悲恋物語が描かれているという新しい説を示した。すなわち,童話には谷川に棲む〈魚〉と〈クラムボン〉の悲恋物語が記載されている。本稿では恋人が投影されている〈クラムボン〉の正体と名前の由来について検討する。

 

〈クラムボン〉は谷川の川底にある「石の下」にいる「カゲロウ」の幼虫のことと思われる。「カゲロウ」は,水生の幼虫のあと,有翅(ゆうし)の亜成虫期を経て成虫になる。これを不完全変態と呼ぶ。「カゲロウ」の幼虫は,完全変態する「トビケラ」の幼虫「ラーバ(larva)」と区別するために「ニンフ(nymph)」と呼ぶ。「ニンフ」は妖精という意味である。なぜニンフと呼ぶかは分からないが,昆虫の世界では「ニンフ」は幼虫のことを言うらしい。また,「カゲロウ」の仲間は5月(May)頃に羽化するので英語で「メイフライ(mayfly)」ともいう。エッセイストの澤口たまみさんも著書『クラムボンはかぷかぷわらったよ 宮澤賢治おはなし30選』(2021)で,この「メイフライ」に注目して「クラムボンはカゲロウが妥当」と書いている。

 

「カゲロウ」の仲間でも,「石の下」に生息し,流線型をして泳ぐのがうまく跳ねたりできるのはヒメフタオカゲロウ科あるいはフタオカゲロウ科の幼虫であろう。例えば,「ヒメフタワカゲロウ」の幼虫は,河川蛇行部の内側あるいは巨岩の下流の淀みあるいは石の下に潜んでいる。また,「ナミフタオカゲロウ」の幼虫は,体長16mm内外,山地渓流に生息し,羽化が近づくと浅瀬に集まり,人が近づくと飛び跳ねるという。釣り人はこれら「カゲロウ」の幼虫を,ピンピン「跳ねる」ように泳ぐことから「ピンチョロ」と呼ぶ。

 

「カゲロウ」は昆虫なので,幼虫にも哺乳類と同様に口部には上唇と下唇がある。口唇は母乳で育つ哺乳類の特徴であるが,なぜか昆虫にもある。「カ(蚊)」も昆虫なので上唇と下唇がある。だから血をこぼさずうまく吸うことができる。人間は「笑う」と上唇と下唇の接合部である「口角」が上がる。だから,「ヒメフタオカゲロウ科」などの幼虫は,「口角」を上下に動かせるとすれば,それを上げて笑ったように見せることは可能かもしれない。「五月」の章で〈蟹〉の兄弟の会話に登場する『クラムボンは跳てわらつたよ。』にぴったりである。

 

ネットで〈クラムボン〉を「トビケラ」だと主張している人がいる。しかし,「トビケラ」は水中で巣を作ってその中で生活をする。いわゆる,蓑虫のようなものである。跳ねたりはしないと思われる。

 

「カゲロウ」は谷川に遠い昔から棲んでいた。〈クラムボン〉と同じ先住土着の女性を比喩する「樺(かば)」は,アイヌ語の「カリンパ」に由来すると言われている。それゆえ,〈クラムボン〉という名称も,アイヌ語の可能性があり,「アイヌ」の伝説に登場する「先住民」の「コロボックル」と関係があると思われる。

 

〈クラムボン〉が先住民族であるアイヌの伝説の小人「コロボックル」と関係があると最初に示唆したのは山田貴生さんであろう。彼は高知大学宮沢賢治研究会の機関誌(注文の多い土佐料理店)に,「クラムボン」はアイヌ語で分解すると「kur・人,男,ram・低い,pon(bon)・子供)」になり,「アイヌ各地に分布する伝説の小人・コロボックルである」と報告している。

 

「コロボックル」は和人によって「フキの下の小人」と翻訳されたりもしているが,「アイヌ」の間では「kurupun unkur」(石の下の人)として伝承されている地域もある。〈クラムボン〉(発音はkut ran bon)は,賢治の造語と思われる。私は,〈クラムボン〉の最初の「ク」を「kut(岩崖)」として山田さんとは異なった解釈を試みてみた。すると,〈クラムボン〉は,アイヌ語で「kut・岩崖, ra・下方,un・にいる, bon・小さい」に分解できることが分かった。すなわち,〈クラムボン〉は「カゲロウ」の幼虫の姿をしているが,「岩崖(石)の下」にいる「小人(妖精)」のことであろう。〈魚〉が谷川の岩(石)の下に居る水の妖精に恋をしたのである。

 

参考文献

石井竹夫.2021.童話『やまなし』は魚とクラムボンの悲恋物語である。https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/09/20/090540

 

2021.9.22(投稿日)