宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『氷河鼠の毛皮』考 (3) -熊のやうな人たちとは何者か-

物語の後半部で間諜(スパイ)の〈痩せた赤ひげ〉によって誘導された20人ほどの〈熊のやうな人たち〉が列車に乗り込んでくる。本稿では,この〈熊のやうな人たち〉が誰かについて考察する。 〈熊のような人たち〉が列車に乗り込んでくる場面は以下の通り。 …

童話『氷河鼠の毛皮』考 (2) -タイチとは何者か-

この物語は〈船乗りの青年〉と〈月〉との悲恋物語を主要テーマにしているのではない。この物語の主人公は〈タイチ〉である。本稿では,〈タイチ〉が何者で,〈船乗りの青年〉とどのような関係があるのかを考察する。 最初に結論を述べる。〈タイチ〉のモデル…

童話『氷河鼠の毛皮』考 (1) -青年はなぜ月に話かけているのか-

童話『氷河鼠の毛皮』は,大正12(1923)年4月15日に地方紙である岩手毎日新聞の三面に掲載されたものである。この童話はイーハトヴ発ベーリング行きの最大急行列車の車内で〈タイチ〉という裕福な紳士が〈熊のやうな人たち〉に襲われるが,その列車内に偶…

童話『やまなし』考 -クラムボンは笑った,そして恋は終わった-

キーワード : 誤解,ぷかぷか,かぷかぷ,失笑,嘲笑 童話『やまなし』は地方紙の岩手毎日新聞に大正12(1923)年4月8日に掲載されたものである。「クラムボンはわらつたよ。クラムボンはかぷかぷわらつたよ。・・・」と「アイヌ」の叙事詩ユーカラのような…

シグナルとシグナレスの反対された結婚 (3) -本線シグナル附きの電信柱とは何者か-

キーワード:安楽行品第十四,法華経,普賢菩薩 澤口(2010)は〈本線シグナル附きの電信柱〉(=太っちょの電信柱)が何者かについては言及していない。米地(2016)も「最も矛盾に満ちた不自然な性格」であり「該当者不明」としている。しかし,この電信柱…

シグナルとシグナレスの反対された結婚 (2) -実在した人物に対応させることができるか-

キーワード: 移住者,先住民,出自 前稿で〈本線シグナル附き電信柱〉が激怒して2人の結婚に反対した理由について,特に反対のきっかけになったことを中心に話した。本稿では,賢治が生きた時代に〈シグナル〉と〈シグナレス〉のキャラクターに当てはまる…

シグナルとシグナレスの反対された結婚 (1) -そのきっかけはシグナレスが笑ったから-

キーワード: エルサレムアーティチョーク,失笑,嘲笑 童話『シグナルとシグナレス』は大正12(1923)年5月11日~23日にかけて岩手毎日新聞に掲載されたものである。タイトルにある〈シグナル〉は,本線側の金属製で電燈と信号腕木が付いた新式の信号機のこ…

自分よりも他人の幸せを優先する宮沢賢治 (3)-それによって築いたものは蜃気楼にすぎなかったのか-

本稿は,法華経をもとに創作したたくさんの童話あるいは菩薩行が賢治にとって満足できるものであったのかを問いたい。 法華経に陶酔した賢治は,大正9年(1920)に純正日蓮主義を主張する田中智学により創設された「国柱会」の信行部に入会する。その後,賢…

自分よりも他人の幸せを優先する宮沢賢治 (2)-法華経との出会いと感動した理由-

寂しかった賢治は,幼い頃に聞いた「ひとというものはひとのために何かしてあげるために生まれてきたのス」という母の言葉,すなわち母が望む「人の役に立つことをする」にはどうすればよいのかということを長い間模索していたと思われる。そして,賢治は仏…

自分よりも他人の幸せを優先する宮沢賢治 (1)-性格形成に影響を及ぼした母の言葉- 

賢治は,自分よりも他人の幸せを優先するという性格を有している。この性格は幼い頃から持っていたようで,18歳で島地大等編纂の『漢和対照妙法蓮華経』を読んで感動し,やがて法華経の世界にのめり込んでいく。賢治は,法華経の教えを童話の形にした作品を…

自分よりも他人の幸せを優先するカムパネルラ-性格形成に影響を与えた母の言葉- 

前ブログで,『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』に登場する鬼殺隊の煉獄杏寿郎(れんごくきょうじゅろう)が自分を犠牲にしてまでも他者(弱き人)を優先する特異な性格を持っていること,およびその性格形成に導いた理由の1つに幼い頃に母から聞いた「弱き人…

自分よりも他者を優先する煉獄杏寿郎-性格形成に影響を与えた母の言葉- 

2020年に吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)の漫画『鬼滅の刃』を原作としてufotableが制作した長編アニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が公開された。220日間の我が国での観客動員数は2896万人である。2021年にはテレビ(7回シリーズ)でも放映された…

ブログ内容の紹介

謎の多い宮沢賢治の作品をそこに登場する植物を丁寧に調べることによって読み解いています。本ブログの内容は,ブログ名について,作品論,エッセイの3項目から構成されています。作品論とエッセイにあるカテゴリー名末尾の括弧内の数字は各カテゴリーの記事…

童話『ビヂテリアン大祭』-植物を食べることの意味-

多くの菜食主義者(ベジタリアン)たちは,植物は食べるが動物は食べない。動物を食べない理由には2つあり,それぞれ2つのタイプのベジタリアンンが存在する。1つは動物に対して同情するから食べないというもので(同情派)で,もう1つは体に良くないから…

「カラスウリ」は童話『銀河鉄道の夜』を象徴する植物である

童話『銀河鉄道の夜』には「烏瓜のあかり」が繰り返し登場してくる。この「烏瓜のあかり」に使われる「カラスウリ」(ウリ科;Trichosanthes cucumeroides Maxim.)は,第1図に示すように花が日没後に開花することや,蔓が上方に伸びることで地上と天上を結…

童話『やまなし』に登場するクラムボンは石の下の小さな生物という意味である

前稿(石井,2021)で,童話『やまなし』に登場する〈クラムボン〉には従来の解釈と異なり先住民の女性が投影されていて,賢治の悲恋物語が描かれているという新しい説を示した。すなわち,童話には谷川に棲む〈魚〉と〈クラムボン〉の悲恋物語が記載されて…

童話『やまなし』は魚とクラムボンの悲恋物語である

宮沢賢治の童話『やまなし』は,大正12(1923)年4月8日に岩手毎日新聞に発表されたものである。この童話には,〈蟹〉,〈魚〉,〈鳥〉などの動物や「樺の木」や「やまなし」などの植物が登場し,〈蟹〉の親子(父親と二人の男の子)がこれら動植物を谷川…

宮沢賢治の『若い木霊』(7) -なぜ物語にやどり木と栗の木が登場するのか-

Keywords: 栗の木,再生と復活,神聖な木,やどりぎ 本稿では,なぜ物語にやどり木と栗の木が登場するのかについて考察する。最後に「まとめ」を記す。 8.やどり木 「やどり木」はビャクダン科の「ヤドリギ(宿り木)」(Viscum album L.subsp.coloratum…

宮沢賢治の『若い木霊』(6) -黒い森と大きな木霊から逃げた理由-

Keywords: 葦,恋人,まっくらな巨きなもの,先住民,日本武尊 本稿では,「黒い森」が何を意味しているのか明らかにし,〈若い木霊〉が〈大きな木霊〉から逃げた理由について考察する。「黒い森」は以下の場面で登場してくる。 「鴾(とき),鴾,どこに居…

宮沢賢治の『若い木霊』(5) -鴾の火と法華経(安楽行品)の関係について-

Keywords:安楽行品,髻中明珠,黒い鴾,暗い木立 本稿では,「法華経」の「四要品」の一つである「安楽行品第十四」の教えが以下の〈鴾〉が〈若い木霊〉を連れていった「桜草のかげらふ」の中,あるいは〈鴾〉と〈若い木霊〉の会話の中に隠されているかどう…

宮沢賢治の『若い木霊』(4) -鴾の火と法華経・如来寿量品の関係について-

Keywords:春の光,ほんたうのこと,24時間の明暗周期,如来寿量品第十六,沈んでまた昇る,良医治子 本稿では,「法華経」の「四要品」の一つである「如来寿量品(にょらいじゅりょうほん)第十六」の教えが以下の〈桜草〉の独り言の中に隠されているかどう…

宮沢賢治の『若い木霊』(3) -鴾の火と法華経・観世音菩薩普門品の関係について-

Keywords:春の光,観世音菩薩普門品二十五,かたくりの葉の模様,太陽の高さ 本稿では,「法華経」の「四要品」の一つである「観世音菩薩普門品(かんぜおんぼさつふもんぼん)第二十五」の教えが以下の2番目の丘の向こうの窪地に咲く〈かたくり〉の葉に現…

宮沢賢治の『若い木霊』(2) -鴾の火と法華経・方便品の関係について-

Keywords:春の光,蟇,譬喩品第三,方便品第二,三車火宅,鴾の火 本稿では,最初に「法華経」の「四要品」の一つである「方便品(ほうべんぼん)第二」の教えが以下の最初の丘を下った窪地にいる〈蟇〉の独り言の中に隠されているかどうか検討する。下記引…

宮沢賢治の『若い木霊』(1) -「四」という数字が意味するもの-

Keywords: 文学と植物のかかわり,法華経,一水四見,柏,四要品 賢治の童話に『若い木霊』というのがある。制作年度は確定されていないが,大正11年(1922)11月の妹トシの死以前に書き始められたとされている(中地,1991a)。 木の精霊である主人公の〈…

春の妖精たち

「春の妖精」とは,雪解けとともに春一番で地上に姿を現し,初夏の樹上の若葉が出揃う前に姿を消してしまうはかなくも愛らしい植物たちのことをいう。「スプリング・エフェメラル(春の短い命)」とも呼ぶこともある。カタクリ,サクラソウ,フクジュソウ,…

復活と再生のシンボルとしてのヤドリギ

冬に樹木の高い枝を見ていくと,こんもりと小さな枝と葉のかたまりが毬(まり)状になっているのを見ることができる。これがヤドリギ(宿り木;Viscum album L. subsp. coloratum Kom )である(第1図)。冬でなくても注意深く観察すれば見つけることは難し…

ドングリ問答-いちばんえらいのは-

ドングリって何ですか イメージ的には小さくて,丸っこくて,しかも先が尖っていて,堅い殻をもつ木の実です。生物学の本でも諸説があって混乱しています。環境省自然保護局生物多様センターの定義では,ブナ科のコナラ属,シイ属,マテバシイ属の果実を総称…

なぜ人は食べもしないドングリを拾うのか(試論)

秋も深まったころ,県立大磯城山公園内の草地を散策していたら,多数の家族連れが2~3本のシラカシの木の下で一生けんめい地面に落ちた「ドングリ」を拾っているのを見かけた。中には,子供たちと一緒に大人も夢中になって拾っていた。城山公園にはコナラ,…

ガラスマントの宅急便-ヤシの謎-(試論)

賢治の童話『風野又三郎』(1924年2月12日以前の作)は,いきなり何の前触れもなく「九月一日 どっどどどどうど どどうど どどう」という風の音の擬音で始まる。この作品に登場する「又三郎」は,「ガラスのマント」と透きとおる「沓(くつ)」を履いて空を…

リンドウの花は「サァン,ツァン,サァン,ツァン」と踊りだす

賢治は,作品にたくさんの擬音(オノマトペの一種)を入れることで知られている。童話『十力の金剛石』でも,天然物,動物,植物とさまざまな物に擬音が使われている。普通,物が動くとき音を発する。時計が時を刻むとき,実際そのように聞こえるかどうかは…