宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

童話『やまなし』考 -「十二月」に「やまなし」の実が川底に沈むことにどんな意味が込められているのか (第2稿)-

新寄宿舎で賢治と恋人がどんな会話をしていたのかは定かではない。ただ,童話『シグナルとシグナレス』(1923.5.11~23)では親戚から結婚を反対された〈シグナル〉と〈シグナレス〉が以下のような会話をしている。 諸君,シグナルの胸は燃えるばかり, 「あ…

童話『やまなし』考 -「十二月」に「やまなし」の実が川底に沈むことにどんな意味が込められているのか (第1稿)-

童話『やまなし』の第二章「十二月」で,「やまなし(山梨)」の果実は「ドブン」と谷川に落ちたあと「ずうつとしずんで又上へのぼって」行き,そのあと「流れて」,そして「横になって木の枝にひっかかってとまり」,「二日ばかり」過ぎると「下へ沈む」と…

童話『やまなし』では水に浮いた「やまなし」の実が2日で川底に沈みしばらくすると酒ができるとあるが (2)

「なし」の果実は傷みやすく,腐敗すると「変色」し「皮がシワシワ」に萎れると言われている。11月5日に平塚市総合公園で採取したバラ科ナシ属の落果した「ヤマナシ」(Pyrus pyrifolia )の果実は,10日後に柔らかく,そして軽くなり,第1図のように4個中…

童話『やまなし』では水に浮いた「やまなし」の実が2日で川底に沈み,しばらくすると酒ができるとあるが (1)

「りんご」は水に浮くが,「和なし」は水に沈むということはよく知られている。童話『やまなし』で,谷川に「ドブン」と落ちた「やまなし」の果実は「ずうつとしずん」で行くが,「又上へのぼって」行く。すなわち,水に浮くのである。そのあと,この果実は…

童話『やまなし』の「やまなし」が「オオウラジロノキ」である可能性について

「イワテヤマナシ」(Pyrus ussuriensis Maxim.var.aromatica (Nakai et Kikuchi))Rehd.)は,最初に推定した人が誰だかは分からないが,童話『やまなし』に登場する「やまなし」の最も有力な候補としてあげられている(伊藤,2007;片山,2019)。しか…

童話『やまなし』に登場する「やまなし」の実は水に浮くが「イワテヤマナシ」も同じように浮くのか

童話『やまなし』の第二章「十二月」で,「やまなし」の果実は「ドブン」と谷川に落ちたあと「ずうつとしずんで又上へのぼって」行き,そのあと「流れて」,そして「横になって木の枝にひっかかってとまり」,「二日ばかり」過ぎると「下へ沈んでくる」とあ…

童話『やまなし』考 -第二章の章題「十二月」は「十一月」の誤りか-

賢治童話に大正十二年(1923)4月8日付け岩手毎日新聞に発表した『やまなし』がある。この童話は,「一,五月」と「二.十二月」という2つ章から構成となっているが,第二章の章題「十二月」に異論を唱える研究者たちがいる。最初に異論を唱えたのは詩人…

童話『四又の百合』に登場するまっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎(4)-なぜ10銭で売ろうとした花がルビーの首飾りと同等なのか-

前稿(2)と(3)では「まっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎」が聖なる花であり「強い信仰心」を象徴しているということを記した。本稿(4)では,なぜ,この信仰心を象徴する百合の花を〈はだしの子供〉は10銭で売ろうとし,また〈大蔵大臣〉…

童話『四又の百合』に登場するまっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎(3)-この1茎を持つはだしの子供とは誰か-

童話『四又の百合』では,この「四又の百合」を持つ〈はだしの子供〉は「日がまっ白に照って半分あかるく夢のやうに見える家」の前の「栗の木」の下に立っている。はたして,この〈はだしの子供〉とは誰か。この問の答えのヒントは,この童話と深く関係する…

童話『四又の百合』に登場するまっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎(2)-その1茎は奇麗な心が形になったものか-

前稿(1)で,「四又」で「まっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎」に相当する百合の花は自然界には存在しないということを報告した。では,〈はだしの子供〉あるいは国王が〈正徧知(しょうへんち)〉に渡そうとした1茎の「四又」で「十の花のつい…

童話『四又の百合』に登場するまっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎(1)-それは自然界に存在するのか-

『四又の百合』は大正12年(1923)後半に清書されたと言われている短編の童話である(原,1999)。この童話には「まっ白な貝細工のやうな百合の十の花のついた茎」という不思議な1茎の百合の花が登場する。多分,この「十の花のついた茎」とは童話の題名に…

宮沢賢治の詩に登場するジュグランダーやフサランダーとは何か

宮沢賢治の詩集『春と修羅』(第二集)の「四〇三 岩手軽便鉄道の一月」(1926,1,17)には「ジュグランダー」,「サリックスランダー」,「アルヌスランダー」,「ラリクスランダー」,「モルスランダー」,「フサランダー」と耳慣れない言葉が立て続けに…

賢治は実際にセンホインという植物を見たのか

「センホイン」という植物は,詩集『春と修羅 第二集』の 329〔野馬がかってにこさえたみちと〕(1924.10.26)に登場する。どんな植物なのだろうか。『新宮澤賢治語彙辞典』によれば,「センホイン(sainfoin)」は「イガマメ属の総称で南欧から中央アジア…

童話『やまなし』の舞台となった谷川は実在するか-イサドとの関係-

童話『やまなし』(1923.4.8)が賢治の悲恋体験に基づくものであることについてはすでに報告した(石井,2021,2022)。本稿では,『やまなし』の舞台となった谷川のモデルが実在するかどうか検証する。 童話『やまなし』の舞台は,冒頭に「小さな谷川の底…

賢治の文語詩「民間薬」(第3稿)-ネプウメリてふ草の葉とは何か-

「ネプウメリという草の葉」とは,疲労回復の草の葉ではなく,「禍」を引き起こす「怨霊」を鎮魂する草の葉と思われる。この効能を有する「ネプウメリ」という名の薬草を探してみる。 本稿では,「ネプウメリ」の「ネプ」と同音の発音を含む「ねぷた」という…

賢治の文語詩「民間薬」(第2稿)-羆熊の皮は魔除けか-

前稿で文語詩「民間薬」の「干泥のわざ」は,農作業という意味ではなく,旱魃の「禍」,すなわち「旱魃禍」であるということを述べた。本稿では「羆熊の皮」について考察する。 2)「たけしき耕の具を帯びて,羆熊の皮は着たれども」とは 「たけしき耕の具…

賢治の文語詩「民間薬」(第1稿)-干泥のわざとは旱魃禍のことである-

はじめに 文語詩「民間薬」は,賢治が最初に発表した2つの文語詩のうちの1つである(もう1つは後述する「選挙」)。「民間薬」には,多田保子編集発行「女性岩手」創刊号(1932.8.15)への発表形,黄罫詩稿用紙に書かれた下書き稿と定稿の3つがある。…

童話『ガドルフの百合』考(第6稿)-賢治は本当に〈恋〉よりも〈宗教〉の方を重要と考えたのか

童話『ガドルフの百合』を読むと,恋人は両家の近親者達から繰り返し反対されても,賢治について行こうとしていた様子がうかがえる。この童話に記載されている言葉を借りれば,ガドルフ(賢治)は,背の高い「白百合」(恋人)が,雷光を伴う嵐(結婚に対す…

童話『ガドルフの百合』考(第5稿)-朝廷と東北先住民の歴史的対立

「白百合」は雷雨で折られ,そしてガドルフは,夢の中で二人男の争いが原因で倒されてしまう。この争いは,ガドルフと「白百合(恋人)」の恋の顛末とどのように関係してくるのであろうか。ガドルフを賢治に,「白百合」を賢治の恋人として以下に考察してみ…

童話『ガドルフの百合』考(第4稿)-夢の中で争う二人の男は誰か

背の高い「白百合」が嵐で折れたことを恋の破局と解釈すれば,この破局の理由は何であろうか。ヒントは,「白百合」が折れた直後に「クジラの頭」をイメージしている「稜が五角の屋根」を持つ「巨きなまっ黒な家」の中で見た夢の中の二人の男の争いに隠され…

童話『ガドルフの百合』考(第3稿)-「俺の百合は勝ったのだ」の「百合」とは何か

本稿では,「俺の百合は勝ったのだ」の「百合」が何を意味しているのについて検討する。 この「百合」は,恋人をイメージできる庭に咲く折れた1本の「丈の高い百合」でも,折れずに「勝ち誇ったかのように」残った10本ほどの「百合」のことでもない。この百…

童話『ガドルフの百合』考(第2稿)-百合の花に喩えた女性とは誰か

本稿では,「巨きなまっ黒な家」の庭に咲く丈の高い「百合」と,「しのぶぐさ」の上に横たわる「百合」が何を意味しているのについて検討する。 1.賢治の恋人との関係 ガドルフは,「巨きなまっ黒な家」に避難したのちに,庭に雷光で映し出される「しろい…

童話『ガドルフの百合』考(第1稿)-「稜が五角の屋根」を持つ「巨きなまっ黒な家」とは何か

童話『ガドルフの百合』考 目次 第1稿-「稜が五角の屋根」を持つ「巨きなまっ黒な家」とは何か はじめに 1.「曖昧な犬」は先住民の比喩 2.「稜が五角の屋根」を持つ「巨きなまっ黒な家」は「クジラの頭」 第2稿-百合の花に喩えた女性とは誰か 1.賢…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか (第6稿)-祭られなくなったが先住民の心の中には存在し続けている-

〈土神〉は,「人間どもは不届きだ。近頃はわしの祭りにも供物一つ持って来ん」と嘆いている。なぜ土着の神である〈土神〉が祭られなくなったのだろうか。「祭り」が南部北上山地西縁の東和にある三熊野神社内の成島毘沙門堂(毘沙門天)や不動谷内権現を祀…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか (第5稿)-東北の祭りとの関係-

本稿では〈土神〉と「東北」の祭りとの関係について述べる。物語で〈土神〉の「祠」がある場所の祭りは,〈土神〉が「今日は五月三日,あと六日だ」と言っているので5月9日である。この物語は岩手山東側の「一本木野」が主な舞台なので,この周辺の神社な…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか(第4稿)-蝦夷との関係-

本稿では「アイヌ」と「東北」の「先住民」である「蝦夷」の関係について述べる。 6.東北の「アイヌ」は「蝦夷」のこと 木村東吉(1994)によれば,詩〔日はトパースのかけらをそゝぎ〕の舞台は第3稿で述べたように花巻の西の郊外,山の神・熊堂付近にあ…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか (第3稿)-鬼神との関係-

第1稿と第2稿で,〈土神〉は神道で言われている土地を守護する「地主神」(あるいは「産土の神」)であり,また人間のような姿・形を有しているので「アイヌ」の神や祟り神や天邪鬼の要素を併せ持つ「鬼神」である可能性について述べた。本稿では引き続き…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか (第2稿)-土神の棲む祠の近くにある植物との関係-

賢治作品で難解な用語あるいは正体が不明なものが在る場合,近くに配置されている植物がなぜ登場してくるのか調べることによって明らかになる場合が少なくない(石井,2020)。〈土神〉の棲む「祠」近くには沢山の植物がある。苔,からくさ,短い蘆,あざみ…

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか (第1稿)-記紀神話,神道,アイヌ神との関係-

寓話『土神ときつね』に登場する土神とはどんな神なのか 目次 第1稿-記紀神話,神道,アイヌの神との関係- はじめに 1.物語の舞台と時代および〈土神〉の性格 2.〈土神〉は土地を守護する地主神である 1)記紀神話や神道に登場する土の神 2)アイヌ…

童話『氷河鼠の毛皮』考 (4) -先住していた者たちの止むに止まれない反感-

物語の後半部で間諜(スパイ)の〈痩せた赤ひげ〉によって誘導された20人ほどの〈熊のやうな人たち〉が列車に乗り込んでくる。本稿では,この〈熊のやうな人たち〉が何の目的で〈タイチ〉を連れだそうとしたのかについて考察する。 〈熊のような人たち〉は〈…