宮沢賢治と橄欖の森

賢治作品に登場する植物を研究するブログです

宮沢賢治の詩「蠕虫舞手」に登場するナチラナトラのひいさまはどんなお姿をしているのか

水の中で踊る「ナチラナトラのひいさま」はどんな生き物がイメージされているのだろうか。詩の中で,この生き物は「赤い小さな蠕虫」と表現されている。「蠕虫」には「アンネリダ」のルビが振られていて,体には青白い光を放つ「環節」があり,「とがった二…

宮沢賢治の詩「蠕虫舞手」に登場する「8(エイト)γ(ガムマア)e(イー)6(スイツクス)α(アルフア)」とは何か

詩「蠕虫(アンネリダ)舞手(タンツェーリン)」(1922.5.20)の前半の詩句は以下のようなものである (えゝ 水ゾルですよ おぼろな寒天(アガア)の液ですよ) 日は黄金(きん)の薔薇 赤いちいさな蠕虫(ぜんちゆう)が 水とひかりをからだにまとひ ひと…

童話『やまなし』考-ラムネの瓶の月光とは何か-

童話『やまなし』には難解な用語が多い。「ラムネ瓶の月光」というのもその一つである。 そのつめたい水の底まで,ラムネの瓶(びん)の月光がいつぱいに透(すき)とほり天井では波が青じろい火を,燃したり消したりしてゐるやう,あたりはしんとして,たゞ…

童話『やまなし』考-川底に流れてくる水晶や金雲母にどのような意味が込められているのか-

童話『やまなし』の第二章「十二月」は以下の文章で始まる。 蟹の子供らはもうよほど大きくなり,底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。 白い柔かな円石もころがつて来,小さな錐(きり)の形の水晶の粒や,金雲母(きんうんも)のかけらもながれて…

宮沢賢治の童話『二十六夜』に登場する爾迦夷(るかい)とは誰か

本稿では童話『二十六夜』に登場する捨身菩薩・疾翔大力の弟子である〈爾迦夷〉が誰をイメージして創作されているのかについて考察する。童話で梟(ふくろう)の坊さんは〈爾迦夷〉を以下のように説明している。 爾迦夷といふはこのとき我等と同様梟ぢゃ。わ…

童話『二十六夜』考-梟の子である穂吉の左脚に結ばれた「赤い紐」は運命の「赤い糸」か-

童話『二十六夜』はガチガチの宗教的な読み物のように見えるが,童話『やまなし』や寓話『シグナルとシグナレス』で見られるような悲恋物語も入れてある。すなわち,童話『二十六夜』は梟(ふくろう)の子である穂吉と人間の子の悲恋物語である。穂吉は3人…

童話『やまなし』考 -なぜ十二月にしか出てこない「やまなし」が題名になっているのか-

宮沢賢治の『やまなし』は昭和46年(1971)版(『小学新国語六年上』)に掲載されて以来今日まで国語教材として使われてきた。国語教材の「てびき」の平成17年版と平成27年版に「なぜ,十二月にしか出てこない「やまなし」が題名になっているのだろう。理由…

童話『やまなし』になぜ蟹が登場するのか明らかにする(第3稿)-童話『二十六夜』との関連から-

童話『やまなし』が「仇討ち」を重要なテーマにしているという私の推測は,童話『やまなし』と同時期に書かれ,同じく「仇討ち」がテーマになっている童話『二十六夜』(1922 or 1923)を読むことで確実なものになってくる。童話『二十六夜』には小鳥や田螺…

童話『やまなし』になぜ蟹が登場するのか明らかにする(第2稿)-ガドルフが背負う蟹の形をした背嚢から-

前稿(石井,2023)で賢治が投影されている移入種の〈魚〉と恋人が投影されている谷川に先住する〈クラムボン〉の結婚が反対された「ほんとう」の理由は,遠い過去の大和朝廷やそれに続く中央政権と東北人の歴史的対立が関係しているかもしれないということ…

童話『やまなし』になぜ蟹が登場するのか明らかにする(第1稿)-芥川龍之介の『猿蟹合戦』との関連から-

童話『やまなし』のもともとの題名は『蟹』であったとされる。童話『ひのきとひなげし』(初期形)表紙余白に「童話的構図 ①蟹,②ひのきとひなげし,③いてふの実,④ダアリアとまなづる・・・・・」と,また童話『青木大学士の野宿』第七葉裏に「ポランの広場…

童話『やまなし』考-蟹の母が子の行動に対して禁止したもの(試論 第2稿)-

前稿で,タネリが「南」の空を「くらげ」の「めがね」で透かして見たものは大都会東京やアメリカのシカゴ,ニューヨークのような伝統が破壊され自由を謳歌できる世界であり,「悪いもの」とは「南」にある別の世界であることを述べた。しかし,「くらげ」の…

童話『やまなし』考-蟹の母が子の行動に対して禁止したもの(試論 第1稿)-

童話『やまなし』(1923.4.8)に登場する〈蟹〉は父親と兄弟の子供しか登場しない。1971年に宮沢賢治研究会の例会で,なぜ母親が出てこないのかについて健在説,一時的不在説,入院説,死亡説という4つの見解が出され議論されていた(福島,1971)。私は…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「みずのそこのまことはかなし」とはどういう意味か (第2稿)-

恋人のことを少しでも知ろうとするには賢治の作品を読み解いていくしかない。恋人との悲恋物語は寓話『シグナルとシグナレス』の〈シグナル〉と〈シグナレス〉の恋として語られているということはすでに述べた(石井,2022a)。しかし,これだけではない。寓…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「みずのそこのまことはかなし」とはどういう意味か (第1稿)-

前稿で異稿「冬のスケッチ」に残されていた童話『やまなし』の創作メモ「さかなのねがひはかなし/青じろき火を点じつつ。//みずのそこのまことはかなし」の最初の1行と2行目は「さかな(賢治)のクラムボン(恋人)を水底(花巻)から連れだそうとした…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「青じろき火を点じつつ」とはどういう意味か (第2稿)-

賢治は恋人と一緒かどうかは定かではないがアメリカへ行こうとしていたのは事実である。賢治と同郷の関徳彌(登久也)が,賢治の教え子である長坂俊雄(旧姓は川村)からアメリカ行きの話を聞いている。大正11年(1922)から12年頃に,賢治が「おれはアメリ…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「青じろき火を点じつつ」とはどういう意味か (第1稿)-

前稿で異稿「冬のスケッチ」〈七-三〉に残されていた童話『やまなし』(1923.4.8)の創作メモ「さかなのねがひはかなし/青じろき火を点じつつ。//みずのそこのまことはかなし」の最初の1行「さかなのねがひはかなし」は,破局に向かっているときの恋…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「さかなのねがいはかなし」とはどういう意味か (第2稿)-

青年が銀河鉄道の列車に乗車してきたとき,青年の腕には黒い外套を着た眼が茶色の可愛らしい〈女の子〉がすがっていた。そして,青年は船が氷山と衝突したとき〈女の子〉を救命ボートに乗せられなかった理由について話をする。同時に,青年は〈女の子〉を助…

童話『やまなし』考 -冬のスケッチ(創作メモ)にある「さかなのねがいはかなし」とはどういう意味か (第1稿)-

童話『やまなし』(1923年4月8日新聞発表)の第一章「五月」には鉄色の〈魚〉と〈クラムボン〉の悲恋物語が書かれている(石井,2021a)。鉄色の〈魚〉には賢治が,川底に居る〈クラムボン〉には詩集『春と修羅』に登場してくる賢治の恋人が投影されている…

童話の「やまなし」の実が「横になって木の枝にひっかかってとまる」とは何を意味しているのか

童話『やまなし』の第一章「五月」は,谷川の川底に先住していた〈クラムボン〉とあとから谷川にやってきた〈魚〉の悲恋物語りである。〈魚〉は〈かはせみ〉によって谷川から連れ出され,「樺の花」は散って川下へ流れさった。〈魚〉には賢治が,〈クラムボ…

童話『やまなし』に記載されている「うそ」と「ほんとう」を分けてみて明らかになること (第3稿)

第1稿と第2稿で童話に記載されている「うそ」と思われることを列挙した(第2表)。本稿では「ほんとう」と思われることをあげてみる。また,後半部で「うそ」と「ほんとう」を分けて明らかになったことについて述べてみる。 2.「ほんとう」と思われるこ…

童話『やまなし』に記載されている「うそ」と「ほんとう」を分けて明らかになること (第2稿)

引き続き,自然現象としては起こりえないこと,あるいは「うそ」と思われることについて列挙してみる。 5)「五月」に〈魚〉が〈クラムボン〉の廻りを行ったり来たりしたとき,兄の〈蟹〉が「何か悪いことをしてゐるんだよとつてるんだよ」と言ったこと 兄…

童話『やまなし』に記載されている「うそ」と「ほんとう」を分けて明らかになること (第1稿)

童話『やまなし』(1923年4月8日新聞発表)には,自然現象としては起こりえないこと,あるいは「うそ」と思われるものがたくさん記載されている。本稿ではそれらを列挙して,賢治がなぜそのような「うそ」を童話に組み込んだのかを考えてみたい。ただし,…

童話『やまなし』考 -氷のついた「ヤマナシ」(Pyrus pyrifolia)の実は水に落ちて沈み,浮かび,再び沈む-

「ヤマナシ」(Pyrus pyrifolia;ピルス・ピリフォリア)の落果直後の新鮮なものは,コップの水に落とすと沈むことはすでに報告した(石井,2022a)。凍らせた果実を使ったりもしたが沈むだけであった。その後,落果してからしばらく放置し干からびさせたも…

童話『やまなし』の第二章「十二月」に登場する赤いと思われる「やまなし」の実も「怒り」と関係があるのか

童話『やまなし』で谷川の川底に棲む〈蟹〉の〈魚〉への「怒り」あるいは「反感」は,第一章「五月」では谷川に飛び込んでくる〈カワセミ〉の「赤い眼」として表現されていた。第二章「十二月」では〈カワセミ〉ではなく,「やまなし」の実が月夜の晩に「ド…

童話『やまなし』の第一章「五月」に登場する〈カワセミ〉の眼は黒いはずなのになぜ赤いと言うのか

童話『やまなし』の第一章「五月」は,これまで谷川に棲む生き物(蟹,魚,クラムボン,かはせみ)の弱肉強食の生存競争や食物連鎖がメインテーマとして描かれていると考えられてきた。しかし,私は谷川を舞台にして,よそ者と先住土着の生き物の争いが描か…

童話『やまなし』に登場する「やまなし」が「イワテヤマナシ」である可能性について (2)

前稿で,童話『やまなし』に登場する「やまなし」がバラ科ナシ属の「イワテヤマナシ」であることで矛盾はないが,バラ科リンゴ属の「オオウラジノキ」を否定するものでもないということを記載した。「やまなし」が「イワテヤマナシ」と「オオウラジロノキ」…

童話『やまなし』に登場する「やまなし」が「イワテヤマナシ」である可能性について (1)

「イワテヤマナシ」(Pyrus ussuriensis Maxim.var.aromatica (Nakai et Kikuchi))Rehd.)は,童話『やまなし』の第二章「十二月」に登場する「やまなし」の有力な候補としてあげられている(伊藤,2007;片山,2019)。私も,「イワテヤマナシ」と同属…

童話『やまなし』考 -12月に樹上に残る「ヤマナシ」(Pyrus pyrifolia )の実-

童話『やまなし』の第二章「十二月」で「やまなし」の実が谷川に「ドブン」と落ちてくる。これは,『やまなし』の舞台となっている谷川では,12月でも樹上に「やまなし」の実が残っていることを意味する。 現在,日本列島には果樹園で栽培されるナシを除き,…

童話『やまなし』考 -「十二月」に「やまなし」の実が川底に沈むことにどんな意味が込められているのか (第2稿)-

新寄宿舎で賢治と恋人がどんな会話をしていたのかは定かではない。ただ,童話『シグナルとシグナレス』(1923.5.11~23)では親戚から結婚を反対された〈シグナル〉と〈シグナレス〉が以下のような会話をしている。 諸君,シグナルの胸は燃えるばかり, 「あ…

童話『やまなし』考 -「十二月」に「やまなし」の実が川底に沈むことにどんな意味が込められているのか (第1稿)-

童話『やまなし』の第二章「十二月」で,「やまなし(山梨)」の果実は「ドブン」と谷川に落ちたあと「ずうつとしずんで又上へのぼって」行き,そのあと「流れて」,そして「横になって木の枝にひっかかってとまり」,「二日ばかり」過ぎると「下へ沈む」と…